プロを諦めて裏の世界に堕ちた俺が、最強の美少女剣士に見出されて世界の頂点を目指す話

まめだいふく

1-1



 ネオ・カマクラの夜は、いつも騒がしい。


 超高層ビルの谷間を縫うように走るネオンサインの光。その足元に広がる、古びた寺社仏閣の静寂。光と影が入り混じるこの街は、まるで過去と未来が無理やり縫い合わされたパッチワークのようだった。


 俺、神凪 蓮かんなぎ れんは、その影の側にいる。


 裏リーグ専用の地下闘技場——通称『アビス・リング』。表のプロリーグとは違い、ここには華やかさのかけらもない。薄暗い照明、ヤジを飛ばす観客たち、そして血と汗と金の臭い。


「おい、神凪!デバイスの調整終わったか?」


 がらんとした控室で、D-SABREのメンテナンスをしていた俺に、ぶっきらぼうな声が飛んできた。


 声の主は黒崎——裏リーグのB級ファイター。筋骨隆々とした体つきで、顔には無数の傷跡が刻まれている。今夜の試合に出る選手だ。


「ああ、もう少しだ」


 俺は手元のD-SABREを見つめながら答えた。


 D-SABRE——精神エネルギーを変換し、プラズマの刃を形成する特殊兵装。かつて、俺もこれを握ってリングに立っていた。


 だが、今は違う。


「調整完了。エネルギー出力も安定してる。これなら問題ないだろう」


 俺は黒いグリップに銀色の刀身を持つD-SABREを黒崎に手渡した。彼が起動スイッチを押すと、刀身の周囲に赤いプラズマが立ち上る。


「おお、いい感じだ。さすがだな、神凪」


 黒崎は満足そうに何度か素振りをした。赤い光の軌跡が空気を切り裂く。


「じゃあ、行ってくるぜ」


「ああ。無茶すんなよ」


 黒崎が控室を出ていくと、再び静寂が戻ってきた。


 俺は壁に寄りかかり、天井を見上げた。剥がれかけたペンキ、錆びたパイプ。三年前までは想像もしなかった景色だ。


 三年前——俺はまだ、プロを目指していた。


 精神エネルギーをD-SABREに変換する能力。その効率が高い者が「才能がある」とされ、低い者は「才能なし」の烙印を押される。


 俺は、後者だった。


 どれだけ訓練しても、俺のプラズマは薄く、弱々しかった。周囲からは「透明な刃」と揶揄され、見下された。


 それでも、俺には相棒がいた。


 柊——明るく前向きで、俺の才能のなさを笑い飛ばしてくれた親友。


「蓮の剣は面白いんだよ。他の奴らとは違う」


 柊はいつもそう言ってくれた。


 だが、三年前のあの日——


「……ッ」


 頭を振って、記憶を追い払う。過去を掘り返しても、何も変わらない。


 その時、控室のドアが開いた。


「神凪、ちょっといいか」


 入ってきたのは、篠宮 要しのみや かなめ——俺の師匠であり、この裏の世界で情報屋もやっている男だ。


「どうした?」


「急な依頼が入った。今夜、ちょっと面倒な仕事だ」


 篠宮はタバコを咥えながら、タブレットを俺に見せた。


 画面には、一人の少女の写真が映っていた。


 銀がかった淡い紫の髪、深い紫の瞳。整った顔立ち。どこか冷たく、近寄りがたい美しさを持つ少女。


「……これは」


天ノ原 紫苑あまのはら しおん。知ってるだろ?」


 知らないわけがない。


 プロリーグS級ランカー。無敗記録を更新し続ける『氷の女帝』。誰もが知る、最強の剣士。


「なんで、こんな奴が裏の世界に?」


「調査だそうだ。最近、裏リーグを利用した違法賭博が問題になってる。プロリーグ側が潜入調査を命じたらしい」


「で、俺に何をしろと?」


「護衛だ。彼女が裏組織に目をつけられている。今夜、襲撃があるかもしれない」


 篠宮は煙を吐き出しながら続けた。


「お前の『虚刃』なら、相手がどんな精鋭でも対処できるだろう」


 虚刃——俺の持つ特殊能力。


 相手の精神エネルギーを中和し、斬る力。対戦においては無類の強さを発揮するが、自分のエネルギー出力が低いため弱いとされてきた能力。


「……報酬は?」


「いつもの三倍出す」


「……分かった」


 俺は立ち上がり、自分のD-SABREを手に取った。


 黒いグリップに、シンプルな銀の刀身。起動すると、透明に近い、薄い銀色のプラズマが刃を覆う。


 まるで、そこに何もないかのような——透明な刃。




-----




 裏通りの路地裏。


