VSもっさり山羊
◇………………………………………………………………………
「Bmeeee――――!!」
「くそっ!風が邪魔して近寄ることも出来ねぇ!!」
「なんなのこの風!?まるで刃物みたいに切り裂かれる!?」
アルソンが向かった戦場では、クンストメル商会の冒険者が一頭の山羊に翻弄されていた。
幾度も飛び掛かろうとも、その度に強風に呷られて体勢を崩し、同時に剃刀でも飛び交っているかのような切り傷を受けるのだ。
「Bme!?」
誰もが攻めあぐねている中、一条の矢が山羊の体を掠めた。
放ったのはアルソン。風圧で逸れてはしまったが、彼は近づくことすら困難な風の防御壁を貫いて攻撃を当てたのだ。
「そいつの相手は俺がするっす!お前らは周りの魔物達を!」
「アルソンさん!?」
「了解しました!」
アルソンの指示に一も二もなく従う冒険者達。
そこにはリーダーへの信頼、そして普通の冒険者はあまり持ちえない組織としての規律があった。
「さぁてと……。」
周囲の魔物に向かっていく同僚達を横目で見ながら指先をペロリと舐め、目の前の敵を分析する。
本気で戦闘する為に、【
山羊型の魔物。
大きさは普通の山羊と比べると大きいだろうが、他と比べると小型と言える。ピッツチェシャよりも小さく、ビスケルブルと違って角も小振りだ。
白く細長い毛が全身を覆っている、いや、全身から垂れ下がっているのが特徴的だ。
「クロッシュゴートっすか。てことはあの風の斬撃のカラクリは…………試してみるか。」
呟くや否や、アルソンが二連射で矢を放つ。
目にも止まらぬ早業は、常人が見れば一射しかしていないように見えただろう。
二本の矢は、それぞれ異なる角度で飛んでゆく。これは風の防壁によって防がなければ一本は直撃し、防いだ場合はもう一本が角度が変わって体に向かってゆくように計算したコースだった。
「Bme!」
クロッシュゴートの体から噴き出した風が、飛来した矢の内の一本の軌道を逸らし、もう一本を切り落とした。
「……なるほどっす。」
攻撃が容易く防がれたというのにアルソンは動じない。
元々確認のための攻撃だったこともあるが、なによりも、矢が切り落とされた瞬間をしっかりと目で捉えられたのが大きかった。
「やっぱ毛っすか。」
風の斬撃の正体、それは風に紛れて舞うクロッシュゴートの毛だった。
「いくら風のルーンとはいえ、切り口が鋭すぎると思ったんすよ。」
クロッシュゴートと呼ばれる山羊型の魔物の最大の特徴は、何といってもその攻撃方法だ。
高原にいることの多いこの魔物は、決して強い魔物ではない。大きな身体も、鋭い爪も、巨大な角も持たない彼等は、自分よりも強い相手に負けないように、進化の過程で特殊な武器を作り出した。
それがまるでピアノ線のように細く鋭い体毛だった。彼らはそれらを綱糸のように振り回し、近づく外敵を攻撃するのだ。
「Bmeeee――――!!」
「うお!?」
クロッシュゴートが風を砲弾のように飛ばして来たのを、横っ飛びで避ける。
傍を吹き荒んでいく暴風に目を凝らしてみると、キラキラと光る物が見えた。
このクロッシュゴートは、ルーンの力で生み出した風に自分の毛を巻き込むことで、普通のクロッシュゴートには不可能だった遠距離攻撃を可能としているのだ。
「面倒っすねぇ。」
離れていると風の斬撃が飛んできて、近付こうとすれば風の防壁で遮られる。こちらの矢は風で逸らされるか、斬撃で迎撃される。
はっきりいってアルソンにとっては相性は良くない相手だ。
最善手としては相手の残弾切れを狙うことだが、そう時間をかけてもいられない。
「しゃーなし、一気に決めるとしましょっか。」
短く息を吐くと、矢筒から矢を取り出し番える。
「『吠えろ』!」
「Bmee!」
迫る危機に慣れた様子でルーンを発動。
自身に向かってきた矢を風の防壁で防ぐと、矢は逸れて四方八方へとバラバラに散らばっていった。
「Bme!」
やはりどうということはない。
先程掠ったのは運が悪かったのだろう。
自分の風は矢などでは越えられない。
たとえ乗り越えようとしたところで、風の斬撃で斬り落としてくれる。
自身の力に対する絶対的な自信、傲慢ともいえるそれを心の内に秘めながら、アルソンを見据える。
「――――ふっ。」
