整体師森本さん

@nou2210

第1話

整体院のドアを開けると、柔らかなアロマの香りが迎えてくれた。整然とした店内には穏やかなBGMが流れ、空気そのものがゆったりと呼吸しているように感じられる。受付に立つのは、この店の整体師である森本さんだった。

柔らかな笑顔と、落ち着いた声で「お待ちしておりました」と迎えられると、それだけで肩の力が抜けていく。


「今日はどの部分が気になりますか?」

「最近、足がだるくて……特に太もものあたりが張っている感じがします」


そう伝えると、森本さんは静かにうなずき、施術台へと案内してくれた。

「では、全身のバランスを見ながら、太ももまわりもしっかり整えていきますね」


施術が始まり、まずは肩や背中を丁寧にほぐされていく。森本さんの手は温かく、圧のかけ方も的確で、張り詰めていた筋肉がゆっくりとほどけていくのが分かる。

次第に、身体の感覚が内側へと沈み込んでいくような、不思議な心地よさに包まれていった。


やがて施術は太ももへと移る。

「ここは血流が滞りやすいので、少ししっかりめにいきますね」

そう言いながら、森本さんの指が深く圧をかけてくる。プロとしての確かな技術を感じる一方で、手が内側へと進むにつれ、どうしても意識が過剰になってしまう自分がいた。


ふくらはぎの施術に移り、体勢を整えるために森本さんが一歩近づいた、その瞬間だった。

ほんの一瞬、彼女の太ももが、自分の脚の外側にそっと触れた。


布越しの、わずかな接触だったはずなのに、その温度と柔らかさは驚くほどはっきりと伝わってきた。

胸の奥が、理由もなくざわつく。


「……失礼しますね」

森本さんはすぐに距離を取り、何事もなかったかのように施術を続けていく。その自然な振る舞いが、かえってこちらの動揺を際立たせた。


さらに、腕の可動域を広げるストレッチに移ったときだった。

「少し手をお借りしますね」

そう言って、森本さんは自分の手をそっと取った。


指先に伝わってくるのは、思った以上に柔らかな感触だった。

強く握られているわけでもないのに、触れているだけで意識がそこに引き寄せられてしまう。温度、肌の質感、わずかな圧――ただの施術だと分かっているのに、どうしても心が過剰に反応してしまう。


自分の身体が思わぬかたちで反応していることに気づき、胸の奥が落ち着かなくなる。顔が熱い。どう振る舞えばいいのか分からず、ただ天井を見つめながら、静かに呼吸を整えるしかなかった。


そんなこちらの内側の混乱とは裏腹に、森本さんの手つきは終始変わらなかった。

あくまで専門家として、淡々と、誠実に、身体と向き合っている。その姿勢が、逆に強く印象に残る。


施術が終わる頃には、身体は驚くほど軽くなっていた。筋肉の緊張だけでなく、どこか心の奥の張りまでほどけたような感覚がある。


「今日はこれで終わりです。何か気になるところがあれば、また教えてくださいね」


柔らかな笑顔に見送られて外へ出ると、冷たい空気が頬に触れた。

身体だけでなく、心の奥までもが、静かに解放されたような気がしていた。

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