どこが「手」なのか?

蟹場たらば

このトリックは上手? 下手?

 応募されてきたテキストファイルに、僕は改めて冒頭から目を通す。これでもう通算七回目となる読み直しだった。


『月刊マルジナリア』は、我らが世博社よはくしゃが発行する伝統あるミステリ小説専門誌である。活字離れの影響で近年はドラマや漫画も扱うようになったが、それでも連載小説や新刊の紹介など小説関係の記事が誌面の大部分を占めている。


 そんな『マルジナリア』の名物記事の一つに、読者による競作企画がある。これは年に一回、『足跡』や『鍵』といった特定のテーマで短編小説を募集して、優秀な作品に賞金と掲載権を与えるというものである。


 過去にはこの競作企画での入賞をきっかけに、編集部の目に留まってプロデビューを果たした作家も存在している。そのため、正規の新人賞ほどではないにしても、読者や編集者からの注目度は決して低くなかった。


 僕が世博社に入社してから早三年。これまでの働きぶりが認められたようで、今年はなんとくだんの競作企画を担当させてもらえることになった。


 ――ところまではよかったのだけれど、その進捗は必ずしも順調だとは言えなかった。


 新人時代から「疑問点を引っ張っていいのはミステリの中だけ」と口酸っぱく指導されてきた。その教えに従って、僕は年上の男性社員に声を掛ける。


中岸なかぎしさん、企画のことでご相談があるんですが……」


「やっぱり『手』じゃあ、ろくな原稿が集まらなかっただろ?」


『毒』だの『アリバイ』だの、毎回いかにもミステリらしいテーマだと、どこかで見たような作品しか集まらないんじゃないか。新人賞としての側面があるなら、新しい才能を発掘するべきなんじゃないか。そう考えた僕は、今回の競作企画ではミステリとはあまり関係なさそうなものを、『手』をテーマにすることを提案したのだった。


 もっとも最終的に僕の意見が通ったというだけで、中岸さんを始めとする先輩社員たちからは反対の声も挙がっていた。今までのやり方から急に変えたら、読者が困惑して投稿作が減るかもしれない、と。


「その点は大丈夫です。『両手を骨折した男がどうやって絞殺したのか?』とか、『「ミロのヴィーナス」の失われた腕の形を推理する』とか、結構面白いのが来てるんで」


 中岸さんは「へぇ」と短く声を漏らす。悔しいやら感心したやら、後輩に対する複雑な感情を押し殺しているようだった。


「なら、相談って?」


「どう見ても『手』がテーマになってない作品が一つ混じってまして」


「応募要項をろくに読まずに送ってくるなんてよくあることだろ。文字数が倍以上あったり、ジャンルを無視してたり」


「それが小説の最後に、〝テーマをどんな風に使ったのか推理しろ〟って書いてあったんです」


 中岸さんの想像と違って、作者は応募要項をよく読み込んだんだろう。その上で、要項を逆に利用したような作品を送ってきたのである。


「解答編はなかったのか?」


「末尾に〈了〉ってあるので、出題編で終わりで間違いないかと」


 僕たちがどんな反応をするか、作者は予想していたらしい。だから、ミスで後半部分が脱落したと誤解されないように、わざわざ完結を明示する文言を入れてきたのだ。


「作者には連絡を取ったのか?」


「そうすれば話は早いとは思うんですが……」


「まぁ、〝解けませんでした〟とは言いづらいか」


 推理しろと指示をしたり、解答編をつけなかったり、作者の態度は露骨に挑発的だった。一応、読者に対する指示という形を取ってはいるが、応募原稿の最初の読者は編集者なのである。僕たちの推理力を試そうとしているとしか思えなかった。


