おとこの娘しかいない世界に転生してしまいました

Wright/__

おとこの娘しかいない世界に転移してしまいました

放課後の教室で、俺――性癖せいへき ゆがむは友人たちとアニメの話で盛り上がっていた。最近流行りの異世界転移モノについて、誰が一番詳しいか言い合っているうちに、ふと時計を見ると既に六時を回っている。

慌てて教室を飛び出し、階段を駆け下りようとした瞬間、足を滑らせて――気づいたときには、真っ白な空間に立っていた。



「あれ? 俺、死んだ?」



周囲を見回すと、そこは上下左右の区別もつかない純白の空間だった。床があるのかないのかも分からないが、なぜか立っていることはできる。現実感のない状況に呆然ぼうぜんとしていると、突然目の前に光が集まり、一人の少女が現れた。


小学生くらいの背丈で、ツインテールの金髪に赤いリボン。フリルのついた白いワンピースを着た彼女は、俺を見上げて優しく微笑んだ。



「こんにちは。転移者さん、ようこそ異世界転移システムへ」



少女の声は柔らかく、どこか神秘的な響きがある。俺は混乱しながらも、とりあえず状況を把握しようと質問した。



「あの、俺本当に死んだの? これって異世界転移ってやつ?」


「はい、その通りです。あなたは階段から落ちて………。でも安心してください。ここは転移管理局。これから異世界に転移することができます」



少女は丁寧に説明してくれる。その穏やかな態度に、俺の混乱も少し落ち着いてきた。

むしろワクワクしてきた。



「で、俺はどんな世界に転移するの? 魔法とか使える? チート能力とかもらえる?」


「それでは説明いたしますね」少女はパチンと指を鳴らすと、空中に半透明のパネルが出現した。


「あなたが転移する世界は……『おとこのしかいない世界』です」


「は?」



思わず間抜けな声が出た。おとこの娘? あのおとこの娘? 俺の脳内に様々なイメージが駆け巡り、思考が追いつかない。



「見た目は完全に女の子なのですが、実は男の子という、あの存在ですね。その世界には、おとこの娘しか存在しません」



少女は淡々と、そして丁寧に説明を続ける。俺の動揺を気遣うように、少し間を置いてから付け加えた。



「最初は戸惑うかもしれませんが、貴重な体験になると思いますよ。それでは、転送いたしますね」



♦♦♦♦♦



気づくと、俺は石畳の道に立っていた。周囲には中世ヨーロッパ風の建物が立ち並び、行き交う人々の姿が見える。そして――全員が、美少女だった。


いや、あの少女の話が正しければ、正確には美少女の姿をした男だ。


ロングヘアーの優雅な立ち振る舞いの人、ショートカットで活発そうな人、ツインテールで可愛らしい服を着た人。どの人も完璧に女の子に見えるのに、この世界では全員が男性だという。俺の常識が音を立てて崩れていくのを感じた。



「すごい……本当におとこの娘しかいない…のか…?」



呆然と街を歩いていると、一人の少女――いや、おとこの娘が俺に声をかけてきた。



「あの、もしかして旅の方ですか? 私、この街の案内をしているルーシアと申します」



彼女は栗色のロングヘアに、清楚な白いワンピースを着ていた。声も仕草も完全に女性そのもので、とても男性だとは思えない。俺は混乱しながらも、なんとか返事をした。



「あ、はい。俺、性癖せいへき ゆがむって言います。さっき街に来たばかりで……」


「まあ、では私が街をご案内しますね。こちらへどうぞ」



ルーシアに案内されて街を歩くうちに、この世界の基本情報が頭の中に流れ込んできた。ここでは誰もが生まれながらにおとこの娘で、それが当たり前の社会。男女の区別という概念そのものが存在せず、全員が可愛らしい外見と女性的な仕草で生活している。


カフェでお茶をしながら、ルーシアが説明してくれた。



「この世界では、誰もが自分らしく美しくあることが大切だとされています。外見を磨き、優雅な立ち振る舞いを身につけることが、社会的な美徳なんですよ」


「でも、みんな……その、男なんだよね?」


「ええ、そうですよ。でも、性別なんて些細ささいなことです。大切なのは心の美しさと、外見の可愛らしさ。ゆがむさんも、この世界にいるうちに分かってきますよ」



ルーシアはニッコリと微笑む。その笑顔があまりにも可愛らしくて、俺の脳は完全に混乱状態に陥った。



♦♦♦♦♦



この世界での生活が始まって一週間。俺の精神は限界に近づいていた。


朝起きると、隣の部屋に住むメイド服のおとこの娘が朝食を作りに来てくれる。学校に通うことになったのだが、学校に行けば、セーラー服やブレザーを着たおとこの娘たちが、キャッキャと楽しそうに話している。放課後は喫茶店で、フリフリのエプロンをつけたおとこの娘がケーキとお茶を運んでくる。


