この力の使い手を「人間」に設定するのか、という思いと共に、その場合「作家」は絶妙なポジションと唸りました。
分析、統計、修正して再統計、分析……それによって人の行動が導かれる現象。
この科学的手法は今では人の生活の身近にありふれています。AIです。
AIとのチャットを相談相手にし、友情や愛情さえ抱く時代。
確かに突出した論理力と観察眼、そして情報力を併せ持つ人がそんな「魔法」を使ったら、その人が作品を武器にしたら……そんな興味と興奮と怖さを覚えました。
小説投稿サイトでは創作の「方法論」を書く人が後を絶ちません。
定型、テンプレート、読者を先へと繋ぐテクニックに分析を用いるのは当然の世界だからこそ、その極まった能力が描かれる凄さ、恐怖と親和性があります。
創作論は勉強になるかもしれませんが、この小説は作家以前の人を作ってくれるかもしれない、と思います。
……などとレビューを書いている私も「書かされて」いるのかもしれません。
この小説の、作者様の魔力に。
研究の果てに見つけ出したのは、物語によって人を自由に誘導出来るパンドラの箱だった。
未曾有の恐怖に駆られた男は、徹底的な封印を決意する。
それは文学的自殺行為――筆を折るを誘発させる物語を読むことだった。
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メタとは劇薬である。
なぜなら、メタの存在は、メタのメタを作り出し、メタのメタのメタを作り出すからだ。
物語⋯⋯文脈もまた、メタのひとつである。ひとつひとつは固有だったイベント達に意義を持たせ、ある方向に進ませるのだから。
このメタの認知は、人間の高度な解釈能力によって実現しているわけだが、それはあっという間に地上から大気圏外にまで視野を引き上げてしまう恐ろしさを持っている。
つまり、人生そのもの、歴史そのものがとある物語であると感じてしまうのだ。
誰かが自由気ままに何らかの行為をしたとして、それが何者かによって前もって誘導されたものではないと、誰が証明できるのか。
そういったあやふさやが、頭を締め付ける作品であった。