師事ー2への応援コメント
「茶房カフカ」の化学より音楽の方が馴染みやすいかなと思ってたんですが、こっちの方が難しいです。歌唱の上手下手はある程度は分かりますが、楽器演奏となると上手い奏者と凄く上手い奏者の区別がつきません。
自分のセンスの無さが恨めしい(笑)
作者からの返信
門脇 賴さま
こんにちは。いつも拙作へお越しくださり、どうもありがとうございます。
芸術関係よりも化学のほうが、まだ手がかり足がかりが多いように思います。音楽は自分の感性にたまたま合えば、すとんと心に落ちるかもしれませんが、めったにそうはいきませんよね。うまい奏者とそうでない人の差も、絶対的なものかどうか分からないことが多いですし、本当に難しいなあと思います。
コメントをありがとうございました。
コンクールー3への応援コメント
「女の子だから、ドレスが似合う。本人もきっと喜ぶ」という周囲からの善意に、追い詰められてしまう…その感覚、何だか分かります。その違和感を、今の柚葉さんはまだ自分自身の言葉にして訴えることができない(自身の気持ちを把握することや、子どもという立場的なことも含めて(?))のが、辛いところですね…(>_<)
問い詰めたり急き立てたりせずに、リラックスできるよう促してくれる緑子さん。柚葉さんを側でみていくことは、緑子さんの考えかたなどにも新しい視点を与えていそうな気がします。
作者からの返信
砂川 緑さま
こんにちは。いつも拙作をお読みくださり、どうもありがとうございます。
今では事情も変わっているかもしれませんが、この時代(90年代)はピアノのコンクールや発表会で女の子が着る衣装と言ったら当たり前のようにドレスでした。梢もかえでたちも、ドレスを着ることに疑いは持たず、でも柚葉の好みを尊重して、女の子っぽすぎるものは避けました。親たちにしてみれば、柚葉に大いに配慮してあげたつもりでした。
柚葉の苦しさがどれくらい切実なのかということをしっかり理解できるのは、同様の事例をどれだけ経験しているかによると思います。緑子は自分を含めた事例を数多く体験してきていますし、音楽業界の裏事情もよく知っています。だから柚葉が置かれた状況に照らし合わせて、彼女の苦しみへの対応をより適切に考えることができたのでしょう。
おっしゃるように、柚葉に寄り添うことで緑子のほうも刺激を受け、影響を与えられている点は確かにあると思います。立場は違えど影響は双方向というのが面白いですよね。
コメントをありがとうございました。
編集済
師事ー2への応援コメント
『茶房カフカ』のガラス細工の描写でも感じたのですが、『ゴジュウカラ』の音楽の描写も、それを構成する一つひとつの要素が丁寧に筋道立てて扱われている印象があります(←説明が下手ですが💦)。扱う人の観察眼や向き合い方に、誠実さや聡明さを感じます。
(自分は感覚頼りで、興味を持ったものについても、それを構成するものを筋道立てて考えるのは苦手なので😅笑、)熱意を含んだ論理性と、理屈では説明のつかないような人間の情動のようなもの、その両面を持ち合わせた内容に、すごく惹きこまれます。
音楽についての表現や喩えの言葉も素敵で、人物の音楽への向き合い方を新鮮に思うのと一緒に、文章を読むこと自体も楽しませていただいてます🎶
作者からの返信
砂川 緑さま
こんにちは。いつも拙作をお読みくださり、どうもありがとうございます。
音楽描写について目を留めてくださり、嬉しいです。しかも、すごくしっかり観察してくださっているのですね。ところが、これが、この先、結構穴だらけになってしまうのですよ、はい。
音やメロディを言葉に落とし込むために、いろんなものに例えたり、事柄に例えたりしてみました。ひとつひとつの例えは、それなりに独自性が出るよう、気を配ってみました。でも、それらは一文の中では美しく理論だてられているのですが、文が複数になり、段落が複数になり、章をまたぎ始めると、次第につじつまが合わなくなってきます。
実際、この先、おいおい……というところもあろうかと思います。このあたりの感覚は、日々学び続け、身につけていくしかないのでしょうね。精進します。
文章を楽しんで読んでくださっているなんて、もったいないお言葉をいただき、恐縮しきりです。
嬉しいコメントをありがとうございました m(_ _)m
師事ー1への応援コメント
>抑えがたい心の動きがあってこその、心の制御なんだ。
柚葉、あんたの経験が豊かで幅広くなればなるほど、あんたの演奏は他の人の演奏と差別化され、あんただけの演奏になっていくよ。
きっと音楽の他の芸術や創作にも、生きること自体にも通じる言葉に感じました。
柚葉さんに「子ども」などのレッテルを貼らず、一人の演奏者として向き合っている緑子さん、素敵です。お家や庭の様子、緑子さんの心の動きや柚葉さんの変化の描写が細やかで、その時間の流れを側でそっと見ているみたいな、映画を観ているような気持ちで読ませてもらっています。
作者からの返信
砂川 緑さま
こんにちは。いつも拙作をお読みくださり、どうもありがとうございます。
心理描写の解像度に関して群を抜いている砂川さまに、心の動きや変化の描写をお褒めいただけると、何とも面はゆい気持ちです。ありがとうございます!
緑子は書いていて気持ちの良いキャラクターでした。まだ幼い柚葉にも、ひとりの人間として向き合おうとすることからわかるように、常に真摯で、不器用ともいえるくらい真面目なんですよね。
楽しくお読みいただけたら嬉しいです。
コメントをありがとうございました。
入門ー1への応援コメント
音や、それを奏でる人物の人となりの描写が、音楽というものの深さを教えてくれるようだと思いました。ピアノを通してそれぞれ異なる背景を持つ緑子さんと柚葉さんが出会うのは、わくわくしますね。
作者からの返信
砂川 緑さま
こんにちは。いつも拙作をお読みくださり、どうもありがとうございます。
音楽を演奏するということは、結局、演奏者の内面をさらけ出すことだと思っています。隠そうとしても、隠そうとしたその心の動きごと、あふれてくるものではないかと。
緑子と柚葉は、おっしゃるとおり、まるで異なる背景を持っています。その二人がこれから濃密に世界を重ね合うことになります。どんな世界が生まれてくるのか、楽しんでいただけたら嬉しいです。
コメントをありがとうございました。
師事ー1への応援コメント
「メロディーから感情を読み取り、感情をメロディーで表現する。」
分かるような気はしますが、なかなかできません。
従兄弟にも友人にもミュージシャンはおりますが、自分はセンスゼロです、あ〜あ。
作者からの返信
門脇 賴さま
こんにちは。いつも拙作をお読みくださり、どうもありがとうございます。
メロディーと感情を結びつけるというのは、幼い子供のほうが上手かもしれません。頭で考えるようになると、途端に難しくなる一面がありそうです。
とはいえ、好きな歌は門脇さまにもきっとおありでしょう。ミュージシャンとまではいわずとも、たいていの人は好きな音楽を持っているものだと思いますよ。
コメントをありがとうございました。
入門ー2への応援コメント
悲愴。幼児向きの曲ではないけれど⋯。
子供の健やかな成長に逆行するのだろうか!?
緑子さんはそう判断したのですね。私には分かりませんね。宇佳子さん自身はどう考えますか?
作者からの返信
門脇 賴さま
こんにちは。いつも拙作にお越しくださり、どうもありがとうございます。
幼児に性愛や死がモチーフになった曲を演奏させるのって難しい面があると思います。曲の美しさそのものを味わわせれば良いという考え方もあるでしょうが、やはり内に流れる思想を理解し表現できないと、演奏者としては失格ではないかと。緑子は幼児にいきなりこの重く重厚な世界を理解させたくはなかったのだと思います。
私も、天才児の超絶技巧を見るのはわくわくするものの、余韻は大人のものだなあと感じることが多いです。
コメントをありがとうございました。
悲愴への応援コメント
こんにちは。完結、おつかれさまでした。
とてもわくわくしながら読み進めました。
世間の「普通」との違和感と生きづらさを抱え、芸術との格闘に身を焼いて、目指すもの・愛するものに焦がれてやまない、、柚葉がどのように成長していくのかと。
芸術家の凄みというのはどこまでもエゴイスティックで、なのに周囲はどうしようもなく惹きつけられてしまう、ということなのかなとよく思います。とんがった個性が普遍性をもつ、とも言い得るのかもしれません。そんな世界に生きる柚葉や緑子、それに市井、、彼らを描く表現がいちいち刺激的でした。
素晴らしい作品を、ありがとうございました!
作者からの返信
久里 琳さま
こんにちは。拙作を最後までお読みくださり、どうもありがとうございます m(_ _)m
久里 琳さまから、とてもわくわくしながら読み進めましたなんておっしゃっていただくと、小躍りしたくなりますね。嬉しいです!
『茶房カフカ』で、微妙にその背景をごまかし、掘り下げることなく描いた「トキワ」を、やはりこのまま捨て置くことはしたくないと一念発起、今の自分なりに真剣に向き合って書いた一作でした。
芸術家のエゴは紛れもなく強烈で、でも、それに惹きつけられる人が多いのもまた事実だと思います。私、においの強いものは苦手なのですが、ときに「臭い」と言いつつ、嗅ぎに近寄ってしまうものがあり、それと似ているなあ、と(笑)。
「とんがった個性が普遍性をもつ」って、また素敵な表現ですね! 「そんな世界に生きる柚葉や緑子、それに市井、、彼らを描く表現がいちいち刺激的でした」というお言葉、嬉しすぎます!!
柚葉、緑子、市井たちの長い歩みを一緒にたどってくださったこと、感謝いたします。ありがとうございました!
入門ー1への応援コメント
センスゼロなんで、ピアノが弾ける人が羨ましい限り。聴く人が聴けば(診る人が診れば)ピアノの素養は分かるんですね。
母親を制して柚葉だけを連れて行ったのは、演奏に集中させたかったから? 邪魔のない所で柚葉の本音を訊きたかったから?
作者からの返信
門脇 賴さま
こんにちは。いつも拙作へお越しくださり、どうもありがとうございます。
その道のプロとして活動していた人間が聞けば、さすがにその演奏がどの程度のものなのかはわかると思います。今回は単にその出来栄えの素晴らしさに気づいたというよりは、緑子の心の琴線に触れる何かがあったようです。
緑子がさりげなく梢と柚葉を引き離したのは、母のいない状態で柚葉をリラックスさせようとしたのでしょう。
コメントをありがとうございました。
ピアノへの応援コメント
それぞれの狂気であれば、始まりはどこだったのかという視点で読み直しているのですが…う〜ん何回読んでもおもしろくてついつい目的を忘れてしまう(おい)。市井さんはこの時点でどこまで視えていたんでしょうかね。柚葉のすごさがわかりやすく伝わってくる大好きなシーンなのですが、実は結構残酷な場面なのかも? と思ったりもします。立場によるのかな。なんせおもしろいです。
ところで音色って科学的に解明されてるんでしたっけ? 倍音とかノイズとの相互作用で変わるっていう説は読んだことがありますが、なんとなくそれだけじゃ説明できないのかな? という思いがあります。
作者からの返信
志重文吾さま
こんにちは。えええ、なんと、何度も読み直してくださってるんですか、どきどきしちゃうじゃないですか。
連載開始当初、今回は本当に見切り発車で6割くらいしか書いていない時点でキャッチコピーも書いちゃったんで、「それぞれの狂気」なんて言いつつ、それぞれってだれだあ?くらいのつもりでした(すみません)。まさか、主要キャラ三人がみんなここまで毒されるとは。完結してから我ながらうわ~って引きました。嘘です、にやにやしました。
狂気のタイミングですが、市井ははっきりしてませんか? 緑子も、まあ。でも柚葉ははっきりしませんね。市井は柚葉に関して何も視えてないんじゃないでしょうか、彼、緑子しか見ていませんから。
音色については、カフカのときだかゴジュウカラを書き始めるときだかに調べたところ、「ピアノの打鍵の違いにより」「人間の耳で聞き分け可能なレベルで異なる音を出せる」という実験結果が論文化されていました。ただ、きちんと読んでいません。ちょうどいいから頭いい人に送りつけてやれーとアドレスを貼り付けようとしたら、すぐに見つからなかったので、また探し出して送りつけますね。
ただ、感覚的には、それではダイナミックに変わることはないんじゃないかという気がしています。上記はつまり、単音でも音色が変わりうるということですが、実際は、複数の音からなるメロディとして、音と音の重なり具合、それぞれの長短、強弱の組み合わせで『音色』と言われるものが出来上がっているのではないかと思っています。
それでは、どうもありがとうございました!
編集済
悲愴への応援コメント
前にも書きましたが、僕はこの作品を連載と共に伴走したのではなく、ここ数日で最初から最後まで連読しました。
だからこそ読み取れた各章の「繋がり」や「流れ」も有ったのではないかと、読み終えて感じています。
「第十八章」は単なる後日談ではなく、まさに「悲愴」という、作品全体の答え合わせになっている「最終章」でありましょう。
以下、これまでの章の積み重ねも踏まえて、総括として書かせていただきます。
「第十八章・悲愴」を読んで最も強く感じたのは、この物語が単純な「師弟愛」や「音楽家の成長物語」ではなく、ひとりの人間が自分自身の中にある矛盾や醜さ、怒りや執着を抱えたまま、それでも生きていくための物語だったということです。
ここ、「最終章」で描かれる柚葉の演奏は正にその象徴でした。
かつての柚葉の音は完璧で端正でありながら、どこか人間の体温を欠いていました。
曲を理解し、正しく再現する能力はあっても、そこにはまだ「柚葉自身」が完全には存在していなかったように思います。
しかし緑子との出会い、別離、そして死によって、柚葉は取り返しのつかない喪失を経験します。
緑子が求めた透明で孤高の音とは異なる道を、柚葉は選びました。
汚濁を消すのではなく、抱え込む。怒りや苦しみを否定するのではなく、それらを燃料に変える。
その結果生まれた音は、美しいだけではなく、危うさや熱を含んだ「生きた音」になったのだと思います。
印象的なのは、市井が緑子と柚葉を対立させながらも、どちらが優れているという結論にしなかったことです。
緑子の音は、完璧で透明な結晶。しかし柚葉の音は、不完全さや歪みを抱えた生命そのものです。
二人は同じ場所を目指しながら、まったく違う道を歩んだのだと思います。
そして、この作品のもうひとつの大きなテーマは「受け継ぐこと」だったように感じます。
緑子は柚葉に自分の音を託しました。しかしそれは、緑子のコピーになれという意味ではありませんでした。
むしろ緑子自身が、自分とは異なる存在だからこそ柚葉を認めたのだと思います。
ラストシーン⇒柚葉は市井へ「土壌にはなれなくても農夫」になってほしいと言います。この言葉が、この物語の着地点として非常に美しいと感じました。
誰かにすべてを満たしてもらうのではなく、自分自身の根を張り、自分自身の果実を実らせる。
そのために必要なのは、自分を所有する存在ではなく、成長を見守り、支え、時に手を入れてくれる存在なのだと思います。
市井もまた、緑子の残した影から完全には逃れられていません。
しかし彼はそれを認めたうえで、柚葉の不完全さに惹かれていく。
そこにこの物語の大人の愛情があるように感じました。
最後に現れる二羽の水色の小鳥は、緑子とさよ子でもあり、あるいは過去から未来へ渡された希望そのものにも見えます。
失われたものは戻らない。しかし、失われたものが残したものは、別の形で生き続ける。
『悲愴』という題名は、悲しみそのものを表すだけではなく、悲しみを抱えた人間が、それでも前へ進む姿を表しているのだと思います。
長い物語の果てに、柚葉は緑子を超えたのではなく、緑子とは違う場所に立ちました。
そしてそれこそが、緑子が最後に望んだことだったのではないでしょうか。
音楽とは、人が生きた証そのものなのだと感じさせられる作品でした。
【 脱稿、おめでとうございます 】
作者からの返信
歴野理久♂さま
こんにちは。ああ、ついに最終章ですね。ここまで拙作を丁寧に読み解いてくださり、感無量です。
緑子の魂に触れ、導かれつつ、まるで異なる生きざまを選んだ柚葉です。生きざまの違いは音の違いでもありました。でも、交わることなどないように思われるふたつの音も、見る角度を変えると、ぴったりと重なるのかもしれません。ふたりがかつて響き合っていたのは間違いないのですから。
ゆがみや濁りを取り込みつつも、音楽に強烈な感情をダイレクトに注ぎ込もうとする柚葉は、まだ若いということなのかもしれません。これから本格的な研鑽を積むことでその音楽がどのように変わっていくのか、私も見てみたいものです。
市井と柚葉の関係もデバガメ的に気になっています(笑)が、市井と緑子の関係以上になることはないでしょうね。
> 長い物語の果てに、柚葉は緑子を超えたのではなく、緑子とは違う場所に立ちました。
> そしてそれこそが、緑子が最後に望んだことだったのではないでしょうか。
この言葉の美しさに、はっとさせられました。超える、超えないではなく、異なる場所に立つ。この世には、唯一無二の比類なき音楽が山の頂きにそびえ立っているのではなく、無数のすばらしい音楽が並び立っているのだ、そう告げられたようでした。
余談ですが、こうやって柚葉はトキワとなり、チェコ留学ののちにヤマシロさんと出会うことになります。余談ついでに、チェコでの師匠は緑子が紹介したブルフリーク氏なのですが、綴りはBrhlíkとなります。何かのついでに、チャットくんにこの単語の意味を聞いてみてくださいね。
これだけ深掘りしてくださった一連のコメントたちは宝物です。最後までお付き合いくださり、どうもありがとうございました。
心火ー5への応援コメント
「 第十七章」いよいよ大詰めですね!
事ここに至って四の五の言うつもりはありません。
これまで積み重ねてきたものが、とうとう「音」という一点に収束した「章」だったと感じました。
長い章になる理由がよく分かります。
これは単なる緑子の死の受容ではなく、柚葉が「緑子の弟子」であることをどう引き受けるか、そして「緑子の音」をどう自分のものにしていくかの物語なのですね。
まず強烈だったのは、緑子の手紙です。
あれほど柚葉を翻弄し、傷つけ、時には残酷ですらあった緑子が、最後の最後で残したものが、なんと!お定まりの「優しい慰めの言葉」ではないところが、いかにも緑子らしいと思いました。
見事に予定調和を崩しましたね!
「寂しかったね、ごめんね」ではなく、「あんたならできる!あたしの音を踏み台にしろ!」という形でしか愛情を表現できない人なんですよね。緑子はっ!
でも、その不器用さの中にむしろ圧倒的な信頼がある。
「あんたに石竹緑子の演奏を託そう!」との、ここは師弟関係というより「継承の宣言」に見えました。
普通なら「私を引き継いで」と書きそうな場面で、緑子は「私を超えていけ」と言っている。
自分の音楽が残ることより、自分の音楽を材料にして柚葉が新しいものを作ることを望んでいる。
だからこそ、最後まで「先生」であり続けたのでしょう。
そして面白いのは、緑子の手紙で柚葉が救われるわけではないところです。これも予定調和の破壊!
