すれ違いの先に
紅野
出会い
桜の季節はとうに過ぎ、木々の緑が色濃くなり始めた六月。
俺は高校に入ってから、もう何度目かの体育の時間を迎えていた。
グラウンドは陽炎が揺らぐほどの熱気で、太陽は容赦なく照りつける。喉の奥が渇き、シャツが背中に張り付いて気持ち悪い。そんな中でも、クラスのやつらは当たり前のように笑い、当たり前のように友人と肩を並べている。
俺は一人、校舎の影に紛れるように立ち尽くし、時間が過ぎるのを待っていた。
慣れた静けさ。居心地が悪いわけじゃない。けれど、目の端に映る連中の楽しげな声は、いつだって胸に小さな穴をあけていく。
笛の音とともに、教師の声が響いた。
「二人一組になって、今から言う指示に従ってください」
ぞっとする。最悪だ。
どうして教師はこうもペアや班を組ませたがるのだろう。余る人間が必ず出る。いや、俺の場合は“必ず”余る。分かりきった結末だった。
視線を落とし、誰とも目を合わせないように息を潜めたその時――目の前に影が落ちた。
「ねぇ、東雲くんだよね。相手、いないみたいだったら、俺と組まない?」
落ち着いた低い声。顔を上げると、茶色がかった髪が陽光に透けている男が立っていた。整った輪郭、すらりとした背。見るからに俺とは真逆の人種。きっとクラスの中心にいるやつだ。確か名前は――朝霧。
「……えっと」
断るつもりだった。
けれど、朝霧はわずかに視線を逸らし、耳たぶにそっと触れた。ほんの無意識のような仕草。
(……ああ)
俺は何度も見てきた。気まずさや不安を隠そうとするとき、人は無意識に身体の一部に触れる。
指先が震えている気がした。
「俺も、相手いないし。ちょうど良かったってことで」
そう言う朝霧の声は平然を装っている。だが耳に触れる手が、彼の嘘を告げているように思えた。
その瞬間、背中にぞわりと視線が走る。クラスの連中がこちらを見て、ヒソヒソと笑い声を立てていた。
(……やっぱり、そういうことか)
過去に何度もあった光景だ。
俺に声をかけるのは、好奇心か、あるいは誰かの指示。面白がって近づいてくるだけ。しばらくすれば飽きて去っていく。俺はただ、それを待てばいい。
「……好きにすれば」
吐き出した声は、自分でも驚くほど冷たかった。
朝霧は一瞬だけ表情を失い、それからすぐに笑顔を貼り付ける。仮面のような、完璧な“外面”。
「じゃあ、俺たちペアね」
先生の「早く組めー」という声に背中を押されるように、俺は頷くしかなかった。
準備運動が始まり、俺は最小限の距離をとったまま口を開いた。
「……無理して俺と関わらなくていいよ。どうせ罰ゲームかなんかなんでしょ?」
ピタリ、と朝霧の身体が止まった。目に見えて動揺している。
だが、ほんの一拍の後にまた“外面”が戻る。
「罰ゲーム?なんの事?俺はただ余ったから、他に余ってそうな東雲くんと組みたいなって思っただけだよ」
「……あっそ」
俺は視線を逸らした。
その完璧な笑顔が、どうしようもなく嫌だった。
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