第23話 リザードマンとサハギンの湖問題 前編

 リザードマンやサハギンの人たちが呆然と見守る中、しんとした湖の真ん中で、水がふわりと盛り上がる。


 キラキラした飛沫が太陽の光を反射して舞い踊り、そこから透き通るような美しい女性の姿をした、水の大精霊ウンディーネがゆっくりと姿を現した。


 ウンディーネさんはそのまま、ゆったりと水面を滑るように歩きながら、私の目の前までやってきた。


「ニーナ、遅い。待ちくたびれた」


 鈴を転がしたような、静かでどこか幼げな可愛らしい声。彼女は少しだけ頬を膨らませて、私を見つめた。


「ごめんね。でもほら、今日のデザートはいちごパフェを持ってきたよ。一緒に食べよ?」


 私は肩にかけたカバンを軽くポンッと叩いて、ウンディーネさんに笑いかけた。中にはとっておきのいちごパフェが入っている。


 私もウンディーネさんに頻繁に会いたいんだけどね。雑貨屋をずっと閉めておくわけにもいかないから、なかなか難しいんだよね。


 でも、そんなふうに待っていてくれるなんて、可愛いよね。


 ……うん、絶対にデザートだけが目当てではないはず。たぶん。


 ウンディーネさんが透明のような白さの細い手をさらりと水面にかざすと、そこからぽこぽこと泡が立ち、大きな丸いハスの葉がふわりと浮かび上がった。


 私たちはいつも、こうして湖の真ん中あたりで雑談しながら、おいしいデザートを食べて時間を過ごすことにしている。


 当然だけど、私は水の上なんて歩けないし、おまけに泳ぐのも大の苦手だ。だから、ウンディーネさんがいつも私のために、こうして特製の足場を作ってくれる。


「私は軽いからね。このハスの葉の上を歩いても、沈んだりしないんだよ」


 私が胸を張って教えると、腕の中に抱えられた水色の玉――モノさんが、おそるおそる下をのぞき込んだ。


「……すごいっスね。これ、本当に途中でひっくり返ったりしないっスか?」


「大丈夫だよ。もしこれで落ちちゃったら、その時はモノさんが重いっていうことだからね」


 私が冗談めかして言うと、モノさんは「そんなのあんまりっス!」と小さく震えた。


「……ねえ、それ、なに?」


 ウンディーネさんが、私の腕の中に収まっているモノさんを指さして、不思議そうに小首をかしげた。


「ああ、これね。モノさんっていって、最近うちのお店に居候しているんだよ」


 紹介されたモノさんは、空中でくるんと体を回して丁寧に挨拶をした。


「こんにちはっス。噂通りの綺麗な方っスね。ニーナさんのところでお世話になっている、モノっス。よろしくお願いするっス!」


「……そう。よろしく」


 ウンディーネさんはそれだけ短く答えると、再びゆったりとした足取りで、私たちを湖の中心部へと案内し始めた。


 私たちが湖の真ん中へ向かおうとした、その時だった。後ろの方から、必死に呼びかけるような声が聞こえてきた。


「水神様! お待ちくだされ!」


(へぇ、ウンディーネさんって、みんなからは「水神様」って呼ばれているんだね。なるほどなぁ)


 私がそんなことをのんきに考えていると、岸辺から声をかけてきたのは、さっきのお魚みたいな見た目の人――サハギンの集団の一人だった。


 彼は水ぎわまで駆け寄ると、必死に訴え始めた。


「なに?」


 ウンディーネさんは、あからさまに不機嫌そうな声を出す。


「先日、この水神様の湖を我らサハギン族が使用しても良いと、そうおっしゃっていただいたはずです! しかし、あそこのトカゲども……リザードマンたちは、それに反対して我らを追い出そうとしているのです。一体、どういうことでしょうか!」


