BORN ARMS《ボーン・アームズ》
@HUBDB01
第1話【受刑者番号2250】
───────2040年 7月15日……東京都内某所に位置する、鉄筋コンクリート造りの刑務所。
早朝の5時だと言うのに、刑務官の大声が所内に
「
そこから廊下へ足を踏み出したの男は囚人服に身を包み、無精髭と肩にかかるまで伸びきったボサボサの髪の毛。
見るからに不潔な男は、刑務官に連れられ別室へ移動するのだった。
コツン、コツンと、二人のまばらな足音が廊下に響く。
別室、鼻を刺すような湿った匂いがするこの部屋には、二つの椅子と一つのスチール製デスク。
男と刑務官は、デスクを挟み込み向かい合う形で着席する。
静寂。刑務官の腕時計からカチカチと針の音。
殺風景で机とデスクしか無いこの部屋で、最初に口を開くのは刑務官だった。
「2250番、今日で出所だ。まずはご苦労。」
刑務官は手元の資料を端から端まで舐めるように見続ける。
その資料は、目の前にいる男の物だった。
刑務官の声の後、ボソリと呟くように男も喋り始める。
虚ろな目、下を向き、長い髪が顔を隠している。
「……ありがとう……ございます。お世話ンなりました。」
刑務官は「うむ。」と頷き、手元の資料の確認をとり始める。
出所前手続きというやつだ。
資料の氏名から犯した罪まで、淡々と刑務官は男に話す。
「今日からお前は番号で呼ばれなくなるな……『
刑務官の前にいる男、鳶人はずっと下を見続けている。構わず刑務官は続ける。
「入所時の身長は167cm……えぇ〜、罪状は暴力、住居侵入、殺人未遂……そして18年の服役を得て、今回出所に至る。」
鳶人の反応は無い。ただ呆然と、読まれた文を右から左へ流している。
うつむき、過去に別の受刑者が付けたであろう、デスクに刻まれた
おぼろげで無気力な彼を見て、刑務官は重要な問をかける。
「……で、『反省』はしたか?」
鳶人の反応は無い。これを聞けなければ、刑務官も安心し、信頼して送り出すことができない。
しかし、鳶人は感じていた。
18年、18年、18年……やっとここから出られる安心感と同時に、やり直す機会をシャバへ置いてきた悔しさ。
今感じたところで意味は無い。
構わず刑務官は更に続ける。
「お前はヤクザだった。22歳で組入りし、24歳でシャバからここへ送られてきた。
組の鉄砲玉となって
……『なるんじゃなかっただろ?ヤクザなんか』……。」
鳶人はその言葉に反応したかのように、やっと話し始めた。
無気力に顔を上げ、虚ろな目が刑務官を捉える。
刑務官の目は、道端で濡れた子犬を見るような、そんな同情がこぼれている。
「えぇ。反省してますよ……。
俺ァ……檻ン中で毎日、出所した後のことを考えてました。
出所後の生活はどうするのか、ヤクザモンは通帳も作れませんし、組も潰れたと聞きます。
俺ァ……どうしたらいいんですかねェ……。」
鳶人はそう言いながら、胸の奥がひどく冷えているのを感じていた。
外の世界が怖いのか、それとも──何も残っていないことが怖いのか。
鳶人は改めて、外へ出ることが、こんなにも怖いとは思わなかった。
鉄格子の中では、次の一日は必ず来た。
だが自由に限っては、何の保証もない。
刑務官は考える。口を歪ませる。険しい表情で思考する。
放心状態で無気力な鳶人からは、感情が読めない。
鳶人の言葉へ約30秒の沈黙の後、答える。
「……まぁ、反省しているなら良しだ……暴走族の時点で辞めてればならずに済んだんだよ。
とりあえず、出所後のことが心配と見たんだが、アテはないのか?」
鳶人は静かにコクリと
見かねた刑務官は、鳶人の資料の下から別の資料を取り出し、パサリと鳶人の手元へ置いた。
そこには、『出所後更生プログラム』のタイトルと、『
鳶人は資料へ目を移す。
「針木って博士が、出所後の元受刑者へ向けた更生プログラムをやってるそうだ。
元ヤクザには普通渡さねぇんだけど、今回特別に紹介状を書いてやる。
数ヶ月はここで面倒見てくれるそうだから、その期間内で準備をしておけよ。」
鳶人は、頭をデスクに付くほど下げる。感謝か反省か自分でも分からないが、刑務官へ向けて頭を下げる。
「ありがとうございました。是非行きたいです。」そう一言行って、資料を
刑務官も浅く頭を下げ、鳶人の資料へハンコを押した。
『出所受理』……ハンコにはそう刻まれていた。
しばらく頭を下げている鳶人へ、刑務官はまた話を続ける。
「明日には研究所へ行くように。
ここから電車で行ける距離だ。迷わないだろう。
そしてこれがお前の持ってた所持品だ。持ってけ。」
刑務官がデスクの引き出しから、鳶人の持ち物を机上へ起き始める。
まずは服─────ジーパン、
C-SHAKEの腕時計、ヒビ割れたスマートフォン。
そして最後に、作業報奨金として43万が渡される。
鳶人は服を手に着替えを始める。
それを横目に、刑務官は鳶人へ一言口に出す。
「……もうここへは来るんじゃないぞ。バカモノ。」
鳶人は着替えを終えるとジャケットの襟を整え、刑務官へ背を向け、部屋の扉へ歩み始めた。
そして出る直前、ドアノブに手をかけるや否や、最後に一言残して去るのだった。
「えぇ、気ィつけますわ。」
───────この日、鳶人の自由が始まると共に、悲惨な冒険の幕が上がる。
そして同時に、
『真っ当な人間に戻るはずだった更生プログラム』が、
彼を『人ならざる領域』へ引きずり込むことを、
鳶人はまだ知らない。
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