願望
夏炉 冬扇
第1話
男は余命宣告を受けた。
癌だった。
病院の帰り際、スマホをチラっと見ると小学校の同級生が政治家として最近の若い女性と討論をしているニュース番組の通知がある。
だが今思い返すと、小学校の同級生いやクラスメートの大半は「将来の夢」を叶えている。
「俺の人生なんだったんだ?」
とポツリと呟き、自分の人生に悲観した。と同時に色々な思い出が溢れる中、妙な違和感を感じた。
(俺の人生、死にかける事が多かった…あの「走馬灯」は…?)
「走馬灯」はいつも小学生の時に「将来の夢」を書き終わった後から始まる。鉛筆が机の上をコロコロと転がり、「将来の夢」を書いた奇妙な紙には消しゴムで殴り消ししたかのようにくしゃくしゃになっている。
その「走馬灯」で一番気味が悪い事がある。
クラスメートの大半が
「………目」
と聞こえるか聞こえないかの声で呟き、「将来の夢」を書いたその日から人間の限界に近いような努力をする事とその様子を見ている担任が口角を吊り上げていることだ。
だがそれとは別に不気味に思っている事があった。
(俺が死にかけた事は誰も覚えていない)
男は交通事故や登山途中の落石等々、不運すぎる人生といっても良い。
だが誰もその事を覚えていないのだ。男はぶらぶらと力が抜けたように自宅に帰っていった。
男は看取ってくれる家族がいなかった。兄はいるが音信不通。両親は数年前に事故で亡くなり、実家を管理するために帰省。
男は両親の遺影の前で余命宣告の診断書がしわくちゃになる程に握りしめ、下唇を噛み涙を流した。
電灯の弱い光が窓に通して暗闇の和室を照らしている。その時一部が眩く光った。
「知らない番号…」
男は電話に出るつもりはなかったが手が勝手にスマホに伸び、声と手を震わせながら電話に出る。
「久しぶり…」
申し訳なさそうに震え、優しそうな声だった。
「兄さん…」
兄は「久々に飲みに行かないか?」と男を誘った。男はそんな気分ではないが、渋々了承した。飲まないと今日は眠れないと思ったからだ。
男はとりあえず、それなりの格好をして家を出た。玄関を明け扉をガチャリと言わせ鍵をしめる。後ろを振り向き、さあ、行こうとした時だった。
(あ、今日…僕交通事故で死ぬんだな)
何故かは分からないが男はそう思った。いや、変声期前の自分自身の声が頭の中で何重にも響いている。頭を抱え倒れそうになったがなんとか踏ん張り、居酒屋に向かった。
小学校の頃は絵を描くのが好きだった。あの時はずっと絵が好きで、授業中も絵を描いていた。いや落書きの方が正しいかもしれない。
男は道中、小学生の頃を思い出していた。頭の中に薄暗い白色の正方形の部屋の中でプロジェクターを置き、ソファに深々と座りポップコーンを頬張りながら。
だが、小学生の俺には願望があった。漫画家になりたい。だから絵の練習をたくさんした。ペンダコのようなものもできたけど、それでも描き続けた。クラスメートにも馬鹿にされたけどそれでも描いた。
男は「懐かしいな」と思いながら歩く。
「ン…?」
男は異変に気付く、最初は影なのかと思っていたのだが描いた絵が全て真っ黒なのだ。
「お先真っ暗…か」
男は虚しさを感じて昔の事を思い出すのをやめて外灯のない道を歩き続けた。
居酒屋に着き、見慣れた車が駐車場にあった。
「兄貴…車変えてないのか…」
日産 ラシーン 助手席にはベビーシート、後部座席には子供用のスコップ、バケツがあった。
「夢が叶ったんだな…」
と男は呟き、居酒屋の看板の電球の寿命が一つ消えるの見て居酒屋に入った。
「久しぶり…!」
昔ながらの居酒屋のカウンター席に兄がいた。コーラのジョッキ片手に少し目の下にクマができて、ニット帽を被り、それでも白髪が増えていることが分かる。
「久しぶり…!子供産まれたんだね!ってか連絡しろよ」
男が席につくと兄は嬉しそうにコーラを飲み干し
「元気な男の子だったよ…!やっとだよ…!七周目で…!」
と聞き覚えのある事を兄は言った。
「…周目」どこかで聞いたことがある。理由はないが、体が冷える。どこで聞いたっけと思っていると。兄の表情が消え深刻そうな顔をする。
「そういえば お前…癌だろ?」
誰にも言っていないのに…。
「あとお前車気を付けろよ!特に今日!」
なんで知っているのだろう。
男はビールを頼み、口にするが医者から余命宣告される低い声が身体全体を重低音のように響き振動させていた。鳩尾辺りがモヤモヤして、味がしない。
次にハイボールを頼み一気に飲んだ。お酒は弱いはずなのに、酔えない。
兄はその様子をみて、心配してくれた。
「癌なのは知っていたさ…何故か子供のときから知っている…」
「は?」
「夢みたいなもんだよ…ずっと同じような悪夢をずっと…」
兄はそう言い、コーラを飲んだ。
男はあの後、癌が転移して入院をした。治療はしなかったが、絵を描き始めた。絵を描いてると苦しみを忘れられた。だがそれでも後悔していた。
中学に進学した後、男の絵を見た同級生が犬の糞をみるような目、人の不幸を馬鹿にするように笑っていた。
「絵を描く」ということを封印していた。だから普通に勉強し普通に高校進学、そして普通に就職して普通に働いていた。やりたいことはあったがいざやろうとすると、中学の頃にされた映像が何度も再生された。
いざ描いてみると楽しい。ただそれだけ。病院のベッドは男が描いた絵が山積みになっていった。
「…」
男はもう喋らなくなった。絵を描く手、指の力も入らなくなった。ただひとつ「願望」していた。
(やりなおしたい 子供の頃に戻ってずっと絵を描き続けたい)
男は兄に見守られながら死んだ。
鉛筆がコロコロと転がる音が聞こえた。はっと気付き周りを見ると小学校の教室にいる。外は晴天、クマゼミが鳴いていた。クラスメートを見ると下を向き何かボソボソ言っている。
「あー またかよ…」
「もう死なせて…」
「多分 二十周目だなぁ」
「さっきさ 自殺してきたんだけど…痛かったな」
「百五十二周目」
「………目」
男は「走馬灯」と呟いた。男は思い出した「俺は何回か死んでいる」ということに。
前をむくとケタケタケタと笑う担任の先生がいた。
「願いは自力で叶えましょうね!」
願望 夏炉 冬扇 @karotousen0321
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