Scene2




 集合場所まで歩いていくと、すでにみんな集まっていて、私たちが最後のようだった。


「ごめんなさい、遅くなりました」


 別に遅れてはいないのだが、私は礼儀的に一言謝辞を述べてから、改めて皆の方に向き直る。

 私を含め、この場に集まったのは十人。コミュニティの規模に差はあれど、YoutuberにVtuber、歌い手、ゲーム実況者にアイドル、変わり種としては炎上マーケターも名を連ね、いずれも全員がインフルエンサーとして活動している。


 割合として最も多いのが、IPとの親和性の高いVtuber、次点でYoutuberだった。両者の語源となったプラットフォームは、分散型インターネットの発展とともにその役割を終え、今はその名残ミームだけが名称として残っている。仮想空間の中でも生身の自分を投影しているか、IPとしてアバターを纏っているかという差別化点は今なお健在だ。


「それにしても、このワールドめちゃくちゃリアルだよね。感触も匂いも現実の海とほとんど変わらない」


 そう切り出したのは、この場では群を抜いて知名度の高い配信者、MAOPIN TVことマオぴんだった。VR仕様にデフォルメされてはいるが、過度な露出を抑えた水着姿と媚のない笑顔は、ビッグネームを感じさせない親しみやすさがある。その毒気のなさと場慣れした様子に、自然とみんなの立ち位置が彼女を中心に形成され始める。


「さてさて、すでに親睦を深めてるグループもあるけど、揃っての顔合わせはここが初めてなので。まずは挨拶からいきましょうか」


 マオピンさんがそう提案すると、やや端寄りにポジションを取っていた縦ロールの女の子が、いかにもなお嬢様口調で口を開く。


「そうですわね。ではマオぴんさんから始めて、あとはざっくり時計回りにということでいかがでしょう?」


 口調の割には当たり障りのない提案だったが、特に反対する理由もないので、みんなもそれに追従した。


「はーい、じゃあ──BONBONジュール メタバース! 楽しさ求めて西へ東へ、リアルとバーチャルを旅するインフルエンサーMAOPIN TVです! 廃れて消えてもようつべ魂はここにあり! それじゃ今日もみんな元気に~? 3・2・1」

「冒険TUBE!」


 うわぁ、口上まで上げる流れか。お馴染みのコールアンドレスポンスをその場の何人かが返すのを前に、私は背中にヒヤリとしたものを感じた。


「はい、じゃあ次ペタ君ね」

「うわぁ〜、マオさんの後とかマジで勘弁なんすけど……」


 マオぴんのご指名に露骨に嫌な顔をしたのは、甘いマスクと歌唱力、さらに医大卒というハイスペ振りで圧倒的な女性人気を集める大手歌い手、PETABITEペタバイトだった。


「えーっと、自分口上とかないので普通に挨拶を。ペタバイトっていいます。容量のByteじゃなくて噛む方のBiteでPETABITEです。歌録うたろくでよく歌詞を噛むのが由来です。よろしく」


 なるほど、と。私は内心でマオぴんの采配、その気遣いに胸を打たれた。

 配信者である以上、たとえ顔合わせの場でも自分のキャラを示すことは重要だ。しかし大手の後に同じテンションで口上を上げるというのは、心理的な負担がかなり大きい。マオぴんはそのジレンマを解消するために、同じトップ層ではありながらも、自前の口上を持たず自然体なペタバイトをクッションにすることで、後続のハードルを下げたのだ。


「さすが最大手ね……」


 と、いつの間にやら私の横に流れてきていた女の子が、ボソリと呟く。

 彼女も私と同じ感想を抱いたのだろう。その言葉は呼び水のように、つかえていた私の感想を引き出した。


「ええ、本当。さすがです」

「あなたも気づいてた?」

「まあ、あれを見れば。こういうのって実際に大手と絡まないと実感できないですよね」


 とここで、私は初めて彼女の方へ視線を送る。まっすぐと背中まで伸びた黒髪と青のインナーカラー、儚ささえ覚える色白さと、スレンダーなボディラインをスタイリッシュな白ビキニで締め、吸い込まれるような青い瞳を宿す吊り目と無表情のコントラストは、どこかアンドロイドじみたSF的魅力を想起させる。


 あれ──この人。


「もしかしてC4N0Nカノンさんですか?」

「ええ、知ってる人がいてくれて嬉しいわ。正直そこまで知名度が広がってるとは思ってなかったから」


 言葉の割に全く嬉しそうには見えないのだが、なぜか嫌味を感じないのが不思議だった。

 活動時期はまだ一年にも満たないが、ミステリアスな魅力と抜群のパフォーマンスが話題を集め、私のような中堅をごぼう抜きにしてミリオンライバーにリーチをかけた期待の大型新人である。


