こはなちゃん。

はじめアキラ

こはなちゃん。

 これは、私が小学生だった時の話。今から十年と少し前のことになるだろうか。

 うちの学校のトイレには『トイレの花子さん』ではなく『トイレのこはなちゃん』という怪談があった。恐らく時代的に、おかっぱ頭の『花子』なんて名前の女の子では、イメージが合わなかったのだと思われる。だから花子さん、の名前を入れ替えてこはなちゃん、という名前になったのだろう。こはな、という名前が当時にとって現代的だったかというとそれも微妙ではあるのだが。


「なんでこはな〝ちゃん〟、なんだろうね?」


 その日、小学五年生だった私は同じクラスのミサちゃんと話していた。ミサちゃんは大人っぽくて、小学生と思えないくらい博識だった。それでいてみんなと同じ子供っぽい遊びにも馬鹿にせずに一緒にやってくれるので、クラスでも人気があった女の子である。


「わたしが思うに、こはなさん、では他人行儀なかんじがしたんじゃない?」

「たにんぎょうぎ?」

「うん」


 長い黒髪を掻き上げながら、お嬢様みたいに綺麗な彼女は笑う。


「よそよそしい、って言った方がいいかしら。だって、こはなちゃんって女の子の幽霊でしょう?わたし達と同じくらいの年の恩の子なのに、さん付けだったら大人の人とか、あんまり仲良くない人のことみたいじゃない?だったら、ちゃん付けにした方がいいと思ったんじゃないかな」

「あー、なるほど」

「はなこ、の文字をいれかえてこはな。その方が今の子供たちの名前にもありそうだし、単純にそれだけのことだと思う。……ユキネちゃんは、この怪談についてどれくらい詳しく知ってるの?」

「えー?んっと……」


 私はあまり足りてない脳みそをフル活用して、聞いた話を思い出そうとした。

 確か、怪談の内容自体は、昔ながらの花子さんとさほど変わらないものであったはずだ。四階の女子トイレの、一番奥のドアをノックする。そして「こはなちゃん、こはなちゃん、遊びましょ」と声をかけると返事がくるというものだ。

 ただ、その時こはなちゃん、がどんな反応をしてくるかがその時によって変わってくるという。

 また、やり方やタイミングを間違えると、こはなちゃんの声を聴くことは絶対にできないのだとか、なんとか。


「うんうん、大体それであってるはず」


 私の言葉に、ミサちゃんはにっこり笑って言った。


「実は、わたしその怪談にとっても興味があって。もう少し細かいところまで調べてみたんだけど……聞きたい?」

「え、そうなの!?聞きたい聞きたい聞きたーい!」


 多分、ミサちゃんも誰かにその話がしたくてたまらなかったのだ、と思う。あの時の彼女の目は少し怪しく光っていたのだから。

 オバケやオカルトが好きな人間は多い。その反面、同じくらいそういうものを毛嫌いしたり、ドン引きする人間も多い。ミサちゃんは頭がいいから、下手に嫌われないようにと無闇とその話をしないようにしていたのだろう。明らかに興味を持って話しかけてきた私がきっと嬉しかったのだ。


「こはなちゃんは、選んでるんですって」


 満面の笑みで、彼女は教えてくれたのだ。


「この世に生きるべき人間と、死ぬべき人間を、ね」




 ***




 トイレの花子さん、の元ネタは以前少しだけ耳に挟んだことがある。一説によると、ストーカーに追われて学校のトイレに逃げ込んだところ、その場で結局切り殺されてしまって幽霊になった――なんてのがあるようだ。正直、ストーカーに殺されて死んだ地縛霊がなんで子供達と遊んでくれるんだ?というツッコミどころはあるのだが(それと、ストーカーに殺された、と言う設定ならば小学生はちょっと違和感があるだろう)。

 こはなちゃん、の場合は少し話が異なっている。

 彼女は双子の姉だった。妹をとても大事に思う女の子で、動物にも優しく、みんなに好かれていたという。そんな姉を双子の妹はとても尊敬していたが――反面、姉と比べて不器用な自分に大きく劣等感を抱いていたようなのだ。

