第2話 お姫様とMy妹

「やっぱ外は寒いな~」

 まだ肌寒さの残る早春、俺は妹の婀花羽と二人で暮れ行く道を歩いていた。

 幼い頃から慣れ親しんだ景色。けれど最近は締め切りに追われ家にこもりきりだったせいか、どこか新鮮味を感じる。

 

 神奈川県小田原市の南西部に位置するこの風祭は、人口およそ千人程度ののどかな町。

 この時期は桜が見頃で、ソメイヨシノを筆頭とした様々な品種の桜が所々に咲き誇り、町を彩っている。

 街頭に照らされる夜桜をスマホで撮ろうと足を止めているのはきっと観光客に違いない。楽しそうでなによりだ。

 

 俺も移ろう景色を眺めながら妹と二人でこのまま散歩でもしていたいのだが、これからめんどうな用を済ませないといけないことにやり場のない憤りを感じる。

「なんで忍びってわざわざ夜に動きたがるんだろうな~、集会くらい昼にやればいいのに……。昔と違って人類は夜を克服したんだぜ、なら夜だろうが人目はあるんだから昼にやっても別によくね」

「あらっ、その理論でいうのなら別に昼でも夜でも関係ないってことでしょ? それなら夜でも別にいいじゃない」


 さらりと兄の痛いところを突いてくる妹。だがこやつはまだまだ青い、青すぎる。

「いや、問題大有りだね。働き方改革が進む現代において、夜とは仕事から解放されプライベートな時間を過ごすとても貴重な時間なんだ。それを、なんちゃら会などと適当な理由をつけて、さも来ないやつは悪みたいな空気を作り、強制的に他人の時間を奪う行為は労働を強いているのと何も変わらない。つまり何が言いたいかというと、勝手な都合で人の時間を奪うのならそれに見合った対価を支払え! と、俺は言いたい」

 俺の熱弁に一歩後ずさる妹。きっと俺の言論に感銘を受けたに違いない。

 

「おにいちゃん……、一つ聞いていい?」

「なんだ妹よ」


「おにいちゃんって、――友達いる?」


「……」

 

 言葉が出ないとは、まさしくこのことだった。

 高校生になって早一年が過ぎた今現在、いくら検索しても俺のデータベースに友達というカテゴリに分類されている人物はヒットせず、 

 過去のログを漁ってみても昼休みに一人で飯を食い、休み時間はひたすら小説を読んだり書いたりしている記録しか残っていない。

 

 これ以上の深追いは危険だと悟った俺は、嫌な現実を忘れるため、頭上に広がる広大な夜空を見上げ再起動を図る。 

 そこには大きく欠けた三日月が、懸命に夜空を照らす姿があった。

 

 今日も月が綺麗だなぁ……。

 

「おにいちゃん……ごめんなさい……、聞いた私が悪かったわ。――ほら、もういいから行こっ!」

 そう言って婀花羽は立ち止まっていた俺の手を握り、ゆっくりと歩きだす。


 この時、婀花羽はただただ立ち尽くす兄の姿に同情したのか、それともただ急いでいただけなのか、俺にはわからない。

 けれど、普段めったに見せない彼女の優し気な表情と、俺の手を引くその柔らかな温もりに、欠けた心がわずかながらにも満たされていたことだけは真実だった。

 きっと俺の心はこの三日月のように、大きく欠けてはいても、その一部分は強く輝いているのだろう。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 駅から少し離れた郊外、あまり人が立ち寄らないその場所にポツンと一軒そびえ立つ古びた屋敷がある。

 この町で暮らす忍び達は召集がかかるたびにその屋敷に集まり、近況報告や任務の受発注などを行うのが習わしだ。

 

 そして俺達兄妹はというと、ようやくその屋敷の前にたどり着いたわけなのだが……。

 

 「はぁ~、行きたくねぇ~」

 「まったく、往生際が悪いわよ。いいかげん観念なさい」

 先ほど見せてくれた優しさは幻だったのか、婀花羽はいつも通りクールに俺の弱音を捌いていく。

 

