第6話 剣士
アンヘルは魔剣を得た。
何処に行くという当てもなかった。村を囲む低い柵、崩れかけた家々、踏み固められた土の道。生まれ育った場所を一周しても、胸の内に残るのは空虚だけだった。乾いた風が頬を撫で、遠くで犬が吠える音がした。
アンヘルは森の中を徘徊した。湿った地面が靴底に絡みついた。枯葉がかさりと音を立てる。魔剣の柄が、掌の中でぬめるように重かった。
アンヘルは魔剣を振り回し、枝を断ち切り、捕らえたウサギを切った。
刃を振るった瞬間、獣の温い血が飛び散った。湿った毛皮の匂いと生臭さが一気に立ち上る。血の匂いが鼻腔全体に広がった。
頭痛。誰かが鼓動と同じ間隔で頭蓋の内側を金づちで叩いている。痛みはこめかみの奥で脈打ち、アンヘルは叫んだ。
幻聴。
名を呼ぶ声、責める声、懐かしい笑い声。過去の亡霊を振り払うため、アンヘルは魔剣をでたらめに振り回した。
森は夏へと傾きつつあった。高く伸びた広葉樹の梢が、陽光を遮っていた。湿った土からは濃い腐葉の匂いが立ちのぼり、甘く熟れかけた果実の香りがそこに混じっている。羽虫が光の柱の中を漂っていた。遠くでは鳥の甲高い声が響いていた。葉の裏に溜まった水滴が、アンヘルの歩みに合わせてぽたりと落ち、肌に冷たく触れた。
アンヘルは森の中を徘徊して歩いた。イノシシが括り罠にかかっていた。罠によって空中に吊り上げられたイノシシは罠を引きちぎって地面に落下し、肉体をうねらせて態勢を整えた。次の瞬間、イノシシは熱い息を吐いてアンヘルに突進した。筋肉を脈動させたその姿は素早く、大きかった。
アンヘルは全霊を込めてイノシシの頭蓋に魔剣を振り下ろした。魔剣の刃はイノシシの表皮を裂き肉に沈み、頭蓋骨を切断して顎へと抜けた。
イノシシは斬撃の衝撃によって地面に叩き伏せられ、痙攣していた。荒い呼吸が喉で泡立ち、蹄が土を掻く音だけが続く。アンヘルがイノシシに触れても、イノシシは痙攣し天上を
アンヘルはイノシシの骸を力づくで引きずりながら、広い湖へ到着した。湖面が鈍く光り、水の匂いを含んだ風が頬を撫でる。美しい場所だった。竜人リザが言うには、湖はかつて、天使を自称する移民の
アンヘルは半ば無意識にイノシシを捌いた。それから竜人たちの圧気点火器という筒を取り出した。点火器を用いて火を
藪が擦れ、鱗がこすれる乾いた音がした。アンヘルは本能的に直立した。
次の瞬間、三匹の小型竜が姿を現した。先頭の竜が牙を剥き、瞬間、アンヘルは跳ね飛び、魔剣を振るった。剣先が竜の肉を裂き、その衝撃が竜の頭部を切り飛ばした。
二匹目がすでに襲ってきていた。尾を鞭のように用いてアンヘルの足の骨を砕こうとしていた。アンヘルは後ろに跳ね飛び、瞬間、回り込んできた三匹目がアンヘルを襲った。
アンヘルは何度も後退を繰り返し、竜達と距離をとった。
首だけになった一匹目が頭部を失ったまま立ち上がり、そして吼えた。
好機だった。瞬間、アンヘルは前転して一匹目の足を切り飛ばした。
頭痛。
頭痛。アンヘルは圧し潰される衝撃を腹部に感じ、胃の内容物を吐き出した。吐き出しながらでたらめに剣を振るった。魔剣の先端が三匹目の顎を裂き、その奥にある頸椎に触れた。浅い。アンヘルは素早く魔剣を切り返した。刃は竜の頸椎を深く貫き、三匹目を行動不能にしていた。
戦意の高まりにまかせて、アンヘルは走り出した。再び咆撃を放とうとした二匹目に突進した。全体重を乗せたアンヘルの刺突が二匹目の頭部を貫き胴体に沈んでいた。そうして二匹目が地面に沈んだ。
アンヘルを襲った竜達は全員が行動不能に陥っていた。頭部と後ろ
アンヘルは間を置かず竜の
二匹目にも同じことをした。表面には逆鱗が無かった。ナイフで腹を裂く。痙攣を繰り返して二匹目はアンヘルから逃れようとしていた。筋肉を骨から引き剥がす。骨を魔剣で切断する。心臓、肺、肝臓、
復活した三匹目が咆撃を吐く瞬間より、アンヘルがそれを察知して魔剣を投げ飛ばす方が一瞬早かった。咆撃はあらぬ方向へ
アンヘルは三つの逆鱗を川で洗い流し、小さな背嚢にそれらをしまい込んだ。冷たい水が生き延びた実感を与えてくれた。指先にはまだ血と熱が残っていた。竜の血を浴びた魔剣が烈しく伸縮を繰り返していた。
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