第2話 異世界は、だいたい突然始まる
東条沙羅の異世界は、だいたいいつも突然始まる。
前触れもなく。
説明もなく。
本人の中ではすでに、物語が進行しているのだ。
「ねぇ、ぐぐるん」
昼休みの終わり際。
沙羅は真剣な顔で俺に言った。
「私、今日から魔法少女だから」
「昨日までは?」
「見習い」
ちゃんと段階を踏んでいるあたりが厄介だ。
問題は、その格好だった。
指定の制服ではない。
フリルとリボンのついた、どう見ても魔法少女の衣装だ。
しかも完成度が高い。
気合いを入れる方向性が、毎回ずれている。
「……着替えろ」
「変身解除は放課後なの」
教室の空気が、目に見えて固まっていく。
俺は無言で立ち上がり、沙羅の手首を掴んだ。
「なにするの」
「現実世界のルールを適用する」
俺は彼女を更衣室に連行し、強制的に制服に戻させた。
◇
これで一件落着。
――そう思っていた時期が、俺にもありました。
放課後、校舎裏。
「ぐぐるん」
沙羅が、校舎の二階を見上げていた。
「私、今から妖精だから」
嫌な予感しかしない。
「羽、もう生えてる?」
「生えてない」
「見えないだけかも」
そう言って、沙羅は縁に足をかける。
「待て!!」
反射的に、抱き止めた。
心臓が、うるさい。
「……ちょっと、変身途中なんだけど」
「途中で止めろ」
俺の腕の中で、沙羅は不思議そうに首をかしげた。
「ねぇ、ぐぐるん」
「なんだ」
「異世界って、危ないの?」
「危ない」
「でも、楽しいよ?」
「現実も楽しくしろ」
沙羅は、少し考えてから言った。
「じゃあ、それはぐぐるんの担当だね」
責任が重い。
◇
さらに、事件は起きる。
翌週の体育。
「今日は転生前の肉体を鍛える日だから、休むね」
そんな理由が通るわけもなく、結局、俺が一緒にグラウンドを走る羽目になった。
沙羅は走りながら、やけに楽しそうだった。
「ね、異世界転生ってさ」
「まだやるのか」
「一回死なないといけないらしいんだよね」
俺の足が止まりかけた。
笑いながら言うな。
「冗談でも言うな」
「冗談じゃないよ。設定」
この辺りから。
少しだけ、笑えなくなってきた。
でも俺は、止めた。
叱って。
連れて帰って。
やり過ごす。
それで、今日も何も起きなかった。
――少なくとも、その日は。
俺は、自分のやり方が正しいと思っていた。
異世界に行こうとする沙羅を、現実に引き戻す。
それが俺の役目で、それ以上でも、それ以下でもない。
そうやって、問題は解決しているつもりだった。
この時は、まだ。
本当は何も解決していないとも知らずに。
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