真昼の月と金平糖(3)


***


「もう一度言う、てめぇらの目的はなんだ?」

「くっ……お、俺は何も知らんっ」


 その日、蔵の中はむせかえるような暑さだった。

 その上、汗と血と吐瀉物が混じったひどい匂いで満ちていた。

 蔵の中央には両足首を縛られ、逆さ吊りにされた男が一人。


 その男は薪炭商のますの主人、喜右衛門きえもんである。

 升屋に過激派浪士が出入りしているとの情報を得た私たちは、明朝、升屋へ押しかけた。

 すると大量の武器と弾薬、そして会合に使用されていたと思われる隠し部屋を発見した。そのまま喜右衛門を屯所に連行し、半刻に及ぶ拷問の末、真の名は古高俊太郎だと吐かせた。しかし、それ以外のことはだんまりを決め込んでいた。


 苛烈な拷問を受け続けた男の体は、所々皮膚が裂けて肉と骨が見えていた。

 その拷問を主導しているのは、他でもない歳さんだった。

 薄暗がりの中、ゆらゆらと揺れる蝋燭の火が歳さんの横顔を浮かび上がらせた。

 この人にこんな残忍な面があったのかと驚かされる。


 息苦しさに耐えきれず、私はひとりで蔵の外に出た。

 薄暗かった蔵とは対照的に、外は驚くほどの快晴だった。

 あの様子だときっと長丁場になるだろう。

 私は気分を変えたくて、壬生寺へと向かうことにした。


***


 蝉の声を聞きながら壬生寺の門をくぐると、鐘楼の近くでしゃがみ込む辰一と熊坊の後ろ姿が見えた。

「なにやっているんですか?」

 背後から声をかけると、辰一が振り返った。

「あ、沖田さん!」

 二人は石垣の隅を木の棒で穿っていた。掘り返された土の上に、黒くて背中に節のある半円形のものが蠢いているのが見えた。

「ここにな、ワラジ虫がたくさんいるんだよ、ほら、すごいでしょ?」

 二人の屈託のない笑みに、先ほどまで感じていた陰鬱な気持ちが和らいでいくのを感じた。私も夢中になってワラジ虫探しをした。

 それからしばらく経った頃、

「辰一、熊二郎、昼餉が出来たわよ」とお寅さんが二人を迎えにやってきた。

「あら、沖田さんもいらっしゃったんですね」

「こんにちは、お寅さん」

「よろしければ沖田さんも昼餉ご一緒にどうです?」

 屯所に戻る気にもなれなかったので、お言葉に甘えることにした。

 先を歩く辰一と熊坊の元気な背中を眺めながら、私はお寅さんと二人並んで歩いた。彼女は胸の前で青紫色の花を抱えていた。

「桔梗ですか、綺麗ですね」

「さっき偶然花屋が通りかかったので買ったんです。花があると診察室の雰囲気も明るくなりますし」

 そう言ってお寅さんは微笑んだ。しかし、急に真顔になりその場に立ち止まった。

「……あの、沖田さん」

「はい、何でしょう?」

 振り返ると、お寅さんは目を伏せた。

「うちを嫁に貰ってもいいって本心ですか?」

 どうして急にそんなこと聞くのだろう。彼女の意図が分からなかったが、私は笑みを返して答えた。

「ええ、お寅さんとなら楽しく暮らせそうですし」

 そう答えると、お寅さんはおずおずと顔を上げた。

「うち、三行半みくだりはんつきつけられた身よ?」

 お寅さんは十八の頃、商家の次男坊に嫁いだが、姑や兄夫婦と上手くやっていくことが出来ず、一年足らずで離縁されたと聞いている。

「沖田さん、そういうの気にならないの?」

「あまり考えたことがなかったです」

 正直に答えると、お寅さんは泣きそうな顔を浮かべた。

「沖田さん……っ」

 突然、お寅さんが私の胸に飛びついてくる。

 彼女は背に手をまわし、ギュッと私を抱きしめた。彼女の髪からほのかに生薬の匂いがした。吉田屋の遊女とは異なり、お寅さんの体は骨張っていて固かったが、胸に重なる感触だけは柔らかかった。

 その途端、あの晩見た遊女の桃のような乳房を思い出し、鳩尾のあたりが急にせり上がってくる感覚を覚えた。

 目尻を赤くしたお寅さんは、私の衿をぐいっと引っ張った。彼女の顔がすぐ目の前に迫った。そして、気付いた時には、唇に柔らかな感触が重なっていた。私は予想外の彼女の行動に気が動転してしまう。


 脳裏に首筋から流れる真っ赤な血と、おはるさんの声が蘇った。

『……ここで死んでやるっ』


「うっ……」

 強烈な吐き気を催し、咄嗟にお寅さんの体を押し返した。

 思いのほか力が入ってしまう。まずい。そう思った時にはもう遅かった。

 お寅さんはよろめき、そのまま尻もちをついてしまった。その足下には、折れ曲がった桔梗の花が落ちていた。

 お寅さんは両手を後ろについたまま、愕然と私を見上げていた。その訴えるような視線が何故だか分からないけれど恐ろしく感じて、思わず後ずさりする。

「あ……」

 彼女の視線に耐えきれなくなった私は、お寅さんを残し、その場から走り去ったのだった。


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