マイアーモンドクリーム---コーヒー好きな剣聖は、今日も弟子を鍛えます----
イサクララツカ
第1話 帰宅したら、鍛冶場と女の子が増えていた件
――サルコジ島/サルトリ村 昼
サルコジ港は、潮と鉄の匂いがする。
漁師の怒鳴り声と、荷揚げの掛け声と、ギルド職員の事務的な「次の方どうぞー!」が、全部同じテンポで流れていく。
……平和だ。
レイ・バァフェット(五十八歳/人間/剣聖)は、港の石畳を踏みながら、心の中で小さくうなずいた。
「……帰ってきたな」
一か月ぶりの帰島。
ハイネ王国でのゴブリン討伐――と言っても、冒険者ギルドに頼まれて“ついでに掃除”してきただけのやつだ。
魔王を倒した後の世界は、平和になったようで、全然なっていない。魔物は普通に出るし、魔族の幹部だった連中(六将)は残って互いに覇権争いしてるし、人間同士も揉める。いつも通りだ。
レイは、港の冒険者ギルドの建物に入った。
■ サルコジ港ギルド
受付カウンターの向こうで、ギルド職員のマーガレットが手を振った。
三十歳、独身、仕事ができて世話焼き、そして――本人だけが気づいていないが、レイのことが好きな人。
「剣聖さま! おかえりなさい! ……無事でよかったぁ!」
「ただいま。マーガレット、留守の間、家のこと頼んで悪かったな」
「悪いとか言わないでください! 村長さまの家の管理は私の生きがいですから!」
(生きがいって言ったな今……)
レイは微笑んで受け流した。
セービング(元魔王討伐パーティー)で鍛えたスキルだ。
「相手の好意を否定せず、しかし勘違いもさせず、平和にやり過ごす」――これが最難関。
マーガレットは帳簿を出して、ぱっと表情を引き締める。
「それで、討伐報告ですね。ゴブリン、群れの数は?」
「六十七。巣穴二つ。負傷者ゼロ。依頼主の村は被害なし。……報告、以上」
「……相変わらず淡々としてますねぇ。剣聖さまが報告すると、戦争でも家計簿みたい」
「数字は嘘をつかないからな」
「その発言、貯金と投資が趣味の人が言うやつ!」
マーガレットがツッコミながらも、書類にハンコを押す。
レイの報告はいつも早い。正確。無駄がない。ギルド職員にとっては神。
そして、マーガレットが“待ってました”と言わんばかりに、机の下から束を取り出した。
「はい、これ。留守中の手紙です。……山です」
「山?」
ドサッ。
机に置かれた手紙の束が、軽く山になった。
レイは目を細めた。
「……多いな」
「ですよね?」
マーガレットが、にこやかに(しかし目が笑っていない)言う。
「半分以上、同じ差出人です」
「……ニベアか」
「はい、カーター統一王国の女王ニベアさまです。お忙しいのに“毎日一通以上”」
「……元気だな」
「元気ですね。ものすごく。すごく、元気です」
マーガレットは、言葉の端に“圧”を混ぜた。
レイはコーヒーのことを考えた。心を落ち着けるために。
「他は?」
「えっと……ハイネ王国の王配ウォーレンさまからも一通。ドワーフ国のゴヘイ・ジョンソンさまからも一通。珍しいですよ」
「……珍しいな」
レイは、胸の奥が少し重くなった。
ウォーレンもゴヘイも、忙しい。国を背負う立場だ。手紙を寄越すのは“用事がある時”だけ。
「……ありがとう。受け取った」
「剣聖さま、帰ったらちゃんと休んでくださいね? また倒れてたら、私、泣きますから」
「倒れない。……多分」
「多分!?」
ツッコミが飛んだところで、レイは荷物を持ってギルドを出た。
■ いつもの買い出し
港の市場で、干し魚と塩と野菜、それからコーヒー豆を買う。
ついでに鶏の餌。牛の飼料。釣り糸。鍛冶の炭。
