お隣の魔女さんに変なプレゼントをされてばかりで困ってます……。

藤原くう

前編

 なんてことない、いつもの日常。


 お隣に住む飯豊いいとよ咲子きょうこさんから手渡されたのは、非日常な木彫りの像だった。


「なんですか、これ」


「神様」


 そう言われて、手の中の木像を転がしてみる。


 僕が知ってる神様とはまったく違う。ミイラみたいな神様だった。


 よく見てみようと思って顔を近づけると、さわやかないい匂いがした。


「これがあれば、魔法による攻撃を受けても大丈夫。よかったら、その方法も教えようか」


「はあ」


「魔法にぶつけるの」


「罰当たりじゃありません?」


「だからこそ効くんじゃない。呪いを受けていると思ったときは、これをへし折れば――」


「ますます罰当たり!」


 と、その時、ピンポーンと音がした。


 瞬間、飯豊さんはピクリと耳を動かした。その目はタカのごとく鋭くなり、ドアの方を睨みつけている。


「敵だっ」


「荷物でも届いたんじゃないですかね」


「わからないよ。そういうのを装って、襲いに来たのかもしれない」


「ただの高校生の僕を?」


「こんなにかわいらしい――とにかくっ!」


 そう言って、飯豊さんが玄関の方へと歩いていく。止めようとしたけれど、間に合わない。


 玄関の前に立ち、ドアスコープを覗きこむ飯豊さん。それから、懐から取り出した塩を振りまいている。そういえば、塩には魔を払う力があるとか言ってたっけ……。


 ガチャリ。


 飯豊さんが扉をわずかに開ける。


「なんですか」


 その声はドスが効いていた。ひ……、とやってきた誰かの悲鳴が聞こえた。


「荷物があるんですけど、送り状にサインをいただいても……?」


「サインなんていただいて何をするんです。真名まなを調べて力を奪うつもり?」


「ま、まな? 本名を書いていただかないことには困るというか」


「この人の言うことは気にしないでくださいっ」


 僕は、飯豊さんと宅配便の人の間に割り込む。送り状をひったくり竹並たけなみアタルと書く。


「これでいいですよね、ね」


 宅急便の人がガクガク頷く。それから、荷物を押し付けてくる。


 その人は逃げるように去っていった。


 バタンと扉が閉まる。


「真名を書くだなんて危険だよ」


「何が危険ですか、何が」


「魔法による攻撃を受けるかもしれないってこと……」


「あのですね」


 僕は荷物を置いて、飯豊さんを見る。


 黒のジーパンに黒の長袖という黒づくめの格好。ゴムで一つにくくられた黒髪が、ムチのようにしなっている。


 飾り立てているというわけでもないのに、なぜか目を奪われてしまう。


 見つめているだけで恥ずかしくなってきたので、荷物へ目を向ける。


 荷物は両手で抱えられる程度のダンボール。


 送り状には、母の名前があった。


 僕が荷物を開けようとしたら、飯豊さんが止めた。


「待って。中から魔力を感じる……ブービートラップかもしれない」


「ぶーびーとらっぷ??」


「開けたらドカン、呪いが飛び出すってしかけだよ。そのせいで、最強の魔法戦艦が……」


 などと、飯豊さんがこぶしを握り締めているけれど、僕にはよくわからなかった。


 なんだよ魔法戦艦って。


 空を漂う戦艦を頭の中から叩き出し、僕は段ボールを開ける。


 中には梱包材に覆われた、縄文土器的なものが入っていた。


 そう、入っていたんだ。


 過去形なのは、木っ端みじんのバラバラになっちゃったから。


 どこからともなく投げつけられた、木製の像によって。その勢いは、メジャーでも三振を量産できそうなほど速かった。


 何か重たいものがバラバラになる音がして、僕は何が起きたのかを理解した。


「危ないところだった」


「何が『危ないところだった』だよ!? どうすんだよっ、荷物がぶっ壊れちゃったんだぞ!」


「どうしてそんなに怒ってるの……? 私は君を守るためにやっただけで」


 囁くような声には、嘘を言っているようには聞こえなかった。


 僕は頭を抱える。


 飯豊さんは本当に僕のことを思ってやってくれたらしい。だからこそ、面倒なんだけども。


 この隣人さんは、常識というものをまったく知らない。


 いや、常識がないわけじゃない。でも、その常識は、僕が知っているものじゃない。


 飯豊咲子さんは、魔女だ。


 別の世界からやってきた魔女である。






 なぜ、この人はこの世界へとやって来ることになったのか。


 詳しいことは飯豊いいとよさんにもわからないらしい。


「新型魔法の実験中、気が付いたらここにいた」


 魔力が渦をなし、ビカビカ光ったと思ったら、この世界へとやってきたらしい。異世界転移ってやつだ。


 着の身着のままやってきた飯豊さんは、お金を持っていなかった。その時見つけたのが、このアパートだった。


 武蔵野荘。


 家賃2万円で港町を一望できる――といえば聞こえはいいけど、空へと続かんばかりの激坂を上らなきゃいけない僻地へきちに建っている。しかもその坂といったら車も通れないほど狭い。


