有楽レボリューション

モノック

第1話 Welcome to the Jungle

 天正十年六月二日、未明。京都、本能寺。

 燃え盛る炎が夜空を焦がし、爆ぜる木材の音が悲鳴のように響き渡る。


 その猛火の只中で、織田有楽斎(おだうらくさい)は震える手で懐の端末を取り出した。

 それは22世紀のテクノロジーの結晶、超小型量子通信機「クロノス・リンク」。見た目はただの茶色い印籠だが、中身は未来と現在を繋ぐ唯一の命綱だ。


「くそっ、熱い! 熱すぎる! 歴史データには『当日は快晴、微風』としか書いてなかったぞ! 火事の熱さまでは記載なしかよ!」


 有楽斎は悲鳴を上げながら、廊下を這うように進んでいた。煙が目に染みる。

 彼の正体は、2150年の未来から派遣された歴史管理官、コードネーム「エージェント・ウラク」。

 任務は、この歴史的特異点において織田信長のDNAサンプルを密かに確保し、歴史が「秀吉の天下」へと正しく分岐したことを確認することだった。


 だが、現実は甘くない。


『エージェント・ウラク、応答せよ。ターゲット・ノブナガへの接触はまだか? バイタルサインが低下している。急げ』


 脳内に直接響くオペレーターの声。涼しげなその声に、有楽斎はキレた。


「無理だ! 見ろよこの火勢! 今行ったら俺が焼き鳥になる! なんで耐熱ジェルを持ってくるの忘れたんだ、俺のバカ!」

『装備の確認は基本中の基本です。減給対象ですね』

「うるさい! こっちは命がけなんだよ! あと、さっきから腰が痛いんだ! 50代の肉体(ボディ)にこのミッションはキツすぎる!」


 バキッ、と轟音を立てて近くの柱が崩れ落ちる。火の粉が舞い、有楽斎の頬を掠めた。

「ひぃっ」と情けない声を上げ、彼はとっさに庭の池へダイブした。


 ジュッ、と音がして水蒸気が上がる。

 水面に顔だけ出し、プハァと息を吐く。頭上の空は、真っ赤な炎と黒煙で覆われている。

 まさに地獄。いや、ジャングルだ。弱肉強食の、生存本能だけが支配する場所。


「……作戦変更だ」

『は? 何を言って……』

「これよりフェイズ・ランナウェイ、『全力で逃走』へ移行する!」


 有楽斎は池から這い上がると、濡れた着物の裾をまくり上げた。その下には、時代考証を完全に無視したスポーツタイツ(吸汗速乾・疲労軽減機能付き)が露わになる。


「兄上、すまん! DNAとかどうでもいい! 俺は生きるぞ! 生きてこその歴史だ!」


 彼は全速力で走り出した。

 燃え落ちる門をくぐり抜け、明智光秀の兵たちが取り囲む包囲網へと突っ込んでいく。


「あ、あれは織田長益様!?」

「追え! 討ち取れ!」


 兵士たちの怒号が飛ぶ。槍が突き出される。

 だが、有楽斎の足は速かった。未来のトレーニング理論に基づいたフォームで、槍の穂先を紙一重でかわしていく。


「邪魔だ邪魔だぁ! 俺は歴史を紡ぐために生き残らなきゃならんのだ!」


 錯乱気味に叫びながら、彼は二条城方面へと駆け抜ける。

 そのあまりの必死さと、奇妙な速さ。その背中を見送った明智軍の兵士の一人が、呆然と呟いた。


「なんという逃げ足……。あれが、武門の誇りを持つ織田の血筋か?」

「いや、見ろ。あの鬼気迫る形相。あれはただ逃げているのではない。何か……もっと大きな目的のために、あえて汚名を被ってまで生き延びようとしているのではないか?」


 深読みである。

 単に熱くて怖かっただけだ。

 しかし、この誤解こそが、後の世に語り継がれる「逃げの有楽」伝説の始まりであり、彼が「戦国フィクサー」として暗躍するための隠れ蓑となるのだった。


 * * *


「ハァ、ハァ……! 生きてる、俺は生きてるぞー!」


 京の路地裏に転がり込んだ有楽斎は、夜空に向かって拳を突き上げた。

 全身煤だらけ、着物はボロボロ。だが、その顔には生還の喜びが満ちていた。

 その時、壊れかけた通信機からノイズ交じりの音楽が漏れ聞こえる。


 ――"Welcome to the Jungle"


 まるで彼のハチャメチャな戦国ライフの幕開けを祝うかのように、ロックなギターリフが、炎上の続く京の町に微かに響いていた。

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