波
安曇
第1話
目覚めると波打ち際に置かれたベッドのうえに横たわっていた。目が重くて、なかなか開かなかった。麻酔でもされていたのだろうか。朝の海がベッドの金属パイプでできた脚に波を寄せていた。
しばらく、その音を聞いていた。その他に、わたしになにかできること、なにかしなくちゃいけないことがあるように思えなかった。しばらくして、
鳥が飛んでいる。たくさん、雲の下に、鳴きながらはばたいている。わたしが死体ならハゲタカでも来そうだけれど、ただの海鳥だった。ウミネコとかいうんだろうか。
思う。起きあがっていいのだろうか。周りには誰もいない。ゴツゴツした岩礁の窪みに丁度良くベッドの脚がはまっているのだろうか。でも、いまが満潮なのか引き潮なのかなんにもわからないけれど、このままだといけないんじゃないかなと、まだぼんやりだけど思った。
雲の切れ目から朝日が差す。まぶしくて、わたしは白いシーツに潜った。シーツの下には毛布が重ねてあって、とてもあたたかかった。消毒液の匂いがする。病院のベッド、なのだろうか。シーツのなかからでも、波の行き来し満ち引き、ざざーん、ざざーんという音が聞こえる。
録音されて再生された音にしてはリアルで、記憶のなかの思い出としてはシーツのなかの温度が現実的すぎた。
身体を手のひらで触れる。いつものパジャマ。なんで自宅のパジャマで病院のベッドみたいなところで、ここが浜辺で向こうが海なんだろう。
夢なのか。そろそろ起きたい。シーツをめくって顔を出す。ベッドの下を端から覗いた。
病院のベッドにしてはすこし金属でできた脚が長かった。そして岩礁に溜った海の塩の匂い、それからカニがいた。ベッドに上ってこられたらいやだなあと思ったけど、その気はたぶん向こうにはないと思える。
夢じゃないのか。たぶん、たぶんだけど、あんまり考えてもしかたないのかもしれない。たとえば生きているのか死んでいるのか、どうしてここにいるのか、なぜ浜辺にベッドでひとりだけで眠っていたのか、雨が降りだしたらどうしたらいいのか。
パジャマは上下着ている、下着もつけていた、おそらく恥ずかしい格好はしていない。海でこの格好というのがまず奇妙だろうけれど、それを言っていたら、ここからどこにも行けない。
どこに行ったらいいのだろうか。
勤め先、パジャマで? 自宅、そもそもここはどこ?
上半身をおこして、あたりを見回した。すこし海風はつめたかった。浜の向こうに堤防がある。堤防があるっていうことは、その向こうには人がいる。とんでもない秘境にいるわけではなさそうだった。堤防のかたちも、海外っぽさがなくて、なんだか日本みたいだ。
大丈夫だとおもった。シーツから身体を抜けだして、ベッドから足をのばして立とうとした。
つまさきを音とともに波がかすめた。その海水はふしぎなくらい暗い色をしていた。
電球が加熱して砕け散る音とともにわたしの記憶はここで終わる。
初稿掲出日
note.com 令和7年12月22日 月曜日
波 安曇 @cauuacaaau
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