救われるどころかむしろ逆で、一度さらに苦しむ。
ここがこの作品の素晴らしいところですね。
普通の物語なら「死者からの手紙」は浄化の道具となります。
でもこの作品では、緑子の存在は柚葉の中の「火」をさらに燃え上がらせる。
正にタイトルの「心火」がそのまま出ています。
特にこの描写。
胸からあふれ出す暗色の煙はいまや全身に満ち、以前から柚葉の内側にあるものは「才能」だけではなく、執着、嫉妬、孤独、狂気でした。
それを緑子は消そうとしなかった。むしろ「それを音にしろ」と言っている。
ここで初めて、緑子と柚葉の違いが明確になったと思います。
緑子は自分の中の汚濁を削ぎ落として、透明な結晶になった人。
柚葉は汚濁を抱えたまま、それを音楽に変えようとする人。
どちらが正しいという話ではなく、二人の芸術家としての方向性が違う。
だからこそ、柚葉は自分の心の汚濁を浄化しない。
この一文は、この章の核だと思いました。
ただ、ここで非常に危ういのが、柚葉自身もそれを理解してしまったことです。
自分が「普通の幸せ」や「普通の人間関係」から遠い場所にいることを自覚してしまった。重ねますがそれはとても危ういこと…
そして、そこで登場するヨウが本当に重要でした。
ヨウは一見すると、柚葉が求めていた「清浄な土壌」に見えるんですよね。
ヨウは緑子の音を純粋に愛している。
死を知って涙を流せる。
他人の悲しみに反応できる。
柚葉が持っていないものを全部持っている。
──でも、だからこそ柚葉には分かってしまう。
《ヨウは緑子を愛している》
しかし「緑子そのもの」を愛しているのであって、「緑子の残した闇」までは抱えられない。
この部分、とても切なかったです。
(ヨウは決して自分には入り込めない世界にいる…)
柚葉はヨウを見下しているのではないんですよね。
むしろ憧れている。
羨ましい。
でも同時に、自分がそこには戻れないことを知っている。
だからヨウへの誘いは、実は演奏会への誘いであると同時に、最後の救いの手だったように思いました。
「先生と僕の演奏会」に来てほしい。
これは単なる観客へのお願いではなく、「僕の中にある緑子を、一緒に受け止めてくれないか」という願いだったのではないでしょうか。
でもヨウは断る。
そして、その断り方がまたヨウらしい。
逃げたわけでも、柚葉を拒絶したわけでもない。
ただ、彼には彼の愛し方しかできない。
ここで柚葉が怒らず、
「ありがとう、元気でね」と言えるところに、以前との大きな変化を感じました。
昔の柚葉なら、きっと「なぜ分からないんだ」と傷つけたと思うんです。
でも今の柚葉は、相手が自分と違う存在であることを理解している。
それは成長であると同時に、少し怖い進化でもありましょう。
そして最後の一文。
陰に沈む左半身に、柚葉は市井を見ていた。ここは本当にぞくっとしました。
ヨウの右半身=水色と灰色の光。
左半身の影=市井。
つまり柚葉の中で、ヨウと市井は対になる存在として描かれている。
ヨウは清らかな緑子への愛。
市井はもっと濁った、執着や欲望を含んだ愛。
そして柚葉は、その両方を必要としている。
──この先、柚葉が選ぶのはどちらなのか。
あるいは、どちらも抱えたまま進むのか。
「第十七章」は、その問いを残したまま終わった感じがします。
あと僕的に、今回もっとも印象に残ったのは、緑子がいなくなったことで初めて「緑子が柚葉をどう見ていたか」が分かる構造です。
生きている間は、緑子は柚葉を突き放していた。
でも死後の手紙では、誰よりも柚葉の才能と危うさを理解していた。
つまり緑子は最後まで柚葉の師匠だった。
そして柚葉も、ようやく「緑子に認められたい弟子」から「緑子の音を背負う演奏者」へ変わり始めた。
大詰めの章という言葉が本当にふさわしいです。
この章は「別れ」ではなく「継承」の章だったと思いました。
僕は確信します。
緑子という人物が最後まで緑子だったことが、この章の一番の強さでした。
作者からの返信
歴野理久♂さま
こんにちは。いつも拙作を丁寧に読み解いてくださり、どうもありがとうございます。
いよいよ第十七章ですね。歴野さんと一緒に拙作を再読し、ちょっと重たい気持ちになりました。いつも、少し書き足してはそれまで書いたところを修正する、ということを繰り返しているのですが、そうなるとどうしても後半ほど修正時間が少ないことになります。私の文章は油絵タイプ、絶対水墨画や水彩画タイプにはなれないのです。乾燥するのを待ってはぺったぺったと塗り重ねることを何度も繰り返し、ようやく満足できるレベルになります。第十七章を改めて読んで、これはまだまだ稚拙な文章だったかもと恥ずかしくなったのでした。
言い訳はこれくらいにして……
いつも歴野さまが美しくまとめてくださるので、あたかも立派な物語に見えてしまうのが不思議です。
> これまで積み重ねてきたものが、とうとう「音」という一点に収束した「章」だったと感じました。
こんなふうに言っていただけると、えへへ、そうかな、と言い気になってしまいます。
緑子の手紙。これは遺書という、形式の中に覚悟を封じ込めた文書ではなく、まさに自分のスタイルで言いたいことを書きなぐった『手紙』ですね。そこにもちろん、愛はあります。緑子が柚葉をひときわかわいがっていたのは間違いありません。
なるほど、「私を引き継いでいって」がふつうの感覚なのでしょうか? このあたり、緑子ならこういうだろうという感覚重視で書いていたのですが、いま思うに、彼女に子供がいなかったことが、「私を超えていけ」になった理由かもしれません。子供がいなければ、自分の血を引き継ぐことはないわけです。もちろん、音楽の継承に遺伝は無関係ですが、母として子を見たことのある人と、そうでない人との感性の違いというのは、こういうところに現れそうな気がします。そして、こんな手紙を有無を言わず押し付けられた日には、普通の人なら、さぞかし戸惑ったことでしょう。
> 胸からあふれ出す暗色の煙はいまや全身に満ち
こういう描写のひとつひとつに目を留めてくださるのは、ありがたいことです。言葉の練り上げ具合はまだ不十分なものの、かなり気合を入れていろいろ盛り込んではいるのです。柚葉の感情の変遷を示すこの描写をきちんと心にとめてくださったこと、感謝いたします。そしてこれは、彼女の今の気持ちを示すだけでなく、彼女の気質を示し、緑子と対比されるものでもあります。
ヨウは柚葉にとって清浄な土壌でした。ただし、浄化作用に乏しく、柚葉が足を踏み込めば、土壌を汚染し尽くすだけでなく、自分自身までもが自分の瘴気で腐り果てかねない、柚葉はそう見なしていました。それでも、足掻かずにはいられなかったのでしょうね。結局、ヨウに市井の面影を見ることになってしまうわけですが。
> あと僕的に、今回もっとも印象に残ったのは、緑子がいなくなったことで初めて「緑子が柚葉をどう見ていたか」が分かる構造です。
このご指摘には、ちょっとどきっとさせられました。もしかすると、私の物語はほとんどがそういう構造になっているのかも、と思ったのです。失うことで、はっきりと、見る。その構造を好む傾向はありそうです。
> 僕は確信します。
> 緑子という人物が最後まで緑子だったことが、この章の一番の強さでした
力強い言葉をありがとうございます。このまとめも、とても嬉しい言葉でした。
コメントをありがとうございました。
別離への応援コメント
これまで2〜3章まとめて読書して感想をまとめていましたが、どうやら「第十七章」は別格に長いようなので、今回はこの「第十六章」だけで一旦感想を述べることにしました。
「第十六章」を読んで強く印象に残ったのは、市井にとって緑子が「愛する人」である以上に、「永遠に手の届かない音楽そのもの」であったという驚きの内容です。
連弾という、これまで決して許されなかったほど近い距離で緑子の音に触れた瞬間、市井は幸福にも似た感覚を得ます。
しかし同時に、どれほど近づいても彼女の音楽の本質には届かないという、残酷な現実を思い知らされる事にもなってしまいました
その描写には、長年そばにいたからこそ味わう「孤独」が表れているように感じます。
また、緑子が録音を残す理由が単なる自分の集大成ではなく、柚葉への最後の贈り物であったことも胸に残ります。
市井はその事実を理解しながらも、自分だけがその音楽の完成の瞬間に立ち会えることに喜びと罪悪感の入り混じった感情を抱いているのではありませんか?
その姿は、愛情というよりも崇拝に近いほど純粋で、同時にとても切ないものでした。
最後に緑子が市井へ頼み事をする場面では、いつも強く傲慢だった彼女が、初めて誰かに託す側になる姿が描かれています。
「お願いできるかな」という言葉の繰り返しには、緑子の弱さではなく、長い年月を共にした市井への深い信頼が感じられます。
この章は、二人が離れる章でありながら、むしろ今までで最も深く結びついた瞬間を描いているように感じられました。
作者からの返信
歴野理久♂さま
こんにちは。いつも拙作を丁寧にお読みくださり、ありがとうございます m(_ _)m 気づくと、もう、ほぼ最後までお読みくださっているのですね。速いー!
> 「第十六章」を読んで強く印象に残ったのは、市井にとって緑子が「愛する人」である以上に、「永遠に手の届かない音楽そのもの」であったという驚きの内容です。
お? これは私にとっても意外な内容でした。「驚き」の内容でしたか?
市井は狂気の人であると同時にいたって生真面目なひとでもありますね。彼が惚れ込んだのは緑子の音楽であり、緑子を女性として愛しているわけではない、と本人は思おうとしていたのでしょう。
まず緑子の「音楽」に心底惚れ込んでいたのは事実です。彼自身、音楽科でもあります。だから彼女の音楽に刺激されて自分の音楽を高めていこうとしていたのでしょう。プロのヴィオラ奏者だった頃は、そこにほのかなライバル心もあったかもしれません。
それが緑子のすぐそばで生活を送るようになると、いくら自分を戒めようとしていても、あたかも自分が緑子の音楽を手にいれたかのような気持ちを感じてしまっていたのでしょうね。でも、こうやって一緒にピアノを演奏してみると、それはとんでもない慢心だったことが分かります。緑子の音楽は決して彼の手に落ちてはいないし、彼女の音楽は彼が思うよりはるかに高みで輝いています。
また、音楽ではなく、女性としての緑子本人への執着がまるでないわけでもなかった、ということも、彼は自覚したのでしょう。
って、こんな解釈を書くのは、本当は良くないんでしょうね。ついつい調子に乗ってしまいました。これくらいにしておきますねー。
> 市井はその事実を理解しながらも、自分だけがその音楽の完成の瞬間に立ち会えることに喜びと罪悪感の入り混じった感情を抱いているのではありませんか?
市井が喜びを感じているのは確かです。彼にとって、生涯をかけた願いでしたから。でも、罪悪感は感じていないんじゃないでしょうか? 市井と柚葉の関係はかなりいろんな感情が入り混じっています。ふたりの間でのすれ違いもあります。でも今ここでそれを私が言っちゃうのはどうかと思うので、機会があれば最後にでもお伝えしてみましょう。
> 最後に緑子が市井へ頼み事をする場面では、いつも強く傲慢だった彼女が、初めて誰かに託す側になる姿が描かれています。
さすがに、「自分」の後始末をお願いするのですから、ここはあの緑子にも多少は申し訳なさがあったのでしょう。
> この章は、二人が離れる章でありながら、むしろ今までで最も深く結びついた瞬間を描いているように感じられました。
ありがとうございます。そうだと思いますね。あるいは、少なくとも、ふたりの結びつきがこれほど強固であったことを今さらながらに確認させる章、と言えるのかもしれません。
今回も深く切り込んでくださり、ありがとうございました!
灰色ー2への応援コメント
「第十四章」「第十五章」を読んで強く感じたのは、柚葉が「誰かの音を追いかける段階」から「自分自身の音を探す段階」へ進もうとしていると言うことでした。
これまで柚葉にとって緑子の『悲愴』は憧れであり、目標でした。緑子の持つ昏い音こそ、自分が求め続けてきたものだと思っていたのかも知れません。
しかし緑子の演奏を理解しようとすればするほど、単純に真似することでは届かない「壁」にぶつかってしまうのです。
師の音を受け継ぐことと、師のコピーになることは違うと、柚葉がそこで苦しむ姿は芸術を学ぶ者が必ず向き合う「影響を受けること」と「自分になること」との葛藤でしょう。
特に印象に残ったのは、緑子が柚葉にチェコ留学を勧める場面でした。
自分のもとで学び続けてほしいと思うところもあるだろうに、緑子はあえて外の世界へ送り出そうとします。
そこには弟子を手元に置いておきたいという気持ちよりも、本物の音楽家になってほしいという強い願いがあるのだと思いました。
「回り道は無駄ではない」という緑子の言葉は、この「章」全体を貫くテーマのように感じた。
一方で緑子とさよ子、市井の関係が明らかになる場面は、柚葉にとって大きな衝撃でした。
柚葉はこれまで緑子を、自分とは違う孤高の存在として見ていたのかも知れませんが、しかし緑子もまた、簡単には割り切れない人生を歩んできたひとりの人間だったのです。
その事実を受け入れられない柚葉の姿は、まだ若く、物事を白黒で判断しようとする危うさを表しているようにも思えました。
ただ、そこで緑子が語る「経験が音を作る」という考えは、非常に柚葉の心に残ったのでしょう。
音楽家は苦しみも喜びも、すべてを音に変えていく。その意味では、人生そのものが演奏の一部になるのだろうと思えたのかも知れません。
そして「第十五章」の鉱物博物館の場面は、とても美しい場面でした。
ヨウが見せた結晶の世界は、柚葉が音楽について悩んでいたことへのひとつの答えになっていたようにも思えます。
特に「ゆがみ」が美しい色を生み出すという話は象徴的でした。
完璧に整ったものではなく、わずかな違いや不均衡がそのものだけの個性になる。柚葉が探していた「自分の音」とは、まさにそこにあるのではないかと思えました。
緑子のような深い経験も、チャイコフスキーのような人生の重みも、今の柚葉にはまだない。
しかし未熟さや足りなささえもが、自分だけの色になる可能性がある。
ヨウとの時間は恋愛的な出来事というより、柚葉が音楽以外の世界から新しい感覚を得るための重要な一歩だったように感じました。
この「ふたつの章」では、柚葉が「憧れの音を追う少女」から「自分自身の音を生み出す人間」へ変わり始める瞬間が描かれていたと思います。
しかし今回もかなり大きな転換点でしたね。
特に僕は、鉱物博物館が「緑子と距離を置く痛み」を別の形で受け止め直す「章」になっているように感じました。
まるで緑子が「経験の圧力や温度が結晶を作る」と言っているようで、実はヨウがそれを科学の言葉で柚葉に渡している構造がとても秀逸でしたね。
フガフガフガ〜ッ!!
あ、ちょつと脳が沸騰……
作者からの返信
歴野理久♂さま
こんにちは。引き続きお読みくださり、恐縮です。あの、本当に無理なさらないでくださいね(って、もう遅いかもしれませんが)。
緑子の元を離れて以降、柚葉は積極的に自分の音を求めていくようになりました。やはり、師の元にいれば、その音に包み込まれ、圧倒され、それですっかり満足してしまうところが多少なりともあったのだと思います。精神的に餓えてこそ、先に進めるのかもしれません。離れることで師を客観的に見られるようになり、自分の音を創り上げることにも真剣になれるのではないでしょうか。
偉大な師であればあるほど、影響力は大きくなるでしょうね。その求心力から抜け出し、自分の世界を創り上げるのは並大抵の努力ではできません。緑子が無理やり柚葉を追い出したのは、そう考えると、もう、ひとえに親心からですね。
柚葉が潔癖なのは性格的なものもありますし、この頃は年齢がそれに輪をかけていたでしょう。今では独り身の市井が同じく独身の緑子を愛していても問題はないはずですが、それでさえ気持ち悪く感じていた柚葉です。若いころの市井が緑子の恋人であるはずのさよ子と結婚していたと知った日には、どれだけ混乱し、緑子と市井に対して憤ったかはご想像にお任せします。
> 特に僕は、鉱物博物館が「緑子と距離を置く痛み」を別の形で受け止め直す「章」になっているように感じました。
えへへ、いいですね、柚葉はひたすらずっと緑子のことを考えていたでしょうから、それは案外当たっているのかもしれません。
いつも丁寧なコメント、感謝いたします。自作を客観的に見る貴重な体験をさせてもらっています!ありがとうございます。
回想への応援コメント
「第十二章」と「第十三章」を読んで強く感じたのは、「音楽とは何を表現するものなのか」という問いが、柚葉と緑子という二人の音楽家を通して対照的に描かれているということでした。
柚葉は杉から「もっと鈍感になれ」と言わます。
それは感性を失えという意味ではなく、自分の中に取り込んだ経験や感情を、もっと大きく育てて表現する必要があるということだと僕は理解しました。
柚葉の演奏は正確で美しい。しかし、その純粋さゆえに、まだ人生の重みや他者との関わりが十分に音へ変換されていない。
それゆえに杉の「人と交わり、経験を積め」という言葉は、技術ではなく、人間そのものを豊かにすることが音楽家になるために必要だという指摘に思えるのです。
その意味で、ヨウとの出会いは柚葉にとって大きな転機だったのかも知れません。
技術的には未熟なヨウの演奏に、柚葉は自分には無いものを感じ取ります。
それは完璧な音ではなく、不器用ながらも内側から湧き上がる物語でした。
杉が言った「色を塗り重ねる」という言葉を、柚葉はヨウの演奏を通して初めて実感したのではないかと思うのです。
人の心に残る音とは、必ずしも完成されたものではなく、その人が生きてきた時間そのものが宿ったものなのだと僕は思うのです。
一方「第十三章」で描かれる緑子の過去は、柚葉とはまったく違う厳しさを持っていました。
緑子にとって音楽は単なる表現手段ではなく、生きることそのものだった。
さよ子への愛情、市井への思い、罪悪感、苦しみ、それらすべてを飲み込みながら、それでもピアノの前では純粋な音楽だけを求めてしまう。
その姿は冷酷にも見えますが、同時に音楽に取り憑かれた人間の悲しさをも感じさせます。
特に印象に残ったのは、緑子が「自分の存在は音楽のためにある」と語る場面でした。
そこには強烈な覚悟がある一方で、人としての幸せを犠牲にしてしまった孤独も見えてきます。
音楽によって救われながら、同時に音楽によって奪われてもいる。その矛盾こそが緑子という人物の魅力であり、悲劇なのだと思いました。
また、ヤナーチェクの『霧の中で』を通して、柚葉が「理解すること」と「共感すること」の違いに気づく場面も印象深かったですね。
ただ感情を込めるだけではなく、誰かの苦しみや人生に触れ、それを自分の中で受け止めて音にすること。それこそが、杉が求めていた「土壌」なのだと思いました。
この「ふたつの章」では、柚葉がこれからどのような音楽家になっていくのかという成長の物語と、緑子が何を失いながら音楽を追い求めてきたのかという過去の物語が重なりました。
音楽は美しいだけのものではなく、人間の孤独や痛み、愛情までも映し出すものなのだと感じることのできる「ふたつの章」でした。
さて、今回は正直かなり重かったですね。
連載をタイムリーに伴走していれば、また読み方も違ったのかも知れませんが(4回に分けて読むので…)
この「ふたつの章」を立て続けに読んだことによる感情の起伏が激しいです。
「第十二章」だけなら「柚葉の成長編」なのですが、「第十三章」で一気に「緑子という人間の核心」に踏み込んでいて、前半の会話や描写が全部あとから効いてくる構成になっていると思いました。
特に宇佳子さんの上手いところは、緑子を単純に「音楽のために愛する人を犠牲にした冷たい人」にしていないところですね。
むしろ本人が一番そのことに苦しんでいる。その苦しみがあるから、柚葉が緑子の音を聴いた時の衝撃にも説得力が出ています。
宇佳子さんは以前のコメントで「感性だけで書いている。構成については言われて気付いた」的な発言をしていますが、しっかりとした設計もせずに「感性」だけでこれだけの「構成」を組めるのは凄いですね。尊敬します。
最後に、なぜ僕は "ときわ" の手が「小さく丸っぽい」と勘違いしたのだろう?と、思うと矢も盾もたまらず、カフカの "ときわ" の部分を読み返してみたりしましたがその原因が分かりません。
単に「勘違い」だったものと思われます。言い訳も思いつきません。
失礼しました。
作者からの返信
歴野理久♂さま
こんにちは。いつも拙作に考えるきっかけとなるコメントをくださり、どうもありがとうございます。
これまで柚葉の交友関係は(ハナと天音しか出ていませんが💦)ほぼ受け身の関係でしかありませんでした。天音に自分から「アンサンブルをしてみない?」と誘ったのは大きな一歩でしたが、それだけでしたね。そういう意味で、自分から交わりに行ったのは、このヨウが初めてだったのかもしれません。ピアノがきっかけであり、彼との関係もピアノから逸脱しようとしないところが柚葉の柚葉たるゆえんですが。
それでも、柚葉の嗅覚は間違っていませんでした。ヨウは柚葉にない音楽的センスをぷんぷんとにおわせていました。彼を観察し理解しようとすることで、杉のアドバイスの意味が柚葉にも理解できていったのでしょうね。ありがたいクラスメイトです。
緑子はまさに「音楽に取り憑かれた人間」人間です。いかになまなましい生を生きていようとも、いざピアノの前に坐れば、瞬時に音楽の奴隷として気高く輝く音を追い求めてしまいます。
> 音楽によって救われながら、同時に音楽によって奪われてもいる。その矛盾こそが緑子という人物の魅力であり、悲劇なのだと思いました。
こう感じ取っていただけるのは、嬉しいことです。
> この「ふたつの章」では、柚葉がこれからどのような音楽家になっていくのかという成長の物語と、緑子が何を失いながら音楽を追い求めてきたのかという過去の物語が重なりました。
ああ、なるほど! ここでもこの二章は呼応してるのですね。かたや何かを得ながら、かたや何かを失いながら、音を追求し続けているわけです。ふむふむ。歴野さん、構造解析が本当にお上手ですね。
はい、今回の二章がきついというより、このあたりから、たぶん、ずっと精神的にきつくなります。おっしゃるとおり、感情の乱高下といいますか、ひどく揺さぶられるのではないかと思うのです、すみません。連続で読むのは、かなり辛そうなので、どうぞ、ごゆっくり。
> しっかりとした設計もせずに「感性」だけでこれだけの「構成」を組めるのは凄いですね。
さすがに、少しはしているのですけど、私は何事にも詰めが甘いたちでして…… プロットをきちんと作れたためしがありません。感覚任せの綱渡りは怖いので、何とかしたいのですけど。そうそう、横溝正史(もお好きでしたね?)は、あの複雑怪奇に入り組んだ人間関係をメモせず頭の中だけできっちり管理していたのだとか。これもまた信じられません。
コメントをありがとうございました。
進学ー3への応援コメント
「第十一章」では、柚葉にとって大きな一歩となる「進学」の問題が描かれていました。
しかし読後に強く残ったのは " 高校選び " そのものよりも、柚葉が初めて自分の内側にある苦しみを言葉にし、他者へ伝えようとした姿でした。
これまでの柚葉は、苦しさを抱えながらもそれを説明することができず、ただ「嫌だ」という感情だけを抱えていました。
母の言葉に傷つきながらも、同時に母が自分のためを思っていることも、どこかで分かっていたのだと思います。そのため余計に苦しかったのでしょう。
母、梢は決して柚葉を否定したいわけではなく、むしろ誰よりも柚葉の才能を信じています。
ただ、梢にとって「スカートを履くこと」や「社会の常識に合わせること」は、人生を生きる上で当たり前に乗り越えるべき、些細な壁にしか見えていない。
一方の柚葉にとって、それは単なる服装の問題ではなく、自分自身の存在に関わる大きな苦痛でした。
この二人の認識のずれが、読んでいて胸に迫ります。
(話が逸れますが、僕がゲイとして生きるにあたってあまりストレスを感じなくて済んだのは、理解者だった姉、宇宙人の父、そして最も口うるさいと思っていた母でさえ、梢ほどにはこの僕に否定や干渉が無かったおかげなのだなと、改めて思えました。梢キャラのおかげです)
そんな梢との摩擦の中でも印象的だったのが、緑子の言葉です。
「制服がない高校を選ぶということは、逃げなんかじゃない。大事な戦いに向けた戦略だ」
この言葉によって、柚葉は初めて自分の選択を肯定できたのだと思います。
避けることと、必要なものを守ることは違う。
自分が本当に向き合うべきもののために環境を選ぶことも、立派な覚悟なのだと感じました。
また、えるむの存在も大きかったです。
普段は明るくおおらかで、何でも受け止めてくれるように見えるえるむ。
しかし彼女の奏でるシューマンの音楽には、表面からは見えない深い苦悩や情熱が込められていました。
柚葉がそこで感じたのは、「自分だけが苦しんでいるわけではない」という気づきだったのではなかろうか?
