その翡翠き彷徨い【第91話 花と星天】
七海ポルカ
第1話
「ハァッ! せいっ!」
エドアルトは気合いを入れて、打ち込みを続けていた。
大岩に繰り返し、連撃を叩き込む。
父親であるキースが側の切り株に腰掛け、じっとその一連の剣技を見守っていた。
「あなた」
オルハがやって来る。
「朝食の支度が出来たので呼びに来たのですけれど……」
ガキン、ガキンと岩に打ち込むエドアルトの剣。
ここ数日、ずっと見ている。
「……音が変わってきましたね」
「分かるか」
キースが組んでいた腕を解くと、オルハはゆっくりと頷いた。
「はい……。私は生前あの子とは十四歳で別れています。ここで再会し、背格好も見違えるようになり、記憶の中の剣とは飛躍的に変わり、強くなったと思っていましたけど……」
オルハは神官戦士である。
祈るだけではなく、彼女自身、戦いが本業ではないとはいえ剣を使う。
従軍経験もある。
「今は、驚きます。【天界セフィラ】に目覚めてから、貴方やエヴァリス姫に稽古をつけていただいてるとは聞いていましたが、あの子がまさかこんな剣を使うようになるとは思いませんでした。母親の贔屓目では、決してないと思うのですが……」
キースは笑う。
「エドアルトの剣が明確に変わって来たのは、ここ数日のことだ」
「数日……」
エドアルトから数日前、二人に「ウリエルに追従する」と正式に話を伝えられた。
以前からエドアルトはそうしたいと思う、とは話していてくれていたので驚きはなかったが、やはり親として心配がないかと言えばウソになる。
ウリエルは今、地上のアリステア王国にいる。
アリステアには【天界セフィラ】の侵攻軍が迫っているのだ。
長く、魔術師の聖域として異界に密かに存在した【天界セフィラ】がいよいよ、
地上エデンに干渉し、地上の統治に着手する。
異界の魔術師達の理が地上に流れ込んだら、また地上は大きな混乱に陥るだろう。
どうなるかは分からない。
激しいエデン全土に対しての侵攻を行うわけではないとは聞いているが、
地上の拠点とする為にはアリステア王国上空に二界を繋ぐ【次元の扉】を開くしかないという。
アリステア王国に降伏勧告は行うが、アリステア王国は抵抗するであろうと見られている。
ウリエルは【天界セフィラ】の地上干渉に反対しているため、アリステア側について戦うそうだが、いかに【四大天使】の一人とはいえ、それは【天界セフィラ】において豊かな精霊と魔力の供給を受ける身であるからなのだ。
ウリエルは恐らく、地上において討ち取られるか、
討ち取られずとも時が来れば己を維持出来なくなり、魂ごと消滅すると言われている。
【天界セフィラ】の大気に慣れた者がなんの備えもなく地上に行くということは、そういうことなのだ。
ウリエルは自分の死期をすでに悟っていて、その前に禁呪を用いて、自らの眷属に分類される地上の者達の魂は解放すると決めている。
つまり、ウリエルと共に行くということは、
黙っていても地上において再びの生を与えられるが、
地上におけるウリエルの戦いに従属するため、場合によっては解放される前に天界軍の手にかかって死ぬ可能性もあるということだ。
『死ぬつもりはないし、ウリエルと運命を共にするというわけじゃない』
エドアルトは言った。
「ただ最後までウリエルの戦いを側で見届けたいんだ」
ウリエルが禁呪を使う前に討ち取られれば、魔力の供給源を失って、天界セフィラに目覚めた者たちは消滅する運命になる。
戦場では何が起こるか分からない。
危険ではあった。
オルハは心配したが、
キースはエドアルトの決意が固いと見て、頷いた。
「では出発の日まで剣を見てやろう」
そう言って、この数日エドアルトの修練に寄り添っていた。
キースに、エドアルトは打ち明けてくれた。
「どうしても、共に戦いたい人がいるんです。
守りたい人が。
それはウリエルじゃない。でもその人がウリエルの側にいる。
その人を俺は守りたいんです」
「後悔はしないのだな」
オルハによく似た澄んだ瞳を輝かせて、エドアルトは強く頷いた。
「はい!」
その話をしてから、明確にエドアルトの剣が変わった。
今までは優れた剣士たちから剣技を学び、稽古をつけてもらっているという、剣もそういう剣だった。
しかしガラリと空気が変わった。
危機感が満ち、強くなりたい、強くならなければならないという強い意志を感じる。
剣の冴えも、一撃の威力も、鋭く、重く、瞬く間に変わって行った。
きっかけを待っていたかのように。
生前積んで来た修練が、あとは実のなる時期を待ち望んでいたようだ。
その時がついに訪れ、今まで彼が懸命に積み上げてきたものが、一気に花咲いたようである。
オルハにとっても、この剣を振るうエドアルトの横顔は、あどけない表情も記憶に真新しい、彼とは全く違う人間になったかのように思えた。
