軽妙な独白。
話し手の語り口は、どこか楽しげです。
彼は〝たいした話じゃない〟
そう言いました。
でも、大した話なんです。彼の話は。
日常の生活が見えない何かに侵食されるんですから。
音や温度、そして気配。やがては……
彼の周囲には、明らかな怪奇現象が発生していました。
でもわからないのです。
語り手はなぜ、ここでそんな話をするのか?
なぜ自分はそんな話を聞いているのか?
なぜ次に“椅子に座る”のは自分なのか?
なにもわからないのです。
まるで不条理劇です。
そうです。
ここに至って怖いのはもはや〝心霊現象の話〟ではないのです。
では怖いのは何か?
それはご自分でお確かめください。
確かめないほうが良いのかもしれませんが。
そこは自己責任でお願いいたします。
椅子がある。
そこに人が座っている。
あとから来た人は、椅子に座っていた人の話を聞く。
話し終えたらその人は先へ行く。
代わりにあとから来た人が椅子に座り、次の人を待つ――
「おおー、来た来た。へえ、けっこうすぐにくるものなんすね。」
主人公であり、語り手である彼のこの台詞から察するに、それは結構短い間隔で行われているらしい。
主人公が話すのは、自分の身に起きた過去の出来事。
彼の口調はひたすら軽妙。
「いやあ、ほんと、大した話じゃないんすよね。申し訳ないっすけど。」などと面白おかしく語って聞かせる。
けれど、なぜか覚える違和感。
彼の話の内容がアレだからとか、そういうのでもないんです。
その違和感の正体は、ぜひあなたご自身でお確かめください。
……ああ、すみません。
では、私もここで『話す側』として、少しだけ自分のことを語らせてください。
あの日、私は子どもと二人で暮らしていました。
突然、パソコンの画面が乱れ、次々にデータが消えていきました。
写真も、描いた作品も、書きためたテキストも、
まるで誰かが指先で弾くように、一瞬で消えました。
取り戻そうとして、何日も眠れませんでした。
気づけば、私は山の中の集落を歩いていました。
奇妙な形の墓がいくつも並び、
子どもの手は冷たく、でもしっかりと私の手を握っていたんです。
……ああ、この椅子に座ってもいいんですね。
ありがとうございます。
子どもも歩き疲れていましたから、助かります。
次に来る人が現れるまで、
私もここで、自分の役目を果たします。
長かったなあ。そうか、この椅子ですか。