誰とも踊らないと決めた夜

神酒紫

誰とも踊らないと決めた夜

 マーロウの村では毎年秋に収穫祭が行われる。

 朝から夜中まで続くその祭り。しかし夜の祭りは大人と見なされた者しか参加できない。


 まだ私が小さかった頃の話だ。

祭りの夜の篝火の眩さを私は家の窓から眺めていた。家は村の奥まったほうにあり、灯はちょっと離れた広場のほうにある。


「ねえ、おかーさん。あのあかり、きれいだね」

「そうねぇ、サニー。いつかあなたが大きくなったら、あなたも好きな人と手をつないで踊るのよ」

「おててつないで、おどるの?!」

「そう。大切な人とね」


 その当時の夜の祭りへの鮮烈な憧れや、大きくなった自分への期待のせいだろう。

 あの時のことをよく記憶している。



 この手をとって踊ってくれる人は、どんな人だろうか?



 憧れと幼いときめきという淡い光に彩られた記憶。


 今となっては別に誰と踊ろうとも良かったのだろうけれど。


 だけど私はジョンの誘いを断った。


「誰とも踊る気はない」


 そう断って。


 実際私は夜祭に出る資格があったのに出なかった。


 ジョンが嫌いだったわけじゃないし、むしろ誘われて意外に思ったくらいだった。ジョンは村ではなかなかモテる種類の人だったから。

 私以外に素敵な女子はいたし、その中にも踊りに誘われていない子だっていたのだ。


 でも私は母の言ったとおり、ジョンが私にとって「大切な人」であるかと言われたら「そうではない」ことを識別していた。


 私は告白してくる人がいたなら、少しは話を聞いてあげたと思う。話によっては付き合ったかもしれない。でも私に面と向かって言葉を交わせるひとは、いなかった。


 ジョンは聞いてくれたけれど、私が断ってしまったのだから仕方がなかった。


 私は知っている。


 彼は私の手をとりたかったわけじゃない。祭りという瞬間の孤独を埋めるだけの相手が欲しかっただけなことくらい、私にもわかる。


 それがどうしてかわかっていたから、私は彼の申し出を断った。誰とも踊る気はないと、全ての対象者を並列に見た言い方で。


 それで良かった。


 私に純粋な興味のある人のために、この手をとっておけたのだから。


 結果として今、私は彼の傍で寝ている。真面目すぎるくらいに私を大事にしながら、捨て身のユーモアで私を笑わせるこの人を。


 何より炎をやどした手で私の手を取ってくれたこの人が愛おしい。


 この人の安らかな寝息を聴けるこの日々に、あの幼き日の収穫祭への憧れがつながる。


 この手を、掴んでくれたのがあなたで良かった。


 彼の無防備な寝顔に微笑む。

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