第2話 手紙を開けたら、弟子が増えた(※まだ増える)
――サルコジ島/サルトリ村 夕方
家の中は、木の匂いと、微妙に鉄の匂いが混ざっていた。
それはつまり――
「……鍛冶場、ほんとに出来てるな」
レイ・バァフェット(五十八歳/人間/剣聖/現・サルトリ村村長)は、窓の外――増築された納屋を見ながら、コーヒーを淹れた。
コポ…コポ…という音。
湯気。香り。
心が落ち着く。
(戦場より、家のほうが厄介とは)
テーブルの向こうには、黒髪ロングを束ねた少女が正座している。
笑顔が元気。目がキラキラ。装備は重戦士寄り。
名は――マイ。
「改めまして! マイです! 今日から住み込みでお世話になります!」
「……いや、まだ認めてない」
「えー!? でも鍛冶場、もう作りましたよ?」
「作ってから言うな」
「順番って大事なんですね! 勉強になります!」
「学ぶ所、そこじゃない」
レイはコーヒーを置き、深呼吸した。
「よし。状況整理だ。俺は一か月留守だった。帰ってきたら家に煙が出てた。納屋が増築されて鍛冶場ができてた。中から君が出てきて『就職に来ました』と言った。ここまで合ってる?」
「はいっ! 完璧です!」
「完璧じゃない部分が多すぎるが……」
レイはこめかみを押さえた。
魔王を倒した時より頭痛がする。
「で、誰の差し金だ」
マイは胸を張った。
「お父ちゃんです!」
「……ゴヘイか」
「はい! ゴヘイ・ジョンソン様! ドワーフ鉄鋼共同管理組合長! 我が父!」
言い方が無駄に格調高い。
レイは机の端に積まれた手紙の束を見た。
「……そのゴヘイ本人から、手紙が来てる」
「えっ、手紙?」
「そう。港のギルドで受け取った。読む。今読む」
マイが両手を膝に置き、背筋を伸ばした。
「はい! 面談ですね!」
「面談じゃなくて開封だ」
■ 手紙の山(だいたい女王)
レイは封筒の山を軽く持ち上げた。ずしり。
重い。物理的にも、だいたい精神的にも。
「……これ、ほとんどニベアだな」
マイが目を輝かせる。
「ニベア女王様! 世界の美の双璧の!」
「声が大きい」
「だって憧れです! 匂いがいいって聞きます!」
「匂いの話するな」
レイは上から一通目を開けた。銀の封蝋。エルフの書体。
内容は――たわいない。だが情報量が多い。
レイへ
お元気? 私は元気。
今日も政務は順調に大臣に丸投げしました。
ところであなた、港でマーガレットさんと笑っていましたね。
いい人よね、あの子。
追伸:あなたが今どこを歩いているかも分かります。安心してね。
ニベア
レイは封筒を閉じ、コーヒーを一口飲んだ。
「……安心って便利な言葉だな」
マイが恐る恐る聞く。
「先生、女王様って……えっと……」
「愛が重い」
「重いですね!」
「即答やめろ」
二通目、三通目も似た感じだった。
料理の話、魔法学校の話、庭の花の話、孤児院への寄付の話、そして最後に必ず「愛してる」。
(十五通あるっぽいな、これ)
レイは“後で読む用”の山にニベア封筒を移動した。
「……まずは重要案件からだ」
■ ウォーレンの手紙(凡人のくせに重い)
次の封筒は紙が普通。字も普通。
逆に怖い。
「ウォーレンだ」
マイが身を乗り出す。
「勇者様!」
「王配な。権威はあるが権力はない、サラリーマン王配だ」
「悲哀……!」
レイは読んだ。
レイ。
生きてるか。
こっちは生きてる。多分。
相談がある。娘のことだ。
いや、相談という名のお願いだ。
アーモンドが、お前のところへ行く。
一刀流を学びたいらしい。
早熟で伸び悩んでいる。
俺が教えると、親の圧で固くなる。
……頼む。
断ってもいい。断るなら俺が泣く。
ウォーレン
レイは手紙を置いた。
「……来るな。今日か明日」
マイが指を折る。
「今日:私。
明日:アーモンドさん。
……え、先生、家、狭くないですか?」