どこを見ても、誰を見ても、完璧に可愛い女の子の姿。でも全員男。この矛盾が、俺の脳を確実に破壊していった。



ゆがむくん、どうしたの? 最近ぼーっとしてるよ?」



クラスメイトのアリスが心配そうに声をかけてくる。彼女――いや彼は、ピンクのリボンをつけた金髪ツインテールで、まるでアニメから出てきたような可愛らしさだ。



「いや、なんでもない。ちょっと疲れてるだけ」


「そう? じゃあ今日の放課後、一緒にクレープ食べに行かない? 新しいお店ができたの!」



アリスの無邪気な笑顔に、俺の心臓がドキリと跳ねる。これはマズい。完全にマズい。俺の中で何かがおかしくなり始めている。


その日の夜、ベッドに横になりながら、俺は天井を見つめた。元の世界に戻りたい。でも、戻れるのだろうか。そもそも、戻ったとして、俺はまともな精神状態を保っていられるのか。



♦♦♦♦♦



ある日の夜、眠りにつこうとしたとき、突然部屋が白い光に包まれた。目を開けると、そこには転移時に会ったあの案内人が立っていた。



「こんばんは。お元気でしたか?」


「あ、あなたは……!」


「少し様子を見に来ました。この世界での生活はいかがですか?」



彼女は穏やかな表情で、俺の部屋を静かに見回している。



「正直に言うと、精神的にかなりキツいです。元の世界に戻れるんでしょうか?」


「そうですね」案内人は優しく微笑んだ。


「実は、もうすぐ戻れますよ。あと三日で転移期間が終了します」


「本当ですか!?」


「はい、本当です。ただ……」彼女は少し申し訳なさそうに続けた。


「この世界での経験は、あなたの心にしっかりと刻まれます。元の世界に戻っても、ここでの記憶は消えません」


「それは……どういう意味ですか?」


「人は経験によって変わるものです。あなたがここで見たもの、感じたことは、あなたの一部になります。それでは、残りの三日間を大切にお過ごしください」



そう言うと、案内人は光とともに消えていった。残された俺は、不安と期待が入り混じった気持ちで、残りの日々を過ごすことになった。



♦♦♦♦♦



三日後、約束通り俺は元の世界に戻ってきた。気づくと、病院のベッドの上にいて、周囲には家族とお医者さんが集まっていた。



「意識が戻った! 性癖さん、自分の名前分かりますか?」


「はい……大丈夫です」



どうやら一週間ほど意識不明だったらしい。でも不思議なことに、体に大した怪我はなく、医者も首を傾げていた。


でも、俺は憶えている。あれは夢なんかじゃなかった。


退院して学校に復帰した日、友人たちが集まってきた。



ゆがむ! 無事でよかったな!」


「本当に心配したんだぞ」


「一週間も意識不明だったんだって? 何か見た? 走馬灯そうまとうとか?」



友人たちの言葉に、俺は少し躊躇した後、意を決して話し始めた。



「実はさ……異世界転移してたんだ」


「はあ!? マジで?」


「嘘だろ?」


「いや、本当なんだ。俺、あの一週間、別の世界にいたんだよ」



友人たちは半信半疑の表情で俺を見つめる。俺は続けた。



「その世界がさ、おとこのしかいなくて脳が爆発しちゃってさ……。飛び散った脳はすぐにくっついたけど、元の形には戻らなくなっちゃった……」



しばらく沈黙が続いた後、友人の一人が吹き出した。



「何だよそれ! 意味分かんねえよ!」


ゆがむ、お前疲れてるんだよ。もっと休んだほうがいいって」



みんな笑っているが、俺は真剣だった。本当に、俺の中の何かが変わってしまった。街を歩いていても、ふとした瞬間に「この人がもしおとこの娘だったら」なんて考えてしまう。アニメを見ていても、男性キャラクターの女装シーンで妙にドキドキする。


元の世界に戻れたのは良かった。でも、俺の性癖は完全に歪んでしまった。


それから数ヶ月、俺は新しい自分と向き合いながら生活している。友人たちには未だに異世界転移の話を信じてもらえないが、それでもいい。これは俺だけの秘密。俺だけが知っている、あの不思議な世界の記憶。


たまに夢の中で、あの世界の景色を見ることがある。石畳の道、中世風の建物、そして可愛らしい笑顔のおとこの娘たち。目が覚めると、少しだけ寂しい気持ちになる。


そして俺は今日も、この歪んでしまった性癖と共に、普通の高校生活を送っている。

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