Water zone

日夏

第1話 Water zone

「侑斗ってさ…水みたいだよね」

「…は?」

「だから、水に似てるってこと」


…何が言いたいのだろうか。

俺は思わず聞き返し、そして返ってきた言葉に眉を顰める。

幼馴染の愛莉は、よく唐突に、独自の比喩表現でものを言う癖があるのだ。

そんな思考に時々俺すらもついていけいないことがある。

それがまた始まっただけのこと。


『見て、侑斗。あの雲、魚の群みたい』

これならまだわかりそうなものだ。

『このメロンパン、パン屋の小母さんに似てる。侑斗も一口どう?』

…形が似ている、とでも言うのだろうか。

それとも大きさか、表面の質感か。

メロンパンだぞ?

どれにしたって失礼すぎやしないか?

『美羽と小林君、先週からつき合ってたんだって。侑斗、小林君から聞いていたんでしょ?教えてよ。さっき美羽から聞いたんだよ?なんだかさー、聞いたとき、太陽が西から昇った気分になったよ。だってさ、美羽と小林君だよ?』

つまり、あり得ないほどびっくりした、というところか。



で、今回は───。


「…流れに沿ってしか進めない、とでもいいたいのか?」

「え?違うよ?」


訝しげに斜め下にある愛莉の顔を見やると、悪戯じみた笑みをうかべている。

わからないのか、とでも言うように。


「ならば、つかみ所がない、ということか?」

「そうじゃなくて。侑斗、よく見ると考えていることが顔に出るし」

「……味がない、と?」

「ぷはっ!面白いこと言うね」


今度はくすくすと笑い出す始末。

――面白いことをいっているのは、愛莉の方ではないのだろうか。

暫し俺が黙っていると、のぞき込むように目線を向けてくる。

随分楽しげなその仕草に思わず目を細めた。


「わからない?」

「あぁ」

「降参?」

「あぁ……降参だ」


数歩前に出て振り返る愛莉に目線を下ろすと、待ってましたとばかり、人差し指を空に向け、諭すように口を開いた。


「侑斗が水のようだって言ったのはさ、水って飲んでも飲み飽きるってことはないでしょ?のどが渇けばまた欲しくなるものだから。…必要不可欠って意味で、さ」

「…………」


学校からの帰り道。

人通りもちらほらと目に付くのにも、抱きしめたい衝動にかられた。

それも、仕草でもなく、言葉で。

言葉だけでも感動する術を、俺も持ち合わせていたらしい。



「…侑斗?」


思わず歩くのも忘れて黙ってしまった俺を、愛莉はどう思ったのか、目の辺りで手のひらをひらひらと振りかざしてきた。

その細い右手首を掴むと、驚いたような目を向けてくる。


「溺れないように気を付けてくれ」


薄く小さな形の良い耳に、口元を寄せて言うと愛莉の顔は面白いように朱に染まった。

それは、夕日のせいではなく――――――


「…っな――、侑斗って、本当に恥ずかしいことをさらっと言うよね!」


羞恥を隠すようにくるりと背を向ける愛莉の栗毛色の髪が、夕日に照らされて橙色に見えた。



本心だ。


いつもと同じ道。

だが、いつもとは違う新鮮な“なにか”を感じる。

橙色の髪から視線を上げると、いつもと同じ風景に、いつもと同じ太陽。



明日も晴れるだろうか。

言葉にすることの無い俺の問いに、一番星が答えた。

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Water zone 日夏 @hinatsu_novel

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