第四章:現在と未来の衝突

その日、突如として訪れた。

学院の防衛線を揺るがす地鳴りと共に、森の深淵から「異形の特級魔獣」が姿を現した。

それは過去の魔法事故によって歪んだ魔力が長年かけて集積し、形を成した「事象のバグ」とでも呼ぶべき存在だった。

通常のゴーレムとは比較にならない質量。

そして最悪なのは、その周囲に展開された「無秩序な魔力領域」だった。

その領域内では既存の魔法法則が絶えず攪乱され、並の魔導師では火を灯すことすら叶わない。


「総員、退避せよ!学院を捨てるつもりで動け!魔導軍の本隊が来るまで、俺がここで食い止める!」


バドランド教官の怒号が響く。

彼は既に最前線に立ち、その手に握られた愛用の杖を限界まで励起させていた。

彼が放つのは数千の戦場を潜り抜けて得た、純粋な破壊の雷光だ。


「――おおおおおっ!」


魂を削るような咆哮と共に、バドランドが雷を放つ。

しかし、その必殺の一撃は魔獣に届く直前で、まるで水面に投げた石のように波紋を描いて霧散した。

魔獣が纏う不規則な魔力結界が、バドランドの「祈り」と「気合」をノイズとして検知し、瞬時に同出力の干渉波をぶつけて打ち消しているのだ。


「……出力が安定せん……!奴の周囲では世界のシステム自体が揺らいでいやがる!」


バドランドが苦渋の表情を浮かべる。

どんなに強い「意志」を込めても、入力の前提となる環境(プラットフォーム)が崩れていれば、その精度はさらに低下する。

バドランドが次々に放つ攻撃魔法は、魔獣を傷つけるどころか攪乱されたエネルギーが周囲の地形を無差別に破壊し、被害を拡大させていく。


「……教官、無闇に撃たないでください。リソースの無駄です」


背後から届いた冷徹な声にバドランドは振り返った。

そこには記録官から借りた特殊な魔導水晶を削り出し、前世界の分光器の原理を応用して作り上げた「魔力波長測定器」を覗き込むアキラが立っていた。


「アキラ!逃げろと言ったはずだ!」


「静かに。今、サンプリング中です」


アキラの視界には、魔獣の結界が発する魔力の振動が不規則にうねる波形として見えていた。


「教官の攻撃が通らないのは、あの結界が『アクティブ・ノイズキャンセリング』と同じ原理で動いているからです。外部からの魔力入力を検知した瞬間に、結界がその波形を解析し、瞬時に位相を反転させた干渉波をぶつけて打ち消している。……どんなに巨大なエネルギーをぶつけても、結界がそれを『検知』できる限り、計算上はゼロになります」


「位相を反転させるだと……?何を言っている!」


「説明している暇はありません。僕がこれから、あの結界の波形を完全にトレースし、その全エネルギーを相殺するための『逆相の定義(パッチ)』を書き上げます」


アキラは地面に膝をつき、測定器から得られる動的な数値を羊皮紙に速記していく。

魔獣が咆哮し巨大な腕を振り下ろす。

バドランドが死に物狂いで盾の魔法を展開し、それを防ぐ。


「……変数の特定、完了。全帯域における逆位相曲線を記述。――書き換え(オーバーライト)、完了!」


アキラが筆を置くと同時に彼が書き上げた「即興の命令文」が青白く発光した。

アキラはその紙を自らの杖――『漢字札』のスロットが並ぶデバイスに巻き付けた。


「教官、僕が結界を『中和』します。その後、僕の杖にあなたの全魔力を供給してください。個人の魔力量では、結界全体のエネルギーを相殺しきるには足りない!」


「……分かった、やってみろ!」


アキラは杖の柄にあるスライダーを操作し、出力の振幅を固定する。

そして衣服の袖に配置していた二枚の漢字札――『反(アンチ)』と『相(フェイズ)』に触れた。


「――干渉定義。逆位相エネルギー、全出力解放。システム・オーバーライド!」


アキラが杖を突き出すと、魔獣の強固な結界とアキラが放った「逆相の光」が正面から衝突した。

轟音はない。

ただ二つの巨大な波形が互いを完全に打ち消し合い、魔獣の周囲に数秒間だけあらゆる魔法的障壁が存在しない「絶対的な空白」が生まれた。


「今です!属性札、装填――『光(ライト)』『集(フォーカス)』『貫(ピアス)』!」


アキラは杖の溝に三枚の札を叩き込んだ。

バドランドが背後からアキラの肩に手を置き、軍人としての全霊の魔力を流し込む。

『光』でエネルギーの素体を定義し、『集』で拡散を抑えて極細の線へと収束させ、『貫』で対象の防御ベクトルを無視する属性を付与する。


「――フルスロットル。実行(エグゼキュート)!!」


放たれたのは、針の穴を通すような精密さで放たれた純白の「光の筋」。

それはアキラが作り出した結界の空白を通り抜け、魔獣の核を原子レベルの精度で射抜いた。


無駄な熱も無駄な音もない。

事象が「正解」を導き出した瞬間の冷徹なまでの静寂。

魔獣、自らが何に敗北したのかも理解できぬまま、エラーコードが消去されるように粒子となって霧散していった。


バドランドは、杖を支えに膝をついたまま、その光景を呆然と見守っていた。

自分の信じてきた「現在」の力が、少年の示した「未来」の設計によって、あまりにも鮮やかに塗り替えられた。


「……アキラ。お前、今……世界に何を言った?」

「……ただのデバッグです。仕様にないバグ(魔獣)を正しい手順で掃除しただけですよ、教官」


アキラは杖に巻き付いた焦げた羊皮紙を剥がして捨て、息一つ乱さず答えた。

それは古い時代の魔法体系が役割を終え、新しい論理が世界を定義し始めた決定的な瞬間だった。


(第五章に続く)


最後までお読みいただきありがとうございます!

全五章構成の短編です。

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