夜更かしから始まる青い春

ep.1ー深夜の美少女ー

 

 ーー春が、赤い。

 けたたましく鳴り響くクラクションの音、立ち込めるガソリンの匂い、そして悲鳴。

 頭を包む、キーンという音。

 その場にいた大人達は右往左往し、一緒にいた幼馴染が血の気を引かせながら駆け寄ってくるのが見えた。

 視界がだんだん赤く霞んでいく。


 「……ケンヤ!ねえ!ケンヤ!」


 しゃがみ込み俺を揺する幼馴染の姿。

 おいおい、パンツ見えるぞ。

 そんな冗談を言おうとするも口が重い。


 「……パ……」


 ここで俺の春は、散った。




 【ドルルルルルゥゥゥ……ガコンッ……】


 朝を告げる音が、あたりに響く。

 新聞配達のバイク音がすると俺は夢中になっていたゲームをやめて静かに部屋のドアを開け、目の前の階段を降りていく。

 これが俺の日課だ。

 そしてまだ、家族は寝静まっている。

 リビングにつきパチっと電気をつけると机の上には冷めた夕飯。

 俺の分だけがラップがかけられ置いてある。

 うーんハンバーグか、ちょっと寝る前には重いけど仕方がない。


 電子レンジへ運ぼうとした時、はらりと一枚のメモ紙が足元に落ちた。

 拾い上げて読むと


 (ケンヤへ いつまでも待ってるからね、体調気をつけて。 父と母より)


 とのメッセージ。

 もう会話をしなくなってどれほど経っただろうか。

 くしゃっとメモを持つ手に力が入った。

 ……なんだか食べる気が失せたな。


 冷蔵庫の中へハンバーグを入れてパタン、と閉める。

 俺の扉も開閉できたらいいんだけどな。

 そんな自虐めいたことを胸に浮かべながら階段を静かにあがる。


 「ごめんな、こんなんで」


 両親の寝室前で静かに呟き、部屋へ。

 ベッドに潜り込むと世界には自分しかいないような、そんな気がした。



 【ピーンポーン】


 「おーい!ケンヤァー!おはよー!」


 んぐぅ…。毎朝の恒例行事だ、まったく…。俺はまだ寝たばかりなんだ。

 布団を被り直し、甲羅に閉じこもる亀のようになった。


 あらぁ、マユちゃん毎朝ありがとねぇ、朝ごはん食べてく?


 玄関前で会話する母の声も聞こえてくる。


 すると、いえ、遅れちゃいますから!と、断るマユの声。


 「ケンヤァ!マユちゃんよー!挨拶ぐらいしたらどうなのー!」


 母がこちらへ階下から呼びかける、が、無視!

 俺はもう寝るのだ!


 おばさん!いいのいいの!……じゃあ、私いくね!


 ごめんなさいねぇ、気をつけてね、と母の声。


 嵐は去ったようだ。

 こんなことが月曜から金曜まで続く。

 土曜と日曜は流石に来ない。

 つまり俺の平穏は1週間に2日しかないのだ。

 そして、今日は金曜日。


 ーー週間チャンプのフラゲ日。

 

 土曜日朝に発売されるが、近くのコンビニでは深夜には陳列されているのだ。

 今日も、今日も大丈夫。

 きっと、大丈夫。


 そう言い聞かせて眠りについた。



 スマホの画面を見る。

 ーー深夜2時。


 スッと立ち上がり自室から出て家族を起こさぬよう静かに階段を降りる。

 ……ミシィ。

 この音が鳴るたび、心臓がバクッと跳ねる。

 よし、あとは……階段を降り切って玄関へ。

 靴を履いてドアに手をかける。


 ーードクンッ。


 鼓動音が頭に響く。


 はあ……はあ……。


 息遣いも荒くなる。

 大丈夫だ、深夜で車通りも少ない、いつも通り5分歩いてコンビニへ行って、チャンプを買うだけ。

 それだけだ。


 ドクンッ、ドクンッ、と跳ねる心臓を無視して、カチャン……と静かにドアを開ける。

 ふっ、ふぅ……。

 胸に手を当て呼吸を落ち着ける。

 大丈夫、車もバイクも人もいない。




 「いらっしゃいませぇ〜」


 コンビニへ着くとよく見かける女性店員がおでん機の洗浄をしていた。

 まだ秋とはいえ、もうすぐ冬か、肉まんの美味しい季節がやってくるな。

 そんなことを考えつつお目当てのチャンプチャ……と、あれ?ない。

 いつもなら置いてあるはずなのだが。

 危機を乗り越えコンビニへやってきたのだ、仕方がない、陳列されるまで待とう。

 適当な雑誌に手を伸ばしパラパラとめくる。

 うへぇ〜小谷すげぇ〜野球だけじゃなくてファッションモデルまでやってんのかよ!


 「……あの、もしかして、天童くん?」


 テンドウ、はて、聞き覚えのある名前だ……なぁ?!


 声の方を見ると、俺の隣に立っていたのはなぜか俺の名前を知っている美少女だった。

 部屋着だろうか?灰色のパーカーに黒いジャージ姿。

 そして大きくぱっちりとした瞳は透き通っており、鼻筋はスッと通っていてぷっくりと控えめな唇。

 その存在感をさらに引き立てているのはスラッと伸びた黒い髪。

 なんだろう、俺、何かしたのかな。

 あのー、、、と固まる俺を見て困っている美少女。


 「あ、あ、は、はい、て、テェンッドゥです!」


 噛んだっ!人と久し振りに話すから!いきなり美少女は無理っ!


 「あ!そうですよね!やっぱり!私、同じクラスの天月 凛です!」


 アマツキ リン、そう名乗った彼女はなぜだかパッと笑顔になり口元で手を合わせている、なんで嬉しそうなんだ?

 それよりなんで俺のこと知ってんだ?

 同じクラス、ということは高校も同じなのだろう。

 俺、その高校にもクラスにも一度も登校していないんですけど。

 ぐるぐると思考が巡り、困ったように目を伏せた俺の様子から察したのか、ああ!と合わせた手をポンっとする。


 「ほら!茜さん!茜さんとも同じクラスで仲良いんですよ!それで天童君のことよく話してくれるんです!話す、というより相談?ですけど!」


 あー、マユか、マユめ、俺がいないのを良いことに美少女へ余計なことをペラペラと……。


 「それで、中学生の頃の写真とかいろいろ見せてもらって……面影ある人がいたからもしかしたら……と、思いまして」


 こちらの顔をグイッと覗き込む、美少女!

 ああ!死ぬ!美少女耐性0の俺には耐えられん!

 思わず顔を逸らし、どうしようか焦っていると


 「……つれいしまぁす、すみませーん」


 先ほどの店員が間に入ってきた。

 その手には。


 「ちゃ、チャンプだ……」


 陳列されたばかりのチャンプを持ってレジへ向かう。

 た、助かった。


 「天童君!」


 レジへ向かう俺に声をかける美少女。


 「待ってるから!」


 優しくも、切ない声。

 ……おう、と手を挙げ応える。

 なんて言っていいのか分からない。

 だが、彼女とのやり取りはなんだか、気持ちが温かくなったのだ。


 レジ少々おまちくださーいと、雑誌棚から店員がやってくる。

 おやすみくらい、言えばよかったかな?

 ふと先ほどの場所へ目を向けたが、もう、彼女の姿はなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夜更かしから始まる青い春 @G_man19

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画