 それはどうしても態度に出てしまう。実際、姉と比べれば妹は運動神経も成績もよくなかったらしい。その結果、双子という珍しさもあり、妹はクラスでいじめられることが多かったようなのだ。

 ある日――これはどういう流れなのかさっぱりわからないが、妹はオバケが取り憑いた存在だという噂を流されてしまうことになる。オバケが取り憑いているから出来損ないで、みんなに迷惑をかける人間だ、なんてことになってしまったようだ。

 無論、妹は自分は取り憑かれてなんかいないし、オバケでもないと主張する。

 しかし、クラスの少女達は一切耳を傾けてくれない。しまいには、オバケを封印する儀式をするなんてことを言いだしてしまう。


『あんたがオバケじゃないなら、オバケじゃないってことを証明してよ!このトイレを使ってさ!』


 いじめっ子は滅茶苦茶なことを提案した。なんと妹の少女に、四階の一番奥のトイレに入って一晩過ごせと命令してきたのである。そして、その奥のトイレに少女を閉じ込めて、外からつっかえ棒をして出られないようにしてしまったのだ。

 もしも翌朝になって彼女がまだトイレの中にいたら、幽霊でないと信じてやる。

 でももし抜け出していたら、お前はオバケだから学校から出ていけ、というのだ。裏を返せば、翌朝まで少女は何がなんでも外部に助けを求められなくなったということでもある。

 妹は泣いたが、どうしてもみんなに自分がオバケでないことを信じてもらいたくて、仕方なく承諾した。トイレに閉じ込められて、一晩過ごすことを選んだのである。


「うっそ……ひどすぎ。そいつら殴りたい」


 私はストレートにそう言った。


「ていうか、閉じ込められてたら助け呼べないよね。それ昔の話なんでしょ?携帯も持ってないだろうし」

「そうよね。だから彼女は我慢して、一晩お腹をすかせながらトイレで過ごそうとしたんだけど……」


 ミサちゃんは続ける。


「そんな彼女を、助けに来た人がいたの。そう、双子の姉よ。彼女はお腹をすかせて倒れそうになっていた妹を外から出してあげて、事情を聴くなりこう言ったの」




『じゃあ、あたしが代わりにトイレに入るよ!あんたは家に帰って!』

『で、でも、お姉ちゃん……』

『大丈夫大丈夫。あたし達見た目はそっくりなんだから。明日の朝、あたしがあんたのフリして救出されればいいだけのことでしょ?』




 優しい姉だ。彼女は妹の身代わりに、トイレに閉じ込められることを選んだのである。

 問題は、その日が九月の蒸し暑い日だったこと。つまり、夜であっても熱中症の危険があるくらい暑かったということである。

 双子の姉は、トイレに閉じ込められて――水分補給などもできず、熱中症になって死んでしまった。翌朝いじめっ子たちは死んだ少女を見つけて慌てふためいたという。妹は、姉が自分のせいで死んだことを知って泣き崩れたそうだ。


「以来、あのトイレは双子の姉である“こはなちゃん”が地縛霊として残ってしまっているんだって」

「なんか、怖いっていうより、悲しい話だね……」

「そうね。彼女は閉じ込められて心細いから、呼びかけてくれる人の言葉にはなんでも返事をしてくれるって話よ」


 ただし、とミサちゃんは指を一本立てる。


「その返事の内容によっては……呪いが降りかかることになるから、注意しなければいけない。ただの返事や、天気の話、お水が欲しいという要求。そういうものが聞こえるなら問題ないわ。でも、もしも呼びかけた時、彼女が泣きだしたならば……」

「な、ならば?」

「それは、呼びかけた人間が呪われた証。その人は、近いうちに死んでしまうんですって」


 なにそれ恐ろしい。

 私は震えあがったのだった。




 ***




 さて、ここまでの流れで、おおよそ想像がつくのではなかろうか。

 ミサちゃんと私はその日の放課後、一緒に四階のトイレに行くことになったのである。万が一泣き声が聞こえたら呪われてしまう。それはとても恐ろしいことのはずなのに、ミサちゃんはあっけらかんとしていた。


