猫の手を借りる。
押谷薫
猫の手を借りる。
(忙しい……)
デスクワークでテレワークの会社に転職して一ヶ月が経った。
通勤時間がないことから、楽観的な思いだったのも束の間だった。
年明けから事業年度の終わりに近づくと、一気に忙しくなった。
今日は始業から、タスクがどんどん積み上がっていく。
社内チャットでタスク登録の通知が飛んでくる。
あぁくそ。こんな忙しいのに、更に仕事を増やすんじゃない。
――にゃあ。
飼っている猫が、俺の様子を見て鳴いた。
あぁ、まさしく猫の手も借りたいという状況だ。
ところで。どうして猫の手なのだろうか。犬じゃダメなのか。
犬よりかは役に立ちそうだからかもしれない。そう思う。
猫は爪を器用に用いて、獲物を狩ることが出来る。
飼い猫だと爪先を切ってしまうが、野良猫のように尖った爪であれば可能だろう。
――にゃああん。
先ほどと違い、飼い猫が大きく鳴いた。
放っておくと、構って欲しさに大きく長めに鳴き声を上げる。
しかし構っている時間はない。それに……もう我慢できない。
尿意と便意の限界だった。
忙しすぎてトイレに行く暇もなかったが、これ以上堪えることは出来ない。
大人として恥ずかしいことが起きるのは防がねばなるまい。
俺はトイレ休憩を社内チャットに投げて、トイレへと駆け込んだ。
自宅の便器に腰かけて、今まで堪えていたものを一気に放出していく。
大なのか小なのかもわからない。出すのと同時に、疲れも押し寄せてきた。
戻る気がなくなった。どうしよう。全てを出し切ってしまった気分だ。
カタ、カタ、カタ……。
何の音だろう。ひと息吐いたら、何か聞こえてきた。
換気扇の音でもなく、ボロ賃貸の軋みでもない。
(まさか――)
トイレから出て、リビングを見やる。
デスク代わりのテーブルに飼い猫がいて、俺のパソコンに向かっている。
それだけでなく。肉球と爪を器用に使って、キーボードを叩いている。
俺の仕事をわかっていて、それを処理しているとしか思えない。
十分後。飼い猫はテーブルから床に下りて、いつものように毛づくろいを始めた。
見計らって、俺はパソコンに向かう。
「おぉ……」
山のようなタスクが見事に処理されていた。
良かった……これで午後はゆっくり出来そうだ。
「ん?」
見知らぬメモ帳がデスクトップに作成されている。
開くと、こう書かれている。
『しゃれい は おやつで よろしく』
……ちゃっかりしているな。
仕方ない。一考の末奮発してやることに決める。
高めの猫缶を開けてやろう。
――にゃあ。
飼い猫はこちらを見ながら、一度だけ鳴いた。
猫の手を借りる。 押谷薫 @oshitani666
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