 仕方ないのでいい加減覚悟を決め、俺は、いや、俺達は、古びたお寺のような厳かな雰囲気漂う門をくぐった。

 すると、来客を待ちかねていたのか、見知った顔の女性が一人、俺達を出迎えてくれた。


 「木ノ葉様、婀花羽様、お待ち申し上げておりました」

 

 凛とした佇まいに落ち着いた雰囲気、腰まで流れる黒髪は極上の絹糸のように美しく、まるで大和撫子を体現したような美人。しかし何よりも視線を釘付けにするその巨峰には人類の大きな希望が詰まっていた。

 

 年齢は俺よりおそらく二、三歳くらい上だと思われる(乙女の秘密らしい)が、そんな彼女はいつも和風メイド服とも呼ぶべき袴とメイド服を合わせたような服を着ている。さらにはそんな服を着ながらカーテシーというスカートの裾を持ち上げつつ膝を曲げ身体を沈める西洋風の挨拶に日本のお辞儀を組み合わせて挨拶してくるので、なんだか世界観がよくわからないのだが、一人の男としてはこれはこれでいいものなので何も言うまい。


「咲さん……、なんだかお久ぶりです」

 彼女の名は橘咲たちばな さき。代々風摩一族に仕える一族の末裔……とかではなく、近所に住むメイド趣味が高じて本当のメイドとしてこの屋敷の管理を一任されているお姉さんだ。


「ええ、お久しぶりです、木ノ葉様……。思ったよりもお元気そうで何よりです。風の噂では心の病気を患ったとお聞きしていたのですが、自宅警備のお仕事はもうよろしいのですか?」


 真剣な眼差しでそんなことを言ってくる咲さん。


「ぷふっ!」

 呆気にとられている俺の隣で、口元を抑えながら必死に笑いをこらえる婀花羽。

 

 くそっ、どいつもこいつも人を馬鹿にしやがって――。

 やり場のない怒りにおもわず顔が引きつる。

 

「――どうされました木ノ葉様、やはりまだ調子がよろしくないのでは? 無理はなさらず今日の所はご自宅に帰られますか? わたくしめがお送り致します」


 あー、そういえばこの人、超がつくほどのド天然だったわ。多分さっきの発言も、本気で俺の事を心配してくれていたに違いない。優しさって時に残酷だよね。


 本当はいろいろ誤解を解いておきたい所だが、家を出るまでのごたごたで時間をくっていたためここはスルーすることにした。

「いや、大丈夫、大丈夫。全然問題ないです。ちょっとあくびをこらえていただけですよ。それより咲さん、もう皆来てるんですか?」


「はい。皆さま既にお集りになっております。木ノ葉様、婀花羽様も今回参加されるのであればお急ぎになったほうがよろしいかと……」


 その言葉を聞き、俺の心は更に憂鬱になる。


「もう、おにいちゃんがちんたらしてるせいでわたしまで遅刻じゃない」

「へいへい、悪うござんした〜」

 ぷんぷんと怒りながら婀花羽は不満をあらわにする。けれど今回は確かに俺が悪いので甘んじて受け入れた。


「それじゃ、さっさと行きますか〜」

 これ以上文句を言われてもたまらないので先を急ぐことにする。どうせ向こうでも怒られるのだから今怒られても損なだけだ。

 

「かしこまりました、それではご案内させて頂きます」

 何度も来ているので行き先など既に承知しているのだが、咲さんは毎度律儀に案内してくれる。ここで案内を断っても彼女の仕事を奪うだけなので、ここは素直に着いていく。


 古びた屋敷の中を咲さんに付いて歩いていくと、やがて格式張ったふすまの前へとたどり着く。

 すると咲さんは襖の正面で床に膝をつき、正座の体勢をとると、扉の向こう側に向かって口上を述べ始める。

 

「失礼致します。風摩木ノ葉様、風摩婀花羽様がご到着なされました」

 

 少し間があったあと、男性の厳かな声が返ってきた。

 

「入れ」


 その返答を受けると、咲さんは正座した状態で、自分は襖の影に隠れるように両手で丁寧に襖の片側を引く。

 