「ミサちゃん、おばけ、怖くないの?呪い殺されちゃうかもなんだよ?」

「怖くないわよお。だって、呪い殺されるってことは、オバケが目の前に現れてくれるかもしれないんでしょ?会えるなんて楽しそうじゃん。それに、今はお守りとかもいろいろあるし!大丈夫大丈夫!」


 彼女は自分の知識と霊感を信じていたのかもしれない。あるいは、オカルトが大好きだけれど、オバケそのものを本気で信じていたわけではなかったのだろうか。

 私達は四階のトイレに入り、手順通り呼びかけることになった。なんでも、逢魔ヶ時と呼ばれる時間に声をかけることと、四階ノックしておじぎ、四階ノックしておじぎ、と二回繰り返さなければ効果はないというのだ。私は言われた通り、こはなちゃんの声をかけた。


「こはなちゃん、こはなちゃん、遊びましょ」

『また今度ね』


 本当に声が聞こえた。仰天する私の前で、ミサちゃんも手順を試す。


「こはなちゃん、こはなちゃん、遊びましょ」


 すると、私の時とは明らかに違う反応が来たのである。なんと、ぐす、ぐす、と嗚咽を漏らす声が聞こえてきたのだ。


『うう、ぐすっ……うううう、うううう……ぐす、ぐす、ぐす……』

「み、みみみ、ミサちゃん!大変、大変だよお!」


 私は狼狽した。明らかに、こはなちゃんが泣いている。つまりこれは、ミサちゃんが呪われてしまったということではなかろうか。


「どどどどどどどど、どうしよう、どうしよう!」

「まー、嬉しい!こはなちゃんの声だけじゃなく、会えるチャンスもあるってこと!?」

「そんなこと言ってる場合じゃないよおおおお!!」


 私はパニックになった。目をキラキラさせるミサちゃんを引っ張り、そのまま学校の外へ連れ出したのである。

 向かった先は、近所の神社。神主さんは昔からの知り合いだった。私は彼の前にミサちゃんを突き出すと、半泣きになりながら頼んだのである。


「うえええええん!神主さん、神主さん!み、ミサちゃんが、呪われたあああああああああ!!」

「え、ええええ!?」


 みっともなく泣きじゃくる私の話を、神主さんは冷静に聞いてくれた。

 そして、笑いながらこう言ったのである。




「確かに、君達から幽霊の気配はする。でも、取り憑かれていないし呪われてもいないから、心配しなくていいよ。念のためお祓いはしてあげるけど」




 その言葉を聞いて、私は心底ほっとしたのだ。

 こはなちゃん、の声は本当に聞こえていた。あそこに幽霊がいるのはほぼ間違いがない。それでも、呪われる、というのが嘘ならば何も問題はないのだ。

 ミサちゃんは大袈裟ねと笑っていたけど、私にとってはそうではなかった。彼女が呪い殺されなくて良かったと、心の底から安堵したのである。

 そう、安堵したはずだったのに。


――私は、勘違いをしていたのかもしれない。


 結局、ミサちゃんは三日後――車に撥ねられて死んでしまった。アクセルとブレーキを踏み間違えた車が、コンビニの前を通りがかったミサちゃんのところに突っ込んできたのだ。

 彼女は呪われていなかったのに、何故死んだのか。後になって、私はあることに思い至ったのである。

 よく考えたら、双子の姉の『こはなちゃん』は妹の身代わりになって閉じ込められることを選ぶような優しい女の子だったはずなのだ。そんな子が、トイレで呼びかけただけの人間をランダムで呪うような真似をするだろうか?

 神主さんも、呪っていないと言っていた。それが本当だったなら、こはなちゃんは。


――こはなちゃんが泣いていた理由は呪うためじゃなくて……もうすぐ死んでしまう子だと、わかったからだったんじゃ。


 彼女は気を付けて、とミサちゃんに警告したかったのかもしれなかった。私達に、それを拾い上げることができなかっただけで。

 結局全ての真相は、闇の中であるけれど。

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