 後輩への親切心なのか、作者への対抗心なのか。もしくは、『手』をテーマにすることに反対した失敗を取り返したいという功名心かもしれない。


「ちょっと見せてみろ」


 パソコンの前をどくように、中岸さんは顎で命じてきたのだった。



     ◇◇◇



   コントラフリーローディング効果



『類は友を呼ぶ』という言葉を、田沢たざわりんは実感していた。


 この日は特に何か約束があったわけではない。凛はふとした思いつきで、散歩することに決めただけだった。にもかかわらず、彼女は公園へ向かう道すがら、女友達に出くわしたのだった。


「凛は今日も可愛い服を着てるね」


「だから、着せられてるだけだって」


 凛と名づけたわりに、特別凛々しく育ってほしいわけではないらしい。家人はやたらにフリルのついた服を着せたがった。自分のようなショートヘアには似合わないと思うのだが、そんな風にはまったく感じていないようだ。


「もう十三なのに、まだ私のことを子供だと思ってるんだから」


「それだけ愛されてるってことでしょ。よかったじゃん」


「じゃあ、ルナちゃんが着る?」


「それは嫌だけど」


 佐々木ルナはすまし顔でそう答えた。彼女も茶色のショートヘアだった。


「子供といえば、コントラフリーローディング効果って知ってる?」


 話題を変えたいのか、ルナが妙な質問をしてくる。もっとも、凛も同じ気持ちだったから、知らないと素直に答えていた。


「ネズミに二種類の餌を用意するの。一つは普通に皿に盛った餌。もう一つはボタンを押すと出てくる餌。ネズミはどっちを食べたと思う?」


「そりゃあ、お皿の方でしょ。そっちの方が無駄なエネルギーを使わなくて済むんだから」


「ところが、ほとんどのネズミがボタンを押す方を選んだんだよ」


 凛にはとても信じられない話だった。わざわざ餌を取るのに手間をかけるなんて、本能に反した行動だとしか思えなかったのだ。


「ネズミ以外でも同じ実験をしてみたんだけど、魚や鳥はもちろん、犬やチンパンジーみたいな高等な動物までボタンの方を食べたんだって。

 だから、動物には苦労して手に入れたものに価値を感じる性質があるんじゃないかって考えられてるみたいよ」


 ルナの説明によると、この性質は野生での生存競争の過程で身についたものらしい。餌探しに積極的に取り組む個体の方が生存に有利なため、探すことに快感を覚える方向へと動物は進化していったのだという。つまり、コントラフリーローディング効果はむしろ極めて本能的なものなのである。


「でも、それが子供と何の関係があるの?」


「人間でも子供の内はほぼ100%ボタンの方を選ぶんだって。それどころか、大人になっても50%くらいはボタン派みたい」


 万物の霊長というのはあくまでも自称である。分かっていたことではあるが、人間も所詮は動物の一種に過ぎないようだ。


「ただ実験した内、ある動物だけは皿派だったらしくてね」


「ある動物って?」


「猫よ」


「へー!」


 ルナの言葉を聞いて、凛は声をワンオクターブ高くしていた。


「やっぱり、人間より私たちの方が賢いんだ」




―――――――――――――――――――――――――――――――――――




   読者への挑戦



 ここで古典的な推理小説の形式にのっとり、不遜を承知で読者諸氏に挑戦したいと思う。


 今回の競作企画のテーマが『手』であるにもかからわず、作中のどこにもその要素が出てこなかったのを、賢明なる読者諸氏なら当然疑問に思われたことだろう。それこそが諸氏らに推理していただきたい謎である。


 いったい私の小説のどの部分に『手』の要素があるのか?


 諸氏らとの公平かつ公正な勝負のために、推理に必要な情報は前出のショートショートの中にすべて提示してあることを約束する。



     名波張なわばり 泰隆やすたか   〈了〉



     ◇◇◇



 スクロールバーを何度も行ったり来たりさせたあと、中岸さんは首をひねる。さらに「猫だと前足だから、ますます手から離れるよなぁ……」と呟く。


 にっちもさっちもいかなくなったから先輩社員を頼っただけで、僕だって今までに何もしてこなかったわけじゃなかった。中岸さんの考えを聞く前に、まず自分なりの推理を話してみることにする。