「まあ、私のことは今はいいわ。ほら、次はフロウライブのお出ましよ」


 そう言って、カノンは視線を次の出番に向ける。口上のために一歩前に踏み出したのは、華奢さとボリュームを両立した典型的なアニメスタイルを惜しげもなく強調し、海の妖精を思わせるカラーリングをしたVtuberだった。


「こんナノ〜! デジタルの深海から浮上してきたクリオネアイドル、海黎みくろナノなの〜! 可愛さ注意! ガチ恋オタクもそうじゃない子も、釣られて惹かれてバッカルコーン! よろしくお願いするなの〜!」


 おそらくこの場で最も完成された口上に、誰もが大手の風格を肌に感じていた。だがそんなナノを押すほどの異彩を放っていたのが、手のひら大くらいのサイズでひらひらと宙に浮く白い狐アバターだった。


「かーきくーけこんこん! 幼狐じゃないよ、妖狐だよ? 九尾目指して修行中、尻尾は四本、あくまで妖狐、しろくじ学園所属、あやかしの猛獣コンコンです。しゃまと一緒に百鬼夜行しよ? 初めましてみなさん。気軽にコンしゃま、もしくはしゃまって呼んでください。えへ」

「か……っ」

「か……?」


 可愛いいーーーーーっっ!!!!


 私を含め、その場にいた女性陣から一斉に黄色い声が上がる。なんなら完全に食われる形となったナノでさえ、わざわざ目をハートエモートに切り替えて絶叫していた。隣で踏みとどまっていたカノンはというと無表情の中に堪えきれない衝動を滲ませていた。


「はわ……はわわわ。しゃますごく人気、嬉しい」


 そばにいた女性陣たちにもみくちゃにされながら、コンコンは戸惑いと喜びの混ざった声を上げた。流石に大手相手に無礼はできないが、もう少し近くに立っていたら、私とて飛び掛からずにはいられなかったかもしれない。


『あーー、テステス。本日は晴天なり、ワンツーワンツー。お集まりのストリーマーの皆さん、ご歓談中大変申し訳ないのですがご注目を』


 割れたボリュームで響く声が、はばかる様子もなく一団の空気に割り込みをかけた。声がした海側の方を全員が振り向くと、水面からぶくぶくと泡を立てながら何かがせり上がってくる。


「何あれ」

「さあ」


 すっかり空気となっていた八兵衛が、ここぞとばかりに浜の方へと走っていく。はたして海面から顔を出した謎の物体は、太陽光をつるつると白く反射する、三メートルほどある猫らしきオブジェ。その姿はまるで、途中でモデリングを諦めたような3Dの招き猫のようだった。


「なんだこれ、マスコットかなにかか?」


 無遠慮にオブジェをぺちぺちと触りながら、八兵衛が興味深げに周囲をうろつく。

 すると、


『あんま触んないでもらえますかね、八兵衛さん』

「うわ喋った!」


 突然名指しで注意され、八兵衛がしぶきを上げながらひっくり返る。あまりにもベタな反応と、そもそもの状況の見えなさのせいで、見ていた誰もがそのリアクションをスルーせざるを得なかった。


 単純につまらないというのもあったが。


『えーっと、改めまして皆さん。本日の主宰を務めさせてもらいます、ネメシスエンターテインメントの代表。名前そのまんま「ネメシスくん」と言います。みなさんもう顔合わせはお済みで?』


 あれがアバターなのか? ツルペタな招き猫のような間の抜けた造形は、確かに企画発起人であるネメシス社のロゴをそこはかとなく思わせるが、なんだろうな。そこには妙な違和感というか、距離感のようなものを覚える。そう私が訝っていると、ネメシスくんの質問に答えるべく、縦ロールのお嬢様が、見た目に違わぬゴージャスな黒ビキニに収めた胸を揺さぶりながら前に出た。


「まだ全員の紹介が終わっていませんわ。まだ六人分残っていますの」

『ええっと、あなたは……ああ、そうそう。リゼッタ・マゼンタさん。確かVシンガーでしたっけ?』

「その通りですわ」


 ネメシスくんの問いに、リゼッタがこれ幸いとインベントリから扇子を取り出して見得切りを始める。


「ローゼン王国次期王妃の座を追われ、流浪の歌唄いとして電子の海を渡る亡国の王女、リゼッタ・マゼンタ。いずれ来る理想郷への回帰のため──」

『あ~、そういうの良いんで。口上に関してはこっちの方で導入作っときますから。ほら、尺ないんでね』

「ちょっと、あなたね……」

『はい、じゃあぱっぱと行きましょうね。視聴者さんみんなお待ちかねだから』


 Vに対しては禁じ手とも言える口上の中断をやらかしたネメシスくんのスマイルペイントが、変形もなしに不遜の色を帯びる。邪魔されたリゼッタは明確な不満を表情に出すが、仮にもお呼ばれの立場で迂闊に噛みつくわけにも行かない。実際、勇み足を踏んで、しなくてもいい口上を上げたのは彼女の方なのだから。

