ハンドロイドは理想郷の夢を掴めるか

蝌蚪蛙

本編

 人体拡張デバイス〝ハンドロイド〟。

 背中に背負うことで肩から第三の腕が生える形になるウェアラブル端末の一種だ。

 大部分のパーツがカーボン製のため非常に軽量で、女性や子供でも使用可能。

 頭につけた専用のヘッドバンドで脳波を読み取り、見た目だけでなく感覚的にももう一つの腕のように扱える。一定の習熟は必要だが、慣れれば生まれてから腕が三本あったかのように生活することが可能だ。

 これにより、いわゆる〝猫の手も借りたい〟状況で実際に追加の手を借りることができる。例えば、デスクワークをしながら電話を取ったり、本を読む手を止めることなくお茶を飲んだり。訓練を積めばもう一方の肩にもハンドロイドを装着し四本腕になることもできる。可能性は無限大だ。

 当初は高価だったものの、様々なメーカーが参入し価格競争が激化。今ではスマートウォッチくらい手頃な価格になった。

 アメリカの片田舎に住むトーマスもそんなハンドロイド愛用者の一人。彼はソフトエンジニアとしてフルリモートで仕事をしている。会社からもマルチタスクに定評のある彼は、一方で物理的に〝手が足りない〟ことに自身の限界を感じていた。そんな彼にとってハンドロイドはまさしく求めていたものであり、今では二つのハンドロイドを操ることでこれまで以上にマルチタスクをこなせるようになった。

 大きなプロジェクトを無事終わらせた彼は自身の慰労のため、現在長期休暇を気ままに楽しんでいる。時間を持て余した彼はかねてから頭の中にあったある実験をすることにした。ハンドロイドを七面鳥に使わせるというものだ。

 彼の両親は大牧場を経営しており、そこでは七面鳥も飼育されていた。家を出る際に両親から七面鳥の番をプレゼントされたのをきっかけに、彼は趣味として常に一定の数の七面鳥を飼育している。そして、クリスマスを始めとしたお祝い事の際には、自身が育てた七面鳥を自ら絞めて処理し豪華な料理に仕立てるのが恒例だ。

 一方で、幼少期から七面鳥と過ごしてきた彼は七面鳥と何とか心を通わせられないかと考えていた。一番大きいオスの七面鳥〝ジャック〟は両親から贈られた最初の番の一匹。飼育している中でも最古参。すっかり愛着が湧いてしまい絞める時期はとうに過ぎていた。今では他の七面鳥のいる外の小屋ではなく室内でペットとして飼育している。とはいえ、相手は意思疎通のできない獣。餌をやるときに決まって足や手をつついてくるジャック。その意図すらトーマスには分からない。ジャックが自分に対してどんな感情を持っているのか彼は知りたかった。せめて握手くらいできればと願っていた。そんなことは夢物語。そう思っていたが、ハンドロイドの登場でにわかに現実味を帯び始める。

 トーマスは幼児用のハンドロイドを二つ購入し、独学で多少の改良を施し微調整。それをジャックの首から下げて固定。最後にジャックの肉垂の部分に脳波計測と通信用のピン型端末を刺すと準備は完了した。

 目の前には胸のあたりから二本の機械の腕を生やしたジャック。トーマスは緊張の面持ちで見守る。しばらくすると、ジャックの小さな幼児用ハンドロイドがデタラメに動き出した。

 実験の成功に喜ぶトーマス。ピン型端末はまだ開発されたばかりで機能は未知数。それに人間では鼻に刺すため肉垂でも正常に機能するかトーマスは不安だった。しかし、それは杞憂だったようだ。一方のジャックはハンドロイドが自分の意思で動かせることにまだ戸惑っている様子。しばらく使わせて慣れさせる必要があった。

 こうしてトーマスはジャックの観察をするのが日課になった。

 ジャックは物覚えがよく、翌日には右手と左手を正確に認識し始める。交互に規則正しく動かすことをしばらく続けること一週間。餌を手でつかんだり、小石を拾ったりと積極的にハンドロイドを使うようになった。