 それだけじゃなく、幽霊は出る、謎の悲鳴がこだまする、ケモノの遠吠えがする……などなど怪奇現象のオンパレード。別名、幽霊屋敷。


 ちなみに全部、飯豊さんがやっていることだ。


「敵を近寄らせないための防衛処置だよ」


「敵って?」


「世界を支配しようとする悪い魔法使い」


 などと、飯豊さんが言うけど、こっちの世界に魔法使いはいない。そもそも魔法が存在しない。


 おしいところまでは行ってるだけど、とは異世界魔法使いさんのお言葉。


 飯豊さんは、図書館とか古書店とかを行き来して、日夜魔法の研究をしている。元の世界へ戻るために。


「実験する前に、不法侵入を止めた方がいいと思いますけど」


 僕は飯豊さんの部屋の扉を思い出しながら言う。


 扉には『入居者募集』のプレートが貼られている。その上からは大きなバツ印と、小さな文字で『飯豊咲子の実験室』が書かれている。


 不法占拠に器物損壊だ。誰かに見られでもすれば、警察がやってくるのは必然。


 でも、僕が引っ越してくる前からずっといる割には見つかってないらしい。


「魔法で誰もいないように見せかけているからね」


「魔法っていえば済むと思ってません?」


「そういうなら、君がお金を払ってくれるの? 私を君の部屋に住まわせてくれる?」


「そ、そんなの良くないですっ」


 僕は飯豊さんが部屋にいるところを想像して、顔が熱くなってしまった。


 別に、湯上りの飯豊さんを想像したわけじゃないからなっ。


 とにかく。


 そんな人がお隣さんなわけで、僕の日常はいやおうなしに騒がしくなった。


 安かったから引っ越してきただけなんだけどなあ。






 電話を切る。


「お母様はなんて……?」


 飯豊いいとよさんは背筋をピンと伸ばして正座している。その目はいつもよりかは元気がなくて、叱られた子犬みたい。


「ただのお土産だから気にしなくていいってさ」


 そうですか、と飯豊さんが呟く。ギュッと力の入っていた肩が、下りていく。僕も似たような気分だった。


 歴史的に重要な出土品とか、魔人の類を封印しているものだったらどうしようかと。


 異国の土塊へと戻ってしまった土器は、段ボールの中で眠っている。


「だからって、ぶっ壊すのはどうかと思うけど」


「私は君のことが心配で」


「この世界に魔法も、悪の魔法使いもいないから」


 僕が言うと、飯豊さんのからだが小さくなったような気がした。ちょっと言いすぎちゃっただろうか。


 いいや、一度言っておかなきゃいけないのかもしれない。この前もその前も、飯豊さんのプレゼントで――。


 プレゼントで?


「そういえば、最近いろんなものをくれますよね」


「そんなことないんじゃないかなあ」


「とぼけないでください。この前だって、鏡をくれたじゃないですか」


 その鏡は、手のひらくらいのまるいもの。黄金色に光を反射して、装飾とかほとんどないのに神々しかった。


 お守りだと言われて、もらったんだけど……。


「あれのせいで女子とか先生とかににらまれたんですよ」


「鏡は真実を映し出すので」


 その真実を映し出す鏡とやらは、鏡を覗きこんだクラスメイトを怖がらせた。


 鏡にうつりこんでいたのは、新雪のようにうっすらとしたメイクを剥がされた自分の顔。


 女子たちはきゃあきゃあと騒ぎだし、騒ぎを聞きつけた英語の先生がやってくる。そこからがもう大変だった。


 スケキヨとあだ名されていた先生が鏡を覗きこむ。途端、校舎が揺れんばかりの悲鳴を上げて卒倒したんだ。


 救急車がやってきて、僕は申しわけなくなった。先生が急に転勤してしまったのも、そのせいな気がして。


「みんなメイクをしてただけなのに」


「君に近づく魔物の化けの皮を剥がすための致し方ない犠牲だよ。あ、ちゃんと身につけてるよね?」


「誰が身につけるかっ」


 鏡は現在、机の底にほったらかしている。あんなもの、マリモみたいになって何も映し出さなくなった方がいい。


「じゃ、じゃあ、傘は……」


「あの紙でできたやつですか」


 僕は立ち上がり、クローゼットへ。


 その中から、梅雨のある日にプレゼントされたものを引っ張り出す。


 それは、持ち手から骨、生地にいたるまで自然のものでできているもの。かたちはしゃれてるし、物として鏡よりかは実用的なのはうれしいんだけど……。


 バンっと傘を開く。


 そこに真っ赤な円形の花が咲く。


「この模様はなに!?」


 生地には白のインクかなにかでミミズがダンスパーティーでもしたみたいな模様が無数にあった。


「般若心経だけど」


「なんでそんなありがたいお経が書いてあるんですかっ」


「そりゃあ魔法に効果があるからだよ。魔法戦艦にも書かれてるの、知らない?」


「知ってるわけないでしょ!?」


 僕は奇怪な傘を閉じて、クローゼットの中へ。中にはダンボールがいくつかある。大事にとってる本、ちょっぴりエッチなマンガが収められた宝物、飯豊さんからもらった品々が詰めこまれたもの……。


 最後の箱を僕は取り出す。


「これもこれもこれもっ。なんで僕を守るためなんですかっ」


 ポイポイポイっとテーブルの上にできるプレゼントの山。


 飯豊さんはうつむいて、黙っていた。


 その体は今にもとけてなくなってしまいそうなほどに縮まっていた。


 今度こそ、言いすぎだった。


「ごめん……」


「ううん。そうだよね、この世界には魔法がないんだもんね」


 飯豊さんの指が空中へと伸びる。


 何か、フクロウとか妖精とか不思議な蝶がとまる魔法の木のように。


 だけども、そこには何もない。何かがやってくることもなかった。

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2026年1月20日 21:21

お隣の魔女さんに変なプレゼントをされてばかりで困ってます……。 藤原くう @erevestakiba

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