第20話 メドューサさん
がさごそ……がさごそ……。
「ちょっと、ニーナさん? 朝から一体何をしてるんっスか」
「ふんふんふーん、ふふん、ふーんっ」
私、ニーナは今、最高に上機嫌で鼻歌を歌いながら作業に
ここをこうして……うーん、ここはこうした方が可愛いかな?
「……別に今までので十分だったっスよ。というか、なんだかこう……アッシには破壊的に似合わない予感がするんスけど」
そんなモノさんの不安をよそに、私は着々と作業を進める。
そう、私はモノさんの定位置である紫のクッションを、可愛く大改造しているのだ!
「てってれーん! うん、よし、こんな感じかな!」
なんということでしょう。
今まではただの紫色のクッションだった場所に、真っ赤なリボンが華やかに装飾されました。
さらに両隣には、ふわふわのクマちゃんともこもこのネコちゃんのぬいぐるみが配置され、クッションの下には立派な台座まで設置。豪華さと高さが一気にアップしたのです。
どうかな? モノさん、きっと喜んでくれたよね!
「いや、だから、今までので……」
ねえ、モノさん。すっごく喜んでくれたよね?
「え、だから……その……」
あら、まだ不満なのかな?
……じゃあ、仕上げにモノさんの頭にも、おそろいの大きな赤いリボンを――。
「はい! 大満足っス! これ、完璧っスよ! いやー、センスの塊っスね!」
モノさんは食い気味に叫ぶと、これ以上ないほどの大満足を表明してくれた。よかったよかった。
(……何としてでも、あの赤いリボンをアッシの頭につけられるのだけは阻止するっス。死活問題っス!)
モノさんの必死な願いが通じたのか、リボン攻撃はなんとか
「いらっしゃいませー! ニーナ雑貨店へようこそ!」
扉が開く音に合わせて、私はいつもの決まり文句を口にした。
相手が誰かを確認するより先に、言葉が勝手に飛び出してしまうのは職業病かもしれない。
「こんにちは。あら……それ、すごく可愛らしいわね」
聞こえてきたのは、鈴を転がしたような透き通るほど綺麗な声だった。
どうやら、私がさっき一生懸命に飾り付けたモノさんの特等席を、一目で気に入ってくれたみたい。
えへへ、褒められちゃった。
「はい! 私がやりました!」
私は得意げに胸を張って、元気よく答えた。
改めてお客さんの方を見てみると、そこに立っていたのは一人の女性だった。
黒いロングドレスに、鮮やかな赤い髪。でも、なぜかその目元は厚手の布のようなもので隠されている。
ん? よく見ると、その赤い髪がうにょうにょ、みょるみょると動いているような……。
気のせいかな? 私が目をこらしていると、彼女は困ったように笑った。
「ああ、この子たちは気にしないで。何かされない限りはおとなしいから」
蛇さん?
頭の先でにょろにょろ動いていたのは、全部小さな蛇さんだったんだ。
真っ赤な蛇さんがたくさんいて、よく見ると黒くてつぶらな瞳をしている。じっと見つめていると、なんだかだんだん可愛く見えてきた。
そんな私の横で、台座に乗ったモノさんが震えるような小声でささやいてきた。
「……ニーナさん、あれ、たぶんメドゥーサっスよ。その瞳に覗き込まれた者は、たちまち石になっちまうって超有名っス。石にされないように、マジで気をつけてくださいっス!」
はえー、そうなんだ。
それは気を付けないとね。もし私がカチコチの石になっちゃったら、残されたモノさん一人じゃ商売なんてできないだろうし。
でも、これだけ綺麗で物腰の柔らかそうな女性なんだもん。
隠された布の向こう側、一体どんなに美しい瞳をしているんだろう……。少しだけ中を覗いてみたい誘惑に駆られた。でも今は商売が先だよね。
「ニーナ雑貨屋へようこそ! 何かお探しですかー?」
私はいつもの、少しおっとりとした間延びした声で営業を始めた。
「うふふ、可愛らしいお嬢さんね。私はメドゥーサよ。ここなら魔族の相談でも、種族に関係なく乗ってくれるって聞いたわ」
「メドゥーサさんですね。私はニーナ。内容しだいでは、精一杯がんばらせてもらいますよ!」
私は両手に小さな握りこぶしを作って、鼻息荒く「ふんす!」と意気込んだ。
よし、何かいいものを売りつけよう。
「実はね、悩んでいるのはこの頭の蛇たちなの。この子たちは私の意思を感じて動いてくれるし、危険を教えてくれたりもする、すごくいい子たちなんだけど……」
彼女が困ったように言うと、頭の蛇さんたちがにゅむにゅむ動き「しゃーしゃー」と鳴き声を上げた。
「でもね、ちっとも頭を洗わせてくれないのよ。私も女性だし、たまにはゆっくり水浴びしたいじゃない? でもこの子たち、お水が大嫌いみたいで。無理に洗うとヘソを曲げちゃって、なだめるのに一苦労なの」
蛇さんにもヘソってあるのかな? 私はそんな、どうでもいいことを一瞬だけ考えた。
でも、確かに毎日きれいにしたいという気持ちはよく分かる。
(うーん、どうしようかな。……あ、倉庫にあるアレならいけるかも!)