 主宰の態度が悪い企画というのは一定数ある。特に金払いだけはやたら良い新興企画は、成金たちの道楽という側面が強い。今回もその類のものなのだろうと、その場の誰もが喉元に出かかった言葉を飲み込んだ。


「ちょっと待って、もしかしてもう配信回ってるの?」


 代わりというわけではないが、ここで声を上げたのはマオぴんだった。別段見られて困るような事は誰一人としてやっていないが、最低限のマナーとしてカメラが回っているなら一言言うべきだろう。3D空間を全画角から切り取るVR空間では、物理的に見える形でカメラが置かれてるわけではないのだから。


『あれえ? 言いませんでしたっけ? まあそういうトラブルもエンタメってことで』


 相変わらずテクスチャをベタ付けにした笑顔のまま、無遠慮な言い草を連発するネメシスくんに、さすがのマオぴんも眉根を寄せる。が、自らのブランドイメージを天秤にかけるかのように押し黙り、すぐさま最善の立ち振舞いを実行した。


「もぉ~言ってよぉ! あたしめっちゃお肉ドカ食いしちゃったんですけどぉ! ほんまないわあ、ねえナノちゃん」

「ほんとなのよ~、ナノさっき転んじゃったからはずかしいのよ~」


 即座に空気を読んだナノを皮切りに、他の皆もそれに続く。邪険にされたリゼッタを含め、二、三名ほどそのノリに対応できていない者もいたが、この程度であればAIが自動で編集してくれるだろう。


『いやあ、皆さんさすがですね。この企画を組んだ甲斐がありましたわ』


 そう言うと、ネメシスくんの丸っこい腕がおもむろに上を向いた。


『今、皆さんのインベントリにアイテムを送らせてもらいました。データが重いんでダウンロードまで時間かかりますが、全員が装着した時点で本企画は開始です。ロードを待つ間、手短に説明させてもらいますね~』


 ネメシスくんがそう言うと、私を含めた全員のインベントリにアイテム転送の通知が送られた。『E-Ring』と称されたアイテムがインベントリに追加され、右上にダウンロードステータスが表示される。


『はい、じゃあこちらがルールブックなので、各自でお読みくださいね~』

 続いてインベントリに追加されたテキストデータを、言われるがまま各自で黙読。それと同じ画像データが、視聴者向けにも空間に大きく表示された。


 クローズドサークル型VR脱出PvE

 『The Island』

 ストリーマー特化型拡張パック、クローズドベータテストプロジェクト

 企画名:『デススト! ―Death Streamers―』


 概要

・本ゲームは大人気VR脱出PvE『The Island』を原作とした、有志によるストリーマー向け拡張パックである。

 ルール

 一:プレイヤーは島内を常時一体徘徊する敵対AIネメシスの追撃を回避しながら、合計四つのステージをクリアし、島からの脱出を目指す。

 二:島内にいくつか存在するセーフエリアを除き、全ての行動はリアルタイムで配信される。

 三:セーフエリアでは各々の判断に基づき、個人の配信による企画を実施、配信ができる。

 四:事前に配布された『E-Ring』に、装着者のステータスE-Indexインデックス値をリアルタイムで反映、その値は全プレイヤーに共有される。

 五:『E-Ring』のステータスに基づき、ネメシスの行動パターンとステージギミックが変化する。

 六:ネメシスに殺害される、各ステージに用意されたゲームに敗北したプレイヤーは脱落し、そのプレイヤーの配信は視聴不能になる。

 七:各ステージに明記されたルールに反した場合、その時点でそのプレイヤーは失格、脱落となる。

 八:最後まで生き残ったプレイヤーには一律で時価三千万円相当のガバナンストークンが贈呈される。


 ルールを音読する者、流し読みする者、食い入るように見つめる者。反応は個人差はあれ、特段難解なものではなかった。

 だが読み進めていくうちに、最後は誰もが戦慄に表情を強張らせた。かくいう私も、始めはそれが悪い冗談としか思えなかった。


「なにこれ……」


 勝利条件の項の後、視聴者側には提示されていないルールが赤文字で記されていた。わざわざ『これより先のルールをリスナーに明示した場合、即座に失格とする』と注意書きされた上で。


 九・本ゲームの脱落者は、現実世界でも同様に死ぬ。

 十・本ゲームを生き残れるのは、最高のエンターテイナーのみ。

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