 すると今度は、トカゲのような見た目の人――リザードマンの中から一人が前に出てきて、声を張り上げた。


「いやいや、水神様! このリザードマンこそ、湖の使用を認めていただいたはず。サハギンの言い分は何かの勘違いでしょう!」


 両者の言い分を聞きながら、私はうーんと考えた。どっちも本当のことを言っているみたいだけど……。


「別に、どっちにも許可を出してる。……好きに使えばいい」


 ウンディーネさんは興味なさそうに、そっけない態度でそう言い放った。


(そうだよね、やっぱりみんな仲良くするのが一番だよね)


 私は二人の話を横で聞きながら、もっともだと思って「うんうん」と深くうなずいていた。


「違うのです、水神様! 我らリザードマンはこの湖を拠点として、飲み水に使ったり、魚や貝を採ったりして生活したいのです!」


 トカゲみたいなリザードマンさんは、必死な顔で訴えかけた。


「何を言っているんだトカゲめ。我らサハギンだって同じ理由だ。この湖で生活したい、ただそれだけだ!」


 お魚みたいなサハギンさんも、負けじと言い返す。


 うーん、これだけ広い湖なんだし、場所を分けて仲良く使えばいいと思うんだけどな。

何か譲れないこだわりでもあるのかな? 私はそんなふうに、どこかのんきに考えていた。


「サハギンはこの湖で生活したいと言っています。つまり、四六時中この水の中にいるということなんです! 寝るのも起きるのも、それこそ……用を足す時だって、そのまま水の中で……!」


 リザードマンさんが、嫌そうに顔をしかめて言った。


「そりゃあそうだろう! サハギンは水の中で生きる種族だ。我らの生活形態にケチをつける気か!」


 ……うぇっ!? ちょっと待って。

私、今日はこの湖の水を商品として汲みに来たんだよ。

さすがに、その……汚すぎるよ。


 ここの水を美容グッズや料理にも使ってるのに……。 


「絶対イヤだよ! 汚いのは絶対にヤダ!」


 私は思わず声を上げて、二人の会話に割って入った。


「それ、何か問題?」


 ウンディーネさんは、不思議そうにリザードマンさんたちの方を見て首をかしげる。精霊さんからすれば、そんなことは些細ささいなことなのかもしれないけれど。


 私は少し息を整えてから、はっきりと言った。


「問題大ありだよ。私だってこの湖の水を定期的に使わせてもらってるの。お店で霧吹き作ったり、料理に使ったりしてるから……そういうことされると、気持ち悪いし、品質も心配になるよ。絶対にヤダ!」


 サハギンとリザードマンが、私をにらみつけてきて続けざまに話す。

「人間が我らのことに口を出すな!」

「ふむ……人間にしてはなかなかの見どころがあるようだ」


「ニーナ? なんだか機嫌悪い?」


 隣で、ウンディーネさんが不思議そうに私をのぞき込んできた。

ウンディーネさんはなんだかいつも通りの反応だね、でも何で私が嫌がっているか分かってないみたい。


 でもすぐにウンディーネさんは「わかった」と無表情ながらどこか得意げな顔で話す。


「ニーナ? 心配しなくても大丈夫、私、いつもお水を浄化してるよ?」

確かに大精霊である彼女の力があれば、水は一瞬で綺麗になるんだろうけど……。


 でもね、浄化していても、嫌なものは嫌なんだもん。


「大丈夫だよ、機嫌は別に悪くなってない。それに浄化されていてもやっぱイメージがあるもん」


 サハギンさんの……って考えるだけでうへぇー……ってなっちゃうじゃない。


「ふむ、では、どうやって我らの問題を解決する?何か名案でもあるのか?人間よ」


 腕組みをしたリザードマンさんが、じろりと私を見て話す。


「ふぇ……?」


 私は間の抜けた声を漏らしてしまった。


 勢いで会話に割って入ったけど、具体的なやり方まではぜんぜん考えていなかったのだ。私は冷や汗をかきながら、助けを求めるように視線を泳がせる。


「ど、ど、どうしよう、モノさん。何かいい案、ないかな?」


 私は両手で大事に抱えていた水色の玉――モノさんに、すがるような目線を向けた。


「えぇっ!? ここでアッシに丸投げっスか!?」


 モノさんは驚いたように、私の腕の中でぷるぷると震えながら叫んだのだった――

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