第19話 モノさんとオルちゃんと公国

 モノさんと一緒に、新しくなったニーナ雑貨屋の開店だー。


 ……といっても、実際にお客さんが来るまではかなりゆったりした時間が流れている。

もともとお客さんが来てもまったりしたお店なんだけどね。


「さて、今のうちに朝ごはんの準備をしちゃおうかな」


 私はそうつぶやいて、カウンターの奥へ向かおうとした。そこでふと、ある疑問が頭に浮かんだ。


(そういえば、モノさんってご飯を食べるのかな?)


 カウンターの特等席、紫色のクッションの上にちょこんと乗っている水色の球体へ視線を向ける。

じーっと見つめる私の視線に気づいたのか、モノさんはその場で小さく体を揺らした。


「ん? どうしたっスか、ニーナさん。アッシの顔に何かついてるっスか?」


 全体が顔のようにも見えるけれど、どこをどう見ればいいのかいまいち分からないモノさん。

私は気になっていたことを聞いてみた。


「モノさんって、ご飯は食べるの?」


 もし口みたいなものがどこかにパカッとできたら面白いな、なんてことを心の中で思いながら。


「人間の食料っていう意味なら、食べないっスよ。まあ、一応は人形みたいな『器』に入れば、可能といえば可能っスけどね」


 モノさんはそう答えた。


「そっかー。やっぱり食べないんだね」


(人形かぁ……。おもちゃみたいなやつなら、奥の棚に眠ってた気がするけど。まあ、いいや!)


 それよりも、今は自分の朝ごはんのほうが大事だ。ごはんごはん、朝ごはん。

私は鼻歌をふんふんと歌いながら、奥の部屋へと向かった。


 そこには保管庫の役割も兼ねている、ベルちゃんが待っている。


 私はベルちゃんの中から、パンと紅茶のセットを取り出してきた。


 私がパンと紅茶を運んできたのを見て、モノさんはクッションの上でゆらゆらと揺れた。


「パン、いいっスね。白くて柔らかそうで、すごくうまそうっス」


「……あげないよー?」


 私はそう答えた。いや、本当に食べるなら用意してあげたいけど、さっき食べないって言ってたし。


「大丈夫っスよ。ちゃんと魔力をもらってるんで、お腹は空かないっス」


 モノさんは事も無げにそう言った。


「そっかー。じゃあ、遠慮なくいただきます」


 私は納得して、パンをもぐもぐと食べ始めた。うん、今日もおいしい。


 ……けれど、食べている途中でふと、モノさんの言葉が気になった。


 魔力をもらっている?

それって一体、どこからだろう。


 もしかして、私には自分でも気づいていない、すごい秘めたる力があったりして。……なんてね、


「ふょーなんだぁ……ごっくん。ねえ、魔力ってどこからもらってるの?」


 私はパンを飲み込んでから、不思議に思ってモノさんに聞いてみた。


「あー、ニーナさんからじゃないっスよ。ここの雑貨屋、魔力が満ちあふれているんス。ここにいるだけで快適、エネルギーも自動的に補充されるっス。最高っスね!」


 モノさんは満足げにクッションの上でぷるぷると震えた。


 へえー、知らなかった。ここの雑貨屋、そんなに魔力で満たされているんだ。

毎日ここで寝起きしているけれど、私は全然そんな感じはしないなあ。


 私がパンを片手にぽかーんとしながら話を聞いていると、モノさんは続けて話す。


「まあ、分かる人には分かるっスよ。特に、魔力と親和性の高い種族……エルフにはとか気を付けるといいっス。もしここを見つけられたら、居心地が良すぎて勝手に居座られるっスよ。場合によっては……」


 へー、そうなんだ。エルフさんかぁ。


 まだこの雑貨屋には、そんなお客さんは来たことがない気がする。私は食べかけのパンを皿に置き、紅茶のカップを手に取りモノさんの言葉の続きをうながした。


「場合によっては?」


「場合によっては、この雑貨屋をめぐって戦争が起きちゃうかもしれないっス。それくらい、ここの居心地の良さは異常っスよ」


 モノさんはさらりと恐ろしいことを言った。


 またまたー、戦争だなんて。

そんな物騒なこと、あるわけない。


 ここで暮らし始めてからもう二年が過ぎるけれど、毎日ずっと平和だった。だからこれからも、きっと平和なはずだ。


 私が紅茶のカップを手にしたまま固まっていると、モノさんはあわてて言葉を付け加えた。


「いやー、ニーナさん、ごめんっス! 怖がらせるつもりはなかったっス。たぶん、そんなことにはならないから大丈夫っスよ。もしそうなっても、マ……あ、いや、なんでもないっス!」


