勇者の息子

七乃はふと

勇者の息子

 ……次はこの話をしてやろう。よく聞け。眠くても決して目を閉じてはいけないぞ。

 大陸中央には南北を分断する山脈、ダーテル山脈がある。その山脈は東の端から西の端まで続き、長いあいだ北と南の人達は分断されていた。

 遥か昔にはダーテル山脈はなかった。毎日のように見ているお前には信じられないかもしれないが、俺の古い先祖が生きている時は山が一つか二つあるくらいだったそうだ。

 平地で楽に行き来できるので、戦が何度も起こった。終わっても始まり、終わっても始まりを繰り返すので、何度も忠告した神は遂に呆れ果て、大地の一部を持ち上げてしまう。

 長く高い山脈に隔てられたご先祖様は神に謝罪し懇願した。

 太陽と月が三百六十五回昇った時、首を垂れる先祖に声が届いた。

 自分達で道を切り開きなさいと。

 先祖は神から特殊な力を授かった。

 それは崩しても安全な道が輝いて見えるというもの。

 最初は信じなかった村人達も、山脈に挑むご先祖達の姿を見て態度を改め、協力して道を作る。

 蛇の背のように曲がりくねった道が山頂まで伸びた時には、村人の殆どは体力の限界を迎え、手を動かせるのはご先祖様だけだった。

 最後の一人になり、道具が全て駄目になってもご先祖様は諦めず、素手で爪が割れても道を作り続けていた。

 そして山頂から南を見下ろした時、昇って来る女性と目が合ったんだ。

 神は北のご先祖だけでなく、南の村の人間にも同じ力を与えていたらしい。

 北のご先祖と南から登ってきた女村長。二人のおかげで道は繋がり、二つの村は滅亡を免れたのさ。

 それから、大きな戦も起こらず、山脈を越えて村同士の交流は続いた。

 山道は険しく、荷物も最低限しか運べないが、ご先祖が作った安全な道のおかげで、飢える事なく生きていく事が出来た。

 ところがだ。最近になって山に住む動物達が見えなくなった。

 生きている動物は見つからないのに、死骸があちこちで見つかるようになった。

 村は凶暴な獣が入り込んだと思い、狩人達が捜索を開始するが、帰ってきた狩人は一人。しかも深手を負っていたのだ。

 狩人が最期に残した言葉は「雪男を見た」だった。

 狩人達が襲われた後、そいつは昼間から堂々と姿を見せるようになった。

 俺達と同じ二本の足で立ち、全身は白い毛で覆われ、シカの体を引きちぎるほどの腕力。

 そんな化け物が村の近くに現れた事で、村一番の勇者に白羽の矢が立った。

 勇者が支度を終えると、そばには小さな鼻垂れ小僧がいた。

 小僧は勇者の一人息子で、いずれ父の後を継いで勇者となる男。

 村人は最初に反対した。子供を連れていくなんて、と。

 しかし息子は四つの時から、父と共に山で狩りをしてきた。

 足手纏いにはならないと豪語する勇者に、村人達は言い返せなかった。

 勇者親子は吹雪く山に入り、雪男を探した。途中雪男の巣を見つけ、帰って来るのを待とうと、絶好の隠れ場所に身を潜める。

 だが雪男の方が一枚上手だった。奴は鼻が効くらしく、勇者親子の接近にいち早く気づくと、相手が潜むであろう場所を作って待ち構えていたのだ。

 勇者が罠だと気づいた時には、頭上から落ちて来る雪塊から守るために息子を突き飛ばすのが精一杯だった。


 さあ息子よ。勇者の血を引く者よ。時は来た。腹を空かせた奴が近づいて来る。鼻息荒く勇足なのが地面越しに伝わってくるだろう。

 父はもう駄目だ。落ちてきた雪のせいで片腕しか動かん。

 お前がやるんだ。四つの時から今まで鍛えてきたのは今日の為。

 さあ、剣を取れ。そして父に、たかだかと掲げた雪男の首を見せてくれ。

 なに、お前の腕なら、雪男など一太刀よ。村に帰ったら宴が待っているぞ。

 シカの丸焼きにヤギのチーズをかけ、ビールで乾杯だ。特別にヤギのミルク割りも飲ませてやる。あれは甘くて体もあったまる。一口で虜になるだろう。

 今、腹の虫がなったな? いいぞ、それでこそ父の、勇者の息子。

 涙を拭き、鼻を啜って立ち向かえ。どちらが獲物か化け物に教えてやるんだ!


 洟垂れ小僧はもういない。

 父の言葉に頷き、鼻を啜って雪男と対峙したその姿は紛れもない戦士だった。

 受け継いだ剣より冷たくなった父を庇うように立ち、鞘から抜いた白刃を突きつける。

 これが、雪山の勇者。始まりの一頁。


 

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勇者の息子 七乃はふと @hahuto

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