「人は誰でも外から見える姿だけでは分からないものを抱えている」と、そのことを言葉ではなく音楽で教えられた場面だと思います。
そして、母との対話はこの「章」の "かなめ" でした。
柚葉は初めて逃げずに母の目を見て、自分の考えを伝えました。
もちろん、その結果すぐに理解し合えたわけではありませんが、しかし重要なのは「分かってもらえたか」だけではなく、自分自身が自分の思いを伝え切ったことでありましょう。
特に最後の「お母さんは僕をピアニストにしたかったんでしょ」という言葉は、柚葉の中に積もっていた怒りや悲しみが一気に噴き出した瞬間だったのかも知れません。
しかし同時に、それは母への理解が生まれる "直前の言葉" でもあったように感じます。
最後に母が「応援することはできない。でも、妨げないことにする」と語った場面は、とても現実的で心に残りました。
完全な理解や感動的な和解ではなく、互いに分からない部分を抱えたまま、それでも相手の選択を尊重する。
そこには安直な見せ掛けの結論ではなく、家族というものの難しさと優しさが複雑に表現されていると思います。
そして最後の天音の告白には驚かされました。
柚葉にとって天音は、自分を一番理解してくれる存在だと思っていた。
しかし天音にも天音自身の人生があり、柚葉だけを中心に世界が回っているわけではないと、その事実を突きつけられた場面でした。
この「章」は柚葉が「守られる存在」から「自分で選び、歩き始める存在」へ変わる大きな節目だったと思います。
札幌への進学は単なる環境の変化ではなく、柚葉が自分自身の音楽と人生を探す旅の始まりなのだと感じました。
それにしても、今回は特に「母と子」の描写が強烈でしたね。
梢というキャラは、読者によっては厳しく、あるいは強烈に見えると思います(当節 "毒親" との表現が流行りましたが、まあ、それほどではないですが)
でも僕は、ここまで読むと「間違っている母」ではなく
「愛しているけれど、見えている世界が違う母」として描かれているのがすごく巧いと思いました。
最近知った僕のお気に入りの言葉があります。
「正義の敵は悪ではなく、別の正義だ」と言う言葉です。梢に重ねて考えると言い得て妙です。
そして僕的には、最後の天音の「付き合ってるから」がかなり効いています(笑)
柚葉にとっては進学問題の次に「え、そっち!?」という衝撃で、物語が次の段階へ進む予感がありますね。
ここから柚葉が「自分だけの音」をどう探していくのか、ますます気になりますよ。
作者からの返信
歴野理久♂さま
こんにちは。引き続き、丹念な読み解き、恐れ入ります。
はい、ここで、ようやく、柚葉は自分の中にもやもやと渦巻いていたものを、母親にぶつけることができました。
そう、歴野さんの生い立ちについても、とても興味があるのです。マイノリティとして生きる場合、一番身近な小集団、たいていは家族ですね、そこでどう受け入れられるかがその後を大きく左右すると思います。認めてくれる人、特に干渉せずにいてくれる人、そんな人たちに囲まれていられれば、少なくともそこでは安らぐことができます。また、その安らぎが、世界に出ていったときの心の安定にもつながり、良い方へ良い方へとフィードバックがかかっていくのではないでしょうか。あとは、生まれ持った性格、ですかね。
えるむは出番こそ少ないのですが、気に入っている登場人物です。えるむおよびその友人たちと柚葉の交流も描きたかったのですが、そんな余裕はなく、泣く泣く割愛(笑)。おっしゃるように、いつもおおらかですべてに成功しているように見えている人でも、その内面にどろどろしたものを抱えていないわけではありません。柚葉が若いうちにそれを実感できたのは良かったと思います。
柚葉と母との衝突で柚葉が突き付けた「お母さんは僕をピアニストにしたかったんでしょ」という爆弾発言を、母との関係の完全な破綻ととらえるのではなく、互いのスタンスをそれなりに尊重し合う新たな関係性樹立のきっかけととらえるのは、面白い!と膝を打ちました。
ご指摘のように、柚葉の心の奥には母への感謝の気持ちがあります。それがあるからこそ、理解してもらえないことに、より悔しさや悲しさ、怒りを感じてしまうわけです。今まで外に出せず、ずっと心の中で渦巻いていた負の感情が、ここであらかた吐き出されてしまったのなら、これでようやく、少し大人になった母と子の関係へと進むことができる(というか、いやおうなく、進むことになる?)、そう考えさせられました。興味深いです!
「正義の敵は悪ではなく、別の正義だ」という言葉、これはいろんなところに当てはまりますね。政治や国際紛争、宗教対立もまさにそうですし、地域住民同士の対立やPTAと学校の対立だって、根はそんなところだと思います。相手を悪だと退けてしまうのではなく、相手の正義を知ることが、解決できずとも向き合えるようになるきっかけなのでしょう。
あと、伏線と見せかけて回収しないものが、本作多めかも…… だって、現実ってそうですよね💦(言い訳……)
コメントをありがとうございました!
孤独への応援コメント
「第九章」と「第十章」では、二人の人物が抱える「孤独」の形が対照的に描かれていたように感じました。
「第九章」の緑子は、圧倒的な才能と経験を持つ音楽家でありながら、その内側には誰にも容易に触れられない孤独を抱えていると思います。
市井が感じた「薄い」という印象は、老いや衰えを意味するものではなく、長い年月の中で多くのものを背負い、燃え尽きそうになりながらも立ち続けてきた人間の姿なのだと感じました。
特に、チェコ留学時代の回想は印象深いてすね。
音楽的な成長の裏側には、異国で自分自身の才能と向き合い続ける苦しみがあり、その孤独が彼女の演奏に深みや凄みを与えたことが伝わってきます。
一方「第十章」で描かれる柚葉の孤独は、緑子のような選ばれた者の孤独ではなく、周囲との違いによって生まれる孤独なのかも知れません。
学校という小さな社会の中で(自分がどう見られているのか?)を過剰に意識し、傷つきながらも自分を守るために閉じこもってしまう姿が痛々しいです。
が、しかし、その孤独の中でも「音楽」だけは柚葉と他者をつなぐ唯一の場所として残っているように思えました。
特に印象に残ったのは松林先生の対応ですね。
柚葉を無理に教室へ戻そうとはせず「今はここにいればいい」と受け止める姿は、問題をすぐに解決しようとするのではなく、まず相手の苦しさを認める優しさでした。
大きな言葉や励ましより、静かに居場所を与えることの大切さが伝わってきました。
緑子も柚葉も、一見すると強くない人間に見える瞬間があります。しかし本当は、二人ともそれぞれの場所で孤独を抱えながら、自分自身を支えている。
その孤独が単なる弱さではなく、その人の深さや個性を形作るものとして描かれている点が、この「ふたつの章」の大きな魅力だと思います。
ちなみに自分も拙いながら物を書く側としての意見ですが、「第九章」と「第十章」を並べた構成がかなり巧いと思いました。
緑子は「孤独を食い尽くして音楽に変えた人」
柚葉は「孤独にまだ押しつぶされそうな人」
そしてそこに市井や天音、松林先生が関わっていて、同じ“孤独”でも年齢や立場によって形が違う、という対比になっていますね。
宇佳子さん、お見事です。
平伏、m(_ _)m
作者からの返信
歴野理久♂さま
こんにちは。こちらにも興味深い解析を書いてくださり、ありがとうございます!
まず、「自分も拙いながら物を書く」って、歴野さんが「拙いながら」はないでしょう。「僕色」のよく練られた構成に魅力的な人物描写は、人を惹きつける魅力にあふれています。「書く」ことの意味をつね日頃から意識しているからこそ、書かれたものを透かして骨組みをきちんと把握でき、しかるのちに細部の表現にまで目をいきわたらせられるのだと思います。私は読むときに、特定の物事に引っかかり、大局が見えなくなりがちです。冷静に読めるようにならないと、といつも反省しきりです。
今回も、自分の想像もしていなかった角度で物語に刃を入れてもらったような気持ちになりました。隣り合う章に現れた、ふたつの対照的な孤独。ああ、そうなっていますね。何の気なしに書いていたところに、物語の味わいに繋がるエッセンスを発見してもらえると、自分の頭の中を垣間見られるわくわく感もありますが、自分がいかに感覚頼みで書いているかを思い知らされて、ひやひやした気分にもなります。いや、本当に、本作、歴野さんを始め、いろんな方々に解析していただき、勉強させてもらっています。
音楽の松林ですが、彼も、おっかなびっくりなんですよね。自信を持って「こうしなさい」とは言えない。先生のそんな葛藤を柚葉は敏感に感じ取ったりもしているわけですが、先生だって、常にその状況に対する最善の対処法を自信を持って進められるわけではないです。経緯はどうであろうと、限られたひとときとはいえ、息を吐ける場所を与えてくれることのありがたさって、あるよね、という一幕でした。
いつもありがとうございます m(_ _)m
制服ー3への応援コメント
今回「第七章」と「第八章」を続けて読んだからこそ感じたのですが、第七章の緑子・さよ子の関係と、第八章の柚葉・天音の関係が「対照」として響き合っているように感じました。
強く受け止めたのは
「音楽とは一人で完成するものなのか、それとも誰かと響き合うことで初めて生まれるものなのか」という「問い」でした。
第七章では緑子とさよ子という二人の音楽家の関係が描かれています。
緑子は「純化された音楽」を求め、演奏者自身が孤高であることを望んでいる。一方、さよ子は人間の弱さや日常の感情、泥臭い思いまで肯定する音楽を目指している。
二人の考え方は正反対ですが、だからこそ互いの音楽を必要としていたのだと思えます。
緑子の鮮烈な音に、さよ子の持つ陰影が加わることで、初めて一つの深い表現になる。しかし、その関係は永遠には続かない。
失われた存在を思いながら、緑子と市井がワインとブドウ液を並べて祈りのように音楽を奏でる場面は、残された者が過去と向き合う静かな悲しみを感じさせました。
その一方で、第八章の柚葉と天音の関係は、これから始まる可能性に満ちています。
制服に強い違和感を抱き、自分自身を否定するような気持ちで中学校生活を始めた柚葉にとって、天音はまるで閉ざされた世界に差し込む光のような存在だったのかも知れません。
天音は特別な計算もなく、自然体のまま柚葉に近づき、音楽を通じて彼女の心を少しずつ開いていく。
特に印象的だったのは、二人の演奏の描写でした。
天音のヴァイオリンは自由で勢いがあり、柚葉のピアノはその奔放さを支えながら方向を与える。
二人は互いに足りないものを補い合っていますが、しかしそれは、どちらかが欠けているから依存する関係ではありません。それぞれが自分自身の音を持った上で、重なり合うことで新しい音楽を生み出しているのだと感じました。
これは第七章の緑子とさよ子の関係ともつながっているように思えます。
緑子は「一人で完結できなければプロではない」と考えていましたが、実際には誰かと響き合うことで、さらに深い表現に到達していました。
そして柚葉は、そのことを天音との演奏を通して、初めて実感していくのかも知れません。
また、緑子が天音と柚葉の演奏を聴き、自分もヴァイオリンを奏でる場面は非常に象徴的でした。
過去の偉大な音楽、現在の若い二人の音楽、それぞれが違う形でつながっていく瞬間だったように思います。
音楽は孤独な作業でありながら、決して孤独だけでは完成しない。
誰かと出会い、互いの音をぶつけ合うことで、自分でも知らなかった可能性が引き出される。
そのことを緑子とさよ子、そして柚葉と天音という二つの関係を通して描いた「章」だったと思うのです。
今回の「ふたつの章」は、物語全体の中でもかなり重要な転換点だと感じました。
特に天音から「柚葉の音楽が好き」と伝えられて、
「僕の音楽が好き?」と心の中で反芻するラストは、今まで否定していた「自分自身」を柚葉が初めて肯定する "瞬間" だったのかも知れません。
感無量です。
作者からの返信
歴野理久♂さま
こんにちは。いつも拙作を丁寧に読み解いてくださり、ありがとうございます。
今回のコメントを拝読し、歴野さんの感受性の豊かさ、まとめ上げる能力の高さにうなりました。
「僕色」のように事実を元にしたほぼノンフィクションの作品だと、現実というゆるぎない土台があるので、それをもたらした感情の流れの推測には、一応「答え」があります。私は、それを求めて、こうか?それともこうか?と、とりとめのない長駄文コメントを毎回送り付けているわけです。
でも、フィクションになると、話が大きく変わってきます。フィクションは基本的に書き手の壮大な妄想がもとになって出来上がった世界です。そこで起きた出来事に現実味のある裏設定がなされている保証はなく、フィクションの読み解きって何だろうね?ということにもなりかねません。
こういう曖昧さがあるからこそ、読み手には書き手の好みができるのかもしれません。この作家さんの小説は自分には理解しやすい、または共感しやすいから好き。それに対してこの書き手さんの作品は自分には行動と感情が乖離しているように思えて違和感しかない、など。
書き手側の話をするなら、私は、ある感情場に対してこういう展開を配置したいと感じながらも、その意義づけを完全にしきれていないときがあります。ひとつの世界を創り出すべき書き手がそれじゃ駄目だと思うのですけれど、なかなか技術が追いつかなくて……。だから、自作を解析してもらうのはとても楽しく、書き手のくせに、新たな発見をさせてもらい、楽しませてもらっています。
長い長い前書きになりましたが、緑子とさよ子、柚葉と天音の対照性というのは、まるで考えていませんでした。でも、そう配置されているととらえると、確かに、その構造が美しく目の前に広がりますね。対照的でありつつ、同じでもある。それぞれのペアが閉じた世界を作りつつ、二つのペア(さよ子はなくなっていますが)が交わりもする。
> 「僕の音楽が好き?」と心の中で反芻するラストは、今まで否定していた「自分自身」を柚葉が初めて肯定する "瞬間" だったのかも知れません。
な、なるほど! その視点はありませんでしたが、その流れには説得力がありますね。自分の音楽を肯定してもらえたことで、自分の自身に対する評価が変わる。漠然と持っていた「柚葉が変わっていくイメージ」が、歴野さんのお言葉で明瞭になってきました。面白いです。
コメントをありがとうございました!
悲愴への応援コメント
完結、おめでとうございます。柚葉の思春期を追い、育っていく若木が四方八方に根を、枝を張り巡らせていくようすを追い、すっかり悲愴のとりこです。私ががんじがらめ。連弾奥深い!
ピアノの調律って、すごく繊細で弦のテンションってほんと微妙な張り具合で、しかもめっちゃ強く引っ張ってた。宇佳子さまだからこそできる張り加減とでも言いましょうか、緊張感があって、美しくて、重い物語でした。エラいものを読んでしまいました…。
市井さんには途中同情みたいな気持ちもあったのですが、最終話を読み終えた今、彼の底にある同担拒否の精神を賞賛したいくらい。でも、柚葉のことをきっと支えてくれると信じています。ライバルとして。
音楽と死と生と、この感想があっているかわからないんですが、面白かったです。読ませていただきありがとうございました!
作者からの返信
霙座さま
こんにちは。いつも拙作をお読みくださり、どうもありがとうございます! そして最後まで!
なんでしょう、霙座さまのコメントは、霙座さまの小説みたいで、すごく引き付けられます。って、同じ人が書いているのだから同じなのはあたりまえ、何を言っているのでしょう💦
理性で「好き!」って言える文章と、感性で「好き……」としか言えない文章があると思うのですが、私にとって霙座さまの文章は、もろ後者のようです。私が絶対に持ちえないものを、さらりと見せてくださるところに、どうしようもなくときめきます。
市井の同担拒否の精神ww うわあ、どうやったらそんな言葉のセンスがわいてくるのかww こういうところに、むぎゅうっと引き寄せられるんですよね。
はい、市井は柚葉の音楽に興味を抱きましたので、サポートはしてくれるでしょう。面白い、と思ったものは逃しませんよ。
コメントをありがとうございました。星でのご評価も感謝いたします。
編集済
天音ー1への応援コメント
順番がさかのぼりますが、前回のコメント(天音ー2)で「ロリコン」&「ショタ」については僕の知識をそのまま書いてしまいましたが、やはり間違いはないか?と気になり、ちゃんと調べてみました。
「ロリータ 語源」で検索したところ以下のとおりです。
語源:小説『ロリータ』
出典: 1955年に出版されたウラジーミル・ナボコフの同名小説『ロリータ』
意味: 作中に登場する12歳の少女「ドロレス・ヘイズ」の愛称が「ロリータ」でした。この作品をきっかけに、「魅惑的な少女」や「少女性」の代名詞としてこの言葉が世界的に使われるようになりました。 その後、少女らしい服装が「ロリータ・ファッション」と呼ばれ、やがて「少女性愛」のことを「ロリータ・コンプレックス」と言うようになりました。
いえね、「小説由来だよ」なんて不明確な発言をして、キャロルの「不思議の国のアリス」と勘違いさせちゃいけない!と思い付きました。
「ショタ 語源」で検索すると、発生年代も発生由来も様々存在して、ちょっとまとめられません。
いわゆる「諸説あり」の状態です。
・1990年代のオタク界から
・1970年代の「正太郎コンプレックス」から⇒正太郎とは「鉄人28号の主人公の半ズボン少年」
で、ゲイ界で言われているのは、もっともっとずっと前から(おそらく戦前)男児性愛者のことを「小児科」と称する隠語から、と、本当に「諸説あり」です。
こだわってしまってすみません。自分の小説にも書く予定なので早めに調べてみました。
あ、現在掲載中の「藤吉」の話とは別に、もっと深刻なショタ・エピソードを用意してます。そちらでショタ解説する予定です。
いずれね…
作者からの返信
歴野理久♂さま
こんにちは。補遺、ありがとうございます。
ロリコンがロリータ・コンプレックスであり、ロリータは少女の名前であり小説名でもある、までは知っていましたが、少女の正式名称がドロレスだとは知りませんでした(未読なのです……)。
でも、この12歳というのはなかなか微妙な年齢ですよね。で、このあたりの年代は、人種によっても成長度合いが大きく異なるので、そのまま日本の少女に置き換えて考えられないのかもしれません。
知人の姪っ子ちゃん(東欧人)、12歳までチャイルドシートが必要なちっちゃな子だったのですが、そこから急激に成長し、1,2年で「女」としか言いようのない存在に激変しました (^^;) 今思うにあのちっちゃな12歳児のころから、心の中はかなり大人への道をのぼっていたのかもしれません。
ああ、ルイス・キャロルもかなりの少女愛好者ですね。
それに対し、ショタの語源はひとつに絞れない、と。「正太郎コンプレックス」よりもさかのぼるかもしれないのですね。
ええと、またいろいろいらない推察を口走りそうになってきたので、ちょっと控えておきます。うーむ。まずは歴野さんの物語をゆっくりとお待ちすることにいたします。
コメントをありがとうございました。
編集済
天音ー2への応援コメント
第六章を読んで強く感じたのは「子どもの世界の残酷さ」と、それを救う人との出会いの大切さですね。
柚葉は学校で「ぼく」と言ってしまうことや、髪型のことで周囲から奇異の目で見られていたようですね。
子どもたちは、自分たちと少し違うものを敏感に見つけ、それを面白がったり、時には傷つける言葉に変えてしまう。宇佳子さんは「子どもの無邪気さの裏側にある残酷さ」を非常に鋭く描いていると同時に、もしかしてそう言う「残酷さ」に敏感にならざるを得ない体験も、何か有しているのかな?