するとどうだろう、攻撃を容易く防がれたというのにアルソンの顔には笑みが浮かんでいる。
それも楽しいや嬉しいといった感情の発露ではない。
そう、それは――――嘲りの笑みだ。
「――――…………Bmeeee!?」
アルソンの表情に困惑するクロッシュゴート。
だがその困惑は、突如として身体に発生した痛みによって悲鳴とともに掻き消えた。
一体何事かと自分の身体を見渡すと、いつの間にか前肢に矢が突き刺さっていた。
予想だにしない事態に、どういうことかと混乱する。
アルソンはなにもしていなかった筈だ。
この矢はいったいどこから現れたというのか。
「――――?」
痛みと混乱でぐちゃぐちゃになった頭で試行する彼の視界の端を、何かが掠めた。
視線でそれを追ったクロッシュゴートはその正体を理解し、唖然と口を広げた。
矢だ。
さっき弾き飛ばした筈の矢だ。
地面に落ちることなく、宙を舞っている。
まるで生き物のように、クロッシュゴートの周りを飛び回っていた。
「俺のルーンは放った矢を操るっていう、よくある能力っす。」
誰に聞かせるでもなく、小さな声で語る。
「でもまぁ……。」
高速で飛び回っていた矢がピタリと静止する。
「これがなかなか強いんすよねぇ。」
そして訓練された猟犬の如く、一斉に襲い掛かった。
「Bmeeee――――!!」
クロッシュゴートは再度風の防壁で防ごうとするが、矢は防壁に接触する前にまたしても軌道を変えて避ける。完全に間合いを読み切られていた。
苦々しく思いながらアルソンを睨み付けるも、宙を舞う矢はまだ四本もありどうにも手が追い付かない。
しばらく睨み合いをしていると、ルーンの効果が切れて防壁が消失する。
「Bmeaaa!?」
すると、それを待っていたと言わんばかりのタイミングで矢が後肢を貫いた。
「Bmeaaa――――!!」
肢を二本も潰されて歩くこともままならなくなったクロッシュゴートは、怒りに我を忘れて飛び交う矢に風の斬撃を乱射する。
しかし、そんな乱雑な攻撃で捉えられる筈もなく、矢はヒラリヒラリと斬撃を躱していき、
「Bme!?Bmea!?」
残った二本の肢をもそれぞれ使えなくしていった。
「B、meee……!?」
全ての肢を撃ち抜かれたクロッシュゴートが崩れ落ちる。
必死に藻掻くも、もはや肢に力は届かず、ただ痛みだけを返してくるだけだった。
こんなことはあり得ない。
どれだけ頭でそう思っても、現実の身体は這い蹲ったまま地面から離れようとしない。
ふと、アルソンと目が合った。
「B、me……!」
真っ直ぐこちらを見ていた。
「Bme……!」
それは敵を見る目ではなかった。
「Bmeeeeeeee――――!!」
それは――――終わったものを見る目だ。
クロッシュゴートの視界が真っ赤に染まり、全身全霊を振り絞りルーンに力を籠める。
死力を尽くした足掻きは、過去最大級の風の斬撃を生み出した。
暴風といっていい規模のそれは、ブチブチと無理やり引き抜いた毛を巻き込んでアルソンへと向かう。
これが直撃すれば、アルソンはバラバラの肉片へとなり果てるだろう。仮に避けようとしたところで、これだけの広範囲攻撃を完全に避け切るのは難しく、少なからず手傷を追うことは間違いない。
一矢報いてやった。
そう嗤うクロッシュゴートの視界は、
トスッ、
という軽い音とともに、永遠に閉ざされた。
◇………………………………………………………………………
ふわりと柔らかい風がアルソンを撫でる。
それに乗って、クロッシュゴートの毛がふわふわと宙を漂っている。
視線の先には倒れ伏すクロッシュゴート。
その頭部を、一本の矢が穿っていた。
アルソンが放った五本の矢の最後の一本、それが大技を放って隙が生まれたクロッシュゴートにトドメを刺したのだ。
持ち主の死とともにルーンも効力をなくし、暴風も霧散していた。
アルソンの戦闘はいつだってシンプルだ。
相手を見極め、弱点を突き、隙を作ってトドメを刺す。猟犬の狩りのようなものだ。
これこそが彼の真骨頂。
商会付き冒険者でもトップクラスの実力者だ。
「ふぃー。めんどくせぇ相手だったっす。」
アルソンvsクロッシュゴート。
勝者、アルソン。
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