同期生

 ゴールデンウィークが明け、私はまた研究にどっぷり漬かる毎日を送っていた。私は修士課程を修了したばかりで、今は博士課程を修了する為に頑張っている。


 博士号を得る事が出来れば、遠藤先生の隣に自信を持って立てるかもしれない。そんな事を考えながら、私は毎日分析機器から出て来るデータと睨めっこを続ける。



 ある日の昼休み、私は学食でカレーを食べていた。次は違う分析法も試してみた方が良いだろうか。そんな事を考えながらカレーを口に運んでいると、不意に後ろから声が聞こえた。


「お、豊橋じゃん。お前とここで会うのは珍しいな」


 振り向くと、そこには一人の男性がいた。灰色のパーカーを着たライトブラウンの髪の男性。彼は、私と同じ二十七歳の脇坂啓太わきさかけいただ。


 脇坂とは、私が大学一年の時に同じ講義を取った事で知り合った。気さくで話題が豊富な脇坂とはすぐに意気投合し、私達は親友となった。


 脇坂は微生物学を専攻していて、抗ウイルス薬の研究をしている。私と研究分野は違うけれど、脇坂も博士課程を修了する為に日夜研究に励んでいる。


「豊橋、隣に座って良いか?」


 ラーメンの載ったトレイを持ちながらそう言う脇坂に、私は笑顔で答えた。


「うん、いいよ」




 ラーメンをズルズルと啜った後、脇坂は何気ない調子で聞いて来る。


「お前、ちゃんと寝てるか? お前は研究の事となると寝食を忘れるタイプだからな。心配だよ」


 私は、苦笑して答える。


「大丈夫だよ。ちゃんと寝てる。ありがとね、心配してくれて。……でも、ちょっと焦ってるんだよね。中々実験で良い結果が得られないから」


 俯く私をジッと見た後、脇坂は小声で言った。


「……ところで、さ。お前、大学院に進んでからずっと遠藤先生と一緒にいるだろ。遠藤先生って、どんな人? チャラい人って言う噂もあるんだけど、大丈夫か?」


 私は、ムッとして言葉を返す。


「先生はチャラくなんか無いよ。 研究熱心で、学生の事を真剣に考えていて……。むしろ、仕事の事だけ考えているから心配になるくらいで……」

「心配してくれてありがとう」


 不意に第三者の声が聞こえて、私はバッと振り返る。そこに立っていたのは、お皿が乗ったトレイを手に持った遠藤先生だった。


「せ、先生!」


 私が声を上げると、遠藤先生は笑顔で言った。


「有紗先生は優しいね。俺の心配をしてくれるなんて。でも、大丈夫だよ。俺はこれでも好きなように生きてるから」

「は、はい……」


 私が小声で言うと、脇坂が立ち上がって挨拶する。


「どうも、遠藤先生。竹内たけうち教室で微生物学の研究をしている脇坂啓太と申します。先生の話は、よく豊橋から聞いていました」

「ああ、そうなんだ。改めて自己紹介しよう。俺は、徳田とくだ教室で細胞制御学の研究をしている遠藤一哉。よろしくね、脇坂先生」

「ああ、徳田教授、口は悪いけど試験問題は易しくしてくれますよね」


 そして、二人は笑顔で握手をした。なんとなく、二人の間にバチバチした空気が流れたような気がするけれど、きっと気のせいだろう。


「あ、そうだ、有紗先生。この前欲しいって言ってた酵素の働きについての論文、いいのを見つけたから後で教えてあげるね」

「えっ、本当ですか!? 食べたらすぐ研究室に行きます!!」

「うん、じゃあ、また後でね」


 そう言って、遠藤先生はその場を後にした。その背中を見ながら、脇坂が呟く。


「優秀な上にイケメンって、何の嫌がらせだよ……」


 脇坂は、遠藤先生に嫉妬でもしているのだろうか。脇坂だって、結構モテるのに。私は、苦笑して食事を再開した。

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