第28話: 記録されただけの断罪



天界に「時間」は存在しない。

神としてのみ在る。

だが、記録には順序がある。


白い書庫。

無限に積み重なる記録結晶の間で、二つの存在が向かい合っていた。


熾天監査官 サリエル。

断罪機構。感情なし。躊躇なし。疑問なし。


そしてメタトロン。

記録者。判断せず、介入せず、ただ“あったこと”を書き留める者。


「……再生しますか」


メタトロンが問いかける。

それは許可ではない。確認だ。


サリエルは頷いた。


結晶が淡く光り、過去が展開される。



その日、天界は静かだった。


異変は、規則外の存在から始まった。


ラミエル。

本来なら存在してはならない“情動を持ってしまった天使”。


彼女は走っていた。

規則も階位も無視して。


「お姉ちゃん!!」


その声が、天界に響いた瞬間。

――黙示が始まった。


ミカエルは振り返った。

彼女の表情は、驚きでも恐怖でもない。


ただ、困惑だった。


「ラミエル……来るな」


遅かった。


ラミエルは、ミカエルを庇うように前に出た。

剣も、盾もない。ただ腕を広げて。


「お姉ちゃんは…間違ってない!!」


天界が、静止した。


否。

サリエルの内部で処理が始まった。



《異常検知》

• 情動反応:検出

• 階位逸脱:確認

• 規則干渉:発生


対象A:ラミエル

対象B:ミカエル


関連性:強



ミカエルは、違を唱えていない。


彼女はただ、提案しただけだった。


「時間をください」

「クロノス(時の神)への打診を申請します」

「全体救済の可能性が、まだ……」


それは反逆ではない。

神を否定していない。

裁きを止めろとも言っていない。


ただ、可能性を口にしただけだ。


だが――


その瞬間、ラミエルが叫んだ。


「お姉ちゃんを、連れていかないで!!」


早まった情動。

庇護。

規則外の愛情。


それが、同時に発生した。



《エラー確定》

• 規則と情動の同時成立

• 判断不能

• 優先順位衝突


断罪機構、起動。



サリエルは剣を抜いた。


そこに意思はない。

怒りも、憎しみも、正義感すらない。


ただ、機能が動いた。


「存在分割刑を執行する」


ラミエルは、叫んだ。


「やめて!!」


その声は、最後まで天界に残った。


堕天処理。

即時。


ラミエルは落ちた。

規則外存在として、完全に削除されるべきだった。


だが――


“情動”は完全には消えなかった。



次に、ミカエル。


彼女は抵抗しなかった。

剣も抜かなかった。


「……そうか」


その一言だけ。


サリエルは迷わない。


「お前は違を唱えた」


それは事実ではない。

だが、処理上は真だった。


ラミエルの存在。

ミカエルの提案。

その絶妙なタイミング。


それらが重なった結果――


同一事象として処理された。


存在分割刑。


右眼のみ、切り離し。

地上へ。

人間という、最も愚かな器へ。


「この世界を、見続けろ」


それが、刑だった。



再生が止まる。


白い書庫に、静寂が戻る。


メタトロンは、記録を閉じた。


「……以上で御座います」


サリエルは、何も言わない。


「どう感じられましたか?」


メタトロンの問い。


サリエルは、首を横に振った。


「私に思考機能は存在しない」


「私は、正しく処理した」


メタトロンは否定しない。

肯定もしない。


ただ、言った。


「ラミエルの存在自体が、バグだった」


サリエルは静かに答える。


「同意する」


「だが、バグがなければ」


メタトロンは少しだけ言葉を切り、


「――黙示も、始まらなかった」


「我は神を名に持たぬ。

ゆえに、神を疑うことも、信じることもできぬ。

ただ、あったことを書くだけだ。」



その言葉は、記録されない。


記録されないものは、

いつか誰かが問い続けることになる。




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