「狭い。1SLDKだ」
「え、LとDK分かれてるんですか!?」
「そこに驚くな」
「だってドワーフの家、だいたいワンルーム鍛冶場ですよ!」
「それはそれで問題だ」
■ ゴヘイの手紙(謝罪と贖罪)
最後の封筒。分厚い。ドワーフ文字。
レイは静かに開いた。
レイ。
すまない。
娘を送った。
事後報告だ。
あいつは才能がある。だがまだ足りない。
“剣聖の剣に耐える武器”を作れなければ、俺は――
俺は一生、自分を許せない。
あの時、俺の剣が折れた。
お前が倒れた。
俺の目の前で、お前が……。
だから、頼む。
マイを鍛えろ。
俺の代わりに、未来を作ってくれ。
ゴヘイ
レイは、しばらく黙った。
マイも黙っていた。
元気な少女が、今だけは、息を吸う音まで小さかった。
レイはコーヒーを一口飲み、言った。
「……ゴヘイは、不器用だ」
マイが小さく笑う。
「はい。
お父ちゃん、謝るの下手です。
だから鉄を叩きます」
「鉄は嘘をつかないからな」
マイが顔を上げる。
「先生も言うんだ、それ」
「俺の趣味は投資と貯金だ。数字も嘘をつかない」
「剣聖なのに、趣味が堅い!」
「質素が好きなんだよ」
マイはふっと肩の力を抜いた。
「……私、先生の剣、見てみたいです」
「後でな。まずは生活ルールだ」
「はいっ!」
その時――
コンコン。
玄関が叩かれた。
レイは反射的に立ち上がり、戸口へ向かう。
マイもぴょこっと付いてくる。
「はいどちら――」
扉を開けた瞬間、夕陽の逆光の中に、金色が立っていた。
■ 到着(騎士の娘)
金髪ロングを束ね、清潔で整った騎士装備。
姿勢がいい。目が真っすぐ。
“訓練された人間”の立ち方だ。
「失礼いたします」
凛とした声。
「ハイネ王国騎士団所属。
アーモンド・ハイネです」
レイは目を細めた。
「……ウォーレンの娘か」
アーモンドは深く一礼した。
「父より許可を得ました。
剣聖殿のもとで、一刀流を学びたく参りました」
マイが、レイの背後からひょこっと顔を出す。
「わぁ……美人……」
アーモンドの眉がぴくりと動く。
「……あなたは?」
マイ、満面の笑み。
「マイです! 今日から住み込みです!」
アーモンド
「…………は?」
レイ
「いや、まだ確定じゃない」
マイ
「先生、さっき“しばらくここにいろ”って!」
レイ
「それは“状況把握のため”の仮だ!」
アーモンドは、状況を理解するのが早かった。
さすが騎士団。
「……剣聖殿。すでに弟子が?」
レイ
「弟子というか……押しかけというか……」
マイ
「押しかけじゃなくて就職です!」
アーモンド
「……就職」
言葉が重い。
ハイネ王国は議会制の王政共和国で、雇用とギルド契約がしっかりしている国だ。
“就職”という言葉の圧が違う。
アーモンドは背筋を正したまま、レイを見る。
「剣聖殿。
私の滞在についても、契約が必要でしょうか」
レイ
「……真面目だな」
マイ
「騎士だ……!」
アーモンド
「……あなた、声が大きい」
マイ
「ごめんなさい!」
レイは頭を掻いた。
「とりあえず入れ。外で話すと冷える」
アーモンド
「はい」
マイ
「ようこそ!」
玄関を閉めた瞬間――
■ さらに到着(魔法の娘)
家の空気が、すっと冷えた。
風がないのに、湯気が揺れる。
クリームの気配だ。
レイが嫌な予感で振り返ると、
窓際――いや、テーブルの隣に、いつの間にか銀髪の美女が立っていた。
スタイルが良すぎて、家が狭く見えるタイプ。
「こんばんは、先生」
にこっ。
「クリーム・カーターです」
アーモンド
「……は?」
マイ
「……は?」
レイ
「……は?」
三人同時に“は?”が出た。
クリームは、にこにこしながら頭を下げる。
「母――ニベア女王の許可を得ました。
魔法剣士として剣を磨くため、住み込みで修行に来ました」
アーモンドの顔色が一段変わった。
