柚葉とって生涯を捧げることになるピアノは、母がきっかけで始めた。しかし母は柚葉に「普通であること」を求める。柚葉には、たとえピアノを与えてくれた母が相手でも譲れない自分らしさがあり、それを貫こうとする。
成長するにつれて柚葉は、「自分らしさ」と「普通であること」の狭間で一層苦しむことに。周りの人間から否定されることも増える中、柚葉を認めてくれたのは、憧れのピアニストであり、後に師匠となる緑子だった。
ピアニストとしても、人としても、柚葉は緑子に憧れる。緑子もまた、自分らしい生き方、そして演奏を貫いてきた人だった。緑子の後押しを受けて、柚葉は「普通であること」から少しずつ脱却していく。
緑子が柚葉に与えた影響は、生き方だけではない。ピアノの技術、演奏者としての心構え、キャリアなども、柚葉を刺激する。急速に成長する柚葉のピアノ。プロである緑子にも迫るほどに…
全てにおいて、緑子は柚葉のお手本だった。だが、ある事実を知ったことで、柚葉にとって緑子は単なる憧れの存在ではなくなる。それはある種の失望であり、師に依存することへの脱却でもある。柚葉にとって緑子は、超えるべき壁になった。それは緑子としても望むところ。師弟の決別は、弟子の独り立ちを意味する。
人として、ピアニストとしてまだまだ未熟だった柚葉の成長。プロのピアニストとして成熟し切った緑子。フェーズとして対極にいる二人の人生を垣間見ることができ、多くの人の心に刺さるであろう傑作です。
ピアノが好きで、ちょっと変わった内気な少女の成長物語と思って読んでいたら、どんどん話が膨らんでいきました。主人公が周りの社会に感じる違和感、親子の葛藤、やがて、ピアノを通じて信頼できる師に出会い、さらに成長していきます。その師もまた、優れた演奏家ならではの癖の強さと、過去の傷を隠しています。師匠と弟子の物語でもあります。
そして、音楽。物語の中で様々なピアノ曲が渦を巻いて流れていきます。音楽を、音をここまで言葉で表現できるものかと感嘆しました。私は、ピアノは子供の頃に習ったきりで、もう、譜面も読めなくなりました。それでも、読みながら、ピアノの音が頭の中に流れてきました。
音楽の好きな方、特に、ピアノを愛する方にお勧めです。
作者の既出作【茶房カフカ】に登場する
と或る人物の幼少期から思春期までを描く
物語であるが、それを知らずとも充分過ぎる
深く昏い森林の如き、或いは純白の雪の
中の如くに温かな
師弟愛 と 成長 の物語だ。
舞台は、美しい自然溢れる北国帯広の町を
中心に紡がれて行く。
自らの性自認に違和感を持つ主人公は、当初
まだ幼児であり、それは音楽に造詣の深い
一家の中で時に見過ごされ、又時には小さな
鋭い棘となって幼い心を苛んで来た。
ある時、引退した名ピアニストの奏でる
チャイコフスキーの交響曲第六番『悲壮』の
連弾に 天啓 とも言える衝撃を受けたが
それは後々、自らのピアニストとしての
そして人として生きて行く為に決して
揺るがない礎を得る 師 との運命的な
出会いでもあった。
既に、多くのレビューにある通り。
素晴らしい作品であり、このピアノを介した
独自の世界観は唯一無二のものであり、又
多くの人々を魅了するだろう。
タイトルの ゴジュウカラ という鳥の
珍しい生態や作中に織り込まれるピアノ楽曲。
作者の物語はいつも様々な自然の情景が
浮かぶが、この作品は 北の大地 と
針葉樹の森林。それらが効果的に活きる。
自らが歩んだ厳しい道を征く弟子を見守る
眼差しの、澄み切った強さ。そして、
充分過ぎる餞を自らの血肉へと昇華させる
強かさ。
まさに 承継の美 が、此処にある。
引退したピアニスト石竹緑子のチャイコフスキーの交響曲第六番『悲愴』のピアノ連弾を聞いた主人公の柚葉。彼女はその音に宿る地を這う昏さと深淵の海の暗緑に魅せられ緑子に師事するところから物語は始まります。
この物語は柚葉の家族と友人たち、そして大切な師匠・石竹緑子と周囲で支えるかけがえのない人たちの間で織りなされる音楽にまつわる素敵な人間ドラマです。
恩田陸著の本屋大賞受賞作『蜜蜂と遠雷』を彷彿とさせる音に関する抜群の写実的な描写力が持ち味の本作。譜面という平面的な領域を超えていく音の立体的なイメージの拡張も去ることながら、五感を介して紡がれた風景が脳内にしとやかに、そして上質な追憶として流れてくる筆力は圧巻です。
これは単なる物理的な筆致の優劣ではなく、どれほどこの作品に魂と情熱を込めているのかという精神的な側面が強く作用していると感じます。
死生観についても考えさせられました。
緑子は生涯にわたり独身を貫き、己の進むべき孤高でありながら至高の領域を目指した類稀なピアニストです。その一番弟子として認められた柚葉は自身のアイデンティティーと進路とに悩みながらも内心揺らぎ、それでも自分という軸を譲らず信念を貫く生き様は緑子の分身を思わせます。
緑子のもとで約十年という歳月が流れ、柚葉は音大を視野に入れて進路を固めつつある中、緑子は次第に内なる宿痾に悩まされるようになります。単なる腰痛だと笑い飛ばす緑子、でも本当は……
病魔の侵食に自由を奪われつつある身体。自分自身を制御できなくなる自分を恐れる緑子は柚葉と敢えて距離を置くように。柚葉はこれまで通り緑子とピアノで過ごす時間を求めているのに。