(島暮らしは、買い出しが戦いだ)
村は一人。村長も一人。つまり、全部自分で回す。
ただしレイは、こういう生活が好きだった。質素で、静かで、働いた分だけ畑が応えてくれる。
買い物を終え、ギルドに預けていた馬――愛馬の首筋を撫でる。
「帰るぞ」
ヒヒン、と賢い返事。
港から外れ、サルトリ村へ向かう道は、見渡す限りの自然だ。
草原、森、遠くに火山。鉄の鉱脈が眠る山。海は近く、潮騒がずっとついてくる。
レイは馬上で、手紙の束を抱えた。
(帰ったら、コーヒー淹れて読む)
その予定だった。
■ 予定が崩れる
村に近づくにつれ、レイは眉をひそめた。
家の方角――
煙突から、煙が上がっている。
「……?」
火を使っている。つまり誰かいる。
マーガレットが管理してくれているとは聞いたが、彼女は港にいるはずだ。
レイは馬の速度を上げた。
家が見えた。
……ドアが、開いている。
納屋の扉も、開いている。
(不用心すぎる)
レイは馬から降り、二刀の柄に手を置いた。
剣聖が本気を出す必要がない事件であってほしい、と願いつつ、足音を殺して家に近づく。
そして、納屋を見て――目を疑った。
「……増えてる」
納屋が、増築されている。
しかも――
「鍛冶場?」
炉。金床。ふいご。鉄の匂い。
完全に、鍛冶場が出来上がっている。
(誰が? いつ? 何の許可を取って?)
レイが理解を追いつかせる前に、納屋の中から元気な声が飛んだ。
「おかえりなさーい!!」
次の瞬間、黒髪ロングを束ねた少女が、勢いよく飛び出してきた。
可愛い。
めちゃくちゃ可愛い。
そして――装備が重戦士。
「初めまして! マイです! えへへ!」
礼儀正しく、ぴしっと頭を下げる。
「お手伝い募集に応募して、就職に来ました! よろしくお願いいたします!」
レイは、固まった。
(……お手伝い募集?)
「……えっと」
喉が乾く。
コーヒーが欲しい。今すぐ。
「俺は……募集してない」
マイは、きょとんとした顔で首をかしげた。
「してましたよ?」
「してない」
「してましたって!」
「してない」
「してましたってばぁ!」
押し問答。
馬が「ヒヒン」と困った声を出した。空気読んで。
レイは、深呼吸を一つして、できるだけ優しく言った。
「マイ。誰から聞いた?」
マイは、にっこり。
「ゴヘイさんです!」
(ゴヘイ……!)
剣聖の脳内に、ドワーフの鉄鋼組合長の顔が浮かぶ。
真面目で不器用で、罪悪感を抱えたまま鉄と向き合う男。
そして――たまに“やらかす”。
レイは手紙の束をぎゅっと握った。
「……なるほど」
マイは胸を張った。
「サルコジ島の良質な鉄! 最高です! 私、お父ちゃんの夢を叶えに来ました! 剣聖の剣に耐える剣を作ります!」
熱量が、炉より熱い。
レイは、もう一度、煙突の煙を見た。
鍛冶場を見る。
マイを見る。
「……えっと」
人生で何度目かの“詰み”を感じた。
「とりあえず、話をしよう」
「はいっ!」
マイは元気よく返事をして、なぜか当然のように家へ入っていく。
「えっと! お風呂先に沸かします? ご飯作ります? それとも――鍛冶ですか!」
「待て待て待て」
レイは、額に汗がにじむのを感じた。
さっきまで汗をかいてなかったのに。
(……俺の平和な村ライフは、今日で終わったのかもしれない)
そんな予感だけが、妙に当たる気がした。
レイは、家のドアの前で小さく呟いた。
「……コーヒー、淹れるか」
戦いは、まず一杯からだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます