聖邪を統べる巫女
風涼光
絆の結成と聖域の解放
第一章:雨の終末と、白銀の契約
第一章:雨の終末と、白銀の契約
その日の東京は、朝から不機嫌な灰色の空に覆われていた。
佐藤千春(さとう ちはる)は、駅前の雑踏を早歩きで進んでいた。湿った空気が肌にまとわりつき、安物のビニール傘が風に煽られて頼りなく震える。
(……早く帰って、お姉ちゃんに安産のお守り渡さなきゃ)
バッグの底にある、小さな安産祈願のお守り。それが彼女の心の支えだった。
信号が青に変わる。横断歩道を渡り始めたその瞬間、運命の歯車が狂った。
「あぶないっ!!」
鋭い悲鳴。視界の端で、黄色いランドセルが車道に転がった。幼い少女が、雨でスリップした大型トラックの前に立ち尽くしている。
考える時間はなかった。千春の体は、脳が理解するよりも早く地面を蹴っていた。
少女の細い肩を力一杯突き飛ばす。代わりに視界を埋め尽くしたのは、巨大なグリルと、絶望に目を見開いた運転手の顔だった。
――衝撃。
骨が砕ける音さえ聞こえないほどの、圧倒的な暴力。
体が宙を舞い、冷たいアスファルトに叩きつけられる。視界が真っ赤に染まり、次第に闇へと沈んでいく中、千春の指先はお守りに触れようとして、届かなかった。
(……よかった。あの子、泣いてる。生きてる……)
それが、二十四年の生涯の最後の思考だった。
――気がつくと、彼女は「音」の中にいた。
それは無数の鐘が鳴り響くような、あるいは赤ん坊の産声のような、透明な響き。
「目を開けなさい、清き魂の持ち主よ」
光の奔流の中で、一人の女性が立っていた。黄金の髪が無限の宇宙のように広がり、その瞳には慈愛と、微かな哀しみが宿っている。
「私はイヴ。創世の女神。千春、あなたの命の灯火は、あちらの世界では消えてしまいました。けれど、その自己犠牲の輝きは、あまりにも尊い」
イヴは千春の透き通った手に触れた。
「私の愛した世界……いま、邪神の影に蝕まれ、滅びの淵にあるあの場所へ、あなたの魂を転生させたい。その強き意志を、ハイエルフの巫女という器に宿して」
「私に……何ができるんですか?」
「あなたは、光と闇を等しく愛する権利を持つ。私が授けるのは『聖邪統合』。相反する力を混ぜ合わせ、新しい理を編む力。……さあ、行きなさい。エイル・シャン・ブリムとして」
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