 襖が開くと、そこには四十名以上の老若男女が集まっていた。

 その場に集う皆が遅れて現れたこちらに訝し気な視線を向ける中、その中央、他の者とはあきらかに一線を画す気配を放つ四人の大人達。

 一番奥を北とするのなら、東に火宮ひのみや、南に土島つちしま、西に水雲みずも、北に風摩ふうま

 それぞれ一族を代表する当主達がお互い睨み合うように鎮座していた。

 その当主達の後ろに控えるのが親族の者たちで、基本的には後ろに行くにつれ年若くなるように座っている。


「「失礼します」」


 重い空気の中、俺達兄弟が入室すると、

 

「――貴様ら遅いわ!!」

 

 耳を塞ぎたくなるような鋭い咆哮が俺達を襲う。


 顔に刻まれた深い皺。静謐さのある佇まいながらも威圧感のある鋭い眼光。年齢とともに色素が抜け落ちた白髪ながらも、鍛え上げられた肉体は老いを感じさせないほど生命力に満ちている。

 名を風摩玄十郎ふうま げんじゅうろう、俺の祖父で風摩一族の当主。

 孫の俺にとっては声がでかい、ただのムキムキ爺さんなのだが、一応ここに集まる全ての忍びの一族を統括する頭領でもある。


「いや~、すいません。 来る途中道に迷ったお婆さんがいて、この地を愛する僕としてはどうしても見過ごせず、道案内していたらこんな時間に――」


「ほ~、それはどこの婆さんだ? ワシはこの町に住む婆さんは全員顔なじみだが、その婆さんの名は?」

「え~っと確か……、そうっ、名前を聞くのを忘れちゃって……、あっ、たぶん、観光客のお婆さんかと、わざわざスマホで夜桜をとってたんで。いや~最近のお婆さんは元気だな~。なぁ、たぶんそうだったよな、婀花羽?」

「……」

 返事がない、うん、いつも通りの婀花羽さんのようだ。


「ばっかもーーーーーーーーーーん!! 貴様、遅刻だけでは飽き足らず、人をたぶらかすとは何事だ! それに道に迷った婆さんだと!? こんな時間にスマホでカメラ撮影しながら一人で徘徊する観光客の婆さんなどいてたまるかーーーー!! いたとしてもそんな婆さんは自力でスマホのナビでどこへでもいってしまうわーーーー! 貴様、久しぶりに顔を出したと思ったらまた恥ばかり晒しおって! ――もういい、さっさと帰れ馬鹿孫が!」


 その物言いに俺はカチーンと頭に血が上る。

 

「うっせーな、遅刻ぐらいでごちゃごちゃと、それにあんたが来いっつうから着てやったんじゃねぇか、もうボケたのかこのクソジジイ。筋肉ばかり鍛えてるからそうなるんだよ、少しは最近はやりの脳トレでもしたらどうだ? その頑固な頭も少しは柔らかくなるだろうよ」


 すかさず俺は反撃する。このジジイとはいつだって馬が合わない。

 

「あ~あ、また始まっちゃった」

 婀花羽はそんな俺達の様子を呆れ果てた視線で見つめる。


「なんだとこのクソ孫がーーーー! いいだろう! その腐った根性叩きなおしてくれるわっ! 表へ出ろ!!」

「望むところだクソジジイ、今日こそそのいけ好かない髭を剃り落としてくれるわ」


 どちらも引く気配はない。まるで子供の喧嘩のように罵り合う二人を前にそれを見ていた一同はというと、

 

「ハッ、ハッ、ハッ。相変わらず坊ちゃんは活きがええなっ。それでこそ男ってもんだ!」


 そう言って豪快に笑う坊主頭の巨体の男の名は土島平八つちしま へいはち。土島一族当主。日本人離れした天性の体格だけでなく、肉体は強固に鍛えられ、まるで鋼のような高度を誇ると自称している。その肉体から繰り出される体術と、土島一族が得意とする土遁の術が組み合わさった一撃に砕けないものはないと皆が言う。


「なに馬鹿なこと言ってんだい! あんな子供みたいな挑発に乗って躍起になる爺さんがうちらの頭領だなんて、しかも長男であるその孫も馬鹿孫ときたもんだ。 私はこの先の忍びの未来が心配だよ……」