「ちょっと待っててくださいね!」
私はタタタッと軽い足取りで倉庫へ走り、奥からアレを引っ張り出してきた。
「これなんて、どうですかー?」
じゃじゃーん! 私が差し出した手には、透明な水が入った一本の霧吹きが握られていた。
「それ……ただの霧吹きよね? この子たちはお水が苦手だし、それくらいの水気ならこの子たちも我慢するかもしれないけど……、それに香りの強いものもダメなの。すぐに怒っちゃうわよ」
メドゥーサさんは少し困ったように眉をひそめた。
香水もダメなんて、なかなかわがままな蛇さんたちだ。でも、私が持ってきたのはそんな普通の霧吹きではない。
「ふふーん、これはただの水じゃないんですよ。なんと、軽く吹きかけるだけで『水を
私は胸を張って、自信満々に言い切った。
「水を弾く? そんな便利なものがあるのね。……うーん、信じていないわけじゃないけれど」
メドゥーサさんは少しだけ疑うような視線を霧吹きに向けた。その間も、頭の上の蛇さんたちは警戒するように「シャーッ」と小さな声を上げている。
「これはですね、ハスの葉っていう水を弾く性質のある植物のエキスと、水の精霊さんの力が込められた特別な水で作られているんです。これをシュッとかければ、少しの間はバッチリお水を弾いてくれます。だから蛇さんも、濡れる不快感を感じなくて済むはずですよ!」
ハスの葉の表面をコロコロと転がる水滴。あの不思議な力を再現した一品だ。
「なるほどね。……確かに、その容器からは
メドゥーサさんは感心したようにうなずいた。目元が隠れていても、彼女がその魔力をしっかりと感じ取っているのが分かる。
私はおもむろに、自分の片手にその霧吹きをひと吹きした。
シュッという音とともに、水分をほとんど感じない霧のようなものが手にかかる。すると、すぐに透明な薄い膜が肌を覆っていく感覚があった。
「これ、人間が使っても安全なものなんですよ。そんなに長い時間はもたないんですけどね」
そう言い残して、私は店の奥へと向かった。
そこにある水桶で両手をしっかりと濡らしてから、再びカウンターへと戻る。
「ほらほら、見てください! こっちの霧吹きをした手は、全然水を弾いて濡れていないでしょ? でも、もう片方の手はびたびたです」
私はメドゥーサさんに、左右の手をそれぞれ見せた。片方は水が玉のように転がり落ち、もう片方はしっとりと濡れそぼっている。
「確かにそうね。ええ、すごく便利そうだわ。試しに一ついただいてもいいかしら?」
「はい、ありがとうございます! 金貨一枚になりますけど、いいですか?」
私は少しドキドキしながら、メドゥーサさんに聞いた。
「ええ。これで頭を洗う苦労から解放されるなら、安いものよ」
彼女はさらりと金貨を差し出し、私は丁寧に包んだ商品を渡した。
もちろん、濡れた手を綺麗に布で拭いてからね。
えへへ。実はこの霧吹き、容器代以外はタダみたいなものだ。ウンディーネさんの住む湖まで行って、お水を
実質、利益はほぼ百パーセント。
今度また湖に行って、在庫を確保しておこう。
私はにこやかな笑みを浮かべながら、去り際のメドゥーサさんをじっと見つめていた。
……やっぱり、隠された瞳が気になるなぁ。一度でいいから見てみたい。
「うふふ、そんなに見つめてもダメよ。ニーナちゃんの雑貨屋にはこれからも通うことになりそうだし、あなたが石になっちゃったら困るもの」
……バレてた。
でも、目元を布で隠しているのに、どうやって私の視線に気づいたんだろう?
私が不思議そうな顔をしていると、メドゥーサさんは自分の頭を指差して言った。
「この子たちが、私に代わって見てくれているからね」
メドューサさんは満足そうに微笑むと、軽やかな足取りで帰っていった。
「うーん。今度、真っ黒な眼鏡でもかけてこようかな」
ほら、私は見てないですよーって顔をすれば、メドゥーサさん側からは私の視線がわからないはずだし。
「……たぶん、それでも石になっちゃうんじゃないっスかね」
横で見ていたモノさんが、
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