「……ニベア女王の、娘?」
クリーム
「はい。母がいつもお世話になっています」
マイが小声でレイに耳打ちする。
「先生、女王様の娘さんも美人……先生、やばいですね」
レイ
「何がやばい」
マイ
「天然で無自覚で優しいから、刺されます」
レイ
「刺すな」
アーモンドが、冷静に問う。
「……なぜ、ここが分かったのですか」
クリームは軽く首を傾げる。
「母から、地図をもらいました」
アーモンド
「地図……?」
クリーム
「ええ。
『レイはここにいる』って」
レイは心の中で即座に訂正した。
(地図じゃない。追跡だ)
クリームは続ける。
「あと、港のギルドのマーガレットさんに、手紙を預けるついでに聞きました」
レイ
「マーガレット……!」
マイ
「ギルド職員さん、情報網すごい」
アーモンド
「職務規程は……」
レイ
「ハイネ式の正論はやめろ。心が痛い」
■ 現実:部屋がない
三人の視線が、家の中を見回す。
1SLDK。
レイの寝室ひとつ。
リビング兼居間。
小さいキッチン。
質素な棚。
そして増築された納屋(鍛冶場つき)。
アーモンドが言った。
「……寝床は?」
マイが元気よく手を挙げる。
「納屋に部屋作れます! 私、木工もできます!」
アーモンド
「騎士団の規律上、納屋は……」
クリーム
「鍛冶場の煤、髪に付きますよね」
マイ
「え、煤、かわいくないですか?」
アーモンド
「可愛くない」
クリーム
「可愛くない」
マイ
「えぇぇ!?」
レイはコーヒーを飲んだ。
現実逃避ではない。いつもの判断だ。
「……順番に整理する」
指を一本立てる。
「まず、俺は弟子を募集してない」
マイ
「でも来ました!」
レイ
「次。部屋がない」
アーモンド
「はい」
クリーム
「はい」
マイ
「作ります!」
レイ
「次。契約とギルド登録が必要だ」
アーモンド
「当然です」
クリーム
「母の名義でも良いですか?」
レイ
「圧が強いな」
マイ
「私、もう鍛冶場建てました!」
レイ
「圧じゃなくて既成事実だ」
■ その夜の仮決定
レイは淡々と、しかし優しく言った。
「今夜は、仮で寝る」
アーモンド
「どこに」
レイ
「リビング。布団を敷く。俺は椅子で寝る」
マイ
「先生!椅子は体に悪い!」
クリーム
「先生、回復魔法を使えるのに、なぜ自分を削るんですか」
アーモンド
「自己犠牲が強いタイプ……」
レイ
「……癖だ」
コーヒーを置き、少し笑う。
「明日、港へ行ってギルド手続きをする。マーガレットに根回し――じゃない、正式に申請する」
マイ
「根回しって言いましたよね?」
レイ
「言ってない」
アーモンド
「言いました」
クリーム
「言いました」
レイ
「……言ったかもしれない」
マイ
「先生、素直!」
■ そして、爆弾はまだ開いてない
レイは、机の端に積んだ“ニベア手紙の山”を見た。
十五通。未開封の愛。
(明日読む……いや、読むのか……?)
アーモンドが小声で聞いた。
「……あれは?」
レイ
「女王からの近況報告だ」
クリーム
「母の愛ですね」
マイ
「……重い愛ですね!」
クリーム
「うるさい」
マイ
「ごめんなさい!」
レイは、窓の外を見た。
島の夜は静かだ。星が近い。風が気持ちいい。
――平和は、ある。
ただし、家の中だけが戦場だ。
レイは、ぽつりと言った。
「……コーヒー、うまいな」
アーモンド
「現実逃避ですね」
クリーム
「現実逃避ですね」
マイ
「先生、かっこいい!」
レイ
「褒めるな。逃げてるだけだ」
こうして、サルトリ村の夜は更ける。
弟子(予定)が三人。
部屋は一つ。
手紙は十五通。
まだ誰も知らない。
明日――
**“本体”**が来ることを。
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