Quest 2 遠隔魔法『無線式の石(リモート・ローター)』と、デバフの予感

 おはようございます!本日の『おとなのデパート・マロン』は、平日昼間ということもあり、ログイン人数は少なめです。店内には、相変わらず気だるげなJ-POPと、換気扇の回る低いモーター音だけが響いています。


 そんな静寂のダンジョン内で、長考モードに入っているプレイヤーが一名。場所は、店舗奥の女性向けアイテムエリア――通称『魔法道具売り場』です。


 背中を丸め、自信なさげに棚を見つめる気弱そうな青年。装備はチェックのシャツにチノパンという、没個性的なNPCスタイル。自身のステータス強化ソロプレイ目的ではなく、パーティメンバー恋人への装備譲渡を検討しているのでしょう。彼の視線は、ショーケースの中にある一点に固定されたまま、もう二〇分も動きません。


 迷う気持ちは理解できます。このエリアは、物理攻撃特化の男性向けエリアとは異なり、複雑な魔法効果や属性が付与されたアイテムが並ぶ、高難易度ゾーンですから。


 やがて決心したように、彼がレジへと歩み寄ってきました。その手に握られているのは、ピンク色の卵型アイテム。


無線式の石リモート・ローター』。


 ああ、それを選んでしまいましたか。私は内心で、小さく溜息をつきます。


 それは、MPを消費して振動魔法を行使するアイテム。物理的な制約に縛られず、遠距離から対象に状態異常デバフを与えられるという、カタログスペック上は非常に優秀な魔道具です。しかし、この特定のメーカーが製造したロットには、致命的なバグが存在します。


 それは、圧倒的な『耐久値E』。


 内部の回路設計が極めて脆弱で、わずかな衝撃で断線イベントが発生。さらに、無線通信の判定もシビアで、ボス戦本番の最中に突然通信エラーを起こして沈黙するという、プレイヤーの心を折る挙動が報告されています。いわば、高確率でフリーズするクソゲー仕様の地雷アイテム。


「あの、これ……プレゼント用に、包んでもらえますか?」


 上目遣いで尋ねる彼に、私は恭しく頷きます。NPCとして、「それはすぐに壊れるゴミです」と真実ネタバレを告げることは禁忌。しかし、このまま彼を死地へ送り出すのも、サポート役としては心が痛みます。私は商品を検品するフリをして、精一杯の攻略ヒントを口にしました。


「お客様、こちらの商品は非常に特殊な『上級者向け』の魔道具となっております」 「えっ、上級者……ですか?」 「はい。強力な魔力を秘めている反面、その構造はガラス細工のように繊細です。わずかな衝撃で機能停止ロストするリスクがございますし、魔力供給も環境によっては不安定になる……ある種の『RNG』を試される仕様なのです」


 遠回しな表現。つまりは「すぐ壊れるし、電波も入らないからやめておけ」という警告です。私の言葉を聞き、彼はハッとして商品を見つめ直しました。伝わったでしょうか。このアイテムの危険性が。


「……なるほど」


 彼はゴクリと喉を鳴らし、真剣な眼差しで私を見返します。


「つまり、使いこなすのは難しいけど、ハマれば凄い威力を発揮する……レアアイテムってことですね?」 「……はい?」 「繊細な扱いが求められるプロ仕様。燃えるなあ……よし、これにします! 彼女もきっと驚くはずだ」


 ああ、なんということでしょう。私の警告は、彼の脳内でハイリスク・ハイリターンな伝説の武器という好意的なテキストに変換されてしまったようです。彼の瞳は、これから挑むクエストへの期待でキラキラと輝いています。その期待値は、おそらく初回の起動と共に裏切られる運命にあるのですが。


「……かしこまりました。では、厳重に封印させていただきます」


 これ以上の干渉は、私のロールを越える行為。私は淡々と会計処理を進め、破滅の予感が漂うピンク色の箱を、可愛らしいリボンで飾り付けます。


「ありがとうございます! 頑張ってみます!」


 元気よく店を出ていく彼の背中。その足取りは軽いですが、彼が向かう先は、通信エラーと断線バグが待ち受ける茨の道。せめて、開封直後の初期不良だけは回避できますように。


 「ありがとうございましたー」


 私は静かに頭を下げ、次の冒険者が訪れるのを待つのです。

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