ゴールテープ
わあわあと歓声がグラウンドに飛び交う。
日差しが地面を照らすように、生徒達の熱も濃く漏れでている。
その裏で、私たちは最後の「特訓」をしていた。
「柊さん!はいっ」
ぱしんっと渡されたバトンは、とても良い音を奏でる。しっくりとバトンが手にはまり、気持ち足取りが軽くなる。
「おおーやったじゃん!」
「直前で仕上がったね」
校舎裏で最後のバトンパス練習。
心配そうに見つめる愛理さんがぱあっと頬を綻ばせる。
「さあ、行こっか。柊さん、あんたにかかってるんだからね」
「うっ」
クラスごとに分けられたテントに入ると、おひさまの刺激を幾分か弱くする。
「あつーい」
ぱたぱたとクラスTシャツを、うちわのようにして扇ぐ葉月さん。ひらひらと扇がれるシャツの裾から、健康的な肌がちらと見えている。
「頑張ってよーうちのクラスが買ったら担任が奢ってくれるんだって」
何をだろう、というかプレッシャーが次々に積み重なってくる。
「そういう葉月さんも走るんでしょ」
「ん、100mね。へへ、応援してくれ」
ひらひらと手を振る葉月さんは、波に揺られる浮き輪のように悠々としている。
「さぁ始まりました体育祭!!今年はどのクラスが栄冠を手にするのか!??」
マイクの轟音というべき、勇ましいアナウンスとともに体育祭が幕を開ける。じりじりと焼ける砂利が靴を焼く。
体育祭は見ている分には面白い。
「おおー!!!いけ、そこ!」
「あとちょっとー!」
歓声が集まるその中央。100m走りが行われている。
ちょうど、葉月たちの番だった。
審判が黒い銃を頭上に掲げ、引き金を引く。
パンっ!
その瞬間、視界が加速する。
時が動き出したかのように駆け出した五人組は、示し合わせたように並び立つ。
「はっ」
そんな息遣いが聞こえてくるかのように、彼女たちの目は熱で燃えている。
「頑張れー!」
葉月さんは先頭で、残り50mといったところか。
砂ぼこりを蹴り上げ、手をぐんぐんと前に振って空気を掻き分ける。
残り20mで、後列が追い上げてきた。
少し手を伸ばせば届く距離。
それにもかかわらず、葉月さんは加速する。
残り1mを切ったところで、「パンッ!」という乾いた破裂音が鳴り、勝負は幕を閉じる。
「えへへーどう?速いっしょ」
得意気に「へへっ」とピースをして戻ってくる葉月さんは、何かを求めるようにもじもじする。
「ほら、柊さん。ご褒美ちょーだい」
葉月さんは目の前で少しかがんで目を閉じる。
「……これでいいの?」
ふわふわの髪の毛をこれでもかと撫でまわす。
撫でるたびに葉月さんの口角が緩んでいき、ついにはよだれを……おい。
「やっぱ女子高生になでなでされるのは効くなぁ」
「おっさんか」
「次は……あっ」
どうしたものかとグラウンドを見ると、次の100m走が始まるようだった。
見ると、そこには見知った顔がいた。
「どう予想する?柊さん」
「うん、やっぱり朝陽が一番早そうだよね」
「ふふん、私たちの朝陽だからね」
得意気な葉月さんは置いといて、一直線状のコースに釘付けになる。
「よーい……「パンッ!」」
クラウチングスタートの構えを取った朝陽は地を蹴った瞬間、他の選手を突き放すごとく走り出す。
1秒ほどで他の選手の数歩前に躍り出た朝陽は、あっという間にゴールしてしまった。
「うんうん、速いね」
「圧倒的だね、速すぎる」
葉月さんはにやっとして、こちらに何かを言いたそうにしている。
「どうしたの?葉月さん」
私がそういうと、肩をぽんっと叩いて耳を疑うような言葉を言った。
「頑張ってね柊さんっ。朝陽、次のリレーアンカーらしいよ♡」
へ?
