第22話 モノさんと空の旅

 ぱたぱたぱたぱた。


 大空をぷかぷかと浮きながら、私たちはアスモくんの力を借りて不思議な長椅子で旅を楽しんでいる。


「いやー、快適っスね」


 私の横で、例の紫クッションに身を預けているモノさんが、満足そうにつぶやいた。


「でしょー。風も気持ちいいし、お日様もぽかぽかで、なんだか眠くなってきちゃうよね」


 私は空を仰ぎ見ながら、のんびりと答える。

地上では争いがあるなんて信じられないくらい、ここは静かで穏やかだ。


「公国ならまず無理な技術っスよ。こんなに不安定な乗り物なのに全然揺れないし、風の影響も受けないから寒くもない。そもそも、空を飛べるなんてごく一部の魔法使いだけっスからね」


 モノさんの感心したような言葉に、私は「えっへん!すごいでしょ!」とこれ以上ないくらい胸を張った。


(本当はアスモくんがすごいんだけどね。アスモくんも鼻が高そう……翼しかないけど)


 それにしても、魔法かぁ。


 私も魔法が使えたら、もっと商売がはかどるかもしれない。

石ころを金貨に変える魔法なんてあったら、もう一生遊んで暮らせちゃうよね。


 勇者さんや聖女さんなら、そんな魔法も使えるのかな。

今度お店に来たときに、こっそりやり方を教えてもらおうかな。


「ところでニーナさん、これ大丈夫っスか?」


 私が魔法についてワクワクしながら考え事をしていると、隣でモノさんがあせったような声を上げた。


「ニーナさん、今向かっている方向……これ、完全に魔族領の方っスよ。というか、もう完全に入っちゃってるっス!」


「えっ? そうなんだー」


 私は長椅子の端から下をのぞき込んでみたけれど、景色はさっきまでと変わらず綺麗だ。

ウンディーネさんの湖はこっちの方にあるし、今まで一度も危ない目にあったことはないから、きっと大丈夫だと思うんだけどな。


「たぶん大丈夫だよ。今までもずっとこうだったし」


 私はモノさんの方を向き、おっとりと答えた。けれど、モノさんの水色の体は細かく震えている。


「いや、こんなの他の魔族から丸見えっスよ! 撃ち落とされたりでもしたら……って、ニーナさん! 前、前っス!!」


 モノさんが必死に叫んだ。私が慌てて正面を向くと、向こうから、大きな影が近づいてくる。


 その影は近づくにつれてどんどん大きくなり、大空を悠々自適ゆうゆうじてきに、ゆらりゆらりとたゆたっている。


 大きなヒレを翼のようにゆっくりとはためかせ、まるで空を舞うようにこちらへ向かってきた。


「……ニーナさん、近づいてくるっスよ! よけなくていいんスか!?」


 モノさんが少し緊張した声で訴えてくる。


 うん、わかるよ。でもこれ、アスモくんにおまかせの自動運転なんだよね。

私には操作できないし、アスモくんが避けないならたぶん大丈夫なんだろうな、きっと。


「わわ、ぶつかる、ぶつかるっスよ!」


 巨大なヒレを持った生物が、いよいよ目の前までせまってきた。

けれど、その生物は私たちの直前でふわりと高度を上げると、頭上をゆったりと通過していった。


 私は思わず上を見上げた。

空のすべてを覆いつくさんばかりの巨大さ。


 一瞬、夜になったかと思うほど大きな影が私たちを包み込み、そのまま何事もなかったかのように優雅に去っていく。


「……すごかったね」


「そうっスね。あんな生き物、初めて見たっスよ……」


少しの緊張と、それを上回るほどの高揚感こうようかんで胸がいっぱいになった。


「マンタさんも、空を飛ぶんだね」


「確かに見た目はそっくりだったっスね。でも、普通はあんなに大きくないっス、ましてや空なんて飛ばないっスよ……」


 モノさんはあきれたように言ったけれど、あのマンタさんからは、すごく温厚そうな雰囲気を感じた。


 というか、私たちのことなんてこれっぽっちも意識していない、そんな感じ。


(今度、あのマンタさんが興味を持ちそうなものを持ってきて、商売してみようかな)


 空飛ぶ雑貨屋。

……うーん、でも買いに来てくれるお客さんは、あんまりいなさそうかな。



 どうでもいいことを考えたり、周りの景色を眺めたりしていたけれど、目的地であるウンディーネさんの湖まであと少しというところで、何やら異変に気づいた。


 いつもは静かで誰もいないはずの湖畔こはんが、なんだかひどく騒がしい。

空から見下ろすと、水ぎわにいくつもの動く影が見えた。


「……ニーナさん、あそこ、誰かいるっスよ。それも、かなりの数っス」


 モノさんが不安そうに声を出す。

アスモくんがゆっくりと高度を下げて近づくと、その影の正体がはっきりと見えてきた。


 どうやら、二つの集団が真っ向からにらみ合っているみたいだ。


 一つは、トカゲのような頭に深緑色の鱗を持つ、どっしりと大地に足をついた種族。


 もう一つは、魚のような頭に群青ぐんじょう色のつややかな鱗を持ち、ヒレのような足で地面に立っている種族だった。


 何かの問題をめぐって、今にも取っ組み合いの喧嘩けんかが始まりそうな、そんなピリピリとした空気を感じる。


 アスモくんがゆっくりと高度を下げていくと、二つの集団が言い争う声がはっきりと聞こえてきた。


「ここは水神様の土地は、我らリザードマンの土地だ。すぐに立ち去れ!」


 トカゲのような頭をした人たちが、低い声で威嚇いかくするように言う。


 すると、魚のような頭をした人たちが、負けじと声を張り上げた。


「ギョギョッ、トカゲの分際ぶんざいで何を言っている! 我らサハギンこそが、この水神様の土地にふさわしいんだ!」


 どちらも一歩も引かない様子で、手にした武器をギュッと握りしめている。


 今にも戦いが始まりそうな雰囲気だったけれど、私たちの乗った長椅子がぐんぐん近づくにつれて、彼らの様子がガラリと変わった。


「ギョギョッ!? 空から人間と長椅子が降ってくるぞ!!」


 魚のような人が、目を見開いて叫んだ。


「何を言っているんだ。サハギンめ、そんな見え透いた嘘で我らをだまそうと……はっ、なんだあれは!?」


 トカゲのような人も、最初は信じようとしなかったけれど、空を見上げて呆然ぼうぜんと立ち尽くした。


 彼らがポカンと口を開けて見守る中、私は特に気にする様子もなく、普段通り、いつも通りにウンディーネさんの湖へと降り立った。


 あたりがしんと静まり返る中、私は長椅子からひょいっと立ち上がった。そして、武器を構えて固まっている人たちのことなんてちっとも気にせず、両手を口の脇に当てて、湖に向かって呼びかけた。


「ウンディーネさーん! いちごパフェ、一緒に食べましょー!」


 私のいつもの、おっとりとした大きな声が、静かな湖面にどこまでも響き渡った。


「え?ニーナさんこの状況でマジっスか……」

モノさんの小さな叫びがこだました。


 リザードマンやサハギンの人たちが呆然と見守る中、しんとした湖の真ん中で、水がふわりと盛り上がる。


 キラキラした飛沫しぶきが太陽の光を反射して舞い踊り、そこから透き通るような美しい女性の姿をした、水の大精霊ウンディーネがゆっくりと姿を現した。

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