変わらないあの頃と、進んだ時間

凪原 恒一

第1話

上京して10年が経った。


29歳になった僕は、仕事も生活もひとまず形になって、引越す事にした。途中まで順調にダンボール詰めをしてたのに、それを入れようとした時、手が止まった。


卒業アルバム。


パラパラとめくりながら、

「うーわ懐かしい」

と、一人で呟いていた。


夢を抱えて上京したはいいものの、早い段階で諦めてしまった。全力で挑めた分、夢に敗れたことに後悔はしていない。


そんな事とは別に、唯一上京して心残りなのは、過去の友人たちとほとんど連絡を取らなくなったこと。


仕事をしてお給料を貰うようになると、プライベートの時間の大切さがよく分かった。同時に、過去の人たちと遊ぶ余裕もなかった。


(20代ってほんとあっという間だったなぁ)


そんなこと思いながらページをめくると、とある文化祭写真で目が止まった。


柊椿さん。


この人も懐かしいな。


クラスの中心に居るような人ではなかったけど、容姿は端麗で困ってる人を見過ごすことが出来ない人だったよな。実はライバルもいっぱいいたっけ。


親御さんの仕事の都合で転校してしまった。勝負すらさせて貰えず、いつの間にか終わっていた僕の初恋。


『よっ。何してるの?』


って、ネリケシ作ってるだけでも話しかけてくれた記憶がある。


今何をしているのだろう。

この写真より少し大人になった彼女を想像してみる。


結婚していても不思議じゃないよな。


カチ…カチ…と、部屋の時計の音が急に大きくなった気がした。


やば。やらないと終わんないな。


パタンとアルバムを閉じ、ダンボールの中へしまった。



引越し日まで1ヶ月を切った頃、ある人から電話が掛かってきた。


「あんた全然連絡も寄越さないで何やってるのよ」

母だった。

「今はもうなかなか忙しくってさ」

「今はってもう3年も帰ってないじゃない」


その後電話は30分程続き、とにかく帰ってこいとの事。


結果、引越しを控えてるこの忙しい中、田舎へ帰省することになった。

半ば強引に。


中途半端な高さのビル。

不規則に伸びる電線。

最後に舗装されたのがいつかもわからない道路。

いわゆる街中を抜けると、直ぐに出てくる田園。


昔となんら変わってないな。


強いていえば、シャッターが閉まっている建物が増えた気がした。


実家の客間は、昔僕が使っていた部屋。

壁の左側に500ピースのパズルが飾ってある。


僕は鼻で笑い、パズルの額縁をめくった。


昔、よく分からない高そうな筆ペンで、無意識に好きな人の名前をここに書いたんだっけ。

除光液使っても落ちなくて軽く怒られたよな。


用意された布団は、旅館でも実家でも、入る前から温かみを感じる。


今夜は久々に家族揃ってバーベキューをしようという話になり、皆で買い出しをすることになった。



地元民御用達のショッピングモール。


ただ目的のために買い物を遂行すればいいのに、女性はどうもいつも遠回りをする。

人数が増えればその時間も増える。もう慣れたけど。


母にはドライヤーをせがまれ、妹には化粧品をせがまれた。

挙句の果てには、

「あんたの方が年収高いんだからいいじゃん」

と、よく分からない自己中理論を姉に言われた。


…いつの間にか姉ちゃんの年収も超えてたんだな。


「おい、ちょっとあっち見ようぜえ?」

父が助け舟を出してくれた。


「で、どうなんだよ仕事の方は」

「まぁまぁ、ぼちぼちでんなぁ」

「ぼちぼちでっかぁ。体壊してないなら良しだ」


父と2人で歩くのは数年ぶり…もしかしたら十数年ぶりかもしれない。


こんなに背中小さかったっけ。


「これ母さんに言ったら怒られるかな」

父はキャンプコーナーのバーベキューセットを見ながら言った。

一、十、百、千、万…。

「うん、これは無理だと思うよ」

「だよなぁ、でも男の浪漫だよなぁ」

母が欲しいと言った洋服とかは父は買ってあげるのに、父が欲しいものはなかなか母は許してくれない。昔からそうだった。


だけど父が文句を言ってるところを僕は見たことがなかった。僕自身、歳をとったからかはわからないけど、今は少しだけその理由がわかる気がする。


二人で物色してる中、父の電話が鳴った。


「ほい…はい…はいぃ…」

返事の三ステップを踏んで電話を切っていた。

「母さんがほっつき歩かないで買い物するよ!だって」

父よ…。なんて理不尽なんだ。


皆と合流し、肉、野菜、酒、どんどん買い物かごに入れていった。父が申し訳なさそうに、ビール6本入りをカゴに入れる姿にクスッと来てしまった。


田舎の方は年々人口が減っていると聞いていた。だけど、すれ違う人の数とかフードコートとか見る限り、昔と景色は変わらなかった。


(人口が減ってもここしか来るところないもんな…)


世の中狭いと言えど十年も経つと、流石に知り合いとかに会うことはなかった。もしかしたらすれ違ってるかもしれないけど、気がつくこともなかった。


買い物袋を皆で分けて持ち、そろそろ行こうという話になった。


また暫くは、少なくとも年単位では来ないだろう。

何気なくモールの中を見渡した。


ある一点から一瞬目が離せなかった。

一度視線を逸らし、もう一回目を向けた。


(柊椿…さん)



唯一見つけた知り合いがこの人なんて、神様もイタズラが過ぎる。


信頼しきった距離感にいる男性と、

信頼しきっている小さな子供と、

彼女は一緒にいた。


子供を抱き、笑顔になっている彼女を見て思う。


間違いなく柊椿さんだ。


旦那さんはどうやって口説いたんだろうか。

あんな素敵な人。

僕はチャンスすら来なかったのに。


嫉妬じゃなかった。ただどうして僕には順番が回ってこなかったのか、それが不思議なだけだった。


誤魔化したが流石に見すぎたかもしれない。

一瞬彼女と目が合ったような気がした。


目が合ったとて、きっと――。


きっと彼女は僕のことなんて覚えてないだろう。


数いたライバルの中に埋もれ、今隣にいる男性と彼女との脇役――この二人の物語にとっては、きっとエキストラでしかなかったから。


だけど、



「パパ、行くよ」

「ぱぱあいくよー!」


今僕の目の前にいるお姫様と、お姫様に抱っこされたちっちゃい王子様。

このふたりの為なら、いくらでも脇役になってあげられる。


「じいじもばあばもみんないくよー!」


「さっ!今日は食うぞー」


「俺も飲んじゃうぞー」


僕たちはショッピングモールを後にした。


変わらないものは変わらないままでもいい。

ただ、何をしても何もしなくても時間は進んでいく。


僕に変えられるのは未来だけだ。


僕を選んでくれた嫁。僕と嫁のもとに来てくれた息子。


――僕は改めて心に誓う。


「そういえばお前、よく一軒家建てたな。父親として誇らしいわ」

「まあね。…35年ローンだけど」


帰ったらいよいよ引越しだなぁ。







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