第2話 ゴブリンを食べましょう②


 三時間後、俺達はゴブリンが出没する廃鉱山の入口へとやってきていた。


 同行を承諾してから自分の討伐道具や荷物を用意して、ギルドに討伐調査申請をし、廃鉱山近くまで定期便馬車で移動して到着した。


 馬車内でルチアは小難しい顔をして調理本と睨めっこしていて静かだった。気になって覗いてみると、生刺身の調理方法のページであった。もし料理としてでてきたら、食べるのを断固拒否しようと決めた。


「楽しみですね」


 修道服の上からもふもふとした毛皮の防寒着と、大きなポンポンがついたマフラーをしたルチアは、フェアルイン鉱山と微かに読める朽ちた看板を一瞥した後に、胸の前に両拳を持ってきて意気込みを表している。小柄な体型も相まって小動物みたいだ。


「足元気をつけなよ」


 母親のようにいうと白い息が漏れた。廃鉱山になって暫く経つので人も寄り付かず、メンテナンスをする人間もいない。それだけじゃなく道程は危険が一杯だ。好奇心旺盛の子供のようなルチアの母親気分になるのも仕方ない。


「手を繋ぎます?」

 

 ルチアが左手首をプラプラと動かす。こいつ俺の心を試しているのか!?

 

 いきなり母親から青年に気持ちが変わった俺は、正常な脈を保ちながらルチアの真意を探るために顔を見るも、普段通りの澄ました顔だ。


「片手が塞がると危ないから繋がない」


 ぶっきらぼうにいったのは嘘ではないからだ。片手が塞がっていると臨機応変に立ち回れなくなる。だから決して恥ずかしいからじゃない。


「そうですか。確かにわたしも両手が塞がってしまうので危ないですね」


 じゃあいいうなよ。の、じが舌先で転がる。転がしていると、ルチアは背中に背負っていた教会のゆるキャラであるハイリヒグマが刺繍されたナップザックから棒を取り出した。


 棒の先には水晶が埋め込まれていて魔術師の杖みたいだったが、お手製感が拭えない。


「なにそれ」


 聖女であるルチアは武器を持たない。だから杖なんて持つ必要がないので気になった。


「ログクリスタル付き棒です」

「ログクリスタル付き棒」


 あまりにも聞いたことがない名称に復唱してしまう。


「夏に登山したじゃないですか」


 俺の当惑顔を見てかルチアは説明を始める。


「したね」


 ルチアは登山と軽くいっているが、標高七千メートルの死の山と呼ばれる山の頂上まで登った話だ。なんども死に目にあったので、下山してもしばらくは生きた心地がしなかった。


「その時にたまたま拾った綺麗な石がなんと新種の水晶ログクリスタルだったんです。さらにですねーー」


 ルチアが言葉を止めたのは俺が右手で制したからだ。


「入手した情報じゃなくて、何に使用するか知りたいんだ。あと手短に頼む」


 ルチアは説明を始めると長い。それはそれは気の済むまで説明を続ける。


「あ、そっちですか。記録を残すんです」

「もうちょっと詳しく頼む」

「私達がゴブリンを食べているところを記録に残そうかと」

「なぜそんなことを?」

「この前の登頂時に喜びを分かち合ったじゃないですか。あの時の感動は今でも目を瞑ると興奮冷めやらぬ気持ちになりますよ」


 確かに頭頂の達成感は今でも思い出せるな。死の恐怖も連鎖して思い出すけどね。


 目を瞑って思い出した後に瞼をあげてルチアは続ける。


「ですが日に日に感動が薄れていくんです。なので記憶を鮮明に残すために、このログクリスタル棒を制作しました」


 むふーっと鼻息を鳴らしてログクリスタル棒を俺へと近づける。この水晶がどう記録するのかは知らないが、おそらく映像として記録するのだろうな。


 俺もルチアの宣言時のことは記憶に新しいように思い出せるが、子供の頃の日常的なルチアとのやりとりは思い出せない。それはちょっと寂しい気もする。ルチアも同じ気持ちなのだろうか。


「道中も記録に残すの?」


 どういう使用なのか興味が湧いたが、それこそ日が暮れるまで説明しかねないので、使用内容に絞って尋ねておく。


「はい。残せる思い出は多い方がいいじゃないですか。安心してください。調理、実食までしっかり記録しますよ」


 口元を緩めて再びルチアは意気込んだ。そんなルチアを見てハッとする。いつの間にか俺も食べる流れになっていないか?


 いや待て待て、俺は同行するとしかいっていない。まさか食べなきゃいけないのか……そういえばルチアは食べましょうといっていたな。これは食事にも誘われていると受け取れる。つまり俺もゴブリンを食べなければならない。例えルチアとでも、い、嫌すぎるっ!


「置いていきますよー」


 魔物を食べなきゃいけない嫌悪感に項垂れていると、いつの間にか先に進んでいたルチアが片手を上げて手を振っていた。無邪気なルチアが羨ましい。ああもうなるようになれだ。


「あんまり俺から離れないで」


 やぶれかぶれになるも、危険なのには変わらないので、小走りでルチアに追いついて注意すると、ルチアは小さく顎を引いた。

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悪食聖女の食べログ譚 須田原道則 @sudawaranomitinori

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