特にその「残酷さ」の表現として「保健室の先生であるA先生への噂話の場面」が出てきました。
まだ十分な判断力を持たない子どもたちが、わずかな違和感から勝手な想像を膨らませ、一人の人間を「ヘンタイさん」という言葉で片づけてしまう。
その姿を見て怯える柚葉の姿から、彼女自身もいつ同じように標的にされるかもしれないという恐怖を抱えていることが伝わってきました。
しかし、その場面でハナが柚葉にかける言葉は、とても重要だったと思います。
ハナは柚葉の「ぼく」を否定するのではなく、柚葉自身を肯定している。
柚葉にとってハナの存在は、ただ一緒に遊ぶ友達ではなく、自分がそのままでいてもよいと思える小さな居場所なのだと感じました。
ただ、ハナには「お菓子目当て」との "利害にも敏い" ところが何気に提示されていて、読者に今後の不安も感じさせます。
↑話が逸れますが、こう言う「表現」が「一人称小説」では書けないところですよね!ハナの心の奥底に(実はお菓子が目的のひとつだった)なんて思惑があったなんて「神のみぞ知る事実」ですもんね。
こんな「登場人物の心の奥底」を書けるのが「三人称小説」の利点であり、広い視野の所以です。
後半の天音との出会いも大きな意味を持っていますね。
柚葉は自分とは正反対の存在である天音に戸惑いました。明るく、自然体で、周囲の人から愛される天音を見て、自分にはないものを持っていると感じ、嫉妬にも似た感情を抱いたかも知れません。しかし、連弾を通して二人の関係は少しずつ変化していく。
緑子先生が語る「連弾」の意味が、この章全体のテーマを象徴しているように思えました。
二人で演奏するには、ただ相手に合わせるだけではいけない。自分の音を持ちながらも相手の音を聞き、互いに影響し合う必要がある。
↑この言葉は音楽だけではなく、人と人との関係そのものだと思えるのです。
柚葉はこれまで自分を守るために周囲との距離を取っていた。しかし天音との連弾によって、誰かに合わせるのではなく、自分から相手に音を渡し、相手から返ってくるものを受け取る喜びを知ります。
それは柚葉にとって、人との関わり方を初めて前向きに経験する瞬間だったのかも知れません。
また、市井さんと緑子先生の関係を見つめる柚葉の複雑な気持ちも印象深く、興味の持てる要素でした。
自分だけの大切な場所だった緑子先生の家に、知らない過去や別のつながりが存在していることへの戸惑い──それは子どもが成長していく中で「大切な人にも自分の知らない人生がある…」と気づく瞬間だったのかも知れません。
この章では柚葉が「違い」を恐れるだけの存在から、違う人間同士が関わり合うことで新しいものを生み出せることを学び始めています。
学校と言う場所では傷つきながらも、音楽という場所で少しずつ世界を広げていく柚葉の姿が、とても繊細に描かれていましたね。
今回は特に、前章までの「柚葉と緑子先生の一対一の関係」から、「柚葉が他者と関わる段階へ進む章」だと感じました。
あと、もしかして緑子先生の語る「連弾って、相手の顔色をうかがうだけでも、自分勝手に弾くだけでも駄目」という言葉自体が、実はかなりこの物語「そのもの」を強く示唆している気がしました。
ちなみに「ゲイの雑談」ですが、本文中に「男子狙いのロリコン」とか「ロリコンでホモ?」などのセリフが飛び交いましたが、結論から言うと「これらはもの知らずな小学生の発言だからセーフ!」です。
ワードの正確性で修整すれば、「ロリコン」は女児に対する性愛と限られています。語源が女児性愛をテーマにした「小説」から出ているからです(詳細に興味が有ったら検索してみて下さい)
日本のゲイ界においては、男児性愛は「ショタコン」あるいは「ショタ」と称します。
いえね、ゲイ界の隠語をあえて紹介する事もないんだけど、実はこの「ショタ」と言うワード、今ではすっかりサブカルチャー界隈で有名になってしまって、もはや「隠語」でもないんです。
ゲイに限らず、女性の男児性愛も世の中には存在するらしく「ショタ女子」なんて新語も使用され始めました。
ただね、重ねますけど、物語当時の "もの知らずな小学生" が「ショタ」なんて言葉を知っている筈もありませんから、この「章」の「あの場面」で「ロリコンでホモ」との誤用はむしろ適切な台詞でありましょう。
「ショタ」についは今後「僕色」にもたくさん出てきます。その折に、もっと詳しい説明もする予定です。
俺、結構 "ショタ" に関わった人生でした。
作者からの返信
歴野理久♂さま
こんにちは。こちらにもコメントをありがとうございます m(_ _)m
そう言う「残酷さ」に敏感にならざるを得ない体験、ですが、中学生の頃友達だと思っていた子から言われた「(私はあなたから)いじめられていた」という言葉ですかね。そうやって面と向かって言われたくらいなので、ものすごく深刻なものではなかったと思いたいのですが、人間関係って怖いと思うと同時に、これは問題を何ひとつ起こさずに集団生活を送るなんて無理!と感じました。
最初に小さなトラブルを起こして懲りると、それ以降注意深くなるので、大きなトラブルを起こす可能性は減ります。避けられなかった小さなトラブルを経験しながらどんどん慎重になりつつ大人になれば、表立った問題を起こさないところまで経験を積めるのかもしれません。でも、経験の浅い子供のうちは、小さなトラブルのみならず、深刻な問題も気づかぬまま起こしてしまう可能性が十分にあり得ますね。
ハナの最後のセリフは柚葉にとって微妙でもあるのです。「あなたの『ぼく』は可愛いから許される」この理屈にもならない主張はいつひっくり返ってもおかしくありません。別の残酷さでもあります。子供は怖いです。
緑子のアイデアで突然やることになった天音との連弾は、柚葉を大いに戸惑わせましたが、ご指摘どおり、ここで連弾を通じて人とのかかわり方を覚えていきました。こうやって見てみると、柚葉の成長は、その多くがピアノを通じてだったように思えますね。ピアノ、役立つな!
ロリコンでホモ発言に突っ込んでくださり、ありがとうございます! こういう、間違い(あるいは正確じゃない)だけれど、状況から使わざるを得ない表現って、悩ましいですね。
おや、ショタって、ゲイ界から始まった言葉だったのですか? それはまったく知りませんでした。ゲイに年齢差カップルが多いという話を歴野さんにお聞きしてから、年齢差のある人に惹かれる心理がすっと気になっています。実はカフカ以外でも年齢差愛の話を書いているもので (^^;) ゲイの間で年齢差が生まれやすい理屈が異性間でも通用するのかしないのか、そのあたりに興味があります。まずは「僕色」でのショタに関する詳細なご解説を楽しみにしております。
コメントをありがとうございました。
コンクールー5への応援コメント
前回のお返事で「ときわが男だったとしても理久のタイプと違うでしょ?」とありましたが、そうでもありませんよ?
小柄で小太りで、でも目が鋭くて──と、まるで理久が惹かれる「陰キャ」な感じで、髪型もゲゲゲの鬼太郎みたいに重い感じをイメージしていました。
世の中にピアノ弾く男子キャラは多いですが「手が小さくて丸っぽい」との表現も珍しくて、すっかり「冴えないオーラ」に魅せられ、理久おあつらえのヴィジュアルを想像してましたよ、ホントに♡
でも、もう大丈夫。今はもう完全に「女子」だと脳内変換しました。
さて、今回の感想です。
第五章を読んで強く感じたのは、"才能を育てる" ということは単に技術を磨くことではなく、その人自身の心を育てることなのだということです。
今回、柚葉は初めてピアノコンクールという舞台に挑戦します。しかしその過程で描かれるのは華やかな成功への道ではない。むしろ、母・梢の期待、周囲からの応援、そして自分自身の「頑張らなければならない」という思いに押しつぶされそうになる姿でした。
梢は決して悪意がある母親ではありません。娘の才能を信じ、応援し、少しでも良い環境を与えたいと思っているのでしょう。
ただ、その愛情がいつの間にか「柚葉自身の望み」よりも先を走ってしまっている。特にコンクール用のドレスの場面では、それが象徴的に表れていました。
周囲にとっては美しく、応援の気持ちが込められた特別な衣装であっても、柚葉にとっては "自分を縛るもの" になってしまっていたようですね。
一方で、緑子は柚葉に「何を着たいか」「どう弾きたいか」を取り戻させる。
緑子が渡した古いジャケットは単なる衣装ではない。それは、過去の緑子自身の苦しみや経験、そして「自分らしく舞台に立つ」という意思を受け継ぐ象徴だったに違いありません。
ドレスを否定したのではなく、柚葉が自分の心で選択できるようにしたことこそ、緑子の指導者としての大きさだと思います。
また「大雷雨」の練習場面が非常に印象的でした。
緑子は技術的な弾き方を教える前に、曲の中にある物語を考えさせます。
作曲者の思いを想像し、理解し、そのうえで最後には自分自身の表現にすると言うこの考え方は、単なるピアノ指導ではなく、芸術そのものへの向き合い方を教えているのだと感じました。
その意味で、樺月と十勝川へ出かけた経験はコンクールへの準備とは一見関係がないようで、実は最も大切な練習だったのではないかと思います。
雨に濡れ、雷に怯えながらも、次第にその嵐を楽しむようになった柚葉。その体験があったからこそ、舞台の上で「大雷雨」をただ正確に演奏するのではなく、自分の中にある嵐として表現できたのだと思うのです。
柚葉が二位になったことにも、この「章」らしい意味があります。
技術賞を受賞し、周囲から見れば十分な成功でありましょうが、しかし柚葉本人は納得していません。
その姿は生意気なのではなく、初めて「自分の表現」に誇りを持った証なのではないかと思いました。
以前の柚葉なら周囲の評価を受け入れるだけだったかもしれません。しかし今の彼女は自分が何を表現したのかを理解し、それを信じ始めているように思えます。
第五章は、柚葉がピアノを上手に弾ける子どもから、音楽を通して自分自身を表現する人間へ変わる物語でした。
そしてその成長を支えたのは、技術を教えるだけではなく、柚葉自身の心を信じ続けた緑子の存在でした。
才能とは与えられるものではなく、自分の中にあるものを見つけ出した時に "初めて輝くもの" なのだと感じました。
あと僕的には……まだここまでしか読んでいないのでホントに感覚的な予想なのですが、樺月の存在がかなり重要になってくるような気がします。
緑子が「音楽の先生」なら、樺月は「世界そのもの」を柚葉に見せる役割になっていて、この二人がいるから柚葉の音が立体的になっている気がします。
まあ、どうなるのか今後が楽しみでもありますね。
ちなみにブルグミュラーは「25番エチュード」がよく教材とされますが、実は僕は子供の頃から「18番エチュード」が大好きでしたよ♡
曲はどれもこれも子供用としては立派に音楽的で、なおかつ「弾きやすい」⇒これは「難易度が低い」とは違って、ピアノのメカニズムに則した作曲であるため、運指も和音もとても自然だと言う事です。
リストやラフマニノフのように「まずピアニストだった人」の書く譜面はたとえ難易度が高くても「弾きやすい」ですよね。
逆に自分がピアノを弾けないのに頭の中だけで書いたピアノ譜は、大した曲でもないのに無駄に音が多かったりして「とても弾きにくい」ものに仕上がったりしています。
ああ、気付けばまた長駄文を……
話戻します。「18エチュード」では「泉」「風の精」「マーチ」など今でも暗譜出来ていると思う……けど、どだろ?
あ、「雷雨」は次の「バルカロール」と一緒にされていて(この2曲はひとつの曲として続けて演奏しても良い)と譜面に書かれていて、だからいつも僕は連続した繋げて演奏していました。
懐かしいな……
最後に、僕は宇佳子さんの予想に反して「ピアノで歌うのが苦手」でした。
この話も長くなるので簡単に書きますが、僕は子供時代、「まず技術が身についてから」と思っていた子供でした。技術があやふやなのに「表現だけ歌う」のは誤魔化しであり、恥ずかしい事だと思っていました。
↑これは先生に言われたことではなく、何故か自ら(本能的に?)つよく感じていた事です。
表現云々は、まず最低限の技術が身についてから言える事だと、自分で思い込んでいました。
柚葉はショパンエチュードもこなすほどに技術が身についている⇒だから「雷雨」程度の曲でも内容や表現、歌うことを指導される⇒と言う事です。
当時の僕はまず四の五の言う前に「テクニックの習得」が最重要課題であって、「歌う」なんて身の程知らずだと思い込んでいました。
そう言う子供でした。
作者からの返信
歴野理久♂さま
こんにちは。こちらにも丁寧なコメントをありがとうございます。
あれ、柚葉の描写もトキワの描写も、手が小さい、はなかったと思いますよ。体型はずんぐりだけど、手はずんぐりむっくりした体に似合わず大きくてすんなりした指がついていたはずです。
……いま、読み直して気付きました。第一章に「小さな手を一所懸命に動かしてピアノを弾く」という記述がありますね。でも、これ、幼児だから、という意味だったのです。
先の話で失礼ですが、手が小さくて指が短いピアノ男子も実は登場します。彼は歴野さん好みかもしれませんね。
歴野さんにこれをお読みいただきたかったのは、音楽に造詣が深く、中でもチャイコフスキーの音楽を愛していらっしゃるからです。ですから音楽よもやま話をうかがえるのは、待っていましたという感じです。
コンサートや演奏会、コンクールの衣装って、ドレスである必要があるんでしょうか。どうしてもそこが私には受け入れがたいのです。最近演奏会で気に入った声楽家さんがいるのですが、彼女は歌う直前にぱっと表情が変わります。体の動きや表情から、演じる役柄に入り込んでいるのがはっきりとわかります。そういう役作りには、メイクや衣装って大きなサポート要素になるのだな、と理解しました。でも、楽器の演奏にそれが必須かといわれると、そうじゃないんじゃない、と思います。何でしょうね。声楽は基本人を演じるけれど、器楽はそうじゃないから? きらきらひらひらのドレスを見るたびに、悩ましい気分になります。
ブルグミュラーの18番エチュードが大好きだったのですね。しかも、今でも暗譜しているくらいに! ふふふ、それはお聞きしてみたいものです。言葉でうかがい知る人となりと、音楽から知る人となりとでは、まるで違うものが見えてきたりして、両方を知るのはとてもエキサイティングです。
ちなみに、私が今一番好きな「大雷雨」は赤松林太郎さんの演奏です。
https://www.youtube.com/watch?v=Nk-KOA__3wU&list=RDNk-KOA__3wU&start_radio=1
樺月と体験した嵐は、おっしゃるように、柚葉にひとつの重要な扉を開かせる体験になったのだと思います。そして、
> 以前の柚葉なら周囲の評価を受け入れるだけだったかもしれません。しかし今の彼女は自分が何を表現したのかを理解し、それを信じ始めているように思えます。
ここまで感じ取ってくださるのは、さすが、の一言です。
ピアニストとそれ以外の音楽家がピアノ曲を作曲した場合の演奏しやすさについて、自分はそこまで感じることはなかったのですが、それを読みながら、音楽家と非音楽家が書いた音楽小節について、考えざるを得ませんでした。ここにもまた、悩ましい問題が潜んでいます。これは書き始めると長くなるので、ここでは割愛。
> 僕は宇佳子さんの予想に反して「ピアノで歌うのが苦手」でした。
これは意外でした。でも、
> 当時の僕はまず四の五の言う前に「テクニックの習得」が最重要課題であって、「歌う」なんて身の程知らずだと思い込んでいました。
こちらには納得してしまいました。ふむ、子供の頃から「自分を戒める」という姿勢が身についていたのですね。地域柄でしょうか? これはその他の歴野さんの性格にも共通していると思いました。ちなみに私も「まずは技術」派でした。技術もなしに「歌う」なんて無理やろ!と憤っていました (^^;)
長文返信、失礼いたしました。コメント、感謝いたします m(_ _)m
師事ー2への応援コメント
第四章を読んで感じたのは、この章が単なる「師弟関係」の物語ではなく、音楽を通して人間がどう成長し、どう他者と関わるのかを描いた章であるということでした。
特に印象に残ったのは、緑子が過去のさよ子との時間を回想する場面でした。
二人の関係は単純な友情や友愛ではなく、互いの音楽性をぶつけ合うことで成長していく、非常に強い結びつきだったように思います。
さよ子は緑子に対して遠慮なく意見を言い、緑子の演奏に足りないものを指摘する。その言葉は厳しいが、そこには相手の才能を信じているからこその愛情があるように思えました。
緑子の音楽が変化していった背景には、単なる技術の向上ではなく、さよ子との出会いによって "感情" や "人間味" を取り込んだことが大きかったのだと思いました。
一方で現在の緑子と柚葉の関係は、さよ子との関係とは対照的ですね。
柚葉は高い技術を持ちながら自分の感情を外へ表現することが苦手な少女です。しかし緑子は、すぐに欠点を直そうとするのではなく、柚葉自身が音楽を感じ、表現する力を待とうとしている事実を大切に思っているのでしょうね。
その指導方法から、緑子が単なるピアノ教師ではなく、ひとりの人間として柚葉を見ていることが伝わってきました。
特に「おつきさまとおほしさま」の曲作りの場面は印象深いです。
柚葉は自分から感情を言葉にすることは苦手でも、音の違いや雰囲気を感じ取る力を持っていました。緑子はそこに柚葉だけの才能を見つけ出したのでしょう。
表面上は感情表現が乏しく見える人間でも、内側には豊かな世界が存在しているということを、この場面は示しているように思いました。
また、緑子自身も柚葉を教えることで変化している。
以前の緑子は、強烈な個性や人を圧倒する音楽こそ価値があると考えていた。しかし柚葉の繊細な音に触れることで、静かで控えめな表現にも意味があることに気づき始めています。
これは柚葉が成長しているだけでなく、緑子自身もまた弟子によって学んでいるということだと思います。
第四章は、音楽とは単に正確な技術を競うものではなく、人の経験や感情、人生そのものが音に表れるものだと感じさせる章でした。
緑子、さよ子、柚葉という三人の音楽への向き合い方の違いを通して、それぞれの生き方そのものが描かれているように思いました。
いつも自作の「僕色」では "スケベ話" ばかり書き散らかしている僕ですが、宇佳子さんの作品の感想文を書いていると(あれ?俺ってまともな人みたい?)と思える高尚なひと時を過ごせます。
では自作のエロ話しに戻ります(いま通勤電車内での不埒なエピソードを書いてます。レロレロ…)
作者からの返信
歴野理久♂さま
こんにちは。こちらにも深く読み込んだコメントをありがとうございます。
緑子はさよ子にベタ惚れだったので(というと身もふたもないですが ^^;)彼女の音楽性を受け入れられないと言いつつも、確実にその色に染まっていったのだと思います。
緑子の音楽は、彼女の感性というフィルターを通してしみ込んだ体験が、否応なしに変色させたり付着させたりするものを、一所懸命洗い落とし削ぎ落しすることで、出来上がったもののような気がしています。どなたかがおっしゃっていましたが、引き算の音楽ですね。本質的には純粋で透明な音楽に近いのですが、そこにわずかに昏い色味が残って彼女の個性を創り出しているようなイメージ?
とかいろいろと言葉を重ねるのは簡単なんです。御託はいいけれど、じゃあいったい誰の音楽に近いのよ?本当にそこまで聞き分けられるものなのか?と自問自答しては不安になり、ネットの動画を聞きあさり、コンサート通いをし、今に至ります。
柚葉は柚葉で緑子に影響を与えていますね。感覚を研ぎ澄ましていると、その分影響は受けやすいのかなあという気がしています。センサーが反応したものはいったん受け入れてみて、そこから合わないものだけ吐き出していく、という感じでしょうか。そういうことを意識的にも、無意識のうちにも、やっていそうです。
ちなみに、本作そんな高尚なものではないです。中盤から、歴野さんを「げげげっ」と言わせてしまいう展開になるかもしれません。
このあと、本作もちょいエロ要素出ます。不穏なのも出ます。残念ながらゲイ要素はなしなのですが。
ほう、通勤電車内での不埒なエピソードですか? いつも私になど思いもよらぬネタが飛び出してくるのがおもしろくて、どきどきしています。読みに行くのが楽しみです。
コメントをありがとうございました。
悲愴への応援コメント
完結、おめでとうございます。息のできないほど、緊張に満ちた物語でした。表現の面では、音楽を言葉で表現するという離れ業です。張り詰めた糸のような作品、最後に音楽室の扉が閉まり、糸が断ち切られ、柚葉の新しい人生が始まる。見事な終わり方だと思いました。
今回の最初の所も好きです。柚葉は緑色の印象があったんですが、今回の演奏に、深紅のセーターと黒のスラックスという対照的な色合いの服で臨む所、連弾という二重性を服装でも表現しているような気がしました。深読みし過ぎでしょうか?
