全然ホラーじゃないけど感動する映画

「じゃ、『全然ホラーじゃないけど感動』で。ってホラー映画じゃないの?」


 カヌキさんはニコッと笑う。

「ええ、『手』の映画、って考えてみたら、すぐ思い出したのがこれなんで」

「普通の映画? 面白い?」

 実は、ミヤコダさん、カヌキさんのホラー映画趣味のせいで、ホラー映画以外の映画は余り見たことがなかったりするので、ホラー映画以外の映画の良さは余りよく知らないのだ。

「普段はこういうジャンルの映画は全く観ないんですが、たまたまチケットをもらったので映画館で観て、なんか、感動してしまったんです。自分でも不思議ですが。架乃だったら、どうなんでしょうね」

 ミヤコダさんが、余り見たことのないカヌキさんの表情だった。

 なんだか少し言い淀んでいる。

「うん、分かった。見てみる」

 ミヤコダさんが頷いたのを見て、ちょっと決意したように、カヌキさんは映画を再生した。


 

 ロンドン。主人公の女性は若くはなく裕福ではない。そして、可愛い孫の病気の治療費をどうしたら工面できるか悩んでいた。彼女には資格も何もなく、大金を稼げるような仕事はない。そんな時、接客業募集の紙を見付けて、その店に向かうことに。ところが、その店はなんと風俗店であり、彼女に課せられた仕事とは手を使って、壁の穴から差し出される男の……を……するというものであった。驚き逃げようとした主人公だったが、ところがどうして、彼女の手は、まさしく女神の手で、彼女の手を求めて男たちは行列を成すほどだった。紆余曲折はあったものの、彼女の手は孫の治療費を稼ぎ出したのだが…………

  

「ね、感動的、ですよね」

 ミヤコダさん無言である。

「架乃?」

 ミヤコダさん無言である。

「どうしたんですか?」

 ミヤコダさん無言であったが、グリンっと首を回してカヌキさんを見た。


「深弥!」

 叫ぶようにミヤコダさんはカヌキさんの名前を呼んだ。

「はい!」

 カヌキさんは思わず姿勢を正す。

「あなた、あなた、この映画、この映画、この映画の、この、この」

「はあ、この映画の?」

主人公マギーがどんなシゴ、仕事、仕事してるか、分かってるのっ?」

「ええ、まあ」

「なんでっ?」

「なんでって、それは、まあ」

 カヌキさんゴニョゴニョする。20年ちょい生きてきて、それこそ色んな映画を観てきたカヌキさんは、いわば耳年増である。映画年増と言うべきかとしれないが、多様な性的場面を映画などで学んできたのだ。

「ほら、兄貴もいますし……」

「広大、殺す」

 ミヤコダさんが、カヌキさんのお兄さんである香貫広大さんに物騒なことを言い出した。ちなみに広大さんには何の罪もない。



 

「つまり、架乃は、私がその、『手⚪︎⚪︎』を知らないくらい純情であって欲しかったわけですね」

 うん、とミヤコダさんは頷いた。

「いや、あなたがそれを言うのか、って感じですけど」

 カヌキさんをから掛け離れさせたのは、他ならぬミヤコダさんである。


「まさか、やったことあるなんて言わないわよね」

「ありません!!」

 

 力強く否定したカヌキさんを見てミヤコダさんがポロリと涙をこぼした。

「いい映画、いい映画だったわ。主人公マギーがちゃんと一人の人間として立っていたもの。あの仕事から彼女が目覚めるなんて意外だった」

 ミヤコダさんがしっかり映画を観ていたことにカヌキさんは安心した。

「でも、でもね、もし深弥があんなことをしてたら、って思ったら、思ったら、とっても嫌だったの」


 そう言ってミヤコダさんばボタボタと涙を落とした。

 悲惨な目に遭う主人公に共感して泣いてしまう、そんなミヤコダさんの情の厚さや感受性に、カヌキさんは改めて驚かされる。

「でも、確かにいい映画だったわ……」

 ティッシュペーパーを取って、カヌキさんはミヤコダさんの目に当てる。擦らないように、優しく涙を吸い取る。


 全く、架乃、あなたって人は。



 主人公のために泣いてしまうミヤコダさんのことが、カヌキさんは大好きだ。

 そして、カヌキさんは、

 映画でミヤコダさんを泣かすのも大好きなのである。


「深弥、あなた、わたしが泣くって思って、これ見せたでしょ……?」

「どうでしょうね」


 カヌキさんは、ミヤコダさんの綺麗な手を取って、ティッシュをゴミ箱に捨てた。

 でも、その手を離さなかった。

 


 

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