夏の終わりと陽炎、オオカミ少年(9999文字/告白/ 紙 / 声 / 知恵 / BL)

柊野有@ひいらぎ

第1話 チェインギャングと保健室 01

「おーい、いくー。郁ちゃんや、もう授業始まるで。なんやウンコか」

「牛乳、飲みすぎたわ。先生に言っといて」

「ウンコ言うとくわ」

「ウンコ言うな」


 高校に入学して学校にも友達にも慣れたころ、中間試験の直前で、ざわざわと落ち着かない教室を抜け出した。俺は、佐々木郁ささき いく。声をかけてきたやつは、高畑楓たかはた かえで。高校に上がる前に関西から引っ越してきたと聞いた。

 楓は、やんちゃで元気で、馬鹿みたいに日常を謳歌している。関西弁を、どこにいても崩さない。「俺の輝くトレードマークやからな」、と言うことらしい。


 この高校は、総合高校で、夜間まで授業がある。仕事をしている青少年に広く門戸が開かれ、年齢不詳の人間もいるが、授業はめっぽう面白い。一度社会人経験を経た先生ばかりで、プレゼン上手が多いってことだと思う。

 授業は、自分で学年の初めに自由選択する。どの授業が面白いか、あらかじめ先輩たちに聞いておく必要があるが、早めにカリキュラムを終え、推薦で大学にも進みやすい。就職組の俺にもありがたい高校だった。何より、工芸や機械系、服飾の授業があり、実際に現場にいた先生が指導してくれるのだから楽しめた。この学校は、どんな種族も受け入れてくれるから、そこもありがたかった。


 トイレから出る頃に授業開始のチャイムが鳴った。それから足音を忍ばせ徘徊し、通り過ぎた理科室脇の倉庫から、ふと漏れ聞こえる声に吸い寄せられた。

 斜め向かいの教室に隠れて待った。連れの男が出て来て、ずっと遅れてアンタが出てくるのも見ていた。

 それで放課後、アンタから連絡先を聞きだした。いったいどんな奴なのか興味を持ったんだ。

 

       ••✼••


「でももう、来ない」

「なんでだよ」

「いやなんだ、溺れて息がつまる」

「こんなに、反応してる、のに?」

「これは、ちがう。心と身体は、別だ」

「すぐ気持ち良くなるくせに」

「生理現象だから」

 ぼそぼそと男の会話が続き、別れ話か、と思いながら足音をひそめた。

 でも引き返したりはしない。男同士の声に好奇心の方がまさり、斜め向かいの誰もいない教室にもぐり込んだ。

 机の引きられる音、金属音、服の擦れ合う音。ささやく声。 

 行為の最中のれてくるかすれた吐息は、女の子の声と違っていた。

 それが耳に入ってきた途端、雷に打たれたみたいに動けなくなって、そのまましゃがみ込んで身体じゅうを耳にして夢中で部屋のなかの音を聞いていた。最後まで。

 静かになってから、荒っぽく扉が引かれ、大柄な男が出て来た。髪の毛を金髪に染め、短いそれをつんつんにとがらせ、目つきがよろしくない男。いかにもヤンキーな感じの。

 その顔に浮かんでいたのは、悔しそうな歪んだ表情で、足音を隠しもせず前のめりに肩で風を切って去って行った。


 驚いた。

 このあとに、どんなイカツイ男が出てくるんだろうと思った。

 あんなに体格の良い男を組み伏してなぶっちゃうなんて、どんなやつよ、としばらく隠れて気配が動くのを待った。

 物音が消え、校庭からの笛の音や、無意味な叫び声、鳥の鳴き声、羽音。そんなもので空間が満たされた。 

 すると、ひょろひょろと背の高い優しい顔の、いつも魚の死んだような眼の眼鏡の男、文芸部の先輩である山崎祐介やまざき ゆうすけが出てきたんだ。


 あんなふうに無表情で、何も映していない空洞の顔を、はじめて見た。

 その山崎祐介は、普段しているように俯きもせず、まえを向き、それなのに死んだような顔にぞくりとした。


 ゆらゆらと、体格の良い男の方向とは反対方向へ歩いて行く祐介先輩を、これは見ちゃいけないと思いながら、向かいの教室からそっと出て、後をつけた。

 山崎祐介は、保健室へ向かった。

 廊下で手持ち無沙汰に待っていたけれど彼は、いつまでも出てこなかった。俺は寝ているなら顔を見てみたいという欲求が抑えきれず、保健室の引き戸に手をかけた。


「わ。びっくりしたぁ」

 開いた扉の向こうに俺がいるのに気がついて、保健室の恰幅の良いおばちゃん高橋先生が眼を丸くして大げさに手を万歳した。先生の抑えた声に、なかで誰かが休んでいるのだろうと考えて、小さな声で言う。


「高橋センセー。俺、おなか痛くって。休ませてくださーい」

「職員室へ戻るところだったのよ、正露丸必要?」

 高橋先生は声をひそめ、俺の顔を覗き込んだ。


「あぁ一応いただいていいっすか? あとベッドでしばらく休ませて貰えれば。ひとりで大丈夫っす」

「はいはい。朝から痛いの?」

「はい。ちょっとね、牛乳飲みすぎました。トイレは行ってきたんすけど」

「ああ。牛乳ね。弱いのに飲んじゃった?」

「そうなんすよ」

「ちょっと失礼」

 先生は言いながら、シャツのうえから腹を撫でた。


「まだ痛いのね、お大事にね。虫垂炎ではなさそうだわ」

 薬を貰い高橋先生の後について、ベッドのある場所へ移動した。


「先客があったんすね」

 三つのベッドのひとつに、ベビーピンクの床までのカーテンが引かれている。


「寝てるから、静かにね。じゃあ、先生、職員室へ行ってくる、カーテンは引いて」

「あざっす」

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