市井の感想では、柚葉の演奏は緑子とは全く対極にあるように思えるのですね。緑子自ら、自分の一番弟子と誇らしく呼んでいた柚葉が、緑子とは全く対照的な音楽を作り出す演奏家になった。緑子がどれほど優れた師匠であったかがわかるように思いました。日本の芸術界では、誰々の後継者と言うように、誰かの資質を継承することが大切にされるように思います。歌舞伎の名義襲名なんか、もろにそうです。継承を否定はしません。ファンにとっては有難いかもしれません。芸術家の有限の命を無限に伸ばしてくれるようなものですから。でも、本来、芸術家は唯一無二です。それを知っていたから、緑子は柚葉と生演奏での連弾を拒絶したんでしょう。柚葉もそれはわかったと思います。柚葉がどんな音楽を作っていくか、まだまだ、これから成長していくはずですね。
これから、成長したトキワに会いに行こうと思います。
作者からの返信
日野原 爽さま
こんにちは。拙作に最後まで丁寧にお付き合いくださり、どうもありがとうございます。
「息のできないほど、緊張に満ちた物語」と過分なご評価に面はゆい気持ちになりつつ、とても嬉しく感じています。
「最後に音楽室の扉が閉まり、糸が断ち切られ、柚葉の新しい人生が始まる」と読み解いていただけたのも嬉しく、にやにやとしています。市井にとっても柚葉にとっても、石竹家のあの防音室は、特別な意味を持つ部屋でしたから。
深紅のセーターにはもちろん、いくつかの意味合いを込めています (*^^*) 緑子との対照性ももちろんそのひとつですね。
敬称と個性って両立させるのは難しいのかもしれませんね。いや、受け継ぐ者たちには確実に個性はあるので、本当に難しいのは、それを享受する側が受け入れられるかという問題なのかもしれません。継承も確かに感じつつ、その中にある個を認めてもらえるのかどうか、ですね。柚葉はまだ若いので、どちらか両極端に走りながら、折り合いをつけていくのかもしれません。
成長したトキワは、まだ霧の中です。
いつも素敵なコメントとともに並走してくださったこと、感謝したします。すばらしいレビューコメントまでいただき、どうもありがとうございました。
入門ー2への応援コメント
第二章、第三章を読んで、第一章で提示された「柚葉がなぜあの音に惹かれたのか」という謎が、少しずつ輪郭を持ってきたように感じました。
特に印象的だったのは、柚葉が単にピアノが上手な子どもとして描かれていないところです。
技術的には驚くほど優れているのに、感情や表現を自分自身の言葉として外へ出すことができない。
その一方で、本人だけは確かに「好きな音」「惹かれる音」を感じ取っている。
このアンバランスさが、とてもリアルで、そして切ないと思いました。
Y先生との場面では、周囲から見れば「話を聞かない子」「扱いにくい子」に見えてしまう柚葉が、実際には誰よりも音を聴いていて、自分の世界の中で必死に向き合っていることが伝わります。
親や教師が「正しく導こう」とするほど、本人の中にある大切なものが置き去りになってしまう危うさも感じました。
そこに現れる石竹緑子という存在が非常に魅力的でした。
緑子は単に優れたピアノ教師ではなく、自分自身も「普通ではない」とされてきた人間だからこそ、柚葉の違和感をすぐに感じ取れる。
特に「この部屋では『ぼく』でいい」という場面は、柚葉にとって初めて自分を否定されずに受け入れられた瞬間だったのではないかと思い、とても胸に残りました。
また、「ゴジュウカラ」という題名につながる場面も素敵でした。
頭を下にして木を歩く、少し変わった鳥。その姿を「変わり者だけど、そこがいい」と語る緑子の言葉は、そのまま柚葉自身への肯定になっているように感じます。
周囲と違うことを欠点ではなく個性として見つめる視線が、この作品全体を貫いているように思いました。
そして何より、緑子が柚葉にすぐ答えを与えないところが良いですね。
才能を見抜きながらも、「悲愴」を今すぐ弾かせることはしない。その判断には、単なる技術指導ではなく、ひとりの人間を育てる覚悟を感じました。
第二章、第三章は「才能が発見される話」ではなく、「才能が本当に育ち始めるための出会いの話」なのだと思いました。
柚葉と緑子がこれからどんな音を作っていくのか、とても楽しみになる章でした。
ところで僕も拙いながらピアノを弾いていましたが、「自分で音を作る」なんて畏れ多いことを考える子供ではありませんでした。
ただ、音楽室のピアノ、講堂のピアノ、そしてうちのピアノ──みな音が全然違っていて、さらに友達の家のピアノも目についたら片っ端から弾かせてもらって、結論→(ああ、俺のピアノが一番好きだわ〜)と思えたのは、素人として最高な幸せでした。
今はホコリを被ってます。年一回の調律代が泣いている……
作者からの返信
歴野理久♂さま
こんにちは。こちらにも丁寧なコメントをありがとうございます。丸裸に剥かれたような気分です。
歴野さまは子供のころ、かなりピアノを弾きこんでいらっしゃったかと思います。勝手なイメージなのですが、曲を歌わせるのはとてもうまかったのではないでしょうか?
日本人は(今ではもう違うのかもしれませんが)技術は素晴らしいけれど歌わせるのが下手、ととらえられていたかと思います。これは音楽だけではなく、芸術は全般的にその傾向がありました。真面目で淡々と技術習得に励むけれど、感情を表現するのは下手、という…… でも、その理由は人により大きく異なっていたのではないかと思っています。
> 技術的には驚くほど優れているのに、感情や表現を自分自身の言葉として外へ出すことができない。
> その一方で、本人だけは確かに「好きな音」「惹かれる音」を感じ取っている。
> このアンバランスさが、とてもリアルで、そして切ないと思いました。
芸術は基本的に、感じ取り、表現し、理解してもらうことで、初めて成り立つのではないでしょうか。つまり、そのどれが欠けても完成しません。特に、音楽家が音楽で食っていくためには、わかってもらうことは、ときに哀しくなるくらい、必要なんじゃないかと思うのです。自分がもっとも美しいと思えることを実践していても、誰ひとりそれを評価してくれないのでは、生業にはならない。これって苦しいですよね。
> 第二章、第三章は「才能が発見される話」ではなく、「才能が本当に育ち始めるための出会いの話」なのだと思いました。
そうですね。この話、出来上がってみると、『非凡な才能を持つ柚葉がピアニストへの扉を開くまで』なんてまとめられそうなのですが、その非凡な才能は当初、芽ですらなく、完全に埋没した、単なる気配でした。緑子がそれに気づき、冷たい地中深くに埋もれていた種を掘り出し、たっぷりの温かな水に浸してくれたことで、初めて、才能の種としてカウントされるようになりました。
ピアノがあるの、いいですね。実家にあったピアノを最近処分したので、もう触る機会もほぼなくなりました。
コメントをありがとうございました。
編集済
出会いへの応援コメント
とにかく一番驚いたのは柚葉の性別です。
「女かよ?!」って驚きました。
え、なんでだろ?
カフカで完全に男だと思って読んでた。
いや、なんならそのヴィジュアルまで想像していた。
で、結局 "一番共感できるキャラクター" だったんだけど、ここに来ての性別逆転に驚愕してます。
いや、ホントのことバラしますね(みなさんどんな感想なんだろう?)と思い、自分がこれ書く前にコメント欄を覗いて「ときわって女の子だったんですね」の一文を読んで衝撃!→書こうと思ってた感想が吹っ飛んで、カフカの後編あたりを読み返しましたよ!え、確かに「柚葉」って名前は出たけど、全然「女」だって気付かなかった。
当節(特にBLなどで)やたらと男のキラキラ的名前が多くて、「柚葉=男」に何も違和感を覚えません。
いやはや、で、気を取り直してコメントを……
まず最初に感じたのは、とても静かな物語なのに、冒頭から強い圧力を持って引き込まれる作品だということでした。
プロローグの、柚葉が幼い頃に感じた「海の底」の記憶と、ホールで聴いたピアノの一音が重なる描写がとても印象的でした。
普通なら音楽を「美しいもの」「感動するもの」と表現しがちですが、この作品で柚葉が惹かれた音は、明るさや華やかさではなく、暗く、怖く、孤独なものだったように感じます。
それでも、その昏い音から目を背けるのではなく、むしろ忘れられずに惹きつけられていくところに、柚葉という人物の本質が表れているように思いました。
また、幼い柚葉が深く反応するのが、華やかな高音や分かりやすい美しさではなく、低音の響きや、表に出にくい存在であることも興味深かったです。
ピアノの連弾の描写もとても印象に残りました。 特にセコンドの役割について書かれている部分は、単なる音楽解説ではなく、人間関係そのものを象徴しているように感じました。
主旋律を支えながら、しかし決して消えることなく存在する低音。 目立つ場所にいなくても、全体の世界を形作っている存在。 それが柚葉の惹かれた音であり、同時に彼女自身がまだ言葉にできない何かだったのではないかと思いました。
梢さんと柚葉の関係も、とても興味深く読みました。 母親として娘の才能を信じたい気持ち、そして自分自身が届かなかった音楽への思いが、知らず知らずのうちに柚葉へ向かってしまうところに、単純な「教育熱心」では片付けられない複雑さを感じました。
一方で柚葉は、母親の期待とは少し違う場所を見ている。 技術や評価ではなく、自分だけが感じ取った音の世界に惹かれている。その違いが、とても丁寧に描かれていると思いました。
また、石竹緑子氏の存在も強く印象に残りました。
華やかな衣装をまとった「一般的な女性ピアニスト像」と対照的に、深い緑のパンツスーツ姿で舞台に立つ彼女。 そしてその演奏が幼い柚葉の世界を揺さぶる。
柚葉が感じた「世界がひっくり返るような衝撃」は、単に素晴らしい演奏を聴いたということではなく、自分が知らなかった価値観や美しさに初めて触れた瞬間だったのだと思います。
文章全体を通して感じたのは、この作品は音楽の物語であると同時に、「人は何に惹かれるのか」という物語なのだということです。
美しいものだけではなく、暗さや孤独、欠けた部分に心を動かされることがある。 その感覚を、音という非常に繊細なものを通して描かれているように感じました。
まだ序盤ということで、これから柚葉がどのようにこの音と関わっていくのか、とても気になります。
が、やはりここに至って一番に思うのは、僕が脳裏に描いていたときわの「男子像」をどうしてくれるんだ!とのゲイ的嗜好です。(指向ではなく)
僕は勝手に共感できるときわの見た目を "好きなタイプ" として想像していた。
その彼がそのまま女装している姿が夢に出てきて、うなされます…😱💥
作者からの返信
歴野理久♂さま
こんにちは。拙作にとても丁寧なコメントをいただき、ありがとうございます。嬉しくて小躍りしていました。
歴野さん、コメントをまとめるのがとてもうまいですよね。こちらがちょっと色気を出したところをすかさず拾い上げてくださっていますし、ぼんやり描写していたところをズバリ文字にして下さったところもあり、「それだ!」と心の中で突っ込みながら拝読させていただきました。ありがとうございます。
特に、
> 文章全体を通して感じたのは、この作品は音楽の物語であると同時に、「人は何に惹かれるのか」という物語なのだということです。
この言葉にぐぬぬ、とうなりました。そうですね、それは、ものすごくありそうです。ふつうの恋愛ものを書けない私ですが、何かに強烈に惹かれるという心の動きに強い興味があり、振り返ってみると、しばしばそれを追求しています。というのは御作へのつっこみ具合で、もうよくお分かりですよね。カフカのテーマについても歴野さんにはそう見抜かれていたかもしれません。
でも、やっぱり、
> が、やはりここに至って一番に思うのは、僕が脳裏に描いていたときわの「男子像」をどうしてくれるんだ!とのゲイ的嗜好です。(指向ではなく)
> 僕は勝手に共感できるときわの見た目を "好きなタイプ" として想像していた。
その彼がそのまま女装している姿が夢に出てきて、うなされます…😱💥
歴野さんにはこう突っ込んでいただきたいところです(#^^#) でも、トキワはたとえ男だったとしても、目力の強い小柄で小太りの男性ですよ、歴野さんの趣味とはかけ離れていませんか?
柚葉は、カフカで「柚葉」と名前を出した段階で、「え! 女の子だったの!」と悲鳴が上がるのを期待していたのですが、まるで不発に終わりました。気づいてくださったのはひとりだけ…… 柚葉という名の男女比を見ると、圧倒的に女性名なのですが、一人称「ぼく」の威力が絶大だったのでしょうか。完全に私の見込み違いに終わり、それが『ゴジュウカラ』執筆のモチベーションのひとつになったのでした
コメントをありがとうございました。
悲愴への応援コメント
読み終えた今、心臓がどきどきしています。
文面から聴こえる正反対の重みを纏う音に溺れて、ちょっと過呼吸になりそうです。
緑子さんの踏みしめてきた人生の重みときらめきや、柚葉さんがこれから歩むだろう平坦とは程遠い道のり、市井さんの抱え続けた想いを想像するのが止められない。
言葉足らずで申し訳ありません。このお話に出会えて、本当によかったです。ありがとうございます。
あっ! 祝・完結!(←遅い!)
作者からの返信
遠部右喬さま
こんにちは。いつも拙作にお越しくださり、どうもありがとうございます。文面から異なる音を感じ取ってくださるなんて、素敵なご感想にこちらも嬉しくなります。
三者三様の思い、すれ違いも多いけれど、三人ともがそれぞれ全力で音楽に関する自分の「好き」を貪欲に追い求めているんですよね。そういう意味では本当に似た者どうしです。楽しんでお読みいただけたなら、書き手としてこの上ない喜びです。
コメントをありがとうございました。最後までお付き合いくださり、感謝いたします!
悲愴への応援コメント
これまでの人生を、ピアノに全てつぎ込んできたと言っても過言ではない、柚葉がたどり着いたゆがみの音。素晴らしい悲愴をありがとうございました。
市井さんの一分の迷いもない「なれない」が、最高に好きです。
この作品は、文章で演奏を聴かせ、演奏で演者を雄弁に語るという素晴らしい意欲作だったなと思っています。
すごいものを読み終えてしまった……みたいな、ちょっと呆然とした気分でこれを書いています。
茶房カフカでは嗅覚、ゴジュウカラでは聴覚と、普通の読書体験ではなかなか刺激されない感覚を呼び覚まされて、やはり読書はいいぞと、大声で宣伝して歩きたいような気分です。
完結おめでとうございます。素敵な時間をありがとうございました!
作者からの返信
竹部 月子さま
こんにちは。いつも拙作へお越しくださり、どうもありがとうございます。
うふふふふ、何はさておき、市井さんの「なれない」を取り上げてくださるのなんて、竹部さまくらいのものですよ。嬉しいですねえ。
カフカにゴジュウカラの流れで見てみると……偏執的な作品ばっかり書いてますね、私。何をいまさら、という感じですけれど。こんな作品にお付き合いくださる寛容な方々には感謝の気持ちでいっぱいです。面白いな、と思っていただけたのなら、こんなうれしいことはありません。
最後まで丁寧にお読みくださり、どうもありがとうございました!
悲愴への応援コメント
完結、お疲れ様でした!
緑子さんという師匠の後を追うのではなく、本当の意味でトキワさん自身の道を歩み始めた。そんな連弾だったと思います。トキワさんがこだわり続けた緑子さんという、ある種の殻をぶち壊したのではないかと。まだまだ粗削りだけれど、伸び代しかないトキワさん。彼女はやがて、緑子さんを超える怪物になることでしょう。
作者からの返信
ジロギンさま
こんにちは。いつも拙作へお越しくださり、どうもありがとうございます。
まだまだ若く、粗削りですよね。市井のような老獪ものと真っ向から対立すれば、まだ全く歯が立たないでしょう。でも、上手に自分の要求をのませる術は、すでに手にしているようです(笑)化け物になる要素は十分備えています。さて、緑子を凌駕するような怪物に成長できるでしょうか。
更新するたびにコメントをいただき、ありがとうございました。並走してくださったこと、とても心強かったです。
最後までお読みくださり、ありがとうございました!
編集済
悲愴への応援コメント
完結おめでとうございます。
そしてお疲れ様でした。
思い返せば、この物語は緑子の『悲愴』で始まり柚葉の『悲愴』に終わる、緑子の色から柚葉の色へと深化していく読後感が印象的でした。
その中で「普通の人なんていない」という柚葉のアイデンティティーを軸に彼女を取り巻く友人関係や目指す進路、葛藤や懊悩が複雑に絡み合い、筆舌に尽くし難い奥妙を感じました。
それでも柚葉は己のスタイルを崩すことなく支えられながら生きていく終始一貫した筆致が力強かったです。
やはり一番印象的だったのが恩師との別れでした。
一番弟子、音大進学。当時の柚葉には等身大を超えた身の置く場所も手に入れた先の永遠のさよならをどうしても受け止められなかった。
弟子に心配はかけられない。コントロールのきかなくなる自身の身体はそのままに、敢えて死を望む境地に至る精神は孤高を思わせる程でした。
でも辛かった。弟子と喜びを分かち合う展開を望んでいた自分がどうしても消えてくれなくて、最終話まできてしまいました。
でもどこか救われるような気持ちにさせる二匹のゴジュウカラ、敢えてタイトルに冠した小鳥の名前。
音楽の物語なのになぜだろう。
これにはある特別な意味を込めているように感じます。
取り止めのない内容となってしまいましたが、
とてもスピンオフとは思わせない独立した素晴らしい長編でしたよ。
またどこかの物語と繋がっていくのか。
その辺もイメージしながらしながら続編を待ちたいと思います。
素敵な長編、本当にありがとうございます。
作者からの返信
刹那さま
こんにちは。いつも拙作へお越しくださり、どうもありがとうございます。
ことほぎとねぎらいのお言葉に感謝いたします。緑子に始まり柚葉で終わる、おっしゃるように、色調は違えど、師から弟子へと音を継承していくことを示す構図になっておりました。
柚葉の強情さに緑子の横柄さが物語のアクセントというか、もはや毒?となり、それに作用されつつストーリーが動いていったところがあります。最大の問題箇所、刹那さまも心が晴れなかったという緑子の自死についても、毒にまみれた展開ですね。ここは受け入れられないという方が多いかもしれないと執筆しながら考えていました。
死を扱うことにはためらいがあります。と言いながら、これまで何度か作中で人を殺してきましたが、たいてい、無色で手触りのない死でした。作中で存分に人間として生きたうえで自死を選ばせたのは初めてでした。
死はその人にとって世界の終わりを意味し、その人の周囲にも深刻な影響を与える出来事ではありますが、死をもってするしかないことなどない、とは言えないのではないか、そんな気持ちがずっとしているのです(すみません、めちゃくちゃわかりにくい日本語ですね)。
終始重っ苦しい展開で、読んでくださる方々もため息をつきながら、あるいは呆然としながら、お付き合いくださったのではないかと気になっております。更新するたびに温かなコメントをいただけていたこと、本当に感謝しきりです。
私自身、スピンオフというより、独立した中編として書いたところがあります。ひとつのまとまった小説として読み応えのあるものになっているなら嬉しいです。
コメントをありがとうございました。そして、重厚で熱のこもったレビューコメントも書いてくださり、こちらも心から感謝いたします。
悲愴への応援コメント
佐藤さま
完結おめでとうございます。
また、お疲れさまでした。
こういう終わり方をするとは思っていなかったので、
少々呆然としています。
第2部とかあるのでしょうか?
緑子さんのキャラがとても好きなので、
若い頃の話などスピンオフで読みたいと思ったりしています。
(勝手に空想している方がよいのかもしれませんが)
作者からの返信
ZZ・倶舎那さま
こんにちは。いつも拙作をお読みくださり、ありがとうございます。
> 緑子さんのキャラがとても好きなので、
若い頃の話などスピンオフで読みたいと思ったりしています。
うわあ、嬉しいお言葉です。私も緑子は好きなので若かりしころのあれこれは書いてみたいのですが、自分にそれを書くだけの深みがあるか、と考えると……今すぐは無理ですね。自分の闇をもっともっと濃くしてから、いずれ挑戦したいと考えています。
物語を柚葉と緑子の物語と捉えてくださったのも嬉しいですね。当初、柚葉の物語でしたが、彼女に深く影響を及ぼす師匠ってどんな人物だろうと考え始めると、ダブル主人公に近くしないと無理だと気づきました。結果、柚葉を食うキャラ、緑子が生まれ、いろんな方に愛してもらえたのはありがたいことでした。
コメントをありがとうございました。それに詩のように美しいレビューコメントまでいただき、感謝いたしま
す!
