ウィザード・プロンプト 〜凡才の転移エンジニアは、欠陥だらけの魔法体系を漢字でデバッグする〜
早野 茂
第一章:詠唱は祈りではない
空は突き抜けるように青く、石造りの演習場を照らす陽光は、皮肉なほどに穏やかだった。
王国魔法学院の初実技演習。
それは本来、若き才能たちが自らの可能性を誇示する華々しい舞台であるはずだった。
しかし、アキラの目には、それが「極めて危険な欠陥システムの動作確認テスト」にしか見えていなかった。
この世界において、魔法は「祈り」であり「気合」であると信じられている。
火球を放つなら、ただ激しく燃え上がる様を念じ、古から伝わる曖昧な定型句を叫ぶ。
出力が不安定で、時に標的を見失い、時に術者の手元で暴発するその不確かさを、人々は「才能」や「精神力」という言葉で無理やり納得させてきた。
事実、アキラの隣に並んでいた生徒の一人が放った『炎の矢』は、射出の瞬間に軌道を歪め、あらぬ方向へと飛んでいった。
「くそっ、気合が足りなかったか!」
生徒は悔しそうに拳を握る。
教官もまた、「次はもっと強く念じろ」と、技術的根拠のない根性論で指導を終える。
事故や被害が日常的に発生しているこの状況に対し、誰も疑問を抱かない。
世界が何千年もそのように回ってきたからだ。
だが、現代日本出身の転移者であるアキラは違った。
前世において論理的思考を職能とし、バグ一つでシステムが崩壊する現場に身を置いていた彼にとって、この世界の魔法観は、設計図のない建築現場に等しい苦痛だった。
(……世界は壊れているんじゃない。ただ、曖昧さを許容しているだけだ)
アキラは自分の順番を待ちながら、自らの内にある魔力を観察する。
彼の魔力量は平均以下、いわゆる「凡才」の域を出ない。
しかし、彼には強力な武器があった。
前提条件を疑う癖と、曖昧な指示を嫌う性格だ。
「次、アキラ」
教官の呼び声に、アキラは静かに歩み出た。
対峙する標的は、強化された木偶。これまでの生徒たちが煤けさせたその木偶を見据え、アキラは杖を構える。
だが、彼は目を閉じて祈ることも、肺に空気を溜めて叫ぶこともしなかった。
周囲の生徒たちが冷やかし半分にささやき合う。
「あいつ、気合が足りないんじゃないか?」
「詠唱を始める気配すらないぞ」
アキラは心の中で、世界の「実行システム」へとアクセスを開始する。
彼にとって、詠唱とは祈りではなく、世界への命令文(インターフェース)に他ならない。
「――システム・アクセス。熱源定義をロード」
アキラの口から漏れたのは、歌うような旋律でも、叫びでもない、極めて事務的な「言葉」だった。
「座標指定、前方十五メートル。対象、単一構造体。熱量を三〇〇〇度まで局所集中。供給魔力量、セーフティ・プロトコル内、規定値の〇・八に固定。熱膨張に伴う圧力拡散を抑制し、ベクトルを前方一点に収束。事象の持続時間を〇・五秒に限定。……実行」
それは、この世界の人々が「省略」や「感情」によって歪めてきたプロセスを、一つずつ丹念に記述し直す作業だった。
次の瞬間。
演習場を揺らすはずの爆音も、周囲を焼き払う熱風も発生しなかった。
ただ一点。ゴーレムの胸元だけが、まるで超高出力のレーザーで射抜かれたかのように、純白の光を放った。
一瞬の静寂の後、白光が消えた場所には、完璧な正円の穴が、対物側まで綺麗に突き抜けていた。
静まり返る演習場。
これまで「火力」や「派手さ」を競ってきた生徒たちは、目の前の現象を理解できずに立ち尽くしている。
炎を形作るための余剰エネルギーすら排除し、ただ「貫通」という結果だけを最短距離で出力した、最適化された魔法。
「……何をした?」
教官の問いは、低く、重かった。
数々の戦場を経験し、魔法の即応性を何より重視してきたベテランにとって、今のアキラの魔法は、あまりに「冗長」でありながら、同時に「完全」すぎた。
「説明です、教官。魔法は才能ではなく、言語化能力と設計力の問題ですから」
アキラは杖を下ろし、淡々と答える。
「あなたがたが『気合』や『伝統』と呼ぶもののせいで、この世界の魔法はエネルギーの半分以上をエラー処理に浪費している。……詠唱は祈りではない。正確に考え、正確に伝えるためのコードなんです」
それは、魔法を聖域視してきたこの世界の人々にとって、あまりに無機質で、しかし抗いようのない真実を孕んだ宣戦布告だった。
(第二章に続く)
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