間抜けな声が意図せず漏れでる。
全身に緊張が走っていく、うわああと叫びたくなるのを押さえて準備運動をする。
良い機会だ、朝陽にぎゃふんと言わせてやる!
「柊さーん」
「おーい、大丈夫かー」
「うんだだだだいじょうぶ」
絶対に大丈夫ではないであろう私を胡乱気に見つめる6人。愛理さんはにやっと笑って頭をごしごしと撫でてくる。
「おー緊張してるのか、よしよしよし」
「あの、子供じゃないから……」
「アンカーだからね、緊張したらもったいないってほら、よしよしよしよし」
終わらないよしよしが私を襲う。残りの五人は棒立ちしてないで助けてくれ。
「じゃあ、冗談はこれくらいにして行こうか」
「大丈夫だって柊さん!私がリードしてあげるから」
「よく言うよエセ陸上部」
「おーい!聞き捨てならないなぁ!」
そんなこんなで各位置につく私たち。
3番の位置に集まった私たちは顔を合わせる。
「夕、大丈夫緊張してない?アンカー変わってあげよっか」
「敵でしょうが朝陽は」
「どうする?勝ったらなんでもしてあげよっか」
「いいの?バスケ部のプライドをずたずたにするだけで十分だっていうのに?」
「ふふふ夕、そんなに言ってくれちゃって。後が楽しみだね」
虚勢を張る私の耳にささやく。
ぞわっとしてから、恐ろしくなる。
後が楽しみってなんだ、怖いな。
「それでは始まりますクラス対抗リレー!」
シーンとした沈黙の数秒後、「パンッ」となるピストル。
1番の陸上部ちゃんが駆け出した。
がんがんと力強く地面を踏みしめ、緩く曲がったカーブをすいすいと走っていく。
「任せた!」
ぱしんっとバトンが渡る。稼いだ距離は十分で、暫定1位だ。
ちらちらと後ろを見ながら待つ。手がぷるぷると震える。
もうすぐの距離まで来た、そのバトンを。
「ぱしっ」
タイミングよく受け取った。
安心すると同時に、火に薪を入れるかのように足をぐんぐんと動かす。
後ろを振り切るよう祈りながら手を振り足を振り体を突き動かす。
「はいっ!」
無事にバトンを渡せてほっとしたのも束の間、自分と朝陽のチームの差がどんどん縮まっていく。
次は自分がアンカーだ、おそらく差はほとんどないだろう。
最終地点でバトンを受け取る準備をする。
「ねぇ、朝陽」
「ん?」
「勝つからね」
これに勝ったら私は、朝陽の隣に立 てるかもしれない。朝陽に「勝った」という実感が欲しい。
まばたきをするたびにこちらへ距離を縮める陸上部ちゃん。
…2…1
ぱしんっ!
勢いを殺すことなくバトンを受け取り、推進力のままにゴールに近づいていく。
前しか見えない。
後ろを見たくなる気持ちを抑えて、足を振り動かす。
残り10mほどなのに遠く感じる。
(私は……)
もう足は限界で、これ以上加速しようにも足はこれ以上回らない。
そんなとき、横切る顔がひとつ。
一瞬だった。
隣には誰もいないはずだったのに、するりと現れて先を行く。
ぱぁん!
乾いた破裂音が鳴り、その勝負は幕を閉じる。
ジョギングで帰っていく生徒達の後ろ姿を見ながら立ち尽くす私。
「残念だったね」
「うん」
いいようのない想いが体を支配する。いつだって私の先を行くその姿はかっこよかった。
「次は障害物競走です」
「わたし、もう行くね。まぁ、応援しててよ」
朝陽が先に行ってしまう。
体育祭にふさわしい快晴が空を覆いつくす。
体育祭の熱はまだ、冷めそうになかった。
夕陽と雨降る庭 きゃらめるさん @Caramel1024
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