悲愴への応援コメント
完結おめでとうございます。お疲れ様でした。
私は音楽の素養がないので気の利いたコメントを残せませんが、(今さらながらですが)楽曲の動画を紹介していただきましたので、BGMとして聞きながら読み返すことができました。ありがとうございました。
作者からの返信
変形Pさま
こんにちは。いつも拙作へお越しくださり、どうもありがとうございます。
本作をきっかけに、楽曲(しかもかなりマイナーな ^^;)にご興味を持っていただけたこと、とても嬉しいです。日本ではあまり聞く機会がないけれど、人によってはぴたりと好みに合うという人もいそうな濃い曲をいろいろ登場させています。そんな曲があったねと、何かの折に思い出していただければ幸いです。
コメントをありがとうございました。最後までお付き合いくださり、感謝いたします!
悲愴への応援コメント
まだまだ続くものと思ってましたが、これで終わりですか!残念😢
緑子と同じチェコ(でしたっけ?)に留学して、チェコの風景とかも交えながら更に成長していく柚葉を見られるのかと思ってました。
だけど、ここまでの彼女の成長物語は凄かったです。
佐藤さんの圧倒的な文章力にも感銘しましたし。
完結お疲れ様でした。
楽しませていただきました♪ありがとうございました😊
作者からの返信
七月七日さま
こんにちは。いつも拙作へお越しくださり、どうもありがとうございます。
そうなんです、ここで終わりなんですよ。チェコ編……ううむ、風景だけならいけるけど、音楽アカデミーの内情を全く知らないので、そのあたりを書くのはちょっと厳しそう (^^;) チェコ物は、別の機会に何か書いてみようかな、と思っています。
くらーいドロドロしたお話で、読了感もたぶんかなり悪いと思うのですが、こんなお話に最後までお付き合いくださったこと、本当に感謝しています。柚葉と一緒にこちらも成長しなければならないのがきつかったですが、皆さまの応援に、いつも励まされて書き続けられました。
コメントをありがとうございました。わああ、そして、素敵なレビューコメントまで書いてくださり、どうもありがとうございました!
悲愴への応援コメント
完結おめでとうございます。そうしてお疲れさまでした。
ここで柚葉はプロのピアニストになるという自信と覚悟を示したわけですが、自分自身を振り返ってみて、18歳でそれを決心するというのはなかなかに凄い話です。東京の音大に進学しても、本当にプロのピアニストとして食べていけるのはほんの一握りでしょう。だから覚悟と自信は大切というか絶対に必要なんでしょう。それを師匠は自死を持ってもたらしたという風に解釈しました。
建築設計の世界で、特に建築家と呼ばれる人達の間ではいまだに徒弟制度の色が濃く残りますが、そこまで弟子の背中を押sいてくれるような親切な人はいません。基本的には自分優先です。またそうでなければ、世に出てくような存在にはなれないのでしょう。
だから緑子さんはかなり親切だなとも思うんですが、そうさせた何かがトキワ(ここからはトキワと呼びましょう)にはあったのでしょうね。彼はここから何の為に何を求めて弾き続けるんでしょうね。
作者からの返信
十三岡繁さま
こんにちは。いつも拙作へお越しくださり、どうもありがとうございます。
私も18歳で自分の生涯の道なんて決められなかったですね。いや、特に何者にもならなかったのですから、今でも決められていない、あるいは小学生のころから決められていた、どちらも正しいのかもしれません(笑)。
でも、ピアニストを初めとして、芸術関係、あるいは一部のスポーツ選手など、幼児のころからそれに向けて活動していなければ一流にはなれない分野も確かにあります。それについては良し悪しあると思います。そのスキルを持って一生食っていけるか、若いうちだけなのか、という別もあるでしょうが、苦しい決断になるでしょうね。
プロのピアニストをどう定義するかにもよりますね。ピアノを生業にするという意味なら、コンサートピアニストもピアノ講師メインの方も立派なピアニストです。コンサートピアニストで食っていくというのは、とても厳しいでしょう。
師が弟子に何をどう教えるかは時代によっても分野によっても大きく違いそうです。背中を見て育て、盗め、超えていけ、という世界のところもあるでしょう。緑子はスパルタに見せつつ、かなり甘かったとおもいます(^^)
コメントをありがとうございました。毎朝お付き合いくださったこと、感謝いたします。素敵なレビューコメントもありがとうございました!
悲愴への応援コメント
遂に…完結ッ🎉!!
柚葉は市井という後ろ盾を得て終わる、というのは
実は、とても意外でしたね。というよりも
これ又、予想だに出来ない 終わり方 でしたが
何というかヨーロッパ映画を観る様な感慨が
残ります。まだ十代で経験した余りにも深い喪失。
この時間の隔たりがある師弟連弾は、市井の言う
通りに歪であったのでしょう。ヒトは完璧なモノを
欲する生き物ではない。それに程近いゼロコンマ
何某の奇跡に心動かされるもの。まだまだこれから
長い人生を音楽に懸ける柚葉にとっての、まさに
始発駅ともいえる石竹先生の帯広の家には今も
ゴジュウカラの姿があるのでしょう。
とても素晴らしい物語でした。🎉
🎊🎹🥂🍾🍹💐
作者からの返信
小野塚さま
こんにちは。いつも拙作へお越しくださり、どうもありがとうございます。
更新するたびに、小野塚さまがいつも、この昏い物語に真正面から向かい合ったコメントを下さっていたので、それを拝読しつつ、自分の書きぶりを反省したり胸をなでおろしたりしておりました。自作を客観的に見るのって、難しいです。本当にありがたいことでした。
いびつな連弾を持って師匠との最後の交流を終え、これから、何人ものライバルたちに混じって音楽家としての本格的な研鑽を積み始めることになります。まあ、これだけ濃厚な子供時代を経たわけですから、柚葉がこの先ねを上げることはまずないでしょう。
実は、チェコに行ってもゴジュウカラとの交流が予定されているのですよ。緑子の旧友ブルフリーク氏は Brhlíkと綴るのですが……
コメントをありがとうございました!
悲愴への応援コメント
読了いたしました。
気弱だった柚葉が、演奏家のトキワへと変貌していく物語をしかと拝見いたしました。繊細かつ神経質で、確かな自信を覗かせた姿が演奏に表れている。そう思いました。
緑子さんの連弾をきっかけとしながら、彼女たちの演奏はまるで異なるのですね。完全さと不完全さ。暗い水底の揺らめきに似たトキワの奏でる旋律は、きっと聴き手の心に波紋をもたらすのでしょうね。
一人の演奏家の長い人生を垣間見た心地となりました。ここまでの連載、本当にお疲れ様です。
作者からの返信
二ノ前はじめさま
こんにちは。いつも拙作へお越しくださり、どうもありがとうございます。
美しい言葉で最後の一幕をまとめてくださり、光栄です。あの気弱だった柚葉がこうなるとは……なることが決まっていただけに、私もうまく持っていけるかどうかひやひやでしたが、皆さまとのやり取りでの気づきも取り入れながら、このように成長してもらいました。書き手がいちばん成長させられたような気がしています。
師とはまるで異なるタイプの音楽を創り上げながら、昏い色合いはしっかりと受け継ぐことになりました。緑子もにやりと笑いながら見ていることでしょう。
最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございました。
心火ー5への応援コメント
ヨウ君、いい奴ですね。緑子さんのファンだったのはもちろんですが、彼が涙を流したのは、それだけではないように思います。人間の死という、絶対的な終焉に対する感傷かもしれません。ヨウ君は、とても感じやすい人だと思ってました。それと、多分、柚葉の気持ちを思いやったところもあるように思います。柚葉にとって、緑子がどれほど大きな存在だったのか、ヨウ君はわかっていたはず。その緑子を突然失った柚葉の気持ちを考えたら、涙が出てきた、というのもあるのじゃないか、と。確かに、柚葉には思いもよらない理由だとは思いますが。
柚葉のきっぱりした性格からしたら、ヨウ君との交際はもうこれで終わりかもしれませんが、音信不通はもったいない。クリスマスカードの交換ぐらいできるといいのにと思いました。同じ音楽家なのですから。平凡人過ぎる発想でしょうか?
ヨウ君が連弾を聞けないのは残念ですが、緑子と柚葉の連弾はやはり、市井にこそ、聴く権利があるということでしょう。
作者からの返信
日野原 爽さま
こんにちは。いつも拙作へお越しくださり、どうもありがとうございます。
ヨウは一般常識に照らし合わせてみれば、とてもいいやつだと思います。誰かの訃報を聞いたときに思いめぐらせるのは、故人の生きざまに加え、死に至るまでの肉体的、精神的な苦しみがまず最初だと思います。でも、人によっては、それと同時に、故人と縁故の深かった人々の嘆きも見えるかもしれません、おっしゃるように、ヨウはそこまで見て、柚葉が泣けない分も涙を流したのかもしれないです。そして柚葉はそんなヨウの姿に、ますます自分の異常さをつきつけられてしまうという (^^;)
おそらくこのころ、まだ柚葉は自分の狂気をやや持て余し気味だったのだと思います。ヨウの良い意味での凡庸さに嫉妬と侮蔑と劣等感を感じ、友達として仲良く、は思い至らなかったのではないか、と。ここで柚葉の歩む道は確定しました。
コメントをありがとうございました。次回で最終話となります、最後まで見届けていただけると嬉しいです!
心火ー5への応援コメント
コメント失礼いたします。
緑子さんは改めて影響力がある人だったのですね。それぞれ別の形で、色んな人たちの心を奪っている。この物語には欠かせない中心人物だと改めて痛感しました。
やはりヨウ君とは深い関係には至りませんでしたね。最後の引き際が、前作のトキワの顔をはっきり見た気がしました。
作者からの返信
二ノ前はじめさま
こんにちは。いつも拙作へお越しくださり、どうもありがとうございます。
緑子の音楽に強く惹かれたのは市井と柚葉だけではありませんでした。直接会ったことがないファンでありながらその死に涙を流してくれるほど惚れ込んでもらえたのは幸せなことかもしれません。
柚葉はもうこのあたり、そのままトキワですね。一途さと毒をエゴで包んで抱きしめています。
コメントをありがとうございました。
心火ー5への応援コメント
こんばんは。お邪魔しております。
緑子さんの音に焦がれ続ける市井さん、ヨウさん。似ているようで、重ならない二人……緑子さんとの物理的な距離なのか、年齢という重みの違いなのか、色々な意味での覚悟の差なのか……いえ、そんな単純なことではないですよね。
柚葉さんと緑子さんの演奏会、既に「想像鳥肌」が、ぶわーっ……なのです。
作者からの返信
遠部右喬さま
こんにちは。いつも拙作へお越しくださり、どうもありがとうございます。
緑子をめぐる市井とヨウの違い。たしかに年齢ではなさそうです。市井が緑子フリークになったのは大学生のときでしたから、今のヨウとは数歳しか違いません。物理的な距離はバカにできません。でも、それだけでは説明がつかないでしょうね。
やはり、音楽に対する入れあげ方が違ったのでしょう。市井、それに緑子や柚葉にも通ずる尋常ではない執着心。それがヨウにはなかったのでしょう。
えへ、想像鳥肌ぶわ、が最終話となります。蕁麻疹の薬をご準備の上、しばしお待ちくださいませ。
コメントをありがとうございました。
心火ー5への応援コメント
演奏を聴きにおいでよ、先生と僕の演奏なんだよ、からの、そうか残念だ。
一瞬見せたヨウへの執着が、スンと消え失せる瞬間が見えるようでした。素晴らしいです。
やはり最後まで柚葉にとってのヨウは、音楽の糧になるもの以上の存在にはなりえなかったのですね。
ヨウくんの一生懸命さを追ってきただけに、せめて告白して振られてほしかったのですが(ひどい)、それすら言わせないところが柚葉らしいですね。
作者からの返信
竹部 月子さま
こんにちは。いつも拙作へお越しくださり、どうもありがとうございます。
本作屈指の善人かつまともな人はまちがいなくヨウなのですが、狂気の人々の中にあれば、普通の人が異常者なんですね。彼にはかわいそうなことをしました。
おっしゃるとおり、柚葉にとってヨウは、というよりたいていの人は、自分の音楽にどう役立てられるかで判断される存在のようです。いちばん執着している市井のことだって、異性として愛しているのだとは到底思えないですね。精神的なよりどころ、そして音楽性を高めるための糧、それに足る人を強烈に求める、柚葉はそんな厄介な子のようです。
コメントをありがとうございました。
心火ー5への応援コメント
緑子さんが後進に与えた影響は凄まじかったようですね…ヨウくんは、会ったことがないのに涙を流すとは。心の底からファンだったと。
そしてトキワさん!!!ヨウくんに有無を言わさず帰ってしまった!!!何を言われるかわかったのでしょうけれど、もうちょっと聞いてあげても……いや、このリアクションのほうがトキワさんらしいですかね😅
作者からの返信
ジロギンさま
こんにちは。いつも拙作へお越しくださり、どうもありがとうございます。
緑子の演奏に心を奪われていたのは市井と柚葉だけではありませんでした(そりゃ、そうか、プロですもんね)。緑子、柚葉それに市井のように狂気の道へと入ることを望みはしませんでしたが、それでもヨウの美しいものを愛する気持ちはとても強かったのだと思います。
柚葉は……柚葉ですから(笑) ここは突っ込まないでおきます。
コメントをありがとうございました。
心火ー5への応援コメント
ヨウくんの緑子の訃報に静かに流す涙が印象的です。悲しみの音を声にも呼吸にも表さないように。
ヨウくんが最後に言おうとしていた言葉は何だったのか。柚葉によって押し進められた会話の中に何が……
緑子師匠との連弾を控えていますね。
柚葉に及ぼす影響は計り知れないと推察します。
残りの話も後わずかとなりました。
もっと続いてほしい、そんな気持ちが駆り立てます。
作者からの返信
刹那さま
こんにちは。いつも拙作をお読みくださり、どうもありがとうございます。
嗚咽をもらさず、とにかく静かに涙を流すのって、はっとさせられますよね。恩師の死に涙の出なかった自分と、直接会ったこともないのに涙を流せるヨウとのこの落差に、柚葉は衝撃を受けたようです。
柚葉は強引にヨウとの会話を終わらせました。ヨウの否定を自分の未練を吹っ切るための口実に使った形です。
市井一人を聴衆に、懐かしい石竹家の防音室で緑子のピアノを借りて緑子との連弾を行い、柚葉の物語は幕を下ろします。残すところ、あと一話となりましたが最後のお話もお楽しみいただけると嬉しいです。
コメントをありがとうございました。
心火ー5への応援コメント
茶房カフカのトキワは太ったおっさんというイメージでインプットされているので、柚葉の体型をどう想像していいのかがずっと揺れ動いています。中年以上で腹が出ている姿はすぐ思い浮かぶんですが、最近肥満気味の女子高生というのはあまり見た覚えがないので、単に太目なだけなのか完全な肥満体系なのかイメージをどうすべきなのかを迷います。例えば映像化するとして、富田望生さんみたいな感じでしょうか? 彼女はもう年齢的に女子高生は無理ですし、役によって体型をガラッと変えてきますが、一番太った時の富田望生さんです。
https://press.moviewalker.jp/news/article/156641/
作者からの返信
十三岡繁さま
こんにちは。いつも拙作をお読みくださり、どうもありがとうございます。
富田望生さん、初めて見ましたが……って、調べてみたら、東京ガスのCMに出てらっしゃる方でしたか。素敵な方ですよね。
柚葉の体系は、このくらいか、もう少しだけ細いか、くらいでしょうか?
このときくらい?
https://www.works-i.com/works/series/karera/detail004.html
最近見た動画の中で Hyunjin Rohさんがえるむっぽいなあ、と思ったのですが、従姉妹で同じドレスを着れたのだから、柚葉も同じくらいの体型でイメージしているのかもしれません(自分の頭の中はよくわからない)。
https://www.youtube.com/watch?v=t7E7IjQMOPM&list=RDt7E7IjQMOPM&start_radio=1
演奏動画の一曲目は、ちょうど、えるむに弾かせたシューマンのピアノソナタ第1番でした。
コメントをありがとうございました。
心火ー5への応援コメント
ヨウとの別れ。柚葉が口にした餞の言葉は、彼には
どの様なものになったのか。そして、この最後の
一文の物凄い存在感……矢張り、宇佳子さま✨の
佐藤文学の卓越した感性には空恐ろしさすら
感じます。
そして、遂に柚葉は一人新たな天地へと踏み出して
行くのでしょう。
作者からの返信
小野塚さま
こんにちは。いつも拙作へお越しくださり、どうもありがとうございます。
柚葉のはなむけの言葉、ヨウにとっては、ちょっと待ってよ!でしょうね。でも、ヨウだって、柚葉と自分はあまりに違い過ぎると感じていたでしょうからね…… そして、柚葉は結局、狂気を共有できる市井へと向かうことになるわけで……
最終話、帯広に戻った柚葉は市井と演奏会を開きますよ。この物語では物理的に新たな天地へ旅立つところまでは描きませんが、精神的にその扉を開きます。開く……はず……
コメントをありがとうございました。
心火ー5への応援コメント
高校生男子が泣くって、よほどのことですね。
しかも会ったこともないのに。
作者からの返信
七月七日さま
こんにちは。いつも拙作へお越しくださり、どうもありがとうございます。
そういう感性を伝えてくださるの、ありがたいです! 実は、私も、男の人が泣くのって地元ではほぼ見たことがなく、中学生以上の男が泣いていると、違和感というか、なんか怖いもの見ちゃったという気になってしまいます。差別発言かもですが、見たことないものは、やっぱり異質に感じてしまいます。
でもですね、地域によって違うようです。大人の男でも、わりとよく泣くところもありますね。
時代によってもかなり違うみたいです。現代は、成人男性は成人女性より泣かないというのが共通認識ですが、時代をさかのぼっていくと、意外や意外、男が結構泣いているんです(文学の中では)。面白いなあと思いました。
すみません。話が大きくずれました。ヨウはなんで泣いたんですかね? 哀しさだけだったのか、緑子の生演奏を聴く機会が永遠に失われたという悔しさもあったのか(邪推)。
コメントをありがとうございました。
心火ー4への応援コメント
緑子さんの手紙を読んで「ああ、らしいなぁ」と思わず声が漏れてしまいました。
さよ子さんと、緑子さんという強烈な個性の女ふたりを、受け止めようとした市井さんが、全くかえりみられなかったら切ないなぁとちょっとだけ思っていたので、
緑子さんの中で市井さんの存在が案外大きかったように感じられて、嬉しかったです。
ヨウくんが、すごく熱心に誘ってくれてるけど、柚葉の頭の中は今、悲愴でいっぱいよ!
作者からの返信
竹部 月子さま
こんにちは。こちらもお読みくださり、どうもありがとうございます。
えへへ、この手紙はいかにも緑子ですよね。自死を選んだ緑子にいまだ心のざわめきがおさまらない柚葉ですが、この手紙には少しだけ慰められたようです。
緑子はさんざん市井に悪態をつき、いいように使ってきましたが、市井のマネージメントなしではうまくいかなかったであろう音楽活動も多かったと思います。結局はというか実際はというか、市井に生活の大半を依存していたのでしょうね。
ヨウとも次回、顔を合わせることになります。おっしゃるように、柚葉の頭の中は演奏会のことでいっぱいです(笑)
コメントをありがとうございました。
心火ー4への応援コメント
こんばんは。お邪魔しております。
ページから音が立ち上って来るようで、圧倒されました。緑子さんの透明な音と、柚葉さんの耳の奥にへばりつくような音、昏さの向かう先が違う音の絡み合いは、心臓を掴むような旋律なんだろうなあ、と……。
あっ、ヨウさんが!!
作者からの返信
遠部右喬さま
こんにちは。いつも拙作へお越しくださり、どうもありがとうございます。
ページから音が立ち上って来るようで、圧倒されたとのご感想、とても嬉しいです。好き勝手に書いているので、読み手さまを置き去りにしているんじゃないかと不安になることもあるのですが、このようにご評価いただけると、すごく安心します。
緑子と念願の音合わせが叶い、感無量の柚葉です。ふたりの音は同じく「昏さ」を感じさせるものながらも、異なる方向を示していたようです。
そして、ひらりと飛び込んでくるヨウのけはい!