 悪態をつくこの女の名は火乃宮春代ひのみや はるよ。火乃宮一族当主。この時代に花魁のような派手な格好と厚化粧。極めつけに性格も結構きつめだ。けれど、彼女が操る火乃宮一族が得意とする火遁の術は芸術的な繊細さと苛烈さを併せ持ち、こと忍術の微細なコントロールにおいては彼女の右に出るものはいない。

 

 だが、当主の中では玄十郎の次に長齢で、本当はそろそろ後進に当主の座を譲り、その育成に励んでほしいと皆思っているのだが、その我の強い性格からなかなか当主の座を譲ろうとしない、少々困ったおばさんなのである。


 そんなこんなでみんなが騒ぎ立てる中、俺と爺さんは決闘へと向かうべく表に出ようとしていたのだが、


「お二人とも、今回の茶番はここまでです。皆の者も静粛に」


 この場を鎮めようと一人のイケおじが、俺と爺さんの間に割って入ってきた。その行動に皆が一様に驚く。


 この男、見た目はどこかの文豪のような優男なのだが、他に有無を言わせない静謐な威圧感を秘めている。

 男の名は水雲透矢みずも とうや、水雲一族当主。いつも冷静沈着かつ穏やかな性格で、忍びの間でも彼を支持するものは多い。彼が使う水雲一族が得意とする水遁の術は、あらゆる攻撃から見方を守りつつ、その圧倒的な質量で敵を飲み込む。個人戦ではあまり目立たないが、集団戦において彼がいるのといないのとでは生死を分けると皆が確信している。


 そんな彼が言う一言は時に頭領である玄十郎の一言よりも重い。そして何よりも、俺と爺さんの毎度のこの茶番をいつも笑って流していた彼が、今回異を唱えたことに皆が驚いているのも無理もない話だ。


「皆さん驚かせてすいません。ですが今宵だけは私も止めざるを得ませんでした。――木ノ葉君、婀花羽さん、二人にはまだ紹介できておりませんでしたが、本日は我らにとって最も大切なお方を招いているのです」


 透矢さんがそう言うと、先ほどまでのことが嘘のように、俺と婀花羽以外の皆が最初の元の位置にそそくさと戻りだした。


「木ノ葉君、婀花羽さんも、その場で構いませんので腰を下ろしてください」

 そういわれて多少疑問はあったが、俺と婀花羽はいわれるがまま襖の前に腰を下ろし、皆と同様正座の体勢をとる。


「では、先ほど遅れてきた二人以外の方には既にご紹介致しましたが、皆そろいましたので、改めてご紹介させて頂きます」


 そう言って透矢さんは、自分の席から風摩一族の席に座る玄十郎……ではなく、その隣にいた一人の少女に平伏し、


「では、姫様、こちらの不手際でお手数をお掛けして申し訳ございませんが、再度ご紹介させ頂くことをお許しください」


 そして透矢さんはゆっくりと頭を上げ、


「二人とも、こちらは我ら風摩一族に連なる忍び達が、その長い歴史の中仕え続けた、北条家のご当主であらせられる北条雫ほうじょう しずく様です」


 北条家、それは幼い頃から聞かされてきた風摩一族にとって生涯仕えるべき主。

 その存在は聞いていたが、北条家の一族が住まう場所は当主達しか知らされない極秘情報だったはず。なのになぜ、その北条家の当主がこんな場所に……。


「どっ、どうも、先ほどご挨拶させて頂きましたが、改めまして北条雫と申します。まだまだ若輩の身ですが、皆さま今後ともよろしくお願い致します」


 その姿を見た時、俺は思わず息を飲んだ。

 天使のような、か細くも透き通る声。見る者を魅了する潤んだつぶらな瞳。日本ではほとんど見ることのない真っ白な艶のある白銀の髪。その髪は肩口まで伸びており、ちょっとしたアクセントなのか、前髪の左右の部分だけが胸元まで伸びている。けれど、その白銀の髪に勝るとも劣らない雪のような色白の肌は、これまでみた何よりも純白に輝いていた。

 要するに何が言いたいかというと、


 めっ、めっちゃ可愛い……。


 この感想に尽きるのだった。

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魔々ならないMy妹! 青より碧し @aonohate

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