異世界行くより告白しなさい
蒼井くらげ
プロローグ
通称、《七つの厨二を超えた女》。
誰が言い出したのかは知らない。たぶん、暇な誰かが数えたのだろう。
吸血鬼、魔法少女、堕天使、選ばれし者――。
そのすべてを経由して、なお更新を続けているという意味で、そのあだ名は的確だった。 ちなみに、本人はまったく気にしていない。
「ねぇ、ぐぐるん」
放課後の河川敷。
川面が夕焼けを反射して、やけにきれいだった。
沙羅は腰まで伸びた黒髪を揺らし、濡れたルビーのような瞳で俺を見つめる。
「今までありがとう」
嫌な予感がした。 その目はやけに真剣で、儚げで、そして何より、
――悪い意味で「入って」いた。
「……は? ちょっと待て」
「私ね、人魚姫だったんだ」
そういう設定か、と俺は一瞬で理解する。
同時に、今日はどの段階だっけ、と脳内検索をかける。
「だから今日で終わりなの。人間でいられるのは、今日だけ」
ああ、最終章だ。
「いや、待て。急に話が重い」
「だって物語だもん」
沙羅は当たり前みたいに言った。
「人魚姫って、最後は泡になるでしょ?」
「……一応、そうだな」
確か、王子様は気づかなくて、結局、誰にも知られないまま消える話だったはずだ。
「だから、帰らなきゃ」
そう言って、沙羅は川の方へ歩き出す。 待て。 それは、さすがに待て。
「ちょ、ちょっと待てって!!」
俺は慌てて駆け出した。 なぜなら――。
「……っ!? がぼがぼっ!!」
東条沙羅は、ただの泳げない人間だからだ。
「ばか! 捕まれ!!」
「ぶくぶく……!」
引きずり上げると、沙羅は岸で派手に咳き込んだ。
全身ずぶ濡れだ。
「ぷはぁ……。あれぇ? ヒレ、生えないなぁ……」
「生えるわけあるか!!」
思わず怒鳴ると、沙羅はきょとんとした顔で首をかしげた。
「いいか。人魚ってのは空想の生き物だ。大昔の人がジュゴンを見間違えただけの、ただの噂話だ」
「えっ!? じゃあ私、ジュゴンだったの!?」
「違う!!
お前は生まれたときから、ヒト科ヒト属・ホモサピエンス!
どこからどう見ても、現代日本に生きる女子高生だ!!」
しばらく沈黙が流れて、やがて沙羅は、少し困ったように笑った。
「……そっかぁ」
その笑顔を見て、俺は思った。 ああ、これは治るやつじゃない。
東条沙羅は、現実と空想の区別がつかないんじゃない。
最初から、区別する気がないのだ。
そして俺――
今日も、明日も、たぶんこれからも。
――少なくとも、彼女が異世界に行こうとする限りは。
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