コメントをありがとうございました。
心火ー3への応援コメント
緑子さんの最後の演奏を聴くのが怖くて、体調を整えてから拝読しました。
柚葉が打ちのめされて、永遠の別れを再度突きつけられることにおびえていましたが、
緑子さんの演奏は「おいで、もうここまで来れるだろう」と柚葉を誘う招待状だったのですね。
たった十日で柚葉は、市井さんを唸らせる悲愴を、緑子さんとの最後の演奏会を完成させられるのか、とても楽しみです。
市井さんの香水、何度も登場していたので気にはなっていたのですが、アブサンかー! あれ、好きな人は無限に好きですよね。
喉の奥に張り付くような甘苦さで、どんなカクテルに入れても自己主張の強い酒という印象なので、さよ子さんのキャラがまた少し濃いものになりました。
作者からの返信
竹部 月子さま
こんにちは。いつも拙作をお読みくださり、どうもありがとうございます。
ひゃあ、体調を整えてまで読みに来てくださるなんて、なんと嬉しい(〃´∪`〃)
緑子の演奏は柚葉を突き放すものではないと柚葉本人は理解しました。そして、先生の演奏の素晴らしさを認めつつ、それでも今の自分ならそうは弾かない、と言えるまでに成長していました。
そうなんですよ、たったの十日しかないのです。この短期間で融通の利かない録音と、音を合わせ、自分たちの演奏としなくてはならない。緑子の演奏をよく知る人間でなくては、まず、できないですね。
市井の香水に興味を持ってくださってましたか、嬉しいです(〃艸〃) アブサンスという香水が大好きで、当初それをイメージしていたのですが、70年代にはまた調香されていなかったことが分かり、アブサンをモチーフにした別のオードトワレ(いくつかあるようです)に落ち着きました。
さよ子と市井はお酒好き、一緒に飲むこともあったのでしょうね。
コメントをありがとうございました。
出会いへの応援コメント
柚葉は女の子でしたか。
トキワさんに何かあるのは「茶房カフカ」の後の方でそれらしい記述がありましたが。
ピアノ演奏のジュオのそれぞれの呼び方、初めて知りました。
作者からの返信
門脇 賴さま
こんにちは。いつも拙作をお読みくださり、ありがとうございます。
そうなのです、女の子でした。カフカの方では、一度も「彼」「彼女」という呼び方をしていないこと、それに柚葉という名前を出した段階で「女性?」とにおわせたつもりでしたが、完全ではなかったですね(柚葉という男の子も少数ですがいますので)。
ピアノデュオでのプリモとセコンド、何語で呼ぶかでバリエーションがあるかもしれません。
コメントをありがとうございました。
心火ー4への応援コメント
弟子の成長を喜ぶ反面、自身を凌駕していくことに恐れる…すごくわかります。後発のほうが当然有利だとは思いますが、追われながらどんどん差を縮められるのはつらいですよね…たとえそれが弟子だとしても。
トキワさんと緑子さんの連弾、その真価を見出せる人がいるとするならば、市井さんだけでしょう。生涯のほとんどを賭けて緑子さんを追っていた市井さんを、トキワさんは魅了できるのか…っと、その前に、ヨウくんとの関係もどうなるのか、気になりますね!
作者からの返信
ジロギンさま
こんにちは。いつも拙作をお読みくださり、どうもありがとうございます。
師弟関係というのは、ときに難しい関係性を強いられます。実際にはライバルとして競い合うことはほぼないと思うのですが、心理的にはとても苦しいものがあるでしょう。体力や気力の衰えはどうしても音に影響してきます。緑子と柚葉のばあいのように、音楽性の違いで相手を圧倒してしてしまうこともあるでしょう。
緑子フリークというだけでなく、音楽を聴くことにかけては、市井の右に出るものはいません。緑子と柚葉の音楽の違いについても、市井はしっかり理解し、それを踏まえて鑑賞しようとするでしょう。勢いではごまかせません(笑)。さあどうなるか。ヨウとの関係も、どうなることか、来週をおたのしみに、です!
コメントをありがとうございました。
心火ー4への応援コメント
緑子の柚葉へ宛てた手紙がとても印象的でした。
緑子らしい唐突な始まりと終わり。
出藍の誉と市井の精神的な支えを受けて柚葉はどんな気持ちになったのだろうかと色々思案に暮れてしまいます。
穢れを知ることができるからこそ美しくなれるように、
音楽もまた柚葉にとってさらなる高みを目指していくのでしょうね。
作者からの返信
刹那さま
こんにちは。いつも拙作をお読みくださり、どうもありがとうございます。
緑子からの手紙は、いかにも彼女らしく、言いたいことを言いたいようにぶつけて終わっています。でも、短い文章の中に、緑子の柚葉に対する複雑な思いが詰め込まれていますね。柚葉がそれをすべて察して受け止めることは、おそらくまだできないでしょう。この手紙はこれからもずっと、柚葉の中で何かをつなぎとめる杭のような役割を果たしていくのだと思います。
穢れを知るからこそ美しくなれる。ヨウとの練習で柚葉がたどり着いた考えでもありますね。それでは緑子の音はどうなのだろう……と、これは柚葉の演奏を聞いた市井が心の中で語ります。
コメントをありがとうございました。
心火ー4への応援コメント
>さかんに体内を満たし続けていた灰色の煙
>その小さな黒い文字は、見ているうちに軽やかな水色になってざわめき
>暗緑色の、暗灰色の、まれに水色の
この物語には、色を使った表現が多いなぁと感じました。
心情を色で表すとか、私にはできないので、参考にします!
作者からの返信
七月七日さま
こんにちは。いつも拙作をお読みくださり、どうもありがとうございます。
お、色が多いなあと気づいてくださいましたか。実は前作(『茶房カフカ』)が色をいろいろ出す話だったんですよね。キャラクターがみんな色がらみの名前になっているという。その名残?(笑)
ねらって色名を出しているところも多いので、拾っていくと、何かが出てくるかも……
コメントをありがとうございました。
心火ー4への応援コメント
コメント失礼いたします。
奥手だった柚葉が変わっていく過程は感慨深いものがありますね。前作で見せた、トキワの面影が濃くなっていく。
楽譜を通じて緑子さんと連弾する様子はとてもきめ細かく、とても真似できない描写だと思いました。ありきたりな言葉ですが、素晴らしいです。
作者からの返信
二ノ前はじめさま
こんにちは。いつも拙作へお越しくださり、どうもありがとうございます。
柚葉はずいぶん変わりました。子供から大人へ成長していっただけでなく、音楽家としての覚悟を決めたことが大きいですね。
緑子との連弾はまさに柚葉の夢でした。録音との連弾という形でしか叶えられることがありませんでしたが、それでもこの録音は、まさに柚葉のために作られたものです。緑子の演奏を変わることのない檻ととらえ、中に詰め込まれる自分により、その檻をいかようにも変えてみせてやる、そんな気持ちでいるのだと思います。描写をお褒めいただき、光栄です。どきどきしています。
コメントをありがとうございました。
心火ー4への応援コメント
緑子の音楽家としての人生は引き算で、グレーと言われた柚葉はその緑子の純粋な色までも吸収して、足し算していく事を決意したという事なのでしょうか。
振り返れば私の人生は完全に足し算でした。多くの人はそうだと思います。よほどの覚悟がなければ引き算を繰り返すことはできないでしょう。
先日ネットフリックスで、漫画家東村アキコの自叙伝的漫画を原作とする「かくかくしかじか」という映画を見ました。絵という創作活動を通しての師弟の物語です。この師匠の姿が緑子さんに重なりました。
映画では二人は絵で会話することはありません。絵を描くこと、描き続けるという行為で会話をします。描く描く それしかない……で『かくかくしかじか』、うまいタイトルだなと思いました。結構酷評する人もいるみたいですが、合理性の外にある話は、その理解はなかなか難しいのかなと思います。
作者からの返信
十三岡繁さま
こんにちは。いつも拙作をお読みくださり、どうもありがとうございます。
東村アキコさんの『かくかくしかじか』、全然知りませんでした。マンガがあるのですね、そちらなら見られるかも。覚えておきます! 合理性の外……言いたい放題できる領域でもありますからね。難しそうです。
それで、思い出したのですが、先日ヤマザキマリさんの『ヴィオラ母さん 私を育てた破天荒な母・リョウコ』を立ち読みして、これがおもしろかったのでした。ヤマザキマリさんの母、量子さんは、札幌交響楽団の創立メンバーとして活躍したヴィオラ奏者だったそうなのですが、その生き方、というより、気風が、緑子と重なってしまいました。
緑子と柚葉の音楽家としての生き方は対照的ですね。引き算の緑子と足し算の柚葉、なのかもしれません。柚葉もいずれ、引き算に転じる日が来るのかもしれませんが。
コメントをありがとうございました。
心火ー4への応援コメント
柚葉、という一世一代のピアニストの土台が
完成した様に思います。まさに、ここから
天に刃を突きつけるが如く摩天楼が聳り立って
行く…。
南十三条の喫茶店…!あの辺りは素敵な
個人経営の喫茶店が多いですよね。そして、
ヨウとの再会も又、餞となるのでしょうか。
次回も、めっちゃ楽しみで待ちきれない!!
作者からの返信
小野塚さま
こんにちは。いつも拙作をお読みくださり、どうもありがとうございます m(_ _)m
土台が出来上がりましたね。ピアニストとしてはまだまだでしょうが、あのトキワは出来上がりましたよ(つながったー、よかったー)。
南十三条のあたりって、札幌にいたころはあまり行くことがなかったです。今度行ったら路面電車でめぐるあのあたりツアーとか、やってみたいです。
さて、来週、この物語は無事着地できるでしょうか。土日に気合を入れねば。
コメントをありがとうございました。
心火ー3への応援コメント
音に込める思い、情景、記憶……
それは音楽の枠を超えた芸術のように感じます。
音楽を音だけでは終わらせない。
その気概や信念めいた強い意志が込められている。
緑子の人生が詰まっている旋律に触れて、柚葉は次なる自信を見出したようですね。
とても印象的な音の回廊でした。
作者からの返信
刹那さま
こんにちは。こちらもお読みくださり、どうもありがとうございます。
この曲は柚葉にとって、先生と過ごした日々をすべて詰め込んだ、思い入れの深い曲でした。けっして生前の緑子と演奏したことがないにもかかわらず。いや、望みつつ演奏をすることが敵わなかったからこそ、緑子へのあらゆる思いがこの曲に詰め込まれてしまったのかもしれません。
この楽曲を通じて緑子の人生にも触れ、それがまた柚葉の音楽を変えていくのでしょう。
コメントをありがとうございました。
心火ー2への応援コメント
生前の緑子の願いが市井の口から語られる。
市井は緑子の代弁者。
淡々としていて抑揚のない口調が死という絶対の事実を突きつけてくる。
孤高かつ崇高な至りを経験した芸術家は死生観も常人離れしているように感じます。
生きとし生けるものは生きることも死ぬことも一度しか経験できない。その限りある瞬間を、音楽という刹那を描くことによって普遍的な価値を見出せていると思いました。
作者からの返信
刹那さま
こんにちは。いつも拙作へお越しくださり、どうもありがとうございます。
市井経由で柚葉にもたらされた緑子の気持ち。幼いころからこの曲の連弾を目標にピアノの練習をしてきた柚葉ですが、このような形でその機会がもたらされるとは思っていなかったでしょう。
若い柚葉にとって、緑子の自死は到底納得できるものではありませんでした。それを知って止めることすらしなかった市井についても憤りを感じてしまいましたが、それが緑子の音楽の完成に必要なステップだったと理解すると、何も言えなくなる自分を感じてもいます。柚葉ももはや彼らと同じ音楽沼に足を突っ込んでいますね。
コメントをありがとうございました。
心火ー3への応援コメント
コメント失礼いたします。
楽曲と柚葉の心情が重なっていく描写が素晴らしいと思いました。確かな音楽の知識と感性があってこそのことですね。
緑子さんが最期に残した音楽を聴いたことで、柚葉が変わった気がします。音楽家としての成長であり、変貌といった印象を受けました。
作者からの返信
二ノ前はじめさま
こんにちは。いつも拙作へお越しくださり、どうもありがとうございます。
楽曲と心情の重ね合わせについてお褒めいただき、恐縮です。この曲は柚葉にとって何よりも思い入れがあり、かつ、緑子とも深くかかわる曲となります。どこをとっても、緑子との音楽の日々が思い出されるのでしょう。
ピアノへの本格的な邁進のきっかけとなったこの曲を緑子の多重録音で聞いたことで、柚葉の心もまたひとつ、覚悟を新たにしたものと思われます。
コメントをありがとうございました。
心火ー3への応援コメント
「石竹緑子が関わる、実質最後の演奏会だよ。石竹緑子と、その一番弟子である常盤柚葉の、ね」
…緑子さんが、降りてきているかと思いました。
柚葉…! もう、言葉になりません。ぶわっと鳥肌が!
作者からの返信
霙座さま
わあ、こんにちは! 拙作へお越しくださり、どうもありがとうございます。
> …緑子さんが、降りてきているかと思いました。
言われてみれば!! そのとおりですね。緑子降臨(笑) これは市井もどきりとしますよね。いや、普通の感覚なら、ぞっとしてしまうかもです。
のたのたと進んできた作品ですが、いよいよ残すところあと三話ほどとなりました。最後までお付き合いいただけると作者が喜びます。
コメントをありがとうございました。
心火ー3への応援コメント
市井は、緑子の音楽を、神のように崇拝していたようですね。近づきがたく、ただ、ひざまずいて仰ぎ見るしかないもの。全ては緑子の音楽のために、と言わせるような、それほどの力を持っていたのでしょう。神を失った後、ひとはどうするのでしょう?そこまで崇拝する対象を持っていない私にはわかりません。
ただ、市井が、さよ子をうしなった緑子に、柚葉を紹介したことで、緑子に力を与えたことはまちがいないでしょう。柚葉と緑子の最後の演奏会が、市井に「全て良し」と言えるような喜びを与えてくれることを願います。
<僕の悲愴の方が強い>
緑子の所に通い始めた頃の、強情でいながら内気で母親ともクラスメイトともどう対していいかわからなかった柚葉が、ここまで成長した。音楽が違っているのは当然ながら、緑子の持っていた強い何かを、柚葉は受け継いだのだろうと思います。
この演奏会で、柚葉が何を思うのか。音楽家としても人間としても、一歩踏み出すような、そんな演奏会になりそうな気がします。
作者からの返信
日野原 爽さま
こんにちは。いつも拙作へお越しくださり、どうもありがとうございます。
はい、市井は緑子の音楽をまさに神のように崇めていました。緑子の音楽と出会って以降、自分の人生を投げうち、ひたすら彼女の音楽を追い続けました。
緑子の死は彼女の音楽の完成に必須ではありましたが、緑子を失うという何より大きな喪失を伴うのも事実でした。生涯をかけていたものを失った市井がこの先どうするのか、これから語られていくことになります。
市井が緑子をどこか彷彿とさせる柚葉を緑子に紹介したことで、緑子に生き甲斐が与えられたと同時に、その音楽を奪うライバルを創り出し、さらには継承者を生み出すことになりました。この点、柚葉が市井に微妙な感覚を持っているのと同じく、市井の方も割り切れない思いを感じていることでしょう。
緑子に追い出されて以降、柚葉は自分の力で自分の音楽を作り上げていきました。緑子も、柚葉にはすでにそれができる力が備わったという自信があったからこそ、思いきりよく追い出せたのでしょう。我は強いものの内気に過ぎる子供から、ずいぶんと成長したものです。
緑子との連弾で抜群の耳を持つ市井をうならせることが若手音楽家としての登竜門になるかもしれません。さて、どのような演奏になるでしょう。
コメントをありがとうございました。
心火ー3への応援コメント
トキワさんは演奏を通して緑子さんの人生を追体験した感じですね。その上で、どのような最後の演奏を市井さんに聴かせるのか…トキワさんの感情が気になります。どうもトキワさんは市井さんに、真っ直ぐな気持ちを向けていないというか、何かモヤモヤを抱えているような気がして…それがどう演奏に影響するのか…
作者からの返信
ジロギンさま
こんにちは。いつも拙作にお越しくださり、どうもありがとうございます。
柚葉は確かに市井に対してかなり複雑な感情を持っていますね。意識しているものもあれば、あまりはっきり意識しないようにしているものもありそうです。
でも、緑子との渾身の共演では、自分の今後もかけ、市井によりはっきりと向き合うことになります。残りわずかとなりましたが、最後までお楽しみいただければ嬉しいです。
コメントをありがとうございました。
心火ー3への応援コメント
柚葉は一番弟子だという自覚はあるんですね。
一番弟子は最初の弟子という意味と、弟子の中で一番優れている存在だという二つの意味があります。前から書いている通り、建築設計の世界も徒弟制度のような部分がありますが、一番弟子といういい方はなかなか難しいですね。例えば巨匠丹下健三の弟子には磯崎新、黒川紀章、槇文彦、谷口吉生などそうそうたる顔ぶれが並んでいますが、誰を一番弟子とは呼べない感じです。
私には今のところ弟子と呼べる存在はいませんが、もしいたとして全員が自分で一番弟子だと思ってくれたらうれしいなとは思います。
作者からの返信
十三岡繁さま
こんにちは。いつも拙作へお越しくださり、どうもありがとうございます。
一番弟子、後者の意味のばあい、自称は難しいですよね、いろんな意味で。ただ、柚葉の場合は単純です。生前、緑子が柚葉に「あんたが一番弟子」と言ってますので。もちろん後者の意味です。照れた柚葉が「で、でも、僕が一番に弟子入りしたわけじゃないよ」と口走ったのに対し、緑子が「バーカ、辞書を引きな」というやりとりもしています。「進学ー2」ですね。公言するのは難しいかもですが、市井に言うくらいはありでしょう。
高名な建築家ほどたくさんの弟子はいなかったでしょうが、曲がりなりにも国内外で活躍するピアニストだったのですから、それなりの弟子が数人以上はいたでしょうね。柚葉ひとりのために葬儀を大っぴらにやらず、没したことすら隠していたということがばれると、業界内でやっていきづらいかもと今思いました。
大学で教鞭をとっているのなら、こっそり師と仰がれていたりするのでは?