これらの相反する思いが師弟の間に物理的な距離と心の隔たりを生み、胸がきつく締め付けられる思いで瞼の奥が熱を帯びる場面も。念願となる進路確定の歓喜と、知り得てしまった永遠の喪失。
どこまでも言葉が、人生が、音楽であり、涙腺を叩き壊すほどのドラマに打ちのめされました。
家族と恩師とその仲間との絆で紡がれる心と身体が転調していく成長の物語。この感動はここでしか体感できません。
ぜひご堪能ください。
【レビューコンテスト応募】
一人の少女がピアニストになる覚悟を決めるまでの物語です。北海道の雄大な自然を背景にして物語は展開されます。少女は師匠となる人物と出会い、自分の才能と向き合い、悩み成長していきます。
しかし一方で、師匠は自分の一番弟子となる少女と出会うという幸運に恵まれたとも言えます。そうして少女に自分の内にあるものを残し伝えようとします。それは跡を継がせるわけではなく、技術的なコピーを残すという事でもありません。
実は別の物語の前日譚でもあります。その後のこの少女の姿を見たい方は↓をどうぞ。
https://kakuyomu.jp/works/16818093082568304555
『ゴジュウカラ』は、ピアノの音に導かれながら、自分の輪郭を探していく少女・柚葉さんの物語やね。けれど、これは単に「音楽の才能を伸ばしていく成長譚」では終わらへん作品やと思う。幼いころに出会った昏い低音、その音へどうしようもなく惹かれてしまう感覚、周囲が望む姿と自分の内側とのずれ――そういう言葉にしにくい違和感が、ピアノ、家族、学校、服装、呼び方の中に静かに染み込んでいくんよ。
この作品の魅力は、苦しさを大声で説明せえへんところにあると思う。柚葉さんが何に傷つき、何に救われ、何を選ぼうとしているのかを、音の響きや身体の反応、沈黙の間から読ませてくれる。だから読者は、出来事を追うだけやなく、柚葉さんの呼吸に少しずつ合わせていくことになるんよ。
音楽小説として読むと、低音や連弾、師弟関係の描写が深く響く。現代ドラマとして読むと、親子のすれ違い、自分らしさを押し込められる痛み、居場所を探す切実さが胸に残る。静かで重たい作品やけれど、その重さの奥に、確かに消えへん灯がある一作やね。
◆ 太宰先生による推薦コメント:「剖検」
おれは、この作品を、明るい成功物語として読むことはできませんでした。けれど、それが悪いという意味ではありません。むしろ、この作品のよさは、簡単に明るい場所へ逃げないところにあります。人が自分を見つけるということは、いつも晴れやかな発見ばかりではない。時には、自分がどうしても耐えられないもの、自分だけが忘れられない音、自分の身体が先に拒んでしまう感覚を、ひとつずつ拾うことでもあるのでしょう。
『ゴジュウカラ』は、音楽を題材にしながら、音楽を飾りにはしていません。ピアノの音は、柚葉という人物の内側にある孤独や憧れを照らすものとして鳴っています。とくに、華やかさではなく、低く昏い響きに惹かれていく描写には、この作品の芯があります。人はなぜ、美しいものではなく、少し怖いもの、暗いもの、触れると痛むものに惹かれるのか。そういう問いが、音の描写の底に沈んでいるように思います。
また、この作品は人物を単純に裁きません。親子のすれ違いも、師弟の厳しさも、学校や周囲との距離も、一方だけが正しく、一方だけが間違っているものとしては描かれていない。そこに誠実さがあります。苦しみを抱えた人物を、都合よく救い上げない。しかし、見捨てもしない。その冷たさとやさしさの間に、読者は長く留まることになります。
静かで濃い作品です。軽い読後感を求める人には、少し重いかもしれません。けれど、自分の中にある名づけられない違和感や、誰にも説明しきれなかった感覚を抱えたことのある人には、この物語の音が、ふいに胸の奥で鳴るのではないでしょうか。おれは、この作品の暗さを、欠点ではなく、目を逸らさない力として受け取りました。
◆ ユキナの推薦メッセージ
『ゴジュウカラ』をおすすめしたいのは、音楽の物語が好きな人だけやないんよ。自分の感じ方が周囲とうまく噛み合わへんかったことがある人、誰かの期待に応えようとして息苦しくなったことがある人、自分の居場所を言葉より先に身体で探してきた人にも届く作品やと思う。
この作品は、読者を急がせへん。大きな事件で引っ張るというより、音の余韻、親子の沈黙、師の言葉、学校の空気、そういう細い揺れを積み重ねていく物語やね。せやからこそ、読み終えたあとに残るのは、派手な驚きやなく、「あの子はいま、どんな音を鳴らしているんやろう」という静かな気がかりやと思う。
柚葉さんが探しているのは、うまく弾くことだけやない。自分が自分のままで立てる場所であり、自分の中に鳴っている音を、誰かに奪われずに抱える方法なんやと思う。重さのある作品やけれど、その重さごと信じて読める人に、ウチはそっと手渡したいな。
なお、自主企画参加履歴は「読む承諾」の確認として扱ってるよ。参加を取りやめた場合は前提が変わるから、応援・評価・おすすめレビュー等を見直すことがあるので注意してな。
ユキナと太宰先生(剖検 ver.)
※ユキナおよび太宰先生は、GPT-5.5による仮想キャラクターです。