 モノさんは最後になにか言いかけてやめたけれど、本当に大丈夫なのかな。


 でも、二年間なにもなかったんだから、きっとこれからも大丈夫。


 横にいるマモンちゃんも、なんだか俺にまかせておけって言ってくれているような気がするし。


 ……うん、絶対に気のせいだけど。マモンちゃんはただのがま口だし、動かないし喋らないもんね。



 早くお客さん来ないかなー。

私はさっきの不穏な話を忘れるように気持ちを切り替え、のんびりと最初のお客さんを待つことにした。


 しばらくすると、扉が開き、誰かが中に入ってきた。


 入ってきたのは、黒くてふわふわな体毛に包まれた大きな体。尻尾の先はヘビの頭になっていて、首から上には二つの大きな犬の頭がついている。オルちゃんだ。


「あ、おはようオルちゃん! 今日はちゃんと扉から入ってきて、えらいねー」


 私はニコニコしながら、入り口まで駆け寄ってオルちゃんに抱きついた。

二つの頭が交互に私の頬をなめてくる。


「ワウッ!」「キャウン!」


 オルちゃんも嬉しそうに喉を鳴らしている。よしよし、いい子だね。いつものおやつをあげよう。


 私はオルちゃんを連れてカウンターまで戻ると、クッションの上で固まっているモノさんを指さした。


「オルちゃん、この人はモノさん。しばらくお家にいることになったから、仲良くしてね」


 挨拶を済ませると、私は奥の部屋へテュールとおもちゃを取りに走った。


「えー……伝説のオルトロスじゃないっスか。あれ一体だけで、小さな都市なら簡単に滅ぶっスよ……。あ、オルトロスさん! 何でもないっス! こんにちはっス! あ、はい、ぜひ仲良くしてくださいっス……!」


 私がおやつとおもちゃを持ってカウンターに戻ると、モノさんとオルちゃんは何やら熱心に話し込んでいるようだった。


(よしよし、みんな仲良しなのは良いことだよね)


 私はふたりのやり取りを微笑ましく眺めながら、準備を整える。


「ちょっとモノさん、私、外でオルちゃんと遊んでくるね。もしお客さんが来たら教えてねー!」


 私はそう声をかけると、おやつのテュールと、おもちゃの円盤を小脇に抱えた。


「オルちゃん、行くよ! この丸い板を投げるから、ナイスキャッチできたらおやつをあげるからね」


 私の言葉に、オルちゃんは二つの頭をブンブンと振って大喜びだ。

私はそのまま、オルちゃんと一緒に雑貨屋の外へと飛び出した。


 一方、一人で留守番をすることになったモノ。


(……本当に、自由な女の子っスね。あんなとんでもない魔獣が味方なら、エルフがどうこうなんて心配も、案外いらないかもしれないっスね)


 モノはそんなふうに独り言をつぶやき、ふかふかのクッションの上で静かに時間を過ごすのだった。





 アーク大公国の研究施設内では、朝から激しい怒号が飛び交っていた。


「まだ見つからんのか! イチゴウはどこへ行った!」


 声を荒らげたのは、眼鏡の奥の目を血走らせた研究責任者の男だ。

苛立ちを隠せない様子で、机に積まれた書類を叩きつける。


「は、はい。現在総出で捜索しておりますが、どうやら国外に逃亡した可能性が高く……」


 報告する若い研究員は、あまりの剣幕けんまくに肩をすくめた。


「今すぐ追手を出せ! あいつは『魔法生物マナケミア』の中で、唯一自立思考を持つイレギュラーなんだぞ!」


 男は椅子を蹴るようにして立ち上がると、若い研究員の胸ぐらを掴まんばかりの勢いで詰め寄った。


「あれの開発には、国家予算並みの多額の費用が投じられているんだ。何としても、連れ戻せ!」


「わ、分かりました。ですが……姫様には何とお伝えすれば」


 若い研究員の言葉に、責任者の男は苦虫を噛み潰したような顔をして吐き捨てた。


「そんなもの、しばらく修理中だとでも言って時間を稼いでおけ!」


 それだけ言い残すと、男は乱暴に扉を閉めて自室にこもってしまった。


 一人残された若い研究員は、誰もいなくなった廊下で大きなため息をついた。


「探せって言われてもなぁ。国外に逃げたのなら、一体どうやって見つければいいんだ。冒険者組合ギルドにでも内密に依頼を出すしかないか……はぁ……」


 重い足取りで、彼もまた静まり返った研究施設を後にした。

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