コメントをありがとうございました。
心火ー1への応援コメント
柚葉を思う緑子さんらしい遺言だと思いました。
それでいてとても胸を締め付けられ、思わず涙腺が……
恩師の訃報を知っても泣かない柚葉がとても印象的です。
茫然自失の境地で事実を事実として受け止められないのか、それとも純粋に心の強さがそうさせているのか。
まだゴジュウカラのいるであろう緑子さんの自宅へ向かうのですね。
悲しいですが読み進めます。
作者からの返信
刹那さま
こんにちは。こちらもお読みくださり、どうもありがとうございます。
ご指摘のように、緑子は大事な時期にある柚葉への影響を考えて、すべてが終わるまで明かすなと念を押していました。ですが、いくら思いやりからだとはいえ、それを知った柚葉がどう感じるかはまた別問題ですね。まあ、緑子も、柚葉に恨まれるということは想定内だったでしょう。
まるで涙を流せない柚葉ですが、石竹家へと向かうことにしました。いきなり断ち切られた恩師との絆をもう一度感じたい、その気持ちはどんどん強くなっていきました。
コメントをありがとうございました。
別離への応援コメント
この回は緑子の死期がじんわりと近づいてきていることを行間から感じ取れる気がします。
四十年以上、音楽の道を歩んできた緑子との初となるピアノ連弾。緑子が市井に連弾の誘いをかけることはこれまで一度もなかったのに、なぜ今なのか。
ベーゼンドルファーに並んで坐り、いつだって彼女の隣にいたのは誰か別の人だったと回想する市井の思い。憧れと悔しさに塗れた切ない悲しみが滲んでいるようにも受け取れます。
もうこれが、最後なんだと。
作者からの返信
刹那さま
こんにちは。いつも拙作へお越しくださり、どうもありがとうございます。
緑子の死期が近いことを各所でほのめかす一話です。
緑子が市井に連弾の練習相手を求めたのは、市井なら緑子の演奏を創り出す邪魔にならないとわかっていたからですね。市井は緑子の音楽を崇拝していますし、ピアニストではないのでピアノ演奏に謙虚だということも都合よかったのでしょう。
これまで一度もなかった連弾の場に、いわば引っ張り出されてしまった市井。たじろいでいましたが、音楽を創り始めればそこはやはり音楽家、しだいに喜びを感じてきます。でも、あっという間に現実を突きつけられてしまいますね……
そして、今までになかったこんなことを依頼してきた緑子に、もう、ときが近いのだということを感じさせられたことでしょう。
コメントをありがとうございました。
心火ー3への応援コメント
何とも静謐な時間を過ごした柚葉と市井。
そこにはピアノの音だけが静かに流れていた。
後の柚葉を思い出すに、この頃は矢張りまだ
幼かったのだというのが分かりますね。
市井も、柚葉にとっては恩師の一人に違いない。
そして、この 今 こそが一人で歩き始める
Ground zeroとなった様に思うのです。
作者からの返信
小野塚さま
こんにちは。いつも拙作へお越しくださり、どうもありがとうございます。
市井とふたりっきりで聞いた恩師緑子の録音。ピアノの音以外、聞こえてこない防音室。今の柚葉の心に刻み込まれ、生涯消えることのない時間となりました。
市井もまた、柚葉にとっては大きな導き手のひとりでした。彼がいてこそ、緑子とのつながりができたわけですし、彼の音楽もまた、柚葉に影響を及ぼしていると思います。そして、彼の人となりも、それ以上に大きな影響を……
グラウンド・ゼロ!! いま、この言葉を使いたくて、でもうまく使いこなせなくて、ヤキモキしていたところなんです。突然小野塚さまから投げかけられて、びっくりです。
コメントをありがとうございました。
心火ー3への応援コメント
以前にも書いたと思うけど、楽曲に関する描写がすごいと思いました。
音楽には全く疎い私には書けない表現ですし、疎い私でも何となくその音楽を聴いている気分になりました。
市井が妻であったさよ子とも関係を持ってなかったというのはどういう事だろうと、気になりました、
作者からの返信
七月七日さま
こんにちは。いつも拙作をお読みくださり、どうもありがとうございます。
市井がさよ子と結婚したのは、緑子の音楽を支援し、かつ支配するためです、とだけ言っておきますね。私、いつも調子に乗って解説し過ぎちゃうので (^^;)
楽曲の描写、お褒めいただき、ありがとうございます。これも考え物で、チャイコフスキーの6番ばかり、いったい何度描写しているのだ、という…… またかーという読み手様のお気持ちを少しでも和らげるべく、今回は曲そのものの描写ではなく回想寄りにふってみました。
コメントをありがとうございました。
心火ー2への応援コメント
いかにも緑子さんらしい最期だと思いましたが、若い柚葉にはまだ、わからないでしょう。自分を制御できなくなることを何よりも恐れていた、というのは。身体の衰えは確実に精神を蝕みます。意思の強い緑子さんには、それは許せなかったでしょう。
がらんとした石竹家。家もまた、そこに住む人がいなくなると、命がなくなってしまう。私も、ゴジュウカラはどうしたかしら、とふと思いました。なんとなく、音楽以外で、緑子と柚葉の心の橋渡しのようだった小鳥。無事であることを願っています。
作者からの返信
日野原 爽さま
こんにちは。いつも拙作をお読みくださり、どうもありがとうございます。
おっしゃるとおり、柚葉には、まだ、緑子の気持ちはまるで理解できなかったのではないかと思います。でも、緑子のその恐れもまた、まだ死よりも十分前にいるものの言葉でしかないかもしれません。どれが正しい考えというわけでもなく、どれがたどり着くべき深さにまでたどり着いた考えというわけでもなく…… どう扱えばよいのか、私もいまだ、わかっていません。
身体の衰えが精神に大きな影響を与えるのはひしひしと感じます。あと戻れない、というのが怖いですよね。常に今現在ここにいる自分が自分。どこまで行ったときに「決断」すればよいのか。
決断なんて大変な作業は精神がまだ十分に余裕を持っているときでなくてはできません。ということは、決断できるならばそれは逆に、まだそのときではない、はずなのです。堂々巡りですね。
コメントをありがとうございました。
心火ー2への応援コメント
タグの「ふつうの人なんていない」がズンと重みを増したエピソードでした。
ここまで苛烈な天才たちの間で、市井さんは一番の常識人としてふるまっていたように見えました。
でもその市井こそが、緑子が死の間際に奏でる音を誰よりも求めていた。
ずっと緑子の音楽の傍にありたいと願いながら、その最期だけは独り占めしようと虎視眈々と狙っていたようにも思えます。
小説から音楽は流れてこないはずなのに、緑子さんの最後の演奏を聴くのがとても怖くて震えています。
作者からの返信
竹部 月子さま
こんにちは。いつも拙作にお越しくださり、どうもありがとうございます。
ここで改めてタグの重みに着目してくださり、嬉しいです! そして、市井の狂気に言及してくださったのも!
市井の緑子に対する狂信的な思いは市井視点回の「別離」で読者の知るところとなりましたが、ここで柚葉もそれを知ることになりました。柚葉にとって、それは衝撃であると同時に、腑に落ちるものでもあり、慰撫してくれるものでもありました。業が深いな!(お前が言うな、ですね、はい ^^;)
緑子の最後の演奏を次回は柚葉とともに聞いてくださいね。
コメントをありがとうございました。
心火ー2への応援コメント
コメント失礼いたします。
死に際に発露する何かがある、というのは何となくわかる気がします。幾度か身近な者たちと死に別れて、その末期には思いも寄らない余韻を残して去っていきました。死を迎える間際には、強い輝きが発せられるのでしょう。
音楽家の旋律ともなれば、より顕著になるのでしょうね。死を賛美するつもりはありませんが、その時でしか感じることができない力があるとも思っています。
作者からの返信
二ノ前はじめさま
こんにちは。いつも拙作へお越しくださり、どうもありがとうございます。
死をことさら美化してはいけないと思いますが、死はやはり生におけるどんな事件をも凌駕するなにかを潜ませていると思います。一度っきりしか経験できない、すべてを終わらせてしまう出来事だからこそ、悔しさ、悲しさ、怒り、安堵、割り切れなさ、すべてを含み、人それぞれの色付けが可能な事件なのでしょう。
コメントをありがとうございました。
心火ー2への応援コメント
こんばんは。お邪魔しております。
市井さんも、柚葉さんも、緑子さんも、それぞれが心に鬼を飼っている(いた)のかも、なんて思いました。
圧倒的な美を求め、知り、体現する。怖ろしくもあるのに、なぜかとても人間を感じました。
作者からの返信
遠部右喬さま
こんにちは。いつも拙作へお越しくださり、どうもありがとうございます。
美しいものに魅了されるのは人の常ですが、もっともっと、と求める気持ちに歯止めがかからなくなると、鬼が密かに忍び込むのかもしれません。この三人は三様に美を追い求めることに人生を捧げてしまいました。どう追い求めても、所詮は人間。限界があるのですね。
緑子を失ったふたりがこの先どのように音と向き合っていくのか。間もなく終わりを迎える本作ですが、もうしばらくお付き合いいただけますと嬉しいです。
コメントをありがとうございました。
心火ー2への応援コメント
緑子さんの死を受けて、トキワさんはどう感じているのか、そしてどう行動するのか…とても気になるところです。
そして、死によって完成する音楽…芸術と死は切っても切り離せないものだと、最近特に痛感いたします。その感覚がプラスなのか、マイナスなのか…私自身、よく分かっていません。しかし、緑子さんの判断を「気持ちは分かる」と言いたくなってしまいます。理由を言語化できませんが、共感してなりません…!
作者からの返信
ジロギンさま
こんにちは。いつも拙作をお読みくださり、どうもありがとうございます。
緑子の死に対して柚葉がいま感じている気持ちを本人はまだ言語化していませんが、こののち明言化されます。この感情が柚葉の音楽を、そして彼女自身を貫く主軸となっていきます。
死により完成する芸術って、その響きに魅惑的なものを感じてしまいますが、劇薬のようなものでもありますね。決して常用できるものではありません。緑子のその音楽を柚葉がどうとらえるのか、これから柚葉が自覚していきます。
コメントをありがとうございました。
心火ー2への応援コメント
>丸裸にされた古いピアノは気まずそうに肩をすぼめていた。
ピアノが居心地悪そうに佇んでいる様子が目に浮かびます。
こんな表現を思いつく感性が欲しいです。
作者からの返信
七月七日さま
こんにちは。いつも拙作をお読みくださり、ありがとうございます。
表現をお褒めいただき、ありがとうございます! 素直に嬉しいです。しつこく何度も何度も練り直したかいがありました。
このピアノは緑子の祖父が自分の娘婿、つまり緑子の父のために買ったもの。緑子が幼少期にピアノに目覚めるきっかけとなった楽器です。市井さんに譲るとか言っていましたが、どうなったのでしょう?
コメントをありがとうございました。
心火ー2への応援コメント
やはり自分の死を日付単位までコントロールしようと思えば、自死以外には方法がないですよね。それは私には勿体なくて出来そうにないです。
アントニ・ガウディは事故死でしたが、きっとそれがなければ最後の最後まであがき続けたでしょうね。死して100年後に一応メインの塔は完成しましたが、彼がもし今も生きていたら、その姿を見てどんな感想を抱いたんでしょうね。
作者からの返信
十三岡繁さま
こんにちは。いつも拙作をお読みくださり、どうもありがとうございます。
緑子にとってさよ子の存在は彼女が想像する以上に大きなものでした。それに加え、絶望により完成していく昏い音楽を冷めた目で歓迎する音楽家の自分がいたのかもしれません。
サグラダファミリアは完成ということになったのですね。横浜駅がほくそ笑んでいるような気がします。自分の設計したものが自分の死後ずいぶん経ってから完成するって、どんな気分なのでしょう。
コメントをありがとうございました。
心火ー2への応援コメント
これは壮絶な、ある意味 闘い の場面ですね。
市井も柚葉も…全く別の角度から石竹先生を
心から大切に思っていた。その魂の複雑な奪い合い。
もう既に彼女はこの世にいないのに。
柚葉にとっても、市井にとっても。相手に対する
愛憎半ばにした嫉妬があるのでしょうか。
作者からの返信
小野塚さま
こんにちは。いつも拙作をお読みくださり、どうもありがとうございます。
そうなんです。市井と柚葉には、互いに緑子を食い尽くそうとしていたライバル関係という一面もありました。
ただこの二人、緑子を失った今、その関係性は宙ぶらりんとなってしまいました。そもそも互いに憎みあっていたわけではなく、音楽のことしか見ていないという点では、このふたりはまさに同じ穴の狢なのです。
コメントをありがとうございました。
心火ー1への応援コメント
緑子さんらしい逝き方だと思いました。柚葉には絶対に知らせないようにという、その配慮、柚葉のことを思えばこそなんですが、柚葉には納得いかないでしょう。ただ、もうショックで、これを吸収するには少し時間がかかりそうだと思いました。
緑子、さよこ、市井との三人の関わりについて、柚葉の考えは、まだまだ、幼いという気がします。人間の関わりは、今の柚葉が考えているほど、簡単に割り切れるものではないし、そもそも、柚葉が考える必要もないように思います。それを考えてしまうのが、若さでしょうか。
緑子先生が残した「悲愴」柚葉はどう聞くのかなと思います。
この後、柚葉はどんなふうに成長したのか。「茶房カフカ」を読むのが楽しみです。
作者からの返信
日野原 爽さま
こんにちは。いつも拙作をお読みくださり、どうもありがとうございます。
緑子の死については、今朝更新分で市井が柚葉に少しだけ説明をしました。でも柚葉にはとうてい納得いかないままでしょう。どれだけ信頼し合っていた師弟であっても、結局は他人どうし、仕方のないことです。特に芸術を通じたつながりで深く互いの内面を知っていると、突如現れた理解不能な点に、より強く戸惑うかもしれません。ゆっくり受け入れていくしかないのでしょうね。
おっしゃるように、まだまだ子供っぽい頑なさを見せる柚葉ですが、人間関係に関する潔癖さは年齢というよりも彼女の気質かもしれません。
コメントをありがとうございました。
レオナルドは救出されぬまま、淳二郎くんは芝浦の沖合に浮いてた……! この悲劇はかなりの確率で起きると想像でき、慎重に捜査を進めていたはず。猫福祉厚生庁にとって痛恨の極みですね。
心火ー1への応援コメント
コメント失礼いたします。
強くもあり、不器用な優しさですね。死に際に相手を思って何も伝えず去るなど並の人間にできることではありません。
末期の描写もなく、淡々と語られる事実だけが、この出来事をより際立たせているかに思えます。
作者からの返信
二ノ前はじめさま
こんにちは。いつも拙作へお越しくださり、どうもありがとうございます。
さよ子を失ってからの緑子は半ば死んだようなものでした。柚葉に対する愛情は確かに強くありましたが、それは生に対する執着にはつながらず、未来へと向かう彼女の足を引っ張らないよう、万全の配慮をしつつ、去っていきました。でも、柚葉には納得がいかないでしょうね。
コメントをありがとうございました。
心火ー1への応援コメント
ついにこの回がきてしまいましたね……。
緑子さんのことだから、柚葉とも湿っぽい別れはしないのではないかと予測していましたが、これは……なんというか柚葉にとっては、ポーンと闇の中に置き去りにされたような感覚でしょうか。
読者である私も、愕然とした思いでこの訃報を受け止めました。
漠然と先生はいつか自分より先に逝くだろうという思いはあっても、喧嘩別れしてそれきりになってしまうという予想は、若い柚葉には難しいことだったと思います。
緑子さんの家……どうなっているのでしょうか。
作者からの返信
竹部 月子さま
こんにちは。いつも拙作へお越しくださり、どうもありがとうございます。
前話のひっそりとしつつ衝撃的でもあった市井との別れに続き、ついに柚葉との別れの場面となりました。これは、本当に、乱暴に放り出された感じでしょうね。柚葉としては純粋に悲しむことなどできず、まずは衝撃、そして怒りと悔しさに圧倒されてしまうのではないかと思われます。
石竹家については、次回、少しだけ状況が描写されます。
コメントをありがとうございました。
心火ー1への応援コメント
一番伝えたかった人に、合格を伝えられないとは…けど、緑子さんは自分の状態をトキワさんが知ったらどうなるのか、予想してあえて伝えず、周りの人にも口止めしたのでしょうね。トキワさんのことだから、受験のための練習を抜け出してしまうだろうし、気が気でなくなってしまう。要らぬ負担をかけまいとした緑子さんの配慮なのでしょうが…トキワさんが素直に受け止められるとは、あまり思えませんね…難しいかもしれませんが、何らかの形で緑子さんからの最後のメッセージがトキワさんに届いてくれることを祈ります…
作者からの返信
ジロギンさま
こんにちは。いつも拙作へお越しくださり、どうもありがとうございます。
緑子に合格をもはや伝えられないという事実、たとえ自分を気遣ったのだとしても、別れの挨拶を交わすことすら許さずに緑子がこの世を去ったという事実は、柚葉をまた少し屈折させる原因になったでしょう。理解はできるけれど、決して納得はできず、緑子に対して、教えてくれなかった周囲の人たちに対して、そしてまるで気づけなかった自分に対して、怒りを保ち続けることになりそうです。
緑子からの最後のメッセージは、『悲愴』の録音とともに入れられた小封筒にはいっている、かも……
コメントをありがとうございました。
心火ー1への応援コメント
先日父が亡くなりました。様子を見に東京行こうとしていたその前日に急逝しました(お悔みは大丈夫です。90歳超えているので大往生です)。今は意識して止めない限り、訃報はそれこそ光のスピードで伝わってきます。
緑子さんは葬儀はやらなかったんでしょうね。それなりにメジャー人なので葬儀を行えば絶対に柚葉の耳には入ってしまいますから(まわりは音楽関係の人ばかりですからね)。
師の死と向き合う事で、柚葉のピアノにはどんな変化がもたらされるのでしょうか? グレーの色からは何が差し引かれて何色に変化するんでしょうね。
しかし親の立場からすると、子供が音大に進学すると言い出した時、きちんと背中を押してやれるか自信がありません(もうその心配もないですが)。まぁ今は色々と就職もつぶしがききそうではありますが……。
作者からの返信
十三岡繁さま
こんにちは。いつも拙作へお越しくださり、どうもありがとうございます。
なんと、お父さまがお亡くなりに。まさに言葉だけではありますが、お悔やみ申し上げます。90歳を超えて生きるって、簡単なことではないですね。うちの血族は七十超えたらさようならの人が多くって、平均寿命を超えた人があまりいません。長く生きるというのは、もうそれだけですごいことなんだと思っています。
緑子の葬儀はご想像どおり、緑子の厳命を受けて、市井の助けのもと、桜子夫妻がひっそりと荼毘に付しました。東京にいる石竹誠一と和子夫妻(緑子・桜子の父母)はメモによると存命のようですが、緑子を勘当していること、それにそもそも高齢で動けないことから列席していません。今ならそれでもネットで情報が出回りそうですが、2003年は今ほどではなかったでしょう。
師の死を受けて柚葉の灰色が何色になるかですが、灰色から『緑』を除けば赤でしょう。トキワのハンカチーフの赤ですね。
音大を卒業した後の人生のことを考えると、親としては進学を応援しづらいかもしれません。ただ、それも、家の太さによるのかもしれませんね。
コメントをありがとうございました。
別離への応援コメント
お願いできるかな。
泣けます。
ずっと目が離せません。
この世界にどっぷり浸かって、幸せです。
素敵な作品をありがとうございます。
作者からの返信
Sawatani-Asariさま
こんにちは。いつも拙作をお読みくださり、どうもありがとうございます。
緑子の最後のセリフを拾ってくださり、嬉しいです!
経験したことのないことについて描写するのは、いつもとても緊張します。こんなことを自分が書いて良いのだろうかという気持ちになるのですが、どうしても体験できないこともありますものね。今の自分にとって死とはなにか、それを詰め込んだ、今の自分にしか書けない一話なのかもしれません。
コメントをありがとうございました。
心火ー1への応援コメント
遂に…。柚葉にとってはあまりにも突然の訃報で
声もなかったのでしょう。漸くこの物語の真の
姿というかテーマが見えて来た気がします。
それは実はとても単純なもの。単純だけれど
誰も普段、意識の上にすら上らないもの。
作者からの返信
小野塚さま
こんにちは。いつも拙作をお読みくださり、どうもありがとうございます。
緑子に連絡を取りづらいなあと悩んでいても、それは先生と再会する権利や連弾をする権利を手に入れたという満足感の上にあるちょっとした飾りのようなものでした。それが、もうすでに亡くなっていると聞いてしまったら……
ピアニストの卵として研鑽を積むうえで、親以上に頼り切っていた人の死です。これは辛いですね。
気付くと、ありゃ、13万字超えてるんですよ、意外に長かったのですね (^^;) ここまでお付き合いくださり、本当に感謝しております! 6月中には完結する予定です。
コメントをありがとうございました。
別離への応援コメント
緑子は、いつか、柚葉と連弾したいと考えていたのでしょうか? 柚葉はそうしたかっただろうと思います。ただ、時間が足りなかった。そうなった時、緑子が考えたのが、多重録音を柚葉に遺す、という方法だったのでしょう。この録音を、柚葉はどんな気持ちで聴くのだろうと、考えてしまいました。
<音楽は刹那だ。全体像をひと息に味わうことのできる、あるいは反芻しつつ愛でることのできる絵画や彫刻、文学とは違う。ただ一瞬の強烈な閃光を発するために何か月もかけて丹念に詰め込まれた黒い火薬のかおりを市井はかいだ。>
この部分、「ああ、やっぱり」と思いました。音楽と演劇の共通の特徴だろうと思います。どちらも、演奏者、演技者によって、一つの楽譜、台本が、全く違ったものになる。そうして、演奏者も演技者も、ただ一度しかないその真実の一瞬のために準備する。永遠に未完の芸術の厳しさと魅力だと私は考えています。
作者からの返信
日野原 爽さま
こんにちは。いつも拙作をお読みくださり、どうもありがとうございます。
柚葉は確かに緑子と『悲愴』を連弾したくて弟子入りしました。緑子も、将来連弾しようと約束しましたが、果たして心からそうしたいと思っていたか……それについては、後ほど柚葉も知ることになります。
> 演奏者も演技者も、ただ一度しかないその真実の一瞬のために準備する。永遠に未完の芸術の厳しさと魅力
演劇について考えたことはありませんでしたが、おっしゃるとおりですね。あれほど言葉の力に頼る芸術でありながら、刹那のきらめきを味わうものだというのがおもしろいです。
そういえば、日野原さまは戯曲から創作の道にお入りになったのでしたよね? これまで戯曲にほぼ興味ゼロだったのですが、最近興味を持ち始め、少しずつ読んでみています。
コメントをありがとうございました。
別離への応援コメント
コメント失礼いたします。
晩年を迎えた偉人の言葉で「生涯の終わりに来て、私の薪束を始末する」という言葉が頭によく残っています。死は終わりではなく、さらに高貴な生への入り口であると。
彼女もまた、人生の薪束を始末しているのですね。こういった境地で後を生きる者に何かを残せる人間は多くないと思います。
作者からの返信
二ノ前はじめさま
こんにちは。いつも拙作をお読みくださり、ありがとうございます。
偉人ともなると、死に臨む心構えもまた常人とは異なるのかもしれません。緑子がどのような気持ちで録音を残そうとしていたのかはご想像にお任せいたしますが、それを受け取ることになる柚葉の衝撃を考えると、やや複雑な気持ちになります。
コメントをありがとうございました。
コンクールー5への応援コメント
緑子さんへの揺るぎない信頼と、自らの身体で得た嵐の経験を糧にして、殻を破って自分の演奏をやりきった柚葉さんの姿…ここに至るまでの緻密な積み重ねが過ぎって、読ませてもらっていてカタルシスを感じるというか、とても嬉しくて晴れやかな気持ちになりました🎹