 篠宮の情報通り、天ノ原紫苑はここにいた。


 紫と白を基調とした和モダンな装い。腰まで届く銀紫の髪が、街灯の光を反射して揺れている。


 彼女は一人、路地の奥を見つめていた。


 そして——その周囲を、五人の男たちが囲んでいた。


「おいおい、こんな夜中に、お嬢ちゃん一人で何してるんだ?」


「プロの剣士様がこんなところに来るなんて、勇気あるねぇ」


 男たちはニヤニヤと笑いながら、それぞれD-SABREを構えた。


 赤、黄、青——それぞれの精神エネルギーがプラズマとなって刃を包む。


「……邪魔よ」


 紫苑は冷たく言い放った。


「どいて」


「おっと、それは無理だな。俺たちには仕事があるんでね」


 男の一人が、紫苑に向かって斬りかかった。


 赤いプラズマの刃が、彼女の首筋を狙う。


 だが——


 シュッ


 紫苑の手元に、一瞬で深紫のプラズマが立ち上った。


 彼女のD-SABREが、男の刃を受け止める。


 いや、受け止めたというより——弾いた。


「なっ——!?」


 男の体が大きく後ろに吹き飛ぶ。


 圧倒的な出力差。


「……やはり、あなたたちレベルでは話にならないわね」


 紫苑の声には、どこか虚しさが滲んでいた。


「舐めんなよ!」


 残りの四人が、一斉に襲いかかる。


 黄、青、赤、緑——四色のプラズマが、彼女を包囲する。


 だが、紫苑は動じなかった。


 彼女のD-SABREが、流れるような動きで四人の攻撃をすべて捌く。


 一閃、二閃、三閃——


 まるで舞うように、彼女の刃が男たちの装備のコアを次々と破壊していく。


「ぐあっ!」

「くそっ……!」


 男たちが次々と倒れていく。


 戦闘開始から、わずか十秒。


「……弱すぎる」


 紫苑は小さく呟いた。


 その瞳には、失望の色が浮かんでいた。


 ——弱すぎる、か。


 俺は物陰からその光景を見ていた。


 噂には聞いていたが、実際に見ると圧倒的だった。精神エネルギーの出力、技術、すべてが別次元。


 だが——


「まだいるぞ」


 俺は目を細めた。


 路地の奥、ビルの屋上から——気配。


 五人、いや、七人。


「……っ!」


 紫苑も気づいたようだ。


 彼女が振り返ると同時に、屋上から黒い影が飛び降りてきた。


「第二陣、行くぜ!」


 黒ずくめの男たち。それぞれが高い精神エネルギーを持つ、裏リーグのプロだ。


「さっきの雑魚とは違うぜ、お嬢ちゃん」


 七人が、紫苑を完全に包囲する。


 それぞれのD-SABREから、強力なプラズマが立ち上る。


 紫苑は冷静に周囲を見渡した。


「……七人同時、か」


 彼女の声には、まだ余裕があった。


 だが——


「いや、八人だ」


 路地の入り口に、もう一人。


 巨漢の男が立っていた。


 その男のD-SABREから立ち上るプラズマは、他の誰よりも濃く、禍々しい。


鴉羽からすば……!」


 紫苑の声に、初めて緊張が混じった。


 鴉羽——裏リーグのA級ファイター。かつて表のプロを目指していたが、違法行為で追放された男。


「久しぶりだな、天ノ原。まさかお前がこんなところに来るとはな」


 鴉羽はニヤリと笑った。


「……あなたがこの違法賭博の黒幕ね」


「ご明察。で、どうする?ここで大人しく帰るか?それとも——」


 鴉羽が指を鳴らすと、七人の男たちが一斉にD-SABREを構えた。


「——俺たちと遊ぶか?」


 紫苑は静かにD-SABREを構えた。


 深紫のプラズマが、刃を包む。


「……やってみなさい」


 彼女の声は冷たく、だが——どこか寂しげだった。


 ——このままじゃ、まずい。


 俺は壁の影から身を乗り出した。


 紫苑は強い。それは間違いない。


 だが、八人同時は厳しい。しかも相手は裏のプロ。


「……仕方ねぇな」


 俺はD-SABREを起動した。


 透明に近い、薄い銀色のプラズマが刃を覆う。


「おい」


 俺は路地に飛び出した。


「え……?」


 紫苑が、驚いたように俺を見た。


 鴉羽も、眉をひそめた。


「……神凪?お前、何してんだ?」


「護衛の仕事だ。悪いが、その嬢ちゃんには手を出させねえ」


「ハッ、お前が?あの『透明な刃』の神凪が?」


