握手をしよう
ファラドゥンガ
握手ができるか……!?
僕が生まれて初めて博士に反抗した記念すべき日は、同時に初めて恋に落ちた日でもあった。
彼女を路上で見かけたおよそ一秒間……一瞬と永遠が溶け合ったような、感じたことのない経験だった。
つまり、一目惚れしてしまったのである。
しかし、一秒というのは短すぎた。
そんな一瞬では、朝の挨拶もできやしない。
が、それにはワケがあった。
彼女が火の玉ガールだったからだ。
早朝、博士の言いつけで燃えるゴミを通りに出していた時のことだ。
轟々と空気を燃焼させながら、とんでもない速さで僕の目の前を飛んでいった彼女。
僕の前髪はチリチリと焦げ、両手の燃えるゴミにも引火、危うく火事になるところだった。
が、そんな災難もなんのその。
すれ違う瞬間、目と目が合ってしまい……運命を感じた、というわけである。
「なに!火の玉ガールに恋しただと!?タワケたことをッ!」
家に戻るや、博士は怒りを顕にした。
科学に身を投じている博士は、火の玉の存在を信じていないに違いない。
「さぁ、そんなことにうつつを抜かす前に、お前の耐久度を高めねば……」
「そんなことだって!?博士の石頭め!」
僕は初めて博士に向かって反抗の声を上げた。
博士は顔を真っ赤にさせて、
「い、石……なんじゃと!」
と怒りをさらに爆発させていた。
「知りません!さよなら!」と僕は、博士の言葉を待つことなく、玄関を勢いよく飛び出した。
初めての家出を断行したのである。
とてもドキドキしたが、家を出て走っているうちに、博士への怒りは清々しい解放感に変わっていった。
これも恋に落ちた効果だろうか?
僕の心に勇気が発現するなんて、やはり恋は素晴らしい!
* * *
もちろん、ただ闇雲に走っていたのではない。
あの早朝の出来事を脳内で再生して、火の玉の通った道筋を辿ることにしたのだ。
なんとしてでも、彼女に会いたい!
会って、仲良くなって、お茶に誘いたい!
道の上に発見した焦げ付いた跡、SNSでの火の玉目撃情報、野良猫たちの世間話などを総合して、彼女の居場所を特定することに成功した。
その場所は、河原沿いの拓けた場所だった。
はるか昔、ここで伝説の不良
そんな古戦場跡の地の上に、巨大な魔法陣が描かれていた。
その魔法陣中央が、何やら明るく光っている。
「どうも様子がおかしい……」
僕は河原に繁ったススキに隠れながら、じっと観察することにした。
そうしてよくよく眺めると、魔法陣の中央で光っているのは、あの火の玉ガールだった。
まるで線香花火の如く、丸く固まりながらパチパチと火花を散らしている。
と、その光に一人の黒い影が近づいていく。
「キヒヒ……とうとう『炎の娘』を捕らえたぁ!」
黒衣に身を包んだ魔法使いと思しき男が、甲高い奇声を上げた。
「者共、集まれぇ!!!」
その声に合わせるようにして、川原沿いの土手道に大勢の人影が現れた。
「いよいよだな……」
と、僕のすぐ隣からも声が!
その声の主はヒュッと飛び出して、魔法陣の近くに飛んでいった。
忍者のような見た目の男だった。
おかしな様相は、彼だけではない。
川の中から、魚人のような輩が次々と這い上がってきた。
そして土手道をゾロゾロと渡ってきたのは、蔦を身体にまとわせた木人たちであった。
「さあ、これでわしらに
魔法使いが大声で叫ぶ。
「最初の
まるで、決闘でも始まるような気配……!
この由緒あるケンカ場にて、歴史が再び繰り返されようというのか!?
そして、その相手は火の玉ガール!
きっと彼女がピンチだ!
僕はとっさにススキから飛び出した。
そうして、魔法使い目がけて、
「やめろぉぉぉ――――!!!」
が、魔法使いは僕の接近を、挑戦者のそれと受け取ったらしい。
「お前が最初だな!?」
と、僕の背後に回り込んだ。
僕は首を抑えられ、片腕を捻り上げられ、見事に抑え込まれてしまった。
「アイタタタッ!」
「では、挑戦者の証である流星印を見せよ!」
「な、なんだって!?そんなもんは無い!僕を離せ!そして火の玉も解放しろ!」
「なんだと?流星印を持ってなければ、参加することはできんぞ。それにシルヴィアちゃんの解放も無理だ。すぐに何処かへ飛び去ってしまうのでな」
「シルヴィア・チャン……!?あの火の玉ガールの名前か!」
「彼女の名も知らんのか、モグリめ。ここで大人しくしておれ」
そうして、魔法使いは僕の回りに即席の魔法陣をさらさらと書いた。
「ぐぅっ!」
地に縛られるような重みが、僕の全身を襲う。
魔法陣の中だけ、重力が増しているようだ。
なんとかせねば……シルヴィアって娘を助けなくちゃ。
と、その時、
「ならば俺が最初だっ!」
先ほどの忍者が流星印を懐から取り上げて、皆に見せるように高く掲げた。
「よろしい!では貴様から向かえ!」
忍者は堂々と大股に歩きながら、火の玉に近づいていく。
「忍耐力を鍛えるため、忍びの修行に明け暮れて十数年……この時が来るのを待っておったぞ」
ブツブツと呟きながら、魔法陣の手前まで進むと、その場で畏まるように、ビシッと背筋を伸ばした。
そして、
「シルヴィアさん……あなたの大ファンです!」
そう言って、忍者は頭を下げながら、両手を差し出した!
それはまさしく、握手を求める姿勢。
「まさか、これは……握手会!?」
驚く僕を横目に、魔法使いはニヤリと笑って、
「然り。じゃが、ただの握手会に非ず……これは人生をかけた応援会なるぞ!」
「人生……!?」
「まあ見ておれ」
差し出された忍者の手。
その手に向かって、火の玉からニュッと細い腕が伸びていった。
そうして、真っ赤に燃え盛る手が、忍者の腕をがっしり捕らえる!
「ぎゃああああああああーー!!!!」
ジュウウウゥ……と焼ける音と、忍者の叫び声が河原に響く。
魚人や木人たちは、ごくりとその光景に緊張感をみなぎらせた。
「ああああああああ……す、好きだぁぁぁぁイヤぁぁぁぁ!!!!」
忍者は耐えながら、さらに両手を添えようと片方の手を伸ばした。
が、そこで忍者の手が止まった。
周囲にどよめきが走る!
「まだ終わりじゃないぞぉ!」
「しっかり両手で握るんだぁ!!!」
「最後はニッコリ笑え!!!」
と、声援が飛び交う。
忍者はよく耐えた。
が、耐え続けた結果、その体がパァっと明るく光りだした。
火がとうとう燃え移ったのだ!
立派な衣装から、焦げ臭い煙が立ちのぼり……、
「あああっ!ギブギブギブ――!」
忍者は涙を流しながら、とうとうギブアップを宣言。
魚人たちが忍者を離れた場所に連れ出し、魔法使いがヒーリング魔法をかける。
「体は治せる……が、あの焼けただれる恐怖は、きっと永遠に残るじゃろうな」
魔法使いの言葉の通り、忍者の目からは自信や希望の光がきえていた。
まるでシルヴィアに燃え盛る想いを吸い取られたかの如くに……!
「さぁ、次の挑戦者は誰だぁ!?」
こうして、命がけの握手会は再開されたのだった。
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