第二章:異端の魔法理論

「――熱源定義。座標指定、前方十五メートル。対象、単一構造体。供給魔力量、規定値の〇・八。膨張圧を無視、中心核への熱伝導率を最大化。……実行」


もう一度アキラが放った精密な魔法がゴーレムの関節を正確に溶断する。それを見届けたバドランドが茂みをかき分けて姿を現した。その顔には教え子の成長を喜ぶ師の表情ではなく冷ややかな実戦家の懸念が浮かんでいた。


「……確かに、効率的だ。だがアキラ、致命的な欠陥が二つある」


バドランドは己の杖を肩に担ぎ、アキラを鋭い視線で射抜いた。

彼が体現するのは数々の死線を潜り抜けてきた「現在」の魔法だ。


「一つ、お前は喋りすぎだ。戦地で『座標』だの『熱量』だのをご丁寧に説明してどうする?敵に次の攻撃を予告しているようなものだ。二つ、その言葉はあまりに長い。お前が最後の一節を唱え終わる前に、熟練の騎士なら首を飛ばしている」


バドランドの指摘は、まさに魔法における「遅延(レイテンシ)」と「秘匿性」の問題だった。

魔法とは本来、内なる衝動を瞬時に形にするものであり、アキラのように理詰めで一から構築する時間は、実戦においては致命的な隙となる。


「見ていろ。これが『戦場』の魔法だ。――燃えよ!」


バドランドが杖を一閃させる。

そこには詳細な定義も論理的な構築の気配すらない。

ただ強烈な意志と「気合」が世界というシステムを強引に書き換えた。

次の瞬間アキラの視界の先にある巨大な岩が爆発的な火柱と共に一瞬で粉砕された。

火炎は不規則に荒々しく吹き荒れ、周囲の酸素を強引に奪い取っていく。


「俺の詠唱に、お前が言うような『座標定義』などない。だが、俺が願えば世界は燃える。一秒を争う殺し合いの中で、そんな微細なコードを組み立てている暇がどこにある?」


アキラは爆風に目を細めながら、冷静に分析していた。

バドランドの魔法は、非効率でエネルギーの半分以上が熱となって霧散している。

だがその「過剰な出力」こそがエラーを力でねじ伏せてきたこの世界の正解なのだ。


「……なるほど。では、教官。僕の『回答』を見ていただけますか」


アキラは静かに杖を構え直した。

今度は唇を動かすことすらなかった。

静寂。

しかし次の瞬間、アキラの正面に一点の曇りもない「炎の槍」が生成された。


一本目は小指ほどの細さ。だが矢のような速さで木々を縫い、奥の倒木を射抜く。

間髪入れず、二本目。今度は腕ほどの太さ。出力が増し、空気を焦がす音が響く。

さらに三本目。先ほどまでの比ではない巨大な劫火の槍が、一切の予備動作なくアキラの側面に展開された。


無詠唱、かつ完全な沈黙。

それでいて、出力は小、中、大と、まるで機械のレバーを操作するかのように正確に段階調整されていた。


「――なっ……!?」


バドランドが声を失う。

この世界で無詠唱魔法とは、それこそ一生を魔道に捧げた賢者が一世一代の集中力で成し遂げる奇跡に近い。

それを平均以下の魔力量しか持たないはずの少年が、まるで作物でも数えるかのような手軽さで、連続して正確に出力をコントロールしながら放ってみせたのだ。


「馬鹿な……詠唱なしでどうやって事象を定義した?座標も、魔力量も、言葉にしなければ世界に伝わらんはずだ!」


バドランドの詰め寄るような問いに対し、アキラは手元にある「改造された杖」の柄を見せた。


「教官が仰った通り、音声入力(詠唱)は冗長で、秘匿性に欠ける。だから、あらかじめ用意した命令文(プロンプト)を、物理的な『接触』によって呼び出すようにしたんです」


アキラの杖の柄には複数の小さな溝があり、そこに情報の圧縮率が高い「漢字」が刻まれた木札が装填されていた。

さらに杖を握る位置には、指先でスライドさせることで魔力量や拡散率を調節できる、金属製の目盛りが埋め込まれていた。


「前世界(日本)の知識である『漢字』を一文字にマッピングし、システムへのコマンドとして登録しました。火、水、風、あるいは槍、盾、砲。それらを杖や服の袖、帽子の裏など自分が触れやすい場所に物理配置(レイアウト)したんです。言葉を並べるのではなく、配置された札に触れ、この目盛りで出力を微調整する。……僕がしたのは、詠唱の『ショートカットキー化』です」


バドランドは、アキラの杖とその落ち着き払った瞳を交互に見つめ、乾いた笑いを漏らした。


「……お前はこの世界の魔法使い全員を失業させるつもりか?命を懸けて磨いた『勘』を、そんな板っ切れの目盛り一つで再現される側の身にもなってみろ」


「いえ。魔法を一部の天才の独占物から誰もが正確に扱えるツールに変えるだけです。それが結果として最も多くの人を救うことになる」


アキラの瞳には冷酷な合理性ではなく、思考停止を嫌い最善を求め続ける人間の静かな熱が宿っていた。

こうしてアキラの異端な理論は、実戦的なデバイスという形を得て一気に加速していくことになる。


(第三章に続く)


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全五章構成の短編です。

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