「……それほど厳しい戦いになると、あの子は考えているのですね」
彼女は祈る仕草を見せた。
「心配は分かるが、案じなくていい。
私もあの剣を見て、少し安心した。
あれならば容易く命を奪われるということはないだろう」
「そうお思いになりますか?」
「ああ」
キースは笑んでくれた。
オルハはホッとする。
夢中で剣を振るっていたエドアルトがこっちに戻って来た。
「少し休憩なさい、エディ」
父と母の姿が一緒にあることに気付いて、エドアルトは明るい表情を見せた。
「はい!」
戦う意志は固まっても、エドアルトの明るい魂に陰りはない。
むしろ、もっと強くなっているようにすら思った。
息子を危険な戦いに送り出すというのに、
笑顔を見て安心してしまったオルハは小さく笑う。
この子は、本当に父親に似て来た。
「水を浴びて来ます」
「分かったわ。待っていますよ」
キースとオルハと別れて、側の川に向かう。
ズボンのすそをまくり上半身のシャツを脱ぐと、ざぶざぶと入って行って、シャツを使い身体の汗を流す。川の中に頭を突っ込み、顔を洗うと冷たい水が気持ち良かった。
全て洗い流すと、最後に使ったシャツをしっかりと力を込めて、丁寧に洗った。
「ふー。これでいいかな……」
ざぶざぶと川から上がろうとした時。
「なんかおかしいわ。」
「うわっ!」
突然ミルグレンがそこに立って腕組みをしていた。
ギョッとする。
「お前また……! 突然いるなよ! びっくりするだろ!」
エドアルトの狼狽など、ミルグレンは無視だ。
「あんた、何をそんなウキウキワクワクしながら剣の修練に明け暮れてんのよ?」
「俺はまだまだ未熟な剣士なんだから剣の修練に明け暮れるのは当たり前のことだっ!
死んだ目で修練に明け暮れる奴がどこにいるかっ!」
「この前までウリエルについて行こうか地上に行こうかどうしよう……とかウジウジしていた奴がなによ突然っ!」
「う、ウジウジなんかしてねーよ!
真剣に、悩んでただけだ! 自分が納得するまで考えなきゃいけないんだぞ。
それくらい重要なことなんだから……」
「私は必ずメリク様についていくわ! 数秒考える必要もないこの世の真理よ!」
「無駄に覇気を撒き散らすなよ! そんなこと聞いてない!」
「ウリエルについて行くけど、守りたいのはウリエルじゃないですって?
メリク様を守りたいとか、あんたみたいなひよっこ戦士レベル4みたいな奴が突然何を殊勝なことを言い出したわけ?
メリク様はこの地上で最強の魔術師なんだから別にあんたなんかに守られる必要性なんかないわ。あんたは蛇足よ。
ってかむしろあんたがドジした時に守って下さるのがメリク様よ。
そういうのすっごい腹立つからいい加減やめてくんない?
というかメリク様は私が全部守るからあんた全く必要ないんだけどその辺りどう思ってる?」
エドアルトは口許を引きつらせた。
「どうもこうも……」
たちまちミルグレンは顔色を変えた。
「エドアルト! あんた私の知らないうちにまたメリク様に会いに行ってなんか迷惑をかけたわね⁉」
「当たり前だ! おれは! お前の知らないうちにドンドンメリクに会いに行ってる! でも迷惑はかけてない! インクとか魔石集めとか、自分で言うのもなんだけど俺は結構役に立ってる!」
「なんですって⁉」
「なんでメリクに会いに行くことをわざわざいちいちお前なんかに報告しなきゃいけないんだよ! 俺はメリクの弟子だ! お前は妹弟子! 分かってんのかいい加減」
「魔術も未だにひとっつも使えない癖に何がメリク様の弟子よ!
相変わらず厚かましいわね!
あんたなんてメリク様の側を駆け回る犬くらいにしか私は思ってないわ!
メリク様はサンゴール魔術学院の秀才なのよ! あんたみたいなのが弟子を名乗ったらメリク様の評判が落ちるでしょうが! 名誉棄損で訴えるわよ!」
「う、うるさい! 他は何言ってもいいけど魔術のことだけは言うなァ!」
「あんたがいきなり何をメリク様と行く! とか勝手に決めてんのよ!
なんかあったでしょ⁉
つーか、したでしょ⁉」
「別になんもないって!」
エドアルトはミルグレンのことを自分の妹弟子だと思っていた。
だからここだけは譲れないのだ。
兄弟子としてまさか、師匠にしがみついて子供のように泣きじゃくりましたなどと、妹弟子に言えるわけがない。
そんなの格好悪いじゃないか、と思った。
「この私に隠し事するつもり⁉ エドアルト!」
「お、俺もう朝食食べてまた天界行かないと! じゃーなミルグレン!」
逃げるなぁ! とミルグレンの怒声が今日も元気よく追いかけてきた。
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