 やがて一ヶ月が経過。

 ジャックはすっかり手のある生活に慣れた。リモコンをいじってテレビのチャンネルを変えるのは序の口。暑い日には冷房を勝手につけるばかりか温度まで変え、倉庫から餌の袋を開けては盗み食いまでし始めた。玄関の鍵を開けて小屋の七面鳥の顔を見に行くこともしばしば。

 素行の悪さが目立つジャック。

 対してトーマスは喜びを隠せなかった。なぜならジャックの知能が明らかに七面鳥離れし始めたからだ。トーマスがジャックにハンドロイドを装着したもう一つの目的はまさに知能の向上を期待したからに他ならない。

 人間の脳は体に対して巨大だ。これは直立二足歩行により巨大な脳を支えられる構造を有しているため。だが、それは結果論にすぎない。おそらく猿から人間に進化する過程で、直立二足歩行と自由になった両手による複雑な作業、そしてそれを可能にする脳の巨大化は互いに影響を与えあっていたはずだ。

 手の指や腕を動かして複雑な動きをすることは翼をばたつかせるだけとは明らかに異なる。そのような手を動かす運動が刺激となることで、七面鳥でも脳が発達するのではとトーマスは考えた。そして、それはジャックのいたずらっ子のような悪行で証明されたと言える。

 このまま知能が上がれば、情操教育も可能になり、それに伴って感情表現もしてくれるようになるはずだ。トーマスの夢の実現は着実に近づいていた。



 そうしてさらに一ヶ月ほど経ったある日、トーマスの自宅前には無数のパトカーが止まっていた。

 家の中に広がる光景に刑事たちは言葉を失う。

 彼らの目の前にはベッドに横たわるトーマス。すでに亡くなっており、その身体は冷たい。

 午前中のリモート会議にトーマスが無断欠席したことを彼の上司が不審に思い警察に相談。連絡を受けた地元警察が彼の家を訪ねると玄関の扉が開いていた。そこで彼の名前を呼びかけながら警察が踏み入れると、彼の遺体を発見したのだ。

「これは一体どういう状況なんでしょうか?」

 部下に問われ、警部は頭を抱えた。

 彼を悩ませるのは遺体の状況だった。トーマスの死因は首を絞められたことによる窒息死。問題は凶器だ。遺体の首を絞めているのは彼の所有する成人用の一組のハンドロイドだった。

 ハンドロイドは背負う関係上、常に肌身離さず装着するのは不可能。入浴時と就寝時は外さねばならない。状況から見れば、ハンドロイドをベッドの傍に置いてトーマスは就寝。寝ている間にハンドロイドが首を絞めたことになる。

「そんなことがあり得るはずない!」

 声を荒らげる警部。

 その足を何かが突く。

 ふと、警部が見下ろせばそこには一匹の七面鳥。

「何だ、こいつは?」

「おそらく七面鳥のジャックですよ。トーマス氏が飼っていたペットらしいです。SNSでもたびたび写真を載せてつぶやいています」

「そうなのか。てっきり小屋から脱走したものだと思ったぞ」

「SNSを見る限り、小屋にも数羽が飼われていたようですが今は見当たりませんね。もしかしたら誰かが持ち去ったのかも」

「うーむ……。貴重品は金庫の中。手をつけられた形跡はないようだし、盗まれた可能性があるのはそれくらいか」

 唸る警部。

 そこに部下が新たな情報をもたらす。

「彼の鼻に刺さっているピン型端末は元はジャックに着けていたようですね」

「何だと? しかし、その端末と現在リンクしているのはトーマス氏のハンドロイドでは?」

「ちょうどトーマス氏のハンドロイドの傍に幼児用のハンドロイドがあるでしょう? 元はあちらとリンクしていて、ジャックに装着されたあのハンドロイドを端末を付けたジャック自身が自分の意思で動かしていたようです」

「七面鳥にハンドロイドを? ずいぶん変わったことをしていたのだな」

「SNSでは、ジャックが今日何ができたかをたびたび楽しそうに報告しています。何だか子どもの成長記録みたいですね」

「子どもか。両手があっても所詮鳥は鳥だと思うがね」

 ぶっきらぼうに言い放つ警部。

 部下は言葉を続ける。

「事故でしょうかね? 興味本位でトーマス氏はピン型端末を自身のハンドロイドとリンク。その端末を鼻に刺してしばらく操作感を確かめたあとそのまま就寝。睡眠中の脳波を受け取った端末によりハンドロイドが誤作動。そのまま自身の首を絞めるに至った、とか」

