続 不倫の果ての命拾い、でも救いはある

すどう零

第1話 二十帳簿を抱え逃亡生活

「ここはどこだ。そして私は今、何をしてるんだ!?」

 私はワケがわからず、思わずそんなつぶやきがでた。

 あくまでつぶやきであり、大声で叫ぶ元気もなければ、勇気もない。

 急に走馬灯のように、ついこの間の危ない出来事がよみがえってきた。


 私、相木ゆりは三十歳過ぎの元経理社員といっても、不良経理社員、そう、つい二週間前まで横領をしていたの。

 人使いが荒く、そのくせケチで、肝心かなめの経理は私に任せっきりという度マヌケな小さな印刷会社の社長の下で、三年間にわたり、無遅刻無欠勤で働いてたの。

 私は社長の目を盗んで二十帳簿を作成していたわ。

 たとえば社員の給料が二十万円だったとすると、本人には二十万円払うが、帳簿には二十五万円支出と記入し、差額の五万円をこっそり頂戴してたの。

 

 私は社長の信用を得るために、掃除とお茶くみは完璧にこなしたわ。

 自前で外国製の高級洗剤を用意し、マップを使わずひたすら這いつくばって廊下掃除をしたり、これも自前で高級茶葉を買って、来客をもてなしたわ。

 まあ、あまり儲からない上に、ケチ社長は安い給料で社員に「もっと早く仕上げてくれ」とせかしたり「普通の子だったらこうするよ」などと、失礼なことを言ってこき使うものだから、たいていの人は三年以内に辞職していく。

 私の前任者である経理社員も、半年で辞めたという。

 ムリもない話だが、私はそれを逆手にとることを考えた。


 私は文句ひとつ言わずに、社長の命令をこなした。

 いや、それ以上に会社の立場に立つ忠犬ハチ公を目指した。

 たとえば電球が故障したら、誰にも相談せずに近所の電気屋を下調べして、チャッチャッチャッと修理してもらったり、いかにも機転の利く便利使いを演じていた。

 社長は内心、私のことを安く使える気の利く女子社員などと思っていただろう。

 そうして社長の信頼を得ておき、陰では裏帳簿を作成して、こっそりと金銭を頂き続けていたのである。

 その金銭は、もしかしたら安月給の社員にあてられる筈だったかもしれない。

 また会社の設備投資にあてられる筈かもしれないなどと思うと、まったく自分は罪深いことをしたと反省している。

 しかし、もう遅すぎる。一度渡った横領の橋はもう引き返すことなどできない。


 そういえば、イエスキリストを銀貨で律法学者やパリサイ人に売った十二弟子のユダでも、原因は横領をしていたことがバレるのを恐れたからだという。

 私もユダの気持ちの三分の一はわかる。

 いつバレるか、そう思うと太陽の下をまともに歩けやしない。

 おてんとう様はいつも見てらっしゃるというが、その通りである。

 

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