 鴉羽は嘲笑った。


「お前の剣なんて、俺たちには通用しねえよ。さっさと消えな」


「……そうかもな」


 俺は静かにD-SABREを構えた。


「だが、お前らの剣も——俺には通用しない」


「……何を」


 鴉羽の言葉が終わる前に、俺は動いた。


 一番近い男に向かって、一閃。


「遅っ——ぐあっ!?」


 男の赤いプラズマが、俺の刃に触れた瞬間——消えた。


「な、なんだ……!?」


 男のD-SABREから、プラズマが完全に消失する。


「バカな……エネルギーが、消えた……!?」


 虚刃——相手の精神エネルギーを中和し、斬る力。


 俺の刃は、相手の力そのものを無効化する。


「てめぇ……!」


 他の男たちが、一斉に襲いかかってくる。


 黄、青、緑——三色のプラズマが、俺を包囲する。


 だが——


 シュッ、シュッ、シュッ


 俺の刃が、それぞれのプラズマに触れる。


 そして、すべてが消えていく。


「くそっ……力が、出ない……!」


 男たちのD-SABREから、次々とプラズマが消失していく。


「……面白い」


 背後から、紫苑の声。


 彼女は、じっと俺の動きを見つめていた。


「あなた……面白い剣を使うのね」


「おしゃべりは後だ。まだ残ってる」


 俺は鴉羽を睨んだ。


 鴉羽は、驚愕の表情で俺を見ていた。


「……そうか。お前の『虚刃』、噂には聞いていたが……まさか、ここまでとはな」


 彼は、ゆっくりとD-SABREを構えた。


 禍々しい黒いプラズマが、刃を包む。


「だが、俺のエネルギー出力はこいつらとは桁が違う。お前の虚刃で、どこまで耐えられるかな?」


 鴉羽が地面を蹴った。


 一瞬で距離を詰め、俺の眼前に迫る。


「死ねぇっ!」


 黒いプラズマの刃が、俺の首を狙う。


 俺は、冷静にそれを受け止めた。


 透明な刃と、黒い刃がぶつかり合う。


 ギィィィンッ!


 火花が散る。


 鴉羽の圧倒的な出力。


 だが——


「……っ!?」


 鴉羽のプラズマが、徐々に薄くなっていく。


「バカな……俺のエネルギーが、吸われている……!?」


 虚刃は、相手の精神エネルギーを中和する。


 出力が高ければ高いほど、その効果は顕著になる。


「くそっ……!」


 鴉羽が距離を取ろうとした瞬間——


 シュッ


 紫苑の深紫のプラズマが、鴉羽の背後から迫った。


「なっ——!」


 彼女の刃が、鴉羽の装備のコアを正確に破壊する。


 バチンッ


 コアが砕け散り、鴉羽のD-SABREが機能を停止する。


「ぐっ……!」


 鴉羽が膝をつく。


「……終わりよ」


 紫苑は冷たく言い放った。




-----




 戦闘終了。


 路地には、倒れた男たちと、立ち尽くす俺と紫苑だけが残された。


「……助かったわ」


 紫苑が、俺に向き直った。


「あなた、名前は?」


「……神凪蓮」


「神凪……蓮」


 彼女は、じっと俺を見つめた。


 その瞳には、今までにない光が宿っていた。


「あなたの剣……面白いわね」


「……ただの仕事だ」


 俺はD-SABREを鞘に収めた。


「報酬は後で受け取る。じゃあな」


 俺は背を向けて、歩き出した。


 だが——


「待って」


 紫苑の声が、俺を引き止めた。


「……なんだ?」


「あなたの剣……もう一度、見せて」


 彼女の声には、どこか切迫したものがあった。


「私と、戦ってくれない?」


「……は?」


「お願い。あなたの剣なら——私を、満たしてくれるかもしれない」


 紫苑の瞳が、強く俺を見つめる。


 孤高の最強剣士。


 誰も彼女の心を満たせない。


 だが——


「……悪いが、俺はもうリングには立たない」


「どうして?」


「……関係ないだろ」


 俺は再び歩き出した。


 だが、紫苑の視線が、ずっと俺の背中に突き刺さっていた。




-----




 その夜、俺は知らなかった。


 この出会いが、俺の運命を大きく変えることになるとは。


 透明な刃と、孤高の天才。


 二つの剣が交わる時、新たな物語が始まる——


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