 推理を披露する部下。

 一方、警部はすぐさま反論する。

「それでは玄関が開いていたり、小屋の七面鳥がいないことに説明がつかない」

 そして、少し考え込んだあと指を鳴らす。

「おそらくこうだ」

 指を立てて話し始める警部。

「何者かがトーマス氏の家に押し入った。盗みというよりは怨恨だろう。そのまま犯人はトーマス氏を絞殺。実際に首を絞めた凶器はもしかしたら犯人のハンドロイドかもしれん。それをカモフラージュするためにジャックに刺さっていたピン型端末をトーマス氏の遺体に刺し、彼のハンドロイドの登録端末をそちらに書き換えた。七面鳥を盗んだのは強盗目的と思わせるためのカモフラージュだ」

「確かにそちらの方が筋が通っていそうですね。ただ、ここは田舎ですし、彼自身もリモートワークでほとんど外出していません。そんな彼に恨みを持つような人物がいるんでしょうか?」

 部下の的を射た疑問。

 しかし、警部は笑ってみせる。

「トーマス氏のSNSによると彼は祝い事のたびに自身が飼育している七面鳥を絞めて料理にしていたのだろう? 動物愛護を訴える過激な活動家に目をつけられても不思議はない」

「なるほど。それなら小屋の七面鳥は盗んだのはなく逃がしたのかもしれませんね」

「よし。その線で捜査を進めるぞ」

「はい!」

 威勢のいい返事とともに足早に出ていく部下。

 それを見届けながら足元にいる七面鳥のジャックに呟く。

「君は逃げなかったんだな。ずいぶんトーマス氏に懐いていたのだろうね」

 しゃがんでその頭を撫でながら警部は続ける。

「SNSを見る限り、彼が絞めていた七面鳥は君の子どもだ。それに彼が最初に絞めたのは君と番だったメス。人間だったら殺したいほど憎いはずだ。君だけでなく小屋の子どもたちにもハンドロイドが装着されていれば袋叩きにできたかもな。それなのに君は彼のペットとして死んでもこうやって傍から離れようとしない。鳥頭であるが故に生まれた種を超えた愛だな」

 そう言いながら警部は立つとジャックに宣言する。

「ここからは手のある者に任せなさい。君の無念は私たちが晴らそう。主人を殺した犯人を必ず捕まえると約束するよ」

 そう言うと残りの者に現場を任せ、警部は部下の後を追った。

 最終的にこの殺人事件は迷宮入りする。よもや知能の発達した七面鳥がハンドロイドを使って主人を殺したことなど夢にも思わないだろう。

 詳しい動機は不明。何せジャックは物言わぬ七面鳥なのだから。

 例えばこんな推測ができる。

 ジャックは七面鳥ながら自身の妻と子どもたちに手をかけた恨みを忘れていなかった。だが、文字通り復讐する手段がなかった。しかし、思わぬところでハンドロイドという手を手に入れた。こうして機会を伺い、ようやく復讐を果たしたのだ。もちろん、小屋の子どもたちを逃がしたのもジャックの仕業。

 トーマスが手を握り合うために授けた手。皮肉にも、手を与えたばかりにジャックが復讐に手を染めることにつながった。そして、当初の目的通りトーマスもジャックの心を理解できたのだ。その命と引き換えに。

 もしくはこうも考えられる。

 ジャックはただ知りたかった。自分たちに餌をくれるトーマス。そんな彼がどうして仲間を殺し食べるのか? その二面性を理解したかったのだ。だから、同じようにトーマスを殺した。もしかしたら、その前に自身の子供である小屋の中の七面鳥も殺し、どこかに埋めたのかもしれない。

 その場合、トーマスを殺めることはジャックなりの愛情表現だったのかもしれない。中途半端に知能をつけた彼にとって、トーマスの屠畜行為はまさしくそういう意味に映っただろうから。

 結局、彼らが握手をすることは叶わなかった。

 人と動物が手を取り合う理想郷。例え互いに手があっても、その実現は果てしなく遠い。

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