「一つ思いついたのは、メタ的なオチという解釈です。作者が猫の手も借りたいくらい忙しいっていう」


「ペンネームまでにしてるあたり、猫は関係ありそうだよな」


「ですよね!」


「だけど、それならわざと誤字脱字を入れたりして、未完成っぽい原稿にするんじゃないか?」


「ですよね……」


 文字数は少なく、描写も簡潔だが、それは単に作風から来たもののようだ。きちんと推敲してあるらしく、文法上のミスはとりたて見つからなかった。これでは多忙な作者が書いたようには読めないだろう。


 ただ的外れな推理をしてしまったというのに、中岸さんは僕を笑ったりしなかった。


「まぁ、メタオチっていうのは俺も賛成だけど」


「というと?」


「この作者は自分の手で、つまりAIを使わないで書いたんだ」


 競作企画では生成AIの使用を禁止していなかった。著作権の問題を考慮して、入賞後にログの提出を求めているという程度である。そのため今回の募集でも、AIに文章を書かせた原稿やAIにアイディアを考えさせた原稿がいくつか混じっていた。


 作者は応募要項を逆用して、一見『手』をテーマに使わない小説を投稿してきたくらいである。AI使用可能という要項まで逆用していても不思議はない。


「でも、これ人間の文章だって分かりますか?」


「何?」


「たとえば、強調に*アスタリスクを使ったりしてれば、AIの文章だなって判断できますよ。でも、こういう特徴があれば人間の文章だって言える明確な基準はないじゃないですか。読者への挑戦まで入れておいて、そんな根拠の薄い推理をさせますかね?」


 作者は〝謎解きに必要な情報はすべて提示した〟と宣言するくらい、作品の論理性に自信があるようだった。読者が推理できる真相、少なくとも納得できる真相を用意しているんじゃないだろうか。


 先に僕の『猫の手も借りたい説』に対して、「原稿から読み取れない」と言い出したのは中岸さんの方だった。それだけに似たような反論をされて、『手書き説』の欠陥を受け入れたらしい。再び首をひねって、別の説を考え始める。


 しかし、さんざん悩んだ挙句、結局何も思いつかなかったようだ。最終的に僕と同じ解決策を取っていた。


親松ちかまつさん、ちょっといいですか?」


 世博社の伝統である「疑問点を引っ張っていいのはミステリの中だけ」という教えに従って、先輩社員に助けを求めたのである。


 親松さんはもう何十年も『月刊マルジナリア』の発行に携わってきたベテラン編集者だった。さらに本業の傍ら、ミステリ批評の本も執筆している大物評論家でもあった。


 そのためか、彼はたった一度読んだだけでもう真相にたどり着いたようだった。


「これはね、読者への挑戦が実は読者へのヒントになってるんだよ」


 親松さんは作中の一文をカーソルでドラッグして強調する。


名波張なわばり 泰隆やすたか


「ペンネームが川端かわばた康成やすなりのアナグラムになってるでしょ? 彼が好んだことで有名だからね」


 続いて、別の一文も強調する。


〝諸氏らとの公平かつ公正な勝負のために、推理に必要な情報は前出のショートショートの中にすべて提示してあることを約束する。〟


「ここなんかは、ヒントというよりほとんど答えだね。別物として扱う場合もあるから、ミスリードにもなってるけど」


 親松さんの説明は、説明というよりほとんどひとり言で、まったく要領を得なかった。中岸さんも同じ感想らしく、僕たちは思わず顔を見合わせる。


「コントラフリーローディング効果の話のあとで、大仰に読者への挑戦なんて言い出したのもそういうことなんだろうね。苦労して考えた作者が価値があると思ってるだけで、読者にとっては下らないオチだってほのめかしてたんだ」


 相変わらず、親松さんは一人でうんうん頷くばかりだった。


 じれったくなった僕は失礼を承知で口を挟む。


「一体どういうことなんですか?」


「この作品は、編小説だってことだよ」






(了)

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