真昼の月と金平糖(4)

***


 寝静まった木屋町通りに、十人分の足音が小さく響いている。

 つい先ほどまで西の空に浮かんでいた上弦の月は鼠色の雲に隠れて見えなくなっていた。

 先頭を歩く近藤さんの頼もしい後ろ姿を見ながら、私は額の汗を拭った。

 歳さんの拷問に耐えかねた古高がついに吐いた。その内容は驚くべきものだった。「祇園祭前の烈風の夜、京に火を放ち、その混乱に乗じて一橋公、容保公を暗殺し、天子様を長州へ連れ帰る」そんな馬鹿げた計画を長州は画策していたらしい。

 それを阻止すべく歳さんが出した案は、

「奴らは今晩のうちに古高奪還のための集会を開くだろうから、そいつらをまとめて取っ捕まえる」というものだった。

 しかし、一体奴らがどこで集会するのかまでは流石に特定できず、近藤隊と土方隊の二手に分かれ、木屋町通りと縄手通りの店を虱潰しらみつぶしにあたることになった。


 もう既に七軒の店をあたったが、どれもはずれだった。

 もしかすると歳さんの隊の方が当たりを引いたかもしれない。

 着慣れていない具足を身につけているせいだろうか。それともこれから大捕物になるという緊張と興奮のせいだろうか。妙に体が火照っており、息苦しく感じた。


 近藤さんがとある旅籠の前で立ち止まった。

 池田屋だ。


 近藤さんはこちらを振り返り、皆の顔を見渡して「いくぞ」と目で知らせる。一同は頷き、刀の鯉口を切った。

 近藤さんが池田屋の戸を開く。

「夜分ご免、ご用改めである」

 店の奥から出て来た店主の顔色が一瞬で青ざめる。その反応を見て確信した。ここが当たりだ、と。

「総司、お前は俺と二階だ」

「はい」

 近藤さんと共に二階へと続く階段を駆け上がると、奥の座敷が俄に騒がしくなった。

 スパンッと襖を開けると、三十名程の浪士が隠れていた。

「新選組だ! 手向かいする奴は容赦なく斬り捨てる!」

 襖のそばに立っていた男が目を血走らせながら刀を大きく振りかぶる。すかさず身を沈め、がら空きになった男の腹を横薙ぎにした。男はうめき声をあげ、はらわたをぶちまけながら前のめりに倒れ、動かなくなった。

「おのれぇ! 新選組めっ!」

 一瞬でその場が戦場と化す。人数的にはこちらが圧倒的に不利だが、狭い室内ではこちらに分があった。同士討ちの心配をせず、向かってくる奴を片っ端から斬ればいいからだ。

「引けぇ、引けぇ!」

 近藤さんと私の勢いに、向こうは不利と悟ったのか、出窓を突き破り中庭へ逃げ始めた。

「総司、二階は頼む!」

 薄暗がりの中から近藤さんの声が聞こえた。

「はいっ、任せてください」

 そう答えながら、こちらに振り下ろされた刀を受け止める。キィンッと金属がぶつかり合う音が響く。ビリビリと腕が痺れる感覚があった。

 なかなか骨のある相手のようだ。

 そのまま男と鍔迫り合いにもつれ込む。

 全身がドクンドクンと脈を打ち、体の内側が燃えるように熱くなるのを感じた。

 だが不思議と汗は出なかった。

 押しつ押されつの力勝負となるが、何とか主導権を握り、相手を床の間に押しやった。掛け軸が破れ、足下の花瓶が引っくり返る。

 足袋が濡れる感覚がしてふと足下を見た。 淡い月明かりに照らされた、青紫色の花が視界に入った。桔梗の花だ。

「……っ」

 その時突然、目眩を覚えた。


 ふと、お寅さんの顔が脳裏に浮かんだ。尻もちをつき唖然とこちらを見上げるお寅さんの顔が。


 ああ、何も突き飛ばすことはなかったのではないか。

 本当に悪いことをしてしまった。


 目眩とともに息苦しさを感じ、全身がずっしりと重くなった。

 視界が白く霞む。

 体を支えていられず、そのままぐらりと後ろに倒れ、背中が畳に打ち付けられた。

 こちらを覗き込む男の顔が見えたのを最後に、プツリと意識が途絶えた。


***


 そばで自分の名を呼ぶ声が聞こえた。瞼を開けようにも鉛のように重い。

「……総司、おい、総司」

 肩を揺すられて目を開けると、すぐそばに歳さんの顔があった。

「ったく、心配させやがって」

 私の横に片膝立ちした歳さんはそう言って大袈裟にため息をついた。

 どこだ、ここは。あたりを見渡す。どうやら自分は庭で寝ているらしい。しかし屯所ではない。ぼんやりする頭で考える。そうだ、確か池田屋に討ち入りして、それから……。

 ため息をついた歳さんが言った。

「血まみれでぶっ倒れてるお前を見た時は、流石に俺も肝が冷えたぜ」

「……そうか、私、気を失ったんですね」

「ああ、山崎が言うには、暑気あたりじゃねーかって話だ」

「戦の最中に意識を失うなんて……これじゃ他の隊士たちにかっこがつきませんよ、恥ずかしいです」

 私はため息を吐いた。しばらくしてから「お前はよくやったよ」という呟きが聞こえた。歳さんと目が合った。目尻が少し赤い。もしかしたら照れているのかもしれない。珍しいこともあったものだ。

「歳さんに褒められるなんて、今日は雪が降るかもなぁ」

 ふざけてそう言うと、歳さんは「ケッ、可愛げのない奴め」と呟き、立ち上がった。

「まだ死体の身元特定と片付けがあるから、お前は終わるまでそこで大人しく寝てろ」

「はい」

 歳さんの言葉に素直に頷き、夜空を見上げると上弦の月が浮かんでいた。

「ねぇ、歳さん」

 呼びかけると歳さんは振り返った。

「女性と仲直りするにはどうしたらいいですかね?」

 そう言うと、一瞬、驚いた顔をした歳さんだったが、すぐに意地の悪いニヤニヤした笑みを浮かべた。

「そりゃあ、熱く抱いてやりゃいいんだよ」

「……それ以外でお願いします」

「ははは、そうさなぁ、ふみと一緒に花でも渡したらどうだ?」

 文と花か。

「……そうします